てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

日韓図書協定成立、韓国へ「引渡し」

日本に外交がわかる議員はいない。日本に外交はない・戦略もない。かのチャーチルヒトラーに譲歩をして、戦争に勝利できる決定的チャンスを失ったことをこう評した。ミュンヘン会談でこの戦争は既に負けていたのだ」と。

 以前から何度も言っているように、わが国はサンフランシスコ講和で既に負けている。あれは講和ではない、属国条約そのもの。文面を読んでも、属国になりますとは書いていない。しかし事実上、運用されている実情を見れば属国化はこのときに始まった。それが間違いではない。あの時代・状況を考えれば妥当な判断だろう。

 むしろ、その属国状態を天与のものとして永遠に引きずり続けようとしたことこそ奇奇怪怪。伝統主義にほんのなせる業。昨日あったことは今日においても間違いなく正しい。そこに合理的判断はない。

 明治維新以後国中の志士は問題をよく知っていた。治外法権で、自国の裁判で裁けないこと。関税自主権がないこと。これでは主権がなく、日本は列強の属国ではないか!とみな憤った。そしてその問題解決に対して全力を尽くしていた。今の日本はアメリカの属国であり、全体主義国家であってもその認識すらない。これでは問題が解決するはずもない。がんばろうとか、団結しようなんていうのは無理に決まっている。がんばるべきとき、団結すべきときにアメリカと戦ってこなかった、官僚・マスコミと戦ってこなかったのだから。復興も民衆のため、人民のためではなく、利権第一官僚様のための復興に成ること間違いない。

 さて、本題。この戦争は既に負けていた。日本外交はいついかなるときも間違いである。日韓基本条約で請求権の問題は片がついているのになぜ返す必要があるのか?日本は莫大な資金を貸し、その資金が韓国の経済発展に多大な影響を与えた。つまり資金の代償に彼らは文化財を放棄したわけだ。目先の金を獲らざるを得なかった環境とはいえ金を払って買ったものをなぜタダで返すのか?

 こういう意見を聞いて、なんだと!この帝国主義者め!韓国人の気持ちを考えろ!となる人もいるだろう。絶対返すなと己は言っているのではない。むしろ、還すこと自体には賛成である。今回返還ではなく、「引渡し」という用語を使ってわざわざその基本条約の返還義務の消滅に抵触しないように言葉を変えてまで気を使って文化財返還外交を行った。いわゆるプレゼントだ。贈り物には必ず対価が生まれる。マルセル・モースの贈与論をひもとくまでもない。

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(新装版でてるな。久しぶりに読み返そうかな。ざっくりしか学生時代に読んでないな)

 外交を進める上で言葉だろうが物だろうが、人だろうがなんでもいいが、贈り・贈られは外交の基本、人間社会における基本だ。難しく言うと相互報酬から、互酬関係という。身近なところで言うとお歳暮という慣習が互酬関係により人間関係を円滑にして進めていくものであって、あれを想定してもらえばいいだろう。今回の返還は秋の李大統領の訪日に合わせて行われる。友好関係前進のアピールが行われることだろう。

 問題なのは、韓国側がこれに感謝を抱いていないということ。彼らは奪われたものだから取替えして当たり前と思っている。力でやられたものは力で取り返す。国際社会の常識。それが暴力なしで返ってくる。日本様はなんて素晴らしいんだとなるだろうか?逆に次は、次はとエスカレートするだけだ。総督府時代の対馬文章を韓国は今でも保有しているという。こういうケースなら等価交換が筋。フランスも韓国に文化財を返却していると勧告の報道は伝えているが、あれは一定期間の貸し出しである。国際法的に言っても過去何かがあったから返せとか、戦争によるものだから不当だとかそういったものはない。宗主国は旧植民地に政治力・経済力を通じて強い影響力を持っているから、そもそもそういうことができないようになっている。それより保護・援助が重要であるからだ。保護・援助をした結果ひとり立ちできて初めて反逆できる。韓国もある種そういう状況にあるといってもいいかもしれない。

 しかし、これを返却しなければ日韓関係に重大な問題が起こるわけでもなく、かつ見返りがえられるわけでもない。そういう状況のときに返還をすべきではない。

 日本の政治環境が絶望的なのは外交がわかっていないこと。外交・国際条約は国内政治を第一に制約する。国際的な環境が決まった上で、限られた自由の中でしか政治は決定されない。一番大きな大枠についての外交がわからないのだからどうしようもない。最初衆議を通過したとき、てっきり参議で否決されるから、国会戦術上簡単に衆議を通したと思った。ところが参議でも賛同、ねじれ国会どこ行った?自民党の何人かが反対しただけで、保守を唱える自民党が否決に持ち込まなかった!!自民党もねじれ国会もこういうときこそのためにあるのに、このていたらく。日本政治は完全に破綻している。まあいまさらなにをかいわんや。

 たとえば返還の代償に、韓国の教科書に日本の植民地統治は勧告の近代化に大きな貢献をしたの一文を入れさせるべきだ。その後、大きな被害が与えられたとか打ち消されてもいい。とにかく台湾のように功罪両面あって、それを正当に評価する環境を作らなければ彼らの「反日」という宗教・イデオロギーは決してなくなることがない。この反日」という宗教・イデオロギーが消えるなら、図書ぐらい安いもの。そういう活動を国家戦略としてきっちりやるべきだ。やらないなら日本の未来はない。何が近未来外交だ。「禁」未来の間違いだろう。

 また韓国は地震の被害の際に竹島管理の強化、支配権の強化を行ってきた。こういうときに返還を進めるということは領土問題に関心が無いということを示すことになる。事実、日本の報道でそれが殆どないことを見れば竹島に対する関心が薄いのは言うまでもない。まあ戦略的価値もないのでそうなるだろう。むしろあんなに固執する韓国人の心情を考えれば、彼らの負けっぱなしの歴史に涙する。

 民主現政権は人権擁護やら、コンピューター監視やらロクなことをやらない。官僚利権&支配強化につながることをやって、下野することになっても官僚に恩を売って官僚様とのパイプからこすい権力を頂く、影響力を持ち続けようという意図が見え見えである。官僚=業界の仲立ちをしてせこい権力を持つことで生きながらえた自民党政治とまったく同じではないか!自民党ですらやらないことをやる=これまで手垢がついていないから自民より力が得られる。だからこういう新規参入、悪法を作って官僚とその利権・規制に影響力が作れる。

 こういう腐れ自民のような政策をひっくり返すには政権崩壊しかない。小沢一派の造反には理がある。造反有理である(これは違う。)、もとい造反有利。仮に80名近くのみにとどまって否決されるにせよ、その行動は評価される。200名近い議員の支持が代表戦であった。一度間違えて次また菅を支持して、選挙で勝てるわけがない。比例議員は次比例で通る可能性は限りなく低い。名前を売らなくては生きのこれないのだ。なにせあのよこくめ氏でさえ、離党&不信任案同調を示唆している。

 小沢という議員は勝負に出る議員、負けをためらわない議員だから必ず勝負に出るだろう。問題は鳩やら前原やらがどういう動きに出るか。事実上民社崩れの現政権と小沢自由党派の戦い。このような悪法、悪政治・二ヶ月かかっても放射能をとめることすら出来ない。チェルノブイリは十日で収束したのにもかかわらずだ。かならず造反はある。同じ過ちを民主党議員、衆議院の議員たちがしないことを祈るばかりである。孔子は願回を同じ過ちをしないということで最高の賢人として評価した。士は過てば改めるに阻むることなかれ。間違えても何一つ訂正しない菅政治にノーを突きつけてくれ。福島を救うために、国士たる行動を切に期待したい。

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