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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

宮城谷昌光 『三国志』

ブログ引越し&見直しの再掲です。元は10/03に書いたものです。

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

三国志〈第1巻〉 (文春文庫)

 

 メモ程度の話。流石は梁冀や桓帝から始まってますね。つまりはどうして戦乱が始まるのか、国家が崩壊していくのかという原因の端緒から書き始めようと。

 おそらくこういうスタンスで書いてある三国志は今までなかったんじゃないんですかね?特徴として、氏の三国志は、今七巻まで読んだが、曹操が凄い=曹公とはそこまで見抜いているのか…的な表現が多い気がします。郭沫若氏以来、曹操名君・英雄論が台頭して久しいですが、最早曹操=超人的な作品表現は主流として定着しつつありますね。あと、

もう一つの『三国志』 異民族との戦い (新人物文庫)

もう一つの『三国志』 異民族との戦い (新人物文庫)

 

 なんかに代表されるように、マイナーな人物にも光が当てられる傾向が最近は増えてきましたが、ちょっと余分かな?と思うほど、能吏・名臣の逸話などがふんだんに盛り込まれてきますね。マニアにはたまらないかもしれませんが、初心者はついていけるかどうか心配。あとそれによって寄り道にそれるのでダレる。

 

 朱儁皇甫嵩などへの言及や、董卓英雄論に近い形で、董卓の行動を理解できるものとして描いている点は流石。これも他の小説ではあまり見かけない。袁術=勤皇論や呂布の行動も勤皇的な見方で説明できるとしたのも、へぇ~と思いました。ただ、梁冀を異常性格者のように描いて、楊震を名臣として対比させるような、ステレオタイプの描き方はいただけないですね。これは明らかな正史=大本営発表、ではあっても、事実とは程遠いと思いましたね。

 

 三国志の魅力の一つに、というか歴史ものとして普通は戦場描写、戦争におけるシーンが見ものであるのだが、この小説では、殆ど戦争描写がない。あっさりと勝った、負けた程度で終わる。これはかなり珍しい。あっさり事実を残す文書行政の人間でも、もっと丹念な記録を残すだろうと思う。

 氏にはあまり戦場でのバトル描写に興味が無いのか、三国志を知っている人間前提に書いているのだろうか?戦争より政争・人間の生き方を重点においているのかな?と感じました。指揮官の決断のような描写は数多かったし。董卓が死んだという表現だけで終わったときは、 (´・ω・`)ショボーンでしたね。せっかく董卓をちゃんと描いた人なのだから、最後をもっと感動的にしようと思えば出来るだろうにと思いました(董卓ファン並の感想)。

 さらに?と感じたのは袁術=勤皇説を唱えながら、どうしてその袁術が皇帝を僭称したのかという疑問や、張邈が曹操を裏切った理由。あるいは呂布董卓を裏切った理由など、赤壁でどうして孫権が開戦を決意したのか?などという興味深い謎に独自の答えがないところ。ここら辺は三国志ファンなら誰もが気になって仕方ないところなのですが…。また荀彧の死について、曹操が自殺させた。それだけで独自の考察が無いのも物足りないし、徐州虐殺も然り。こういう三国志ヲタが食いつきそうなポイントポイントでサラッとしているところが、個人的には残念でした。

 袁紹の人物評価なども旧来のものの延長(まだ、現在の歴史学でどう評価が替わってきたか知らないのだけれど)、袁紹がバカだから負けた―というのは結果論であって、結果からの逆算であって、答えになってない。それでは歴史学ではない(まあ小説ですけどね、歴史学の話を唐突に)。あと、劉表劉璋も同じような流れで理解できるんですけどね。なんかあったら、こいつはアホ・凡庸だからで済ませるようなところは(゚Д゚)になりますね。

 孫劉同盟の破局過程、どういう風に現状と二者間のパワーバランスが変化していったかなどの描写は見事で、おもしろかったですね。

 

 今日7巻読んだばかりで、分かったことが一つあるのでメモとして。何故曹操赤壁以後、長江沿いの人間の強制移住を行なったか?その結果多くの人が孫劉に流れてしまった。これは後の関中および漢中戦の際、当然合肥という拠点で孫呉を迎え撃たなくてはならない。城ならいかに差があろうが、守りきれるのは官渡で実証済みである。しかし、孫権が城攻めを嫌って、徐州虐殺の時のように近隣住民を皆殺しにすることで、城からおびき出させようという策をとる可能性が、少ないとはいえあることはある。よって多くの人間が敵側に移ってしまうというリスクを犯してでも、強制移住を敢行したのではないかという仮説を立ててみた。徐州虐殺は城に籠もる敵をおびき出させるためにやったとみてますんで*1

*1:まあ、当然今ではそんなことは思っていませんが、「貴族」政治が始まる時代なので、ひとりでも多くの民を確保しようという現れでしょうね、単純に。自由民がまるでいなくなりますからね、魏晋において