てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

蒼天航路より 満田さんのブログから


書かないとブログ更新止まっちゃいそうだから、二日ぶりに。書く気になれるネタが有ったのも幸い。

 さて、ネタとして書くのは三国時代を扱う学者満田剛(みつだつよし)さんのブログの記事です。丁度気になったのがあったので、ここから一本書こうかなと。

 2008-11-13 23:30:00付けの『蒼天航路』9(その3)   とある記事からですね。違った( -д-)… こっちだった。 2008-04-04 12:30:00付けの『蒼天航路』での漢魏交替期の文学と政治 でした。

 氏はこの記事中で次のように述べてるんですね。何晏が『儒にとって代わる物として魏王(おやじさん)が文学をぶち上げたってほざく馬鹿がいるけど、この詩見ろって!政をどうにかしようなんて所から芸術が生まれることなんかあり得ね―絶対にあり得ね―ッ』という台詞について、「名士」の文化的価値の根底には儒教があった。曹操がそれに代わる新たな文化として選んだ物は文学であった。と述べられている。王欣太氏はこれらの渡邉義浩先生の論文・著作を念頭に置いてこのセリフを作られたのであろうか?だとすれば、筆者としては「ただただビックリ」である。

 学問的考察から見たら、まさしくその通り。文学によって新しい、人事制度基盤を作ろうとしたんでしょう。しかし、この蒼天航路は物語です。人間の生き様、我や個をどれだけ貫き通せたか、どれだけ貫いて生き通したのかというのがテーマになっています。曹操は社会通念にとらわれずに、自分が正しいと思ったことを貫き通した破格の英雄として描かれました。この時代はその社会通念、自由な人間の生き様を押し込める要素として儒が描かれています(ですから、実際歴史あまり詳しくない人から見たら、この作品しか読まなかったら、儒教がなんか全体主義みたいな諸悪の根源に思えてしまうだろうな(^  ^;) )。 歴史学的事実より、文学的表現、感動させること、テーマを伝えることの方が重要ですから特に、しっかりと歴史学的正確さが要求されるわけではないんです。 物語は物語、史学は史学で、当然別物です。歴史学的正確性が足りなくても、だからといって物語を否定する必要はありません。

 とはいっても、満田さんも別の記事読むと、その違いはしっかり認識している人のようです。別に歴史的事実じゃないぞ!この漫画家め!だまらっしゃい!ハハハこやつめ!ここにいるぞ! ジャーンジャーンげぇっ!関羽!なんてことになったりはしない人です。どうも学術的な指摘―渡辺義浩氏(此の人が現在三国時代の権威ですね)の業績を知った上で、否定したのではと勘違いしているようです。どうみてもその可能性はないでしょうね。何晏に言わせたかった筆者の心情は、新しい時代の誕生、切り開く文学・芸術が生まれた感動を表現したかったんでしょう。筆者が論じているのは芸術論で、渡辺氏が論じているのは政治論です。

 芸術的スタンスから見れば、芸術が萌芽するのは人間の内面からである。
 政治的スタンスから見れば、文学は政治背景・要因から生まれる。

それぞれ違った要素からの視点の違いに過ぎず、二つの物の見方は決してゼロサム関係、○×で判断できるものではない。同時に並立しうる考え方で、両者は矛盾しない。

 こんなこといちいち論じなくても、もしかして歴史的研究を読んだ上で否定したのかな?という単純な疑問に過ぎないでしょうけどね。作品では儒教的社会通念の大きさ、社会の崩壊で新しい通念の登場は必然。決して新しい国を作るために、作為的に文学を為政者が興したわけではない。価値のないものを無理やり、為政者が素晴らしいものとして押し付けているわけではない。周囲の人間からは権力をめぐる邪推がある。その権力のための道具として文学を作っているという邪推をこそ否定したい。史実はともかく、物語中の曹操という人間は才能・素晴らしいものをどこまでも見たいという好奇心の塊の人間。その人間がそんな理由で文学を興すはずがない。事実、蒼天では曹操に帝位の野望はない人間、自由な一個人を選んだ人間として描かれています。もちろん史実とは違うでしょうけどね。だから、何晏のセリフに史学て研究の否定の意図が込められている要素はほぼゼロでしょう。

 ホントは己もこれ見たとき、ちょっとドキリとしたんですよね。「あれ、文学って曹操が才能主義を貫徹させるための科挙につながる人事評価制度の一つだろ?」と。しかし、ネットで学者さんのこういう思いに触れられるってのも時代の変化を感じられていいですな。何だこの終わり方…。