てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

泰斗宮崎市定博士について

 まあ、氏の本を読み直したというか、読んでいなかったもの。いい加減に呼んだものなんかを再チェックしてみましたんで、まとめを。まあ、全集はもう一回読んではいませんが、全集読んだほうが早いんですかね?やっぱ。

大唐帝国―中国の中世 (中公文庫)/宮崎 市定

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 この本はこの時代のまとめ・概観では一番優れているんじゃないかな?と思うほどよく出来ています。岡崎先生のはちょっととっつきにくいところがありましたが、市定氏はそういう「ん?」とか変につまるところとかがない。流石読みやすさで定評がある宮崎市定といったところでしょうか。なんか細かい修正みたいなレポートをネットでも見れますけど、それより、後進の人が新しく概説書くべきじゃないかなと思いますね。

史記を語る (岩波文庫)/宮崎 市定

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 市定ロジックでは古代の都市国家から帝国形成の時代までに自由があった。戦国七雄のような時代こそ最も中国の自由があった時代だとします。その説に基づいているために、すべて自己の説に基づいて説いているのではないか?それは強引ではないか?すべて西欧的な私学の論理をそのまま東洋のそれに当てはめて大丈夫なのか?という一抹の疑問があるものの、それでも見事に論理モデルを構築し、この時代の歴史像を鮮やかに描き出していますね。

 孔子の言う仁というのは個人の自己主張を貫くこと、個人が正しいと思うところ正道を行くことである―というのはまさにギリシアの都市国家に民主主義思想が栄えたのと同じ論理だろうとそこに共通点を見出しています。真に優れた比較・類推ですね。

 またとかく、「史書に書いてあるから」という、ただそれだけの事実で、どうしてそんなことが書けるんだよ!あきらかに話し盛っただろ、作ったろ!という的確なツッコミをこの時代からしている点は見事としか言いようがない。本当に昔の歴史家であればあるほど、無根拠に史書の記述を盲従する傾向があった中で画期的といえましょう。やはり仏語・英語・漢文と日中英仏の視点を持っていたがゆえの卓見であったと思いますね。

 氏は1940~50年代位から、比較しなきゃあなんもわからんぜよ!と比較~~学が全盛になる時代から比較学というものの重要性に気づいていた。天才は先天的に知っているというが、やはり4つの文明・視点から比較・考察するとそれぞれの立場からそれぞれの主張というものがあると気付いた。絶対的なものなどなく、相対的なものがあるに過ぎない―故にその複合的な視点が、結局はどの文明も自己の都合の良いコトを語っている。そこに絶対的な優劣などあるわけがないと確信させ、そこから優秀な諸研究を築いていったのでしょう。

 市定氏は西洋の名だたる大学から客員教授に招かれたことからわかるようにその業績は計り知れない。それだけでなく、そこにある論理がまさに西欧歴史学をきちんと踏襲したゆえ、向こうの人からわかりやす買った、理解されやすかったということでもあったでしょう。そこに市定氏の偉業・真価があり、また東洋を理解するうえでの限界があったといえる。限界があったというか、むしろ必要な歴史学の一指標を築いたというべきで、これ以上の業績をこの時代に作れたらそれはもはや人間ではないでしょうけどね。

 ところどころええ~戦前の日本についてこういう見方をするのと?となりますけどそりゃそうですよね。40~50年代の人ですもん。むしろこの時代に生きた人ならこういう偏見持つよな~というのが驚くほど少ないと評価すべきでしょうね。何せ中国共産党が間違っているといったらつるし上げられる時代でしたし。

 で、本著の紹介に戻りますけど、宰相というものの登場は君主を頻繁に交代する愚を避けるためのシステムだという指摘があり、史記というのは文章的には洗練されていない。それは都市の市場における語り部が演劇として演じた語り言葉であるから、必然的に無駄が多い。しかし始皇帝暗殺など、その劇の部分はリズムが洗練されており、見るものをひきつけるような話の作りになっている。などとなるほどなぁ~という点が非常に多いですので、オススメですね。

 そうそう依然指摘した奴隷の話についてもやはりこの時代は奴隷の取引というものがほとんどないということがわかりました。ローマにおけるスパルタクスのような事例がないことはもっと注目すべき出来事だと思いますけどね。

 全然関係ないですが己が造った(と思っている)「法匪」という言葉が使われていました。この法匪」って結構メジャーな言葉なのかな?

 前漢まで年功序列というものがなかった。年功序列って非常に重要な概念だと思いますが、いったいいつどこで誰が完成させたんでしょうか?もちろん意図的というか、安定に安定を求めた上で自然に成立したんでしょうけども。
アジア史論 (中公クラシックス)/宮崎 市定

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 世界史的な流れから歴史を捉えなおそうとする意欲作ですね。それが完成・成功したとはいえませんが、重要な一指標を打ち立て、必ず通らなくてはならない先人であるといえるでしょうね、宮崎氏は。
 
 氏はどうして文明が発展したか?そこに交通・異なる文明との接触の頻度をあげています。相互影響しあって文明が発達していくと。メキシコのようにあまりに距離が離れて、他の文明から隔離されていると、西欧のような多少でも進んだ文明と接触した際に、その文明・社会がかけ離れすぎていて、最早その文化を受容できなくなると。オリエントなどどうして文明・社会が発達したかといえば、そこが中央に位置しており、周辺の異文明と盛んに交流できる土地だった。交通の便の良さにこそ発展の秘訣はありと。まさにそのとおり。これでどうしてオリエント(西アジア)や西洋・東ア・インドなどに大きな文明があり、その他がそうでないのか見事にいえる。

 太極図説・宋学の説明は素晴らしく、コレよりわかりやすい説明はないんじゃないでしょうか?結局世界の根源を精神・物質の二元論で理解しようとする仏教の論理モデルのパクリですよね。竜樹とか化け物みたいな天才がうじゃうじゃいるなかで、いまさら世界の成り立ちを考えようとしても結局二番煎じというかなんと言うか…微妙ですね。まあ、この時代の史家は常識を知らなくてはいけませんから、こういう学もしっかり研究しなくてはならないのでしょうけども。万物の理を解き明かして人から宇宙まで普遍的に適用されると考えるのですから、今の時代の常識からすると、まあ無理ありすぎだろといわざるを得ないですね。

 仏教が出家を説く故に無用の学であって、儒教すなわち宋学は世間有用の学であるという主張。そしてこの主張こそ当時の中国社会の要請に応えた思想であるというところが、中国を理解するうえで避けて通ることのできない重要なポイントですよね。日本は仏教の僧という社会階層を必要とした、または許容する社会であった。中国はそれを必要としない、または拒絶する社会であった。コレを見逃したら中国社会の研究は成り立たないでしょう。

 そしてこの当時完成した冠婚葬祭のマニュアル『朱子家礼』が以後ずっと中国人の行動様式を決定付ける。このとおりに中国人は振舞うようになるわけですから、宋代というのが中国の思想・宗教に与えた影響は計り知れないほど大きいですね。

 陽明学が己の中ではいまいちどういった機能を果たしたのかわかっていなかったのですが、心即理経書や聖人絶対だったものを、実用・絶対基準は人間が良いと思う心のほうにあるという価値基準のコペルニクス的転回を果たしたのですか。なるほど。しかしそれでも革新的な新思想は生み出されずと。そりゃ近代的な社会構造の変化があったわけではないですからね。経済的に宋からある程度豊かになったといってもライフスタイル・家族・社会など根本的変化・変革がなければ思想も変化しようがないでしょう。

 世界史的な話、東西衝突ローマVSサーサーンがイスラム興隆を生み、今度11世紀は十字軍VSセルジュクがその背後の交易地&同盟国としてソグディアナの重要性が高まり、トルコの西への移動どころかモンゴルまでもが西へ移動する後押しをしたこと。さらに西アジア・東アジアが根本的にひっくり返った時期であること。中国には石炭があり、西アジアは資源が枯渇して石炭がなかった。ゆえに中国のエネルギー革命=生産力の飛躍という世界的パワーバランスがひっくり返ったという大きな背景があることを提示してくれます。第二次モンゴル帝国といえるティムール帝国があっという間に衰退したのも、この北中国の石炭がなかったからでしょうね。ということから考えると彼が明・東方に攻め込もうとしたのはまさに歴史の必然でしたね。

 仏碩学ルナン氏の文章を引用したとある?(この人の文章が見事なのか、または市定氏が見事にまとめなおしたのかわかりませんが)イスラムについての概観はめちゃくちゃ読みやすい、一見の価値がある文章です。ここまで良いと思うのは井筒俊彦さんのイスラム概観以外ないと思いますね。まあ、歴史初学者のためにもうちょっと絶対的に血縁社会であること、古代・中世においては血統こそ派閥みたいなものだから血統が最重要なんだ!と強調したほうが良いかもしれません。特に現代なんかもう血統の重要性なんてほとんどないですからね。ピンとこなくなってますから。50年代とかそこらの人はいやというほど知っているでしょうけども。というか血肉になっている常識というべきか。

 ターミナルとしての日本、日本がどういう位置づけにあったのかの考察もまた参考になるでしょう。徳川幕府というのは変態的封建、封建というのは必ずごたごたもめるものなんだ。それで安定しているんだから異常というしかないというのはなるほどね。と思いました。古代のころの日本は世界の先進国と建築で劣らないが、時代を下るにつれ気にしなくなっていく。そういう独自性・閉鎖性は一考の余地があるんでしょうね。

 戦前は何でも良い、戦後は何でもだめという卑屈な態度をこんなに早く指摘したのは市定氏かもしれないですね。そして東西から中立的な立場をとりやすい日本こそ新しい文化を創造できるのではないかという期待反面、しかし日本人内面の問題から難しいという話。むむむ、といわざるを得ないですね。
中国文明論集 (岩波文庫)/宮崎 市定

¥903 Amazon.co.jp

 これは奢侈、当時の上層の贅沢など常識を理解したくて食いついたんですが。宋にようやく科学的な社会・方法論が導入されたこと。それまでは何でも量を尊ぶ、次は無駄に人力をかけてそれでいいものができるというアナロジーだったという話が面白いですね。金・玉・香を女性に飲ませていい女にする!だとか、人の乳飲ませて豚がうまくなるとか、人肌で温めてうまい酒が作れるとか。

 宋のエネルギー革命は上述ですが、この本でより詳しく書かれています。つうか、こんだけ重要な石炭の利用もっとちゃんと書けよ(#゚Д゚)ゴルァ!!と思うのですが…、結構いろんな本読んでいてその重要性を指摘した本ってない気が…。あったのかなぁ?変にさらっと触れているからスルーしてしまったのでしょうか?

 リーダー・軍の指揮官に重要なのはドンだけ贅沢してもかまわない優秀な指導者であること。リーダーに特権があることは当然。儒教は特権階級を肯定し、共産主義はそれを否定する。さすが市定さんは抑えるとこ抑えますねぇ~。

 古代・中世・近世(もうひとつ先に最近世)といった時代区分に、学芸復興・宗教改革産業革命をおいて、それぞれ西アジア・東アジアが西欧に先行していることを主張し、しかし最終的にヨーロッパのみが産業革命・科学技術という領域に到達したのはなぜなのか?それをこそ氏は解き明かしたかったのでしょうけども、やはりそれはちょっと無理がある比較だったとしかいえません。もちろんそこには傾聴すべき見事な分析が多々あるにしても。当時の考え方からこのようなアナロジー・分析手法をとるのは避けて通れないことなので、それがダメだ!間違っているなんてぜんぜん思いませんけどね。

 結婚権・所有権・任官権といった分析法すばらしいですねぇ~。こういった西欧史の分析法、結果があるならばこれを何でもっと他の人は応用しなかったんでしょうね?
 資本主義は宋からと言ってしまう。またごねる商売方法をうまいといってしまうことなど?という認識がある。宮崎市定にして近代資本主義・民主主義の原則を理解していない。もちろんそれは当然のことだが。だって1940~50年代に書かれたものだもん。大塚久雄さんってこのときすでにウェーバー研究を発表していたんだっけか?小室博士の著述も80年代からだし、ギリギリ間に合ったんだよなぁ。もし博士と交流して近代資本主義・民主主義のロジックを正確に市定氏が抑えていれば、氏の論説もまた大きく啓発されて、より違ったモデルを提唱したかもしれないと思うと残念でならない。
東洋的古代 (中公文庫)/著者不明

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東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会 (東洋文庫)/宮崎 市定

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東洋的近世 (中公文庫)/宮崎 市定

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東西交渉史論 (中公文庫)/宮崎 市定

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中国古代史論 (平凡社選書)/宮崎 市定

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 なんかもう力尽きたので、いちいち抜書きしませんが、というかほとんどまじめに拾って抜き書きしていませんけども。一応読んだ本を載せときました。最後の『中国古代史論』はオススメですね。結構本によっては被っている章が多いので注意が必要です。

 まあ、市定さんはやっぱり欠かせないでしょうね。中国史っていうか、歴史というものを考える上で、作るうえでどうすれば良いか。何が必要なのかということを本当によくわかっていた人だったから、基本原則、マズこういうことがあるから、こうなる、こうなっていくという因果関係・ロジックが非常に丁寧な人だった。

 歴史とは将来を予想するために過去を研究するもの。あたかも相撲取りの成績を以ってどういう結果になるか予想をするのと同じ。比較をして見なければ本当の姿というのはわからない。火星からみても歴史というものはこういうものなのだと簡略化して提出できなければ、法則化できなければ歴史ではない。

 根本というか、何のために歴史をやるのか!それが社会に有益な法則を提供し、人類を導くんだ!という絶対スタート地点から外れることがなかった。だからこそこれほどわかりやすく普遍的価値を持つのだろう。さて、専門家・細分化され氏の業績もいろいろ見直されているとは思うが、それをまとめて新しい全体像はいったいいつ提供されるのだろうか…?

 インドは世界的影響が少ないから捨象するとあったけども、イヤそりゃないだろうって思ったし。インド史家は史料が少ないからあれだけど、有効な何かモデルを打ち出さなければまずいと思うのだが…。世界史的に何の影響もありませんで良いのか!?インド史家よ!まあ家永さんなんか海洋的な視点から広く見ていますし、それをもってよしとするという見方もあるかもしれませんが。

 古代史であっても交通・相互影響があるからというだけでなく、政治的にもそれぞれの政治情勢が伝わってきますからそれにヒントを受けて改革の手法・政策プランが導入されていたりしますから、必ず同時代のほかの地域の歴史もある程度知っておかないとまずい気がしますね。タテの時代の流れだけでなく、ヨコも絶対的に重要で抑えておかないと、歴史の本質・流れを大きく見落としかねないと危惧します。

 そういや日本の浄土教は、肉食妻帯はイスラムの影響だろうという面白い指摘がありましたが、これは十分ありえそうな話ですね。イスラム原論でなぜ日本にイスラムが入ってこなかったのか?というテーマがありましたが、浄土教がその機能を果たしたから。変種のイスラムとして浄土教が機能していて、入る余地がなかったからという面白い一視点を提供できるのかもしれませんね。