てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

誤訳!? 『 ソフト・パワー』 山岡洋一訳への疑問

ブログ引越し&見直しの再掲です。元は09/12に書いたものです。
ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力

ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力

 

 書評をもっと書いていかないとね。まだまだ30も行ってないし。で今回のジョセフ・ナイ博士のソフトパワーなんですが、EUの環境レジームについて、COP15のデモ隊が暴徒化 で書いたように目に見えにくい、ハードパワーではないパワーの性質について論じています。で、実はこのソフトパワーの書評を書くためにブログを始めた。このブログはこの記事を書くために始めたという要素があります。

 というのも、この本は翻訳に問題があるのでは?という強い疑問を抱いたからです。己以外の人間が誤訳であれ、分かりづらい訳であれ、そういう指摘がされているのであればいいのですが、そのような評価はネット上で一切出てこない*1。ならば自分がその問題点をしっかり書いて残しておかねばならないと思ったのです。この翻訳者、山岡洋一氏は翻訳に定評があるとのこと。本のカバーだったかな?また著書の略歴なんかに書いてあったので、単なる帯の煽りかもしれませんが、ちょっと…?となる記述が多かったので、以下に問題点・気になった点を列挙していきたいと思います。国際政治経済学や政治学・関係論をやっている方は、この本を扱う学生の方も多いと思うので、参考にしていただければと思います。


 これを書くと思っていなかったので、ページや段落をメモしていません。かなり分かりづらいとは思います が、原書を参照しながら読めば、すぐ分かると思います。要するに日本語の本文を読んでいて?と感じるところがあれば、原書を必ずチェックしながら読んだ方がいいんだということをわかっていただければいいと思います。「」が本書で訳されていた箇所で、下線を引いてあるのは日本語訳として訳し直したというサインと見てください。

前言
◦the real key how many~, the real key how many~と二つ繰り返される文なのに、同じ言葉で訳して、形を整えていない。
◦the last person~の訳し方―誰よりも~の形より、そのまま直訳して「最後の人間」とするかはともかく、「決して否定しない」でよい。
◦political idealsはきちんとした一つの用語、「政治的な理想」ではなく、「政治的理念」という用語。明確な間違い。

◦when our policiesで受身を使っているのは、隠れ主語がour policiesだから、だからその意味を大切にして訳すなら他者の目から見ても正当であると写るのならば、それはソフトパワーを強めることが出来たといえる。もっと自然にすると、他者の目から見ても正当であると写れば、ソフトパワーは高まるのである。正確性を重視して、(自然に)高まるのであるとするなど、勝手に~とか独りでに~を加えたい。
◦attractionとseductionを魅力と一括して訳しているが、前者を魅力で後者を誘導や誘惑で訳し分けたほうがいいのでは?
◦deeperはより深い価値観を意味しているのであり、「本来の価値観が伝える真のメッセージ」では意味不明。私達の価値観はより深いところにある、根ざしている大事なもの(伝えるべきもの)であるというメッセージがある。よって真意が破壊されてしまえば~、とか、私達の価値観のより深いところに根ざしている真意を壊してしまえば、としたい。
◦modernとnowを一つにまとめて訳してしまっている。これでは筆者の丁寧さが損なわれる。現代のハイテクテロリストはまさにその野蛮人なのである。
◦winning the peace 「平和の時期に勝利する」となっているが、何度もこれまで出てきているところから、平和を勝ち取るの方が自然に繋がると思われる。Winning~is harder than winning~と繋がっているから、戦時に勝つのは平時に勝つより難しいと自然に訳してもよい。そして後の、「打撃を与え、衝撃は匹敵するほど~」という訳ではprove as costly asが生きてこない。軍事的な勝利は、それと同様にソフトパワーを同じ程度損なってしまう=戦争に勝つことは出来ても、その後の平和を同時に失うことになるというニュアンスが読み取り辛くなる。ソフトパワーは戦後の平和を構築するのに不可欠なのにもかかわらず、圧倒的な軍事的勝利はソフトパワーを台無しにすることを証明してしまったのだ。と一連の論理構造を説明するために、繋げてしまっても構わない。
◦spends four hundred timesは広報外交予算ではない。少なくともそう判断する根拠がない(あるいは筆者に直接聞いたのか?根拠がちゃんとあるのだろうか?)。

一章 力の性格?「力の性質」では?
◦global information age=情報化の時代 「~でも変わらず、前にも増して重要になったといってもいい」の方がニュアンスがより正確に伝わる。
◦現在完了、現在形のニュアンスを大事にして、「パワーの性質がどのように変わりつつあるのか、指導者達はあまり考えない傾向にある」と付け足したい。

what is power?
◦複数形について―戦略「群」は余計になるからともかく、the soft power dimensionsには「様々な、色々な」を付け足したい。
◦ about how~ about how~のニュアンスを生かしたい。,and more,コンマでわざわざ区切って流れを作っているのだから、二文にして訳すのは避けたい。力の性質がどのように変容しているのか、かつどのようにソフトパワーの様々な面を、実際の力を行使する戦略に組み込んでいくべきなのか→かなりくどくなってしまうため、無理に一つにするよりはthe soft power dimensionsに変化している力の性質に~ともう一回繰り返してtheを説明し、つながりを持たせればいいかもしれない。
◦the dictionary tell us~は、辞書は私達に教えてくれる~としたい。
◦some people~凄い不自然な訳。そのまま順当に訳せばいいのに、なぜこねくり回した?ある人々は力を狭く捉え、命令や強制の観点だけで考える。他の人がしたくないことをやらせるということで、殆どの人はこのことを経験しているだろう。分からない訳ではないが、こちらのほうが自然ではないか?
◦may=かもしれないと訳す、ピーターセン病。逐一mayをかもしれないで訳せばいいのではない。このmayは筆者の論理手法のmayであり、具体例を積み重ねていって、こうだよね、次にこういうことがあるよね~と強制したり、断定しないで外堀を埋めるように読み手に共感を求めているのだから、日本語の「多分」に近くなる。それでも機械的にたぶん~と訳せば不自然が残ってしまうから、日本語らしく~と私は思うでいい。If you~, I may be able to~をかもしれないで訳してしまったら、筆者の主張なのに、断言できないんかい!と突っ込まれてしまう。誰にとってもその行動に正統性があるんだと感じられるのならば~私達は自ずと説得出来る。自然とそうなるとかで訳したほうが日本語の論理と合う。~となりませんかとか、~なるでしょうのニュアンスに近い。カトリック教徒とイスラム原理主義者もmayでくくられているので、~の行動も同様である。前者は~としたほうがいい。
◦thus~は第二の狭い方の力の定義で解釈してしまう。流れを無視した訳。第二の定義がここではなく、後には出てくる。それを無視する理由はないはず。
◦複数形、様々な、幾つかの問題があるとつけたしたい。
そのようなものを力の『源泉』として捉えると最も多く持っているものが必ずしも望ましい結果を得るわけではないという逆説にぶつかってしまうのである。資源でも間違いではないが、流れを受けて使っていることをさしたいから、the resourcesをきちんと訳したい。次パラでpower resourcesを資源でなく力の源泉に訳して、訳し分けている理由が分からない。
◦convertは源泉を元に力を生み出すことを示している。前パラのポーカーで受けているからそれを生かしたい。力の源泉をきちんと力に発展させるのには(自分達が望む結果を得られるという意味での現実的な力に)、当然それをすることが出来る戦略性とリーダーシップがなくてはならない。
◦「どのように札の価値が変化~」ではなく、それがどんなゲームで、札の価値がどのように変化していくことがありうるのか~繋がりを切らない方が良い
◦for example~は「問題の原因によって力の源泉の分布が変わる」ではない。因果関係が逆。力の源泉の分布が様々な問題に大きく影響を与える。 または変化させる。これまでゲームの基本を説明し、力の源泉・基本ルールが変わることがあると説明し、今まさにそれが起こっているんだということを言いたい。以下の文で米は力の源泉を軍事にしか見てないから、アメリカを一極だとか、超大国だとか勘違いすると説明している。力の源泉が変わったからこそ、その ようなことが起きているんだと言っている。別に間違いになるわけでない恐ろしい誤訳のケース。

soft power
◦ためであることもある。不自然。従うのであると自然に訳せばいい。
◦preferencesは文脈上、嗜好のほうが良いかもしれない。
the variety=多様性、これを様々と訳しては絶対にいけない。多様性・多面性というのは国際政治学上の重要な用語であるから。ハードパワーとソフトパワーの違いを考える一つの手段して、望んだ結果を得られる方法にどれだけの多様性があるかを考えてみるのが良い(みることにしよう、など)。
currency=手段では、その後のアダム・スミスの例が生きてこない。自由市場の原理の根底にあるもの=soft powerという筆者論理がずったずたになる。
◦spectrum=行動ではない。幅広い分布があるといいたい。力点の違い、行動より幅の広さを伝えたい。
◦properlyでケネディがきちんとソフトパワーとハードパワーの相関を認識していた、優れた政治家であることを説明する意味が訳出されていない
◦単純な得る、失うではなく、前のinfluenceの省略で、影響力はassets資産から生まれるのだから、モラルあることでいくらか影響力を得ている。軍事からはあまり影響力を得ていない。そして国際協力の能力。―と英語にすると非常 に自然な説明の形になるが、日本語で一つの文章に訳すと非常に訳しづらいものになる。んで、レベルで言うと、中・小と来て最後はそのレベルを説明せずにただ国際協力とだけ終えている=これが大ということの説明で、最大のソフトパワーだぞ!という主張。somethingを大切にして、アメリカに欠かせないと意訳したり、あるいは第三の能力、(最も重要な、影響力を持つ)などで細くして訳してやらなければ、論理構造が十分に伝わらない。「~得ている、~弱い、~能力だ」と訳してしまうと、ブチギレ訳でロジックが伝わらない。

sources of soft power
◦america’s soft power,thought, rules over an empire on which the sun never sets.「アメリカのソフトパワーが支配する帝国は、日が沈むことはない」―ではない。日が沈まない帝国でさえ、アメリカのソフトパワーは支配してしまう、境界線を越えてしまうという意味。米=帝国ではない
*2それならan empireにしない。関係詞節を、外にはじいて順番に訳すことは自分で読む分には問題はないが、翻訳するときは意味を間違えかねないために気をつける必要がある
 その前の正確に一致もsway stopped exactly at their military borders、swayが揺れ動く支配だから、軍事境界線を越えることはなかった、境界線に辿りつかないこともあるという可能性が消えてしまう。

the advent of nuclear age
◦力を示したグラフの中で行動と源泉の関係を説明したので、kennedy was willing to sacrifice~喜んで犠牲にしたという風にしないと、軍事力というhard currencyとソフトパワーの源泉の価値観を交換したということが分からない。さらには当時は軍事ゲームの方が強い段階にあったためソフトパワーの重要性を認識していたケネディが、それでも踏み切ったという英断が分からない。
◦ここでもdominance=優位としているが、それではネオコンの新帝国主義の論理が伝わらない。支配どころか膺懲くらいの傲慢さが欲しい。それとも筆者にはナイ教授がネオコンの思想に一定の理解を見せているというような確信があって、こう訳したのか?。
◦morality can be a power reality 「道義性は力の現実になりうるのだ」―ではなく、分かりやすくすれば、道義は力を現実化させることがある。あるいは正確性を重視するならば、is a realityが道義は現実であるで、can beなら道義は現実になりうるだから、powerを加えて、力を持った・力のある→道義は力を持った現実になるのだの方が良い。

 と前言と、一章を主に解説してみました。というよりは、後の殆どの文はソフトパワーの論理構造を説明した後なので、具体例・事象を取り上げているだけなので、それほど誤りや不自然などの文は見当たりませんでした。というより、逐一チェックしている時間がなかったので打ち切りました(^ ^;)。
 以上の指摘をもって問題点を伝えると同時に、これらがあるといって訳者がレベルが低いとか、問題であると主張するつもりは全然ありません。もし自分がこれを一人で全訳しろといわれれば、間違えまくるでしょうから(´-ω-`)。
 名詞が複数形であるかないか、名詞につく冠詞や所有格などで明確に論理・論旨を表現することが出来、論理構造の展開を正確に訳しかえる作業は英語から日本語へ翻訳をする作業ではかなり大変なところがあります。言語で表現されない論理構造の変遷をしっかり表現するという必要がありながら、単に訳出するだけではそれが出来ない。そのためここでとりあげておきたいことは、論理構造を正確に訳すために、省略・隠されているニュアンスを正確に訳すこと、あえて書かれていない文章を加えること。そして現代ではネットがあるのですから、出版社もしくは翻訳者のページでなぜこの単語をこの言葉にしたのか、あるいは訳したのかという途中経過のノートを公開しておくべきではないでしょうか?そうすれば、あれここがおかしいな?と思った場合修正が楽になるでしょう。特に原書で勉強しなくてはならない大学生・研究生のためにそうするべきではないでしょうか?

 まとめると、洋書を訳すときに細かいニュアンスが失われやすいのでそれに気をつけるべき、論理構造の論理をしっかり追うべき―特に日本語にそういう仕組みがない以上、特に気をつけて訳出すべき。ということです。己はナイ教授のアメリカへの警告を依然読んだことがあるのですが、まぁ、何を言っているのかのらりくらりとして退屈したという経験がありました。しかし、原書でSoft Power: The Means To Success In World Politics』ソフトパワーを読むと

 異常に分かりやすくて驚いたΣ(゚△゚;)のです
論理が、一つの単語が、次にはこの単語がこれをさす。この観念がこれにつながり、発展する。あるいは対比させる、1・2・3という列挙などなど、まぁわかりやすいことこの上なかったのでびっくりしてしまいました。

 アマゾンレヴューの中で、「まぁ、きっとこういうことを言いたいのだろうなぁ~」というざっくりした感想があり、あまり面白くなかったというものがあります。それは間違いなく論旨・筆者のロジックを追えていないのです。学術書というのは良い、悪い・優れている・劣っているではなく(もちろん出来の良し悪しはありますが…)、どんな分野の・どんな分析であるか、というものの見方を提供するものなので、かなり学術的な背景・分析法を知らないと、本の意味が分からないでしょう。特にこのナイ教授はコヘイン教授との共同研究、相互依存論という偉大な業績を持つ人なので、それを知っているのといないのとでは評価が大きく変わってしまいますから。うす甘い、リベラリズムだ!サヨクだ!理想論だ!になってしまいかねないので気をつけていただきたいところです。

 もう一つ気になったことを、翻訳者の山岡さんはアダム・スミスの『国富論』を再翻訳なされたらしいですが
*3↑で青く色をつけたところでは、アダム・スミスの資本主義の考え方が分かっていれば、そのような訳し方はまずしないだろうと、筆者がアダム・スミスのことを理解している人間なんだよというアピールもあるでしょうから、そこをあのように訳すというのは…『国富論』の方の訳は大丈夫なんだろうか?という疑問が残りました(´-ω-`)。あとどこかで paradiseを楽園と訳してたところがあったんですが、イスラム原理主義についての言及がある以上、楽園と訳してしまうとイスラムのあの世を意味する『楽園』と勘違いされる恐れがあるので、そこを楽園とそのまま訳すのはどうかな?と思いました

内容についてのコメントはこちらで書いてます。

*1:今、またググってみましたが、そういうページは出てこないですね。ミルの『自由論』に、訳がおかしいとは書いてありますが、理由は書いてないです。また難しい原文を読みやすくしてくれてありがとう的な好意的なものも多いですね

*2:確かナイはアメリカ=帝国論的なものに反対的な立場だったはずだし。国際政治学で「帝国」というものが用語化しつつある時代で、そうやすやすとアメリカ=帝国とはしないはず

*3:どうも、ブレジンスキーなどの著作の翻訳もありますけども、経済関係の著作の翻訳を主に手掛けるということなんでしょうかね?政治系の本はついでで専門は経済なので、政治方面の著作ではよくないということかもしれません。