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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

書評― アフター・ヴィクトリー(1) 戦後構築の論理と行動 G.ジョン・アイケンベリー

 ブログ引越し&見直しの再掲です。元は10/01に書いたものです。

After Victory: Institutions, Stategic Restraint, and the Rebuilding of Order After Major Wars (Princeton Studies in International History and Politics)

After Victory: Institutions, Stategic Restraint, and the Rebuilding of Order After Major Wars (Princeton Studies in International History and Politics)

 
After Victory: Institutions, Strategic Restraint, and the Rebuilding of Order After Major Wars (Princeton Studies in International History and Politics)

After Victory: Institutions, Strategic Restraint, and the Rebuilding of Order After Major Wars (Princeton Studies in International History and Politics)

 
アフター・ヴィクトリー―戦後構築の論理と行動 (叢書「世界認識の最前線」)

アフター・ヴィクトリー―戦後構築の論理と行動 (叢書「世界認識の最前線」)

 
 書こう書こうと思って全然書けてなかったアイケンベリーさんをようやく書けます(^ ^;)。アイケンベリーって名前が良いですよね。愛犬元気みたいな、賞金首10億ベリーみたいな感じがいいです。 
 んでまぁ、前にもチラッと書きましたが、訳が時たま間違ってます。というのもこれ、やっぱり学者によくあることで文章書くのが下手なんですよ。学者はたいてい文章書くのへたくそです。というのも彼らは①地頭が良過ぎるので、多少わかりづらい文章でも読みづらいとか感じない。あと②専門家や学者向けにしか書いていないから、わかりづらくてもかまわないと思ってるんですね。わからなければ、わからないで学会なり、何なり内輪で、「こういうことですか?」って直に質問できますから。いずれまた書きますけど、学問の閉鎖性・硬直性はこういうところから生まれてくるんですね*1
 最初、猪口孝さん編集じゃなくて、本人が訳していると思ってたんで、大丈夫だろうと安心してたので、スルーして読んでました。150あたりから?という記述が目に付くようになって原文と参照してみると大体間違ってますね。というのも、一文だけで三行・四行当たり前のめちゃくちゃ長い文章なんで、修飾箇所だったり、文章の順番だったりがよく間違って訳されてます。とりあえず?という箇所があって理解できなかったら、間違いなく原書を見たほうが良いですね。こういうのって出版社は気にしないんですかね?監修者じゃなくとも、校正の段階で訳が正しいかチェックする人他にいないんでしょうか?金がないんだろうか?己なら五十万位なら引き受けますけどね。まぁ、そこまで金払わなくても、チェックだけですからチラ見、五万でやりますよ。今ならたった五万円!先着残り100名様!何このネット小額詐欺(^ ^;)。
 あとやたらめったら「」使いすぎて、筆者の重要用語なのか、訳者が勝手に判断したものか区別が付きにくかったのが少し難点でしたね。学者によくある正確性を重視するあまりに一文に修飾、限定、保留、注意書きが次から次へと書き込まれ読みにくく、文章の流れが潰される。そういう意味で専門に国際政治を学んでいない人間にはキツイでしょう。己はかなりイラッ(゚Д゚)としながら読みました。
 で、この本の内容なんですが、読んでいて「ああ凄いや。これ今の時代の生存している国際政治学者でナンバーワンじゃないのか?」という感想を持ちました。まさにそのとおり。
 その圧倒的な発言力から、教皇ジョンと呼ばれたというのもうなづけます。しかし、重要なのは日本語版序章と、一章と結論で殆ど筆者の重要な主張は終わり、肝心な如何にして戦後秩序が形成されたのかという指摘、事実を見ていくのは少しお粗末な内容といわざるを得ないものでした。トップがどういうことを考え、どういう風に現在の状況を見ていたのか―という言及が異常なまでに多すぎて結局「で、何?」という状態になりかねない。一次・二次史料あさって時系列的に振り返っているだけという感がぬぐえません。普通本を読む人間って、その事項の重要な事件とそれを支える流れ、バックボーンを要点でまとめてあるものを要求するでしょう。とにかく、長すぎて疲れます。絶対にまとめながら読まないと分けわからなくなります。学術書だから当たり前だろ!(`・ω・´) キリッとか言うんでしょうけどね(´-ω-`)。一般人に伝わらない学問の重要性が未だに己には理解不能です
 
目次を見ていくと、
第1章 秩序の問題
第2章 多様な秩序―勢力均衡型・覇権型・立憲型
第3章 秩序形成の制度理論
第4章 一八一五年の戦後構築
第5章 一九一九年の戦後構築
第6章 一九四五年の戦後構築
第7章 冷戦が終わって
第8章 結論

 ―となっており、章立て、目標設定から論点を建てて、展開して結論を持っていくという一連の構造に問題点はありません。やっぱり英語圏の人間だけあってここはしっかりしていますね。
 まぁ、でもやはり結論が弱いんですね。国際政治学・理論だけを一生懸命勉強したと言う感がありありで、これからどうすべきか、どういう法則が支配しているのかといった分析が弱く、「ねっ、だから国際制度ってのは重要で、しっかり米もわがまま言わないで守りましょうね」という意見で終わっている。この書を読んだ人間はいかなる人間であろうと、その制度・レジームの重要性に異を唱えるものはいないでしょうが、では具体的な問題に対してどういう対応方を取ればいいのか、新政権が持つ課題に対して、どういう優先順位をつければいいのかといったことがまるでわからない。ただこの本中で語っていないということでもなく、奥山さんのサイトでもヌッころされるアイケンベリーというような記事で書いてありましたし、やはり具体的案・プランには弱いようです。参考になったのは4章の1815体制の説明くらいですかね。

 さて、前菜ともいえるべく問題点を指摘した後で、ここからはメインディッシュ・オードブルです。褒めまくりますね。むしろ日本人にとってはこの序章が何よりも重要なものといっても過言ではない。この十の提言を必ず読むべきであり、もっとこれが知られるべきでしょう。

 一、米国のパワーが備える優位は多面的であり、史上例のないもの。さらに近い将来もこの優位が失われることはない。
 二、一極的世界という環境において米も世界各国も戦略的意思決定に戸惑い、模索する。世界各国が利用できる歴史的経験、政策立案理論はあまりないからだ。世界中の政府は現在のような例を見ない極端な「パワーの不均衡」に、アフガニスタンイラクに懸念を覚える。二つの戦争は武力行使、同盟、大量破壊兵器、主権、介入主義に関する重要な問題を提起した
 つまり、今や世界は重大な地政学的調整プロセスの中に入った。一極的世界はルールと制度(A)か、それとも米国パワーの一方的行使(B)に基づいて確立されるのか。また、一極的世界の性質、この体制から利益を得るのはどの国で、支配権を持つのはどの国であるかということが、米国と各国で行われる論議の「見え隠れする副文脈」である(=裏打ちする、真の重要なテーマ!)。
 ※注 新秩序を米は当然模索し、提唱し、それを実行する。この新概念は、国際協調主義的な他国皆が納得できるやり方で進むのか、それとも米が自分の圧倒的なパワーを行使して進めるのかの二通りしかない。そのゆれ幅で世界の政治は動いていくということ。

 三、一極支配はルールに基づく国際秩序と両立するか、しないか?主要国すべてが今注目している大きな問題は、「米外交政策は今、一国主義的で新帝国主義的な方向転換か?もしそうなら、永久に続くのか、それとも偶発的で一過性なのか?」である
 ※注永続的な外交の型になるのか、それとも一時的なものに過ぎないかという見極めを世界中が注目している。

 四、米国は諸国が米国の一極的パワーに対しどのように対応するかに大きな影響力を持っている。米国が、相互に合意されるルールと制度に基づいて行動するなら、諸国は米に抵抗しにくくなり、協力しやすくなる。米国がルールに基づく秩序に拘束されることなく、全世界的な規模で単独行動をとる度合いが強まれば、諸国は米国に同調するよりは抵抗する度合いが高くなる。現在の米国は、国際秩序に対するアプローチとして二つの選択肢を持っている。一つは「国際協調的特徴」を備えた覇権―多国間主義、拘束的な同盟パートナーシップ、戦略的抑制、共同安全保障、相互に合意された諸制度を基盤にして構築される国際秩序である。もう一つは「帝国主義的特徴」を備えた覇権。これは一国主義、威圧的支配、合意された「ゲーム・ルール」を互いに守る約束の縮小を基盤にして構築される国際秩序である。米の選択するアプローチによって各国のとる方針も穏健か強硬か変わる。
 ※注Aなら米○で協調、Bなら米×で非協調時に対立も、単純な対比ロジック。世界から協力を得たければ、ルール・合意を尊重しなければならないし、そうでなければ各国からの協力は得られない。

 五、一極的な「パワーの分布」は主導国に「正統性の諸問題」をもたらす。諸大国は、二極および多極のとき、この問題を感じなかった。一極的な分布特有のもの。しかも、米国の一極的パワーは今日、実際に一つの「正統性の問題」に直面している。二極的、あるいは多極的世界では、国家パワーの正統性を確保することは一極的世界でよりもずっと簡単である。二極的世界では米国パワーはソ連共産主義という共通する敵のために正当化された。しかし一極的あるいは階層的秩序では、まず米国パワーの潔癖さと正統性が問われる。
 冷戦が終結した後の米国パワーの正統化のテーゼはクリントン政権時、グローバリゼーションと市場開放の擁護であった、「関与と拡大」が合言葉であり、米国のパワーは資本主義と民主主義を支える進歩勢力と結びついている。アジアの金融危機とグローバリゼーション反対運動は、米国パワーの正統化テーゼ「飾り衣装」を傷つけた。ブッシュ政権は、テロリズムとの闘いを、国際秩序に対する米国の外交原則ならびに基本原理の切り札に格上げした。しかし、テロリズムに対する恐怖は米国パワーを正統化する「飾り衣装」としては不十分である。
 ※注多、二極のパワー分布では存在しなかった正統性という問題が出てくる。まず米の正統性が問われる。そしてグローバリゼーションと、テロとの戦いという金科玉条はそれを支えるものとしては弱く、他国を自動的に協力させるものではないということ。

  六、一極主義は、世界が米国による国際的公共財供与をどう眺めるかという点でいくつもの問題を作り出しているように見える。過去において米国は、安全保障上の保護や市場開放政策の支持という国際的公共財供与。公共財を供与されることで、世界各国は米外交政策が与える日常的ないらだちを我慢する傾向があった。しかし、この″バーター取り引き″は変化の兆しを示している。
 今日、米国が供与する国際的公共財は以前よりも少なくなっている。同時に、米国の支配に伴ういらだちは以前よりも増大している。この力学を次のように解釈することは有益であると考える。「米国は、『グローバル・ガヴァナンス』の提供者――これは、いわゆる『国際協調的』覇権の行使を通じて提供された――であると同時に、自らの国益を追求する大国でもあるという点でユニークである」ここでの私の主張は二つの役割、国際協調的覇権国と伝統的大国という二つが。ますます対立の度を深めているということである。
 ※注 公益を追求する米と、国益を追求する米という二面性。そして公共財に対する貢献度が低ければ低いほど、他国の信頼・協調も減っていくということである。

 七、米国は、戦後期に世界秩序を構築し、米国のリーダーシップを行使するにあたって、二つの戦略を同時に展開した。一つの戦略は均衡、封じ込め、抑止、卓越の現実主義的戦略である。この戦略は冷戦とともに登場し、冷戦後戦略の一部は消えた。もう一つの戦略は、いわゆる国際協調的包括戦略である。この戦略は国際的秩序の基盤としての市場開放、民主主義、制度的協力、多国間連携を推進することである(エンゲイジメントとコンテインメント)。最も重要なものがNATOと日米同盟である。米国が主導するこの地球的安全保障パートナーシップ・システムは、冷戦が終結した後も生き延び、システムが明示するコミットメントと保障措置を通して安定の礎となった。米国は欧州と東アジアに「出城」を築き、機能させている。

 八、一極支配の時代に多国間主義的戦後秩序に代わる秩序として最も大きな可能性を持つのは、一極帝国でもネオ孤立主義でもなく、グローバルな「ハブとスポーク」的、二国主義だろう。現実に東アジアの「ハブとスポーク」型組織は将来の世界秩序のモデルとなるかもしれない。東アジアの「ハブとスポーク」型安全保障組織が例示するように、米国が異なる地域すべてに存在する基幹国家と二国主義的な関係を維持する形で世界秩序を機能させることは、米国に大きなインセンティヴを与える(米は国益にかなう二国間関係強化に向かう)。
 一極国家のパワーに見られる競合的な二つのロジックを理解するために、米国が欧州と東アジアでそれぞれ経験した対照的な事例を振り返ることが有益である。欧州では、米国は欧州との多角的秩序に合意した。米国はNATOと他の多角的制度を通じて自らのパワーに抑制を加えた。その理由は支払った価値に十分匹敵するものを獲得できたからである。
 一方、東アジアでは、安全保障関係は急速に二国主義的になった。この理由は何か?欧州と東アジアでの条件が違っていたからである。多国間主義は東アジアには適さなかったということである。欧州は、概ね同規模の国から成っており、多国間条約のもとに結集することが可能だった。これに対し、東アジアにはこの要素は存在しなかった。ここには別の要素があった。それは、米国か東アジアの支配的立場にいたが、是が否でも、この地域から撤退したいと考えなかったことである。そのため、米国は政策の自主性を諦めて、まで東アジアでの制度的協力を手に入れる必要性を感じなかった。このように東アジアにおける極端な覇権ができたことで、この地域では戦後弱小諸国による″ただ乗り行為″を招くことになった。しかし、米国は、米国の行動の自由に対する多角的抑制を受けることなくコントロールできた。
 いくつかの点で、グローバル的観点から見る一極支配は、米国にとって同じ論理をもたらす。米国は多国間枠組みの中で行動するのではなく、世界中に「ハブとスポーク」型の「特別関係」ネットワークを作り上げようとしている。米国に協力し、米国のリーダーシップを受け入れる諸国は、安全保障と経済の両面で二国主義的な特別の恩恵を与えられる。「ハブとスポーク」型二国主義的合意の場合には、多国間主義的合意関係の場合以上に、米国は自国の優位を直ちに、かつ目に見える形で、他国からの譲歩に完全に転換させることが出来るのだ。それでいて政策的自立性は少しも失われない
 たとえば、シンガポールはブッシュ政権の対テロ戦争を支持した。その結果、同国は二国間自由貿易協定を手に入れた。同時に、米国は、全世界的な多角的コミットメントをせずに済ますため、主要諸国と直接取り引きを行なうことができる。たとえばブッシュ政権は、何十もの諸国と二国間交渉を行なうことによって、国際司法裁判所が及ぼす影響力を押しとどめようと躍起になっている。
 ※注 東アジアと欧州という地域の絶対的な条件の違い、米は自国に有利な東アジア型で今後外交を進めていく!。

 九、米国が多角的秩序の中で行動し続けるインセンティヴとしては主として三つのタイプがある。こうした多国間主義の源は、相互依存機能に対する需要、パワー管理に必要なパワーの長期的展望、米国の政治的伝統とアイデンティティから生まれる。
 第一の理由は、経済面でのグローバルな相互依存関係が増大するにつれ、多国間での政策調整を行なう必要もまた高まるという単純な論理である。米国の需要は他国を抜いて最も強くなるから。
 第二の理由は、多国間主義を支持する米国の態度は、パワーを温存し、正統的で安定した国際秩序を構築したい。つまり包括戦略的関心から。「現在の国際秩序が驚くほど耐久性と正統性に富む性格を有しているのはなぜか?」という疑問の答えはこの戦略にあるのだから、当然この戦略に回帰していく。現在の米政権は今後、総合的パワー管理のインセンティヴに対応すること、一国主義への傾斜に歯止めをかけることの二つを実施するだろう(オバマ政権によって、この方針に回帰することになるのだが、ブッシュ第二次政権がそうなると教授は予想していたのだろうか?)。
 第三の理由は米国のアイデンティティ、法による支配を重視する。国内外問わず、秩序に関するルールと原則を基礎とする。文民ナショナリズムという米国の伝統もまた、この概念、法による支配こそ正統性と政治的一体化の源であるという概念を補強する。
 ※注 相互依存により、政策調整が増えるから単独行動は難しいし、制度・システムの強さ、パワーが衰えてもその恩恵をあずかれるために長期的視点に立ってこれを採用する。最後に米の国民性から行って法の支配を追及するからそうなっていくというもの。だったらはじめっから単独主義を採用しない気がするんだが…。むしろ何故そのような米の偏狭性が存在しうるのかという提言がないのに驚きます。

 十、一極支配の政治が伸長することで、パワー・ポリティックスと、「安全保障共同体」の″混合体″が今後の秩序形態として姿を現すだろう。米国が新帝国主義の道を大胆に突き進む選択を行なうとは思えない。しかし米はこの政策を米国の戦略的包括構想にとりうる。西欧・米国・日本のような民主主義大国に存在する秩序の基本的性質は、一国主義の条件下であっても継続すると思われる。つまり、こうした民主主義大国は、諸国間に紛争が生じても、最終的には平和的手段によって紛争を解決する「安全保障共同体」の中に生き続ける。「安全保障共同体」では、武力または戦争に訴えることは、この共同体に属する諸国間の政策実行手段としては考えられない。民主主義諸国間でパワー・ポリティックスの傾向が強まるだろう。ソ連の脅威が消滅した今、調整作業は、過去より相対的に緊迫する。「一極支配型政治」は「安全保障共同体」の基盤の中で演じられるパワー・ポリティックスの新形態になる可能性がある。米国はこの一極秩序に適用されるゲーム・ルールの確立に影響力を発揮する大きな機会を手にするだろう。      
 ※注 民主主義大国間の秩序の基本性質は「安全保障共同体」と定義される。紛争・問題が起こっても戦争に発展しない基本型が存在する。その「安全保障共同体」という基本型の上に、米と西欧・日のパワー・ポリティクスの展開という新しい型が展開される。

長いんでこの辺で、次回にここから何が言えるかを書きます。

*1:そんなことどっかで書いたっけ?いずれ書きますと言ってそのまんま忘れてること多いからなぁ。