書評― 日本人の英語 マーク ピーターセン というより、英語教育について論じてるだけ?
ブログ引越し&見直しの再掲です。元は09/12に書いたものです。
今回はマーク ピーターセンさんを取り扱いたいと思います。前の記事を訂正しながら、振り返っていたらそういやこれ書くって言ってたわ(^ ^;)。で一応読んだのは
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マーク・ピーターセンの英語のツボ―名言・珍言で学ぶ「ネイティヴ感覚」 (光文社知恵の森文庫)
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の五冊ですかね?多分読んだのは。密林によると他に『ほんとうの英語がわかる―51の処方箋 (新潮選書)』という本がなんか評判いいみたいですね。近所の図書館になかったんで読んでいませんが。上の三冊がすばらしい出来で、もう古典的業績って言っていいんじゃないでしょうか?いわずと知れたベストセラーですし。いちいち己が解説する必要もないでしょう。で何を述べておきたいというかというと、
英語教育進歩しなさ過ぎだろう。
一番古い日本人の英語はこういうところを誤解しているよという指摘から、何年たってると思ってんだよ(#゚Д゚)ゴルァ!!まるで成長していない…。安西先生来ちゃうよこれ。筆者いわく、26社の教科書見たところ、間違いだらけ。正確なものは一社あった程度のレベルだと。文法を中高で分けるため、過去完了が使用できずに、物語を取り扱うことが出来ない。まだ習っていないという理由で、本来意味が違うはずのwillとbe going toを平気で同じ意味だとして使ってしまう。会社が責任を取りたくないために、教材で扱う内容が平凡・無味乾燥な素材ばかりで英語に興味をもてない。
確かにHi I am~式な文や、This is a pen的な分は常にネタにされてきた。海外では恋愛の修羅場を取り入れていることなど当たり前だと聞いたことがある。
なぜこんなおかしな状況になっているのか?己は二つ挙げられると思う。一つは受験制であり、もう一つはシステムの硬直性―現場裁量権の欠如。
受験というシステム、年に一度の試験によってすべてを判断するという悪制、しかも毎回定期試験によって点数をつけるために点数のためだけの英語になるということ。テストが悪いというわけではない。英語の本質を無視して単に翻訳させるためだけの内容だから。本来こういった英語学習初期にはもっと面白い、人気のある洋書に数多く触れ、感覚を養うべきではないだろうか?
さらには教える側の教師のレベル・英語力・言語能力が低すぎるという問題がある。あまりにも英語の本質、言語の本質を理解していないために、満足に教えられない。英語の早期教育などもってのほかだろう。早くから触れることに否定しないが、公立の小学校で、自分が受けたころのレベルから劇的に上昇しているのなら話は別だが、あの程度の能力の教師たちにまともな英語教育が出来るとは到底思えない。
今述べた、教師の質の低さというのはある意味仕方のないことであるとも言える。彼らは教育者なのに、それ以外の仕事が多すぎるからだ。そしてもう一つの原因である裁量権=自分たちが責任を持って、教える内容を選択し、教育するということが許されていない。こんな環境で優秀な教師が育成されるわけがない。
野村さん、再生工場をいち早く教育界に建設してください!昔阪神タイガースの監督になったとき、一体今まで何を教えとったんや!と怒ったというけれど、まさにそのレベル。文部科学省から小中高は独立させて、フィンランド人限定で大臣にするしかないのかな、ホント。憲法改正→任期制の強力な権限を持ったリーダーの誕生→教育改革の着手まで10年以上軽くかかると見た。前VOICEの教育改善会議だっけ?そういう懇談会でフィンランドのようにしようという提案のかけらもなかったですからね。教育こそ、人こそが要諦である!というリーダーが出ない限りダメでしょう。