てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

書評― 日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で 田中 宇

ブログ引越し&見直しの再掲です。元は09/12に書いたものです。

日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で

日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で

 

 今回の書評はこの一冊。田中宇さんの『日本が「対米従属」を脱する日--多極化する新世界秩序の中で』です。

 まあ、客観的実証を踏み越えた領域に手を出してしまう陰謀論なんですよね*1。隠れ多極主義者とか、米英の陰謀とか、ネオコン=隠れ多極主義者とかロスチャイルド対ロックフェラーとか、英のMI6が裏で手を引いているとか…まぁ、突っ込みだしたらきりがないほど、根拠の無い類推・推測をしてくれます。
 それでも彼を評価したい点があるのは、日本のマスゴミと違ってちゃんと自分の名と責任で、きちんと情報を分析・発信しているからですね。逐一、海外のニュースサイトの情報を提供してくれるし、その点では非常に有難い存在です。日本の新聞では国際情勢は何も分からないも同然ですからね(´・ω・`)ショボーン。
 陰謀論というものを
別に頭っから否定はしません。中には真実を含んだものもあるでしょう。ただ、それはあまり有効な情報分析にはなりえないのです。というのも、陰謀論を持ち出すと、全て「その隠れた力学」で動いているということで、その事象は一体どういう意味があるのか?ちゃんした考え方・分析が出来なくなるのです。そのケースを多面的に分析するときに、その陰謀力学だけに捉われてしまい、有意義な分析が出来なくなるケースが非常に多いのです。なぜ国際関係学があるのかといえば、学問・学術を通して、多くの場合この手法を使えば有意義な分析が出来るよということが立証されているからです。
 対して陰謀論はそうではない。だからといって陰謀論はダメだといいたいのではなく、外れたときのリスクが大きすぎるために避けた方がよろしいのです。裏を返せば、学術は外れない分析をするのです。もちろんそのために100%的中!といったような厳密な予想は出来ませんが*2

 筆者はやはり、専門的に国際関係を学んだことがないようです。東北の経済学部の出身らしいですね。一つだけ取り上げるとするならば、この隠れ多極主義という筆者が頻繁に用いるロジックを否定だけしておきます。このロジックなのですが、実はそう珍しいことでもなく、 
ポスト覇権システムと日本の選択 (ちくま文庫)

ポスト覇権システムと日本の選択 (ちくま文庫)

 

  「ポスト覇権システム」というちゃんとした学術用語が既にあります。猪口邦子少子化担当大臣は優れた学者なんですよ。れっきとした。小沢ガールズとかいうわけのわかんない人達と違って*3

 簡単に説明すると、今までは覇権=武力を握った国家(あるいは国家群)が世界をリードして、そのルールを決めてきた。当時独・日が急激にプレゼンスを確立し、米の相対的優位が崩れていたころであった。次の覇権国は、米との戦いを繰り広げた結果、世界に惨憺たる被害を出して、次の覇権を打ち立てるか?覇権交代劇が起こり、新しい国際秩序が建設されていくのだろうか?

 否、こういった覇権システムそのものが否定されなくてはならない。軍事力で世界のルールが決定するという不合理な仕組み・システムはなくならなければならないし、今後なくなっていくだろう。戦争で国際秩序を決定しなければならない死活的な理由がなくなったのだから十分に調停可能であろうと。

 ―つまり氏が主張するアメリカ内にいる隠れ多極主義者という、米の国力を削ぎ落としてまで新しい世界システムを作ろうとしている勢力というのは、単にこのポスト覇権システムという理論を実行しているだけなのです。そのために、わざわざ戦争に負けるだとか、アメリカの国益を損なって行動しているなどというそんな馬鹿な陰謀論は成立しないのです。
 さらに付け加えるならば、この隠れ多極主義者と思われる行動を取っている人たちは全て単なるリベラリストであり、前の
 

で説明したように、リベラリズムという人々は国際機構・機関・枠組み・レジーム・協定etcを重視する人たちであり、国際的な合意・秩序は一時的に米の国益を損なったり、国力を制限したりしても、その秩序によって最終的に利益を得るということが分かっているためにそういうことを行っているのです。米の国益をわざわざ損なっているはずがありません(^ ^;)。

 多極主義者というよりむしろポスト覇権主義者という言葉を使うべきでしょう*4。国際政治学でいったら、現在の世界秩序は一極、多極の世界ではなく、むしろ無極を目指して動いているのです。多極という世界は欧米列強の時代であり、無極という世界では多極化のような性質を引きずりながらも、実質的に軍事力による主導権争いが起こらないという世界を意味するのです*5。アメリカは圧倒的な軍事力で世界に覇を唱え、秩序を形成するという功績を上げた一方で、自分たちの力すらも無力化される、無極世界システム・ポスト覇権システムを導いてしまうという皮肉な結果になったのです。
 ※追記、言うまでもなく、現在の混沌とした状況は無極ではあっても、ポスト覇権システム的な世界秩序とは違うものですね。リチャード・ハースの話が出てきたし、一から色々買い直すべきかなとチラッと思いましたが、めんどくさいので止めました。

 一つだけ本書の中にあったことについて言及をば。核レジームでNPTにより、P5だけが核を保有するという特権を持つとありましたが、それは正確ではなく、NPTに参加するそれ以外の国は平和利用する核技術を無償で提供されるのです。世界が核なき世界になった場合、非核と核エネルギー技術支援はセットですから、核技術保有国はその技術を独占することになるでしょうね。まあありえない話でしょうけども。
 クリーンエネルギー・原子力技術のコストが上がり、石油がまたしてもエネルギーとして使われる。もしくは核技術を持つ国が、高騰する石油を買わずに済むという得をするという話になってくるんですね、実は*6

*1:一言で言うとこの人は愛すべきDQNと昔書いていましたが、まあそこまで言うこともないかなと消しました

*2:というかそんなことに手を出さなくても分析は十分できますし、インナーサークルに入って極秘の内部情報などから、その人にしかわからない分析をやった場合、当たれば別にいいですけど、その情報がスパイ対策でニセとかで外れたら取り返しがつきませんからね。そういう外したら取り返しの付かない領域に手を出す前に地道なことをやれば十分なんです。どうも自分の能力を超えて手軽な正解に飛びつきたい人が多いですよね…。しんじつはかうだ!みたいに、隠された本当の真実にたどり着ける!!!なんて思うのどうかしてますよね。それにそういう陰謀論って、情報工作に利用されますから、ユダヤ人差別みたいなヘイトに利用されることだってある。鬼神を敬して遠ざくみたいに迂闊に手を出すべきではないとちょっと本を読んで知識・教養をつければわかると思うんですけどね…。

*3:そういや、この頃は陸山会事件もなく、小沢さんとかそこら辺に否定的というかあんまり興味ない時期だったんですねぇ

*4:この時はこう書いていますが、より国際秩序を安定的な方向に持っていくポスト覇権システム主義者であるとは言い切れませんね。米覇権の方が好ましいが、より国際協調主義路線をとっているだけ。国際協調主義を選択することで初めて、米の覇権を維持できると考えている人間は多そうですしね。

*5:ここでもちろん、現在のISのようなテロ戦争、非主権国家によるテロを除外していたわけではなく、上に書いたように、主要先進国同士が、主権国家同士が、争わないという意味ですね。しかしリチャード・ハースが無極(nonpolarity)という概念を使い出しているんですよねぇ…。迷惑だなぁ…(暴言)。ちゃんとした理論・ロジックがあってそういう主張をするならともかくあんまわかってなさそうなんですよね、あの人。

*6:フクシマ以来、もう原子力を安全安心のエネルギーとして使う国は減ってくるでしょうから、あんまり意味のない指摘になっちゃいましたね