てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

自民党について(8)― 自民再生はない

このシリーズ、自民&民主終わらせて政策提言シリーズを始めたいので一気に。

 名望行政、世襲政党政治の原則、戦後秩序の再編成―といったキーワードを使って論じてきたのでありますが、今回は自民が負けるまでを、いかにして負けたのかを書きながら、その性質を論じていこうと思います。そして本来どうすべきで、どんな政策なら負けなかったかということについても。それを論じれば、今後どうすれば自民が政権を奪還すべきかという解も一目瞭然となります。

 結論から言えば、政党政治とは政党間の競争です。何を競争するかといえば当然、改革・立法・行政です。俺たちの政党なら、ここをこうするぞ!いまよりよくなるぞ!わしを殺せる者があるか!ここにいるぞ!です。

                               Dr.きのこるの もう、ゴールしてもいいよね・・・?

 政策を訴えあいながら、選挙というもので決着を決めるわけですが、基本的に与党はこれまでの功績を、そして野党の非現実さを有権者に説きます。同じく、野党はこれまでの与党の失政を糾弾し、自分たちのプランでそれが補われること、現状を変革できることを説きます。

 普通の民主主義国では、短くて4~5年、長くて8~10年位を目途に政権交代が起こります。日本の場合は次の二つの理由で起こりませんでした。冷戦期で対米従属による中立という道を選択したことにより、それを上回るビジョンを野党である社会党が示せなかったこと。仮に独立対米対等といった路線であったなら、まだ可能性はあったでしょうが、当時の世論では圧倒的に反戦が主流でした。つまり①野党が非現実的で、政権を任せるに足る政党ではなかったこと政権運営能力が欠けていること。そして②高度経済成長期にあって、国民が政治と経済は別物であると思い込んでしまったこと=政治的無関心にありました。

 よく、俗論で投票率が低い!政治的無関心は問題だ!というアホなコメンテーターがいて、とにかく投票所に足を運んで!とか頭の悪いことを言いますが、基本的に投票率が低い社会というのはいい社会なのです。なぜなら棄権を選ぶというのは、自分は政治に満足しているからという意思表示ですから。その分規制団体・既得権者など、特に弱者が得をするのですから。現在投票率が高くなったのは、政治意識が高まったのではなく、生活が苦しくなって無視できなくなったからです。決して民意の高まりなどではありません。少なくとも己はそう思っています。教育・市民団体・地域ボランティアなどの活動が以上に高まったならともかく、表面上はそんな変化は起こっていませんからそう判断せざるを得ません。

 

 いかにして自民党は選挙をすべきだったか?どうすれば勝てたのか?党再生よりこっちのほうが本筋だと思うのですが、あまりそういう議論は聞きませんね。まぁ結論同じならいいやってことなんでしょうか?結論はもちろんパージです。悪者を内部に作って切り捨てることです。河野太郎が訴えたように、長老連を一掃することしかありません。例外として族議員以外は温存してもいいでしょうが、彼らは実力者として我が物顔を振るうから基本的にダメです。民主の渡辺長老のように何しゃべってるかわからない人ならいいです。ああいう人は基本的に俺に話が来てないぞ!どういうことだ!とかいちゃもんを付けませんから、本当に村の長老みたいな人ですからね

(^ ^;)。谷垣氏が言う、ドラクエ作戦「みんなでやろうぜ」なんていうのは、結局利権集団から政策立案集団への転換を否定するようなものです(もちろん政治をやる上で完全に利権から離れることは出来ませんが)。最悪です(というか敗戦の総括を新総裁の下でちゃんとやったのか?)。前にも書きましたが、

 危機にあっては年功序列を問わずに、若手の一番優秀な人材を抜擢する

 というのが組織の鉄則です。前回のように5人ほど少なくとも何らかの個性がある人物が出て、かつ若手・中堅のみの代表戦になることが再生に向けて、おっ!自民変わろうとしているな!というサイン・シグナルになるのに、谷垣氏という守旧派が立候補したこと自体、しかも勝ったということが己には信じられません。

 年金もそうですが、とにかく改革が出来ないどころか、内閣を四年間保つことすら出来ないというていたらく、政権担当能力があるのか!?という問いかけは、宮崎県知事、否、そのまんま自民に跳ね返ってきてしまいました。

 内閣が意見統一できず、朝令暮改のように政策内容が変わり、道路に公務員制度と何が優先され、何をやるのか伝わらない。そもそも世論は一度は民主にやらせてみようかという声でしたが、大丈夫かなぁ、不安だなぁという声が大きいものでした。「自民は不満、民主は不安」が今年度を象徴する言葉だったと思います。

 最悪だったのは選挙で、これに勝ったらこの政策をやる!この選挙は○○選挙だ!ということを麻生さんが言えなかったことです。これは彼個人の優秀さに関わるのではなく、党内の事情によることでしょう。己も人物で、鳩山か麻生かと言われれば4:6で麻生さんを選びます。小沢、安倍でも同じでしょう。しかし自民と民主なら圧倒的に民主を選びます。少なくとも現在の自民では。

 個々の政治家の政策立案では自民の方が上かもしれません。しかし自民という党システムがそれを台無しにしていました。優秀なものを使えないということより、不要になった利権・権益を切りきれない。目先の組織票で三議席あるとすれば、その三議席か、無党派層の十議席か?という選択肢で目先の確実な三を取って敗れたのが今回の自民でしょう。つぼに手を突っ込んでアメから手を離さないで、手が抜けないアホのごとく。

 誰がどう考えても、日本の新成長プランを打ち出すための邪魔をする利権誘導型政治家をパージすれば済む話です。郵政選挙で何故小泉が勝利したのですか?郵政(失礼優先でしたΣ(゚∀゚;))順位が高くなかったとしても、身内の膿として既得権の郵便団体を切り捨てたからでしょう。自民はこれまで長く与党にあった以上、より過酷な人身御供を求められます。スケープゴートに道路・農業・医療を血祭りにあげる、そして次の選挙までに改革法案で結果を出す。それが出来ない以上。自民が野党として15年研鑽を積んだ民主に勝てないのは自明の理なのです。

 少なくとも鳩山・菅といった人物が政治改革案を唱えていたわけで、与党が転落せずに与党であり続ける最大のコツは野党の不満を先手を打って実現してしまうことなのです。何故政策をパクらなかったのでしょうか?後で書きますが、自民でもやれることは数多くあったのです。これはレガシーコストでは説明できない現象です。何故なんでしょう?自民党は腐っているからだ!では己は到底納得できません。もちろんこれまでなぁなぁで、明確なリーダーを確立するという慣性力を持っていなかったといえるのでしょうが、それを小泉が首相を辞めた後、後継者育成に果さなかった理由がわかりません。

次回は、具体的に小泉・安倍・福田・麻生と検証してみます。いや、検証するまでもないか…

※追記、誤字修正。太郎に、一郎という名前が何故多いか?それは世襲前提で子供を生んだから。票を書くときに迷わないように簡単な名前しか付けない。小泉氏の父の純也+一郎で純一郎も同じだろう。

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