てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

自民党について(5) 世襲政治(3) 戦後新秩序、二大政党制による政党政治

これまでの流れをまとめると

1、冷戦が終わり、米陣営にいることを護持するという命題がなくなり、国内政治要因が優先され、一時的に自民党政治は終焉した。

2、自社さ連立、自自公連立など、新しい政治秩序の模索、もしくは連立という形であくまで自民党外にいることでの体質是正。戦後新秩序の体制模索(もちろん冷戦後という意味で)。

3、小泉派という自民党の新秩序の誕生(同じくそのような正式な派閥はない)。

4、民主党による政権交代、および二大政党制という新秩序の成立

  責任ある、ルールに則った政党政治を打ち立てるまでの一連の流れはひとまず、自民党の下野という形に至ったわけです。

 戦前→戦後という新秩序の過渡期において、自民党は党内の派閥交代で、優れた政治家を育成することに失敗し、これまでどおりの順番、年功序列で派の貢献者である世襲宰相を輩出することになりました。世襲宰相は党内序列から必然的に起こった現象でした。それ以外に自民党に手がなかったのは政党政治の基本がこれまでやる必要がなかったのが日本の現状であり、政治状況だっため仕方ありませんでした。そして必然的に、このようなプロセスによって世襲宰相を出した結果、自民党は凋落したのでした。

 今回の政権交代は、自民党の自滅といっていいことに間違いはないでしょう。政党政治で重要なのはどちらに改革能力があるかということです。民主党の能力がどれほどか分からずとも自民よりはましだろうということで今回の政権交代が起こったのは間違いないでしょう。

 民主が訴えてきたのは政治主導・脱官僚というテーマでしたが、いずれ詳しく解説するので省きますが、彼らはコロコロ総理大臣制度や派閥主導で、弱い内閣による政治に反対して自民を割った人間です。そういう旧システムに一応は反対している人たちであるために、自民としてはそれを上回らなければなりません。

 世襲という現象を分析するならば少なくとも、新秩序にあるべきシステムではなく、旧秩序の残骸であるべきものでしょう。

 

 世襲をするにせよ、しないにせよ、党内の人材育成システムを経て、そこでの成績を公開しなければならない。「二世・三世議員ですが政治能力は高いんですよ」ということを証明しなくてはならない。もっと言えば世襲かどうかというより、政党がきちんと誰々の何々の能力は何番で、ということをきっちり公表しなくてはならない。この政治家は安保、この政治家は農業などなど、きちんと示すこと。それこそが今後の政党政治の大きな課題になります。

政党が人材制度を明確に公開する―今後の政治を占うキーワードになるでしょう。

 そもそも日本の政治システムは、明治以来急速に欧米列強にあわせるためにあわてて明治政府を作ったものでした。幕藩体制から明治政府に至るのにどうやって旧権力を新政府に取り込むかというプロセスで、混乱を避けるために地方の権力はかなり温存されたのです。

 当初はもちろん選挙による民主主義に基づいた政府ではありませんでした。このような政府は上からの権力を行使するための機関であるため、絶え間ない変化を前提とした民主的な政府と違い、硬直的な機関であったわけです。現憲法・政府を見ても分かるように、硬直的な性質はそのまま引き継がれています。

 その証拠に、日本の内閣・首相の権限は弱く、地方の都道府県知事の権限はかなり強いという奇妙な現状にあります。細川首相も、県知事での改革をベースにそれを国単位でやろうとしたわけですが、それは権力を振るう基盤がなかったためあっさりと崩壊してしまいました。

 新秩序はそのような旧システムを、民主主義の原則に基づいた絶え間ない改革を実行しやすくするためのシステムを整備していく方向に進みます。間違いなく。民主党と改革能力競争を行うわけですから、どちらがよりきちんとした政党政治を行っているかを示すために、世襲に何らかの規制かけることは避けて通ることは出来ないのではないでしょうか?さらにはより一歩進んで優れた人材制度を党として確立することは避けられないでしょう。

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