てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

民主党について(7) 官僚制について解説

 民主党関連の記事をちょっと見直して記事を修正・追加してきました。そういや書くべきだったことを書いてませんでした。官僚制について、マックス・ウェーバーの言説から官僚制とは依法官僚制家産官僚制があります。読んで字のごとく、法に依る官僚、つまりルールにのっとって行動する官僚と、家の財産を以って行政を執る官僚制の二つのタイプです。

 

 近代的な官僚が法にのっとってのみ行動するのに対し、前近代の社会では官僚はルールにのっとって行動するのではなく、財産や権限を私有し、そこに公の物かそれとも個人のものかという明確な区別はありません。王などから大きな裁量権が委ねられ、その意志に任せられて行政を執るのです。どの社会を見てもこのような行政を執っているのが殆どです。古代・中世はそれが貴族制であるか、官僚制であるかの違いがあるくらいでしょう。欧州が発達して、資本主義・依法官僚制になったかどうかはさておき、世界中どこでも巨大な裁量権を持つという事実は共通していました。17世紀ころの世界帝国の時代になり、中央集権国家が続々誕生しても、家産官僚制の基本的な型はあまりかわりがありませんでした。それは広大すぎる領土に雑多な民族が占める世界帝国では、一部の要衝・直轄地を支配する以外は地方自治=権限を委ねた方が効率が高いからです。

 

 家産官僚制では官僚は行政を恣(ほしいまま)に操り、自己の権益を追求します。公益と権益がセットになるために、自己の利権とぶつかったときに彼らは仕事をせずに、法案の骨抜きのように抵抗をします。自己の利権を守るのにいいのは、その業務を専門化することです。専門化すればするほど、彼らの地位は安泰になり、利権をむさぼることが出来ます。このような数々の手法を駆使して自らの権益のためだけに行動するようになり、その組織は本来の目的をなくし、自己肥大化を続けていきます

 

 家産官僚制程度ならまだ問題はありませんが、問題はさらに根が深く腐朽官僚制にあります。腐朽=腐りおちる、つまりシステムの機能不全状態です。先ほど述べたように、自己肥大化が極限にまで進み、自己浄化能力を完全に喪失した状態になるともう腐朽官僚制の完全体になったといっていいでしょう。

 

 官僚制が何故これまでに腐ってしまったのかというと、この自己浄化能力を喪失し、無目的の利権の網を張り巡らせていることにあるでしょう。頭をなくした怪物が、その触手を社会の隅々にまでいきわたらせ、箸の上げ下げにまで管轄し、口を出す状態になってしまったのです。リヴァイアサンでもベヒーモスでもなく、ひたすらに増殖を繰り返し、健康な細胞を食い尽くす癌に似てると言ってよいでしょう。巨大な怪物の恐ろしさは誰にでも一目瞭然にわかりますが、自分が発病にいたるまで気づかないという病気の恐ろしさを考えると性質のまったく違う恐ろしさであるといえます。頭がない怪物で、首なしドラゴンとか、からくりサーカス思い出したんで、世界を滅ぼしつくすゾナハ病にたとえましょうか。 

 

 本来権力を監視するために一元化させない三権分立に代表されるような思想があります。しかし今現在行政・立法・司法全てに官僚の人間が出向したり、行政指導という名の下に口を出し、手のひらに収めています。決断を下すはずの政治家の決断が届かず、ひどいときには平気でひっくり返し、法案を作るのにも自分達の意志をねじ込ませ、裁判所は現実問題の調停をせずに、中央の役所に陳情に行かなくてはならない―という巨大な利権が集中したブラックボックスに官庁はなっています。

 

 この腐朽官僚制によって日本は日米戦争に敗れたと小室博士は喝破しましたが、では現在にいたるまで日本の宿痾である腐朽官僚制に如何に対処すべきなのか、どういう改革をするべきなのか?またそれを成立たらしめている日本システムとは一体なんであるのか?ということを今後まぁ書いていくわけです。それを明言していないと一貫した論理が見えにくくなってしまいますからね。思いつきで説教してるみたいになってしまいますからこれをしっかり書いておかないと意味が無いと。民主党は当然腐朽官僚制に手を付けていくわけで、それがどうなるかという視点で書いてます。 

 前後リンクを一応↓