てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

とりとめもないメモ 森本淳「曹魏軍制前史-曹操軍団拡大過程からみた一考察-」

森本淳「曹魏軍制前史-曹操軍団拡大過程からみた一考察-」という論文があるらしい。内容は読んでないのですけども、ツイートで拝見してググッたら雲子春秋三の解説ページがあったので、それを読んで、へぇ面白いなぁとおもいました。

論文「曹魏軍制前史http://d.hatena.ne.jp/chincho/20110526/1306335988

で解説されています。非常に参考になりました。m(_ _)m

筆者は夭折なされているんですね。こういう優れた論文を書く人がいなくなってしまうとは…悲しいですねぇ。

曹操の起兵当初は司馬が中心。

青州兵・兗州獲得後は校尉・都尉。

んで、この校尉・都尉は曹操軍内部からの萌芽であり、子飼いを意味する。

③独自軍を要する勢力が就く・与えられるポストが「中郎将」。

独自勢力とは張遼、李典、李通、曹洪。はじめからかなりの規模・独立した兵を持っていた。

④対袁紹で指揮・軍制再編。司空と車騎将軍の朝廷の権限も手に入れたし、その権限からシステムを再構築する。車騎将軍の副将にあたる偏将軍・裨将軍のポストが中心となる。また節から雑号将軍を与える。

森本氏は司馬から都督に発展したと考えているか…。あれ石井さんはどうだったっけ?都督は見てもその前身がどうしたこうしたって言ってたかな?小鳥並の脳みそだから覚えていないや(^ ^;)。

⑤魏公・王からその独立国下の将軍になっていく。でこのときに四征将軍・都督となり得るのは曹氏・夏侯氏という不文律が出来ると。

 いやあ、非常に参考になりました。これで、より中郎将に拘るようになりました。袁紹の中郎将任命とかもそうなのだろうか?他の勢力も同じシステムと見ていいんでしょうかね?

 ちなみに曹洪曹丕の対立は宗教的なもの、時に曹操をしのぐ独自勢力、郷里での影響力があるからとか考えていましたが、この中郎将でよりハッキリその性格が明らかになりましたね。曹洪曹丕に除かれるのは必然ですね。

 文帝・曹丕の治世って、曹操個人の人格的紐帯

で基づいている体制を、明確な国家のシステムに組み替えるという分かり易すぎるほどのテーマがありますね。つまり曹操恩顧の人間を非合理的とみなして、それを排除するという性質があります。元勲ではなく、国家にふさわしい人物であることが重要になる。そしてその重要である基準は何か?人事基準とは!?こんなところが重要なポイントになるかと思います。

 文帝の治績についてそういう風なことを上手くまとめてある論文ってないのかなぁ?漢→魏の変革は非常に面白いと思うのですが。

【もう一つメモ程度の話】

 『中国歴代年号考』、李崇智さんの本があるらしい。年号とか諡とかにこだわる己にとってはこれは見逃せない本。繁体字か、最近中国語で読んでないけど、まあ読めるだろう。辞書どこいったっけ?ググッたら宮崎県の図書館にあるらしい。借りれるなら借りたいけど東北は無理。1000円ちょっとで通販できるなら、買おうかな。

 単に年号が羅列してあるだけなら、クソ本だけど、詳しい制定理由とか書いてあるなら、通史的に考える己にとっては買いだ。国会図書館行くのも、行くだけで交通費と殆ど変わらないからな。買っちゃうか?

つぶやいたことなんですが、一応こっちにも乗っけておこう。

 五経大夫についてスルーしていたけど、五経博士儒学を研究する学者的ポスト。御史大夫にあるように、五経「大夫」はしっかりとした国家の官職になる。五経大夫を設けよという提言はまた違った意味合いがあると思われる。研究じゃなくて儒教的価値観で統治せよっていうことですかね?なかなか気になるポイントです。

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