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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

孔子平和賞について

まともな分析

過去記事の再掲です。元は10/12に書いたものです。

さて、孔子平和賞について。

目次

 

孔子平和賞=愚か?】

 何やってんだ?中共アホか?といった反応がまず起こるだろうと思っていた。実際そういったブログをいくつも見た。さて、これは正しいのだろうか?もちろんそれはある種正しい。連戦(大統領選に負け続け連戦連敗と揶揄された人)にさえ、スルーされた。

【東アジア=儒教圏という設定】

 まず、儒教原理を賞にすることで、儒教圏、日本は江戸期に儒学を取り入れただけだが、日韓ベトナムそこら辺を一つに取り込みたいという戦略の一端と見える。さらに台湾はいうまでもなく、偉大な儒教文化を共有する同胞という意識を呼び起こしたいのであることは間違いなかろう。一時期四小竜といわれたNIEs儒教に基づく文化があるからだ!なんていう人もいましたしね。単に日本統治と英統治の過去があっただけなんですけどね。

孔子儒教戦略を採る中共

 以前から、儒教孔子学院のようなものをあちこち作って、それを一つの戦略として用いていました。つまり、これは思いつきの行動、単なる平和賞へのあてつけではないということですね。

 最近洋書かいてないけど、(ツイッターでも洋書中心なんて言っちゃってるし(^ ^;) )、「the limits of china nationalism」なんて論文だと、中国のナショナリズムは危険か!?なんて尖閣の事例で煽ってます(日本の有志が灯台作ったときね)。もちろん、危険性はあるけれども、ナショナリズムを実際の政策の手段として用いること、領土だったり、歴史問題だったり、反日だったりというものは長続きしない。いずれ必ず自身に跳ね返ってくるからだという分析をしてました。

【馬上で天下は取れても、馬上で天下を治めることは出来ない】

 拙意見も同上で、反日教育(江沢民以来の)などというものは一時的には成功して、国家統治に安定を与えることは出来ても、もう60年以上も前のことで何を言ってるんだということになります。たとえるならバガボンドの小次郎が始めて戦った不動様みたいなものでしょうか、一回守った恩があるからといって、それだけでなんで永久に食い物でも女でも差し出さなきゃいけないんだってことになります。
 何より、軍の権威に役立っても、党の権威には役立ちませんからね。いずれそれに代わる正当性、イデオロギーを求めるのは当たり前なんです。毛沢東文革にしろ、鄧小平の天安門にしろ、戦争という危機感があったこと、そして力で支配しているという現実がありました。しかしいつまでもそんなことでやっていけるはずがありません。

孔子儒教=統治イデオロギーの意義】

 んで、なにを新しいイデオロギーにするかって言ったら、ここに儒教がきたわけなんですね。いや、しかしまぁ、三千年以上前のものを持ってくるかいな、オイオイ―と思いました。歴史上どんな国家でも、力によって国家を作る、興す。後に平和的に安定的な当地、効率的な経済利益を上げるためにそれにふさわしい国家に転換する。そういう黄金律があります。中国とて例外ではない。現代的に言うと民主化法治国家、一般的なルールを設定し、それによって紛争を解決する。それが最も効率が良い。

民主化法治国家化に向かうワンステップ?】

 民主国家・法治国家になるかどうかはともかく、少なくともそれに向けた模索であることは間違いない。同時に利権を手放したくないから、何とかならないかという意地汚さも透けて見えますけどね。なにより、日本と違って宗族という血縁原理で動く中国は、儒教というものに説得性がある。陽儒陰法という言葉があるくらい、儒教の階層構造を前提としたイデオロギーは根本規範の血縁とあいまって一定の説得力を備えるでしょう。しかしその儒教国家化の本質は、科挙官僚を儒学から、マルキシズムに入れ替え、科挙官僚を共産党という支配階級に入れ替えただけに過ぎない。つまり現状を是認するものでしかないでしょうね。

【民主主義=資本主義を理解することはげにむずかし】

 日本でさえ、法治国家・民主主義ということをろくに理解していない。だからこそ、三権分立があっと言う間に換骨奪還され、官僚たちに支配されるわけのわからない鵺(ぬえ)国家になってしまう。中国はどうか?言うまでもありません。というか理解していたら、あんなムチャクチャなことは出来ない。これは優秀・バカという問題ではなく、民族・集団の集合意識など、そんなに簡単に成長しない・変わらないということの裏返し。組織の機能的要請から共産党はそういう行動をとるし、各々、血縁原理・幇といった個人の人間関係によって動くことは変わらない。

 言うまでもなく、いずれ中国経済は行き詰まり崩壊する。5%のインフレということが報じられたが、これは意外に大きな変化だと思う。このインフレはよっぽどのことでは流れは変わらないだろう。

【日本がとるべき道・外交とは?】

 己は今回の孔子平和賞などは、むしろ利用すべき・歓迎すべきことだと思う。この儒教孔子イデオロギーはとりあえずは軍から党主導へのイデオロギーの転換。何より最悪の反日イデオロギーからは遠ざかるのだから、これを積極的に支援すべきだと考える。こういう声が聞こえてこないのが不思議で仕方がない。

 そしてその次に、仏教でインドに及ぶ広範囲な包括枠組み・イデオロギーを提唱して、仏教理論からチベットへの取り組み。さらには共産党支配の次のステップ、民主化を促すようにする。仏教から新しい道を見出すというアプローチもあるでしょう。四民平等原理を仏教理論から応用してやるのが一番いいでしょう。民主化には一神教=経典宗教が不可欠。日本の天皇教に変わるものを作り出せるはずがありませんから、仏教でやるしかないでしょうね。中国人なら誰でも契約を守らなくてはならない!とね。「二重規範の打破」をしない限り、中国に未来はありませんからね。

【情けない日本外交】

 それはさておき、情けないのは日本。孔子平和賞?(笑)なんて、バカにしている暇があるのなら、なぜ自分自身で欧米主導のスタンダードではない平和賞を作り出さないのか。そういう戦略的なこともせずに、中国を笑う資格はない。アメリカ・欧州の権威に盲従している者達に中国を笑うことができようか?
 天皇賞でも、仏教からの法華経賞でも良い。天皇賞って競馬みたいだけど(笑)。あるいは吉田松陰賞でも何でも良い。実在の人物ではなくても、鳥山明賞でもアニメ・マンガ・ゲームを生かしたものでもなんでも良い、日本独自のものを発して、世界をその価値観で動かそうという視点・発想がなぜない?特に反戦平和教徒は具体的なアクションを何故起こさぬ?反核運動でそういう賞でも作って、世界中に運動を広げればいいではないか?全く戦略性がない。!!!┐(゚~゚)┌

 中国の統治支配原理からの説明・分析も、東アジアを見据えた分析もない。日本もなんでやらないんだ!という憤りもない。何なんでしょうね?一体?よくわかりませんね、己には。

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*1:サムネ用適当な画像