てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

自民党について(7)―東国原宮崎県知事

民主党をさておき、また自民ネタ書くことになりましたね。ま、東国原さんについて書くんで仕方ないね。イヤーサーセン

 前回、前々回と引っ張ってきたんで早速。前回道州制に先駆けたプランを練っておくべきではないのか?例えば同じ州になる周辺の県と会合を何度も重ねて、少なくともその単位では一つの規格などスタンダードを導入し、将来の道州議会の場所や、政策プラン、どこでなにをやるか、誰をブレーンとして招聘して、どの産業で生きていくのか、綿密な計画を今から行うべきではないのか?

 確か関西圏では、権限が委譲さえすれば今すぐにでも地方単位で活動が出来るなどという記事を昔読んだ気がする。そういったことを九州でどれくらいやっているのか?少なくとも韓国・中国との共同経済圏を発展させなくてはならず、英語は話せなくとも中・韓語は必ず話せなくてはならないといった時代になる可能性は高い。そのための人材を・教育法を考えているのか?英語すら満足に教えられないこの教育レベルの低い時代に。教育改革はスェーデンのような最低修士で、教師は教えるだけの人間。雑用廃止、部活廃止、といった方向にまず行くだろう。行かないにしても道州制が始まれば優秀な人材の囲い込み、奪い合いになる。それについてはどうなのか?

 昔大前研一さんが雑誌で改革派知事について道州制後の発展プランについて何も論じてないから無能といってたけど、当時はそりゃ言いすぎだべ(^ ^;)と思っていたが、最近は少し同意。とくにこのそのまんま知事については(東国原って変換で出ないから打つのめんどいんです┐(´д`)┌)

 その東さんについてはまず、櫻井女史が淫行大王と呼び(呼んでないっけ?

(^ ^;))、そのような人物を自民党の総裁に担ぎ上げようなどということは言語道断であるとし、あっさり自民総裁候補という目はなくなるという事件がありました。せっかくなんでここで論じてしまいますが、

 危機においては外から人材をとってくるべし、年功序列に捉われず、能力によって抜擢するべし

という組織学の一つの常識・セオリーがあります。日本が先の大戦に敗れたのもこのためであると小室直樹博士は喝破しています。よって自民党が単なる人気にすがって選挙の顔として連れて来ようという魂胆だけで、彼を抜擢しようという、危機感の発露のかけらも見せられなかったことは自民党の組織力の低下をまざまざと見せ付ける結果となりました。しかも思いっきり、振られるという半ば喧嘩別れに近い形でした。

 ここでもし、彼が首相候補として有能な人物であり、党内上の問題で少なくとも次の総裁に迎えられないだけであればよかったのですが、どちらも駄目(無能&今後永久に抜擢なし)という状況にあります。これは自民党のリーダー抜擢能力が外から取ってくる力も、内がそれを認めるという柔軟性もどちらも持ち合わせていないという最悪の状況にあるわけです。自民党はあえて余計なことをやって自分たちの求心力をさらに低下させるという自体を招いてしまったのでした。

 

 本論に戻って、上の道州制というものに対する準備・行動不足に加えて、前回の経済を環境産業で伸ばす!の論に書かれてあることは説得性にかけるものだったことです。宮崎をいかに発展させたか、また発展させていくかという文章の中で、単に知名度から来るみやげ物。宮崎の雇用を維持するためにはガソリン税廃止しないでインフラ整備にクレという主張。『太陽と緑の国』宮崎というスローガンに、世界最大級の太陽光発電所を誘致し、観光産業成功を期に関連産業の誘致によって宮崎は食っていくというプラン。しかしそのプランは太陽光発電というのは一応のめどは立っているものの産業として成功するレベルにあるとはっきり断言できるレベルなのか?そして、関連産業というのはそんなに雇用につながるほど裾野が低いのか?と疑問が沸くもの。

 加えて根本的に彼は国政進出・転換に非常に意欲が強い。衆議院参議院選挙毎に出馬をささやかれ、今回の首相騒動もその典型と言えるでしょう。地方の問題を解決するのには国政で―というのは正しい理屈ですが、それには県知事というものを選んだ以上、ステップを踏まなくてはなりません。まず、県を繁栄させる業績を上げる。もしくはそういう公式を作っておいて、繁栄の下準備を整えなくてはなりません。それが出来なくとも、事実上県単位でそういうことは不可能ですからやはり、道州制のための下拵えを行うことでしょう。そしてそれを行う人材・人脈を今から構成しておくこと。ブレーンを用意しておくこと。国政に転出するといっても結局彼のなすことといえば、党の要職や、大臣などでは意味がないわけで、道州制と国を結ぶ仕事をやらねばならないわけです。道州制のための下準備作業に、衆参議員、民間の道州制論者、官僚との関係・コネ作り=道州制賛成派の形成などなどやることは数多いわけです。それを高々数年で一足とびに自分が総理になることでやろうなどというのは、無謀な名誉欲に駆られた行動ととられても無理はありません。

 今のところ彼がなしたのは芸人上がりの知名度を利用した、名物産興し、PR効果しかないのですから。ただ、地方行政に光の目を与えてくれた彼に対しては素直に賞賛の念を抱きます。一般的に北川さんや平松さんなんか知名度皆無に等しいですし、県知事がその業績によってしっかり評価される時代になってほしいものです。マスコミ報道頼むよ本当、君たち社会の公器なんだぜ。

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