てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

孫子

新訂 孫子 (岩波文庫)/岩波書店

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孫子 (中央クラシックス)/中央公論新社

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 一応どっちがいいのかわからないので、2つ借りてちょこちょこ比べながら読みましたが、まあそこまでする必要もなかったかな?という感じでした。孫子ってなんか評価が高いんですよね?読んだ感想では、無論、へぇ~やっぱり凄いなぁということは感じましたが、世の中で言われているよりも、クラウゼヴィッツとか、そっち読んだほうがいいと思うんですけどね。

 あと呉子孫子と並んで大体この時代で流しれている二巨頭なはずなのに、日本ではあんまり有名ではない…。己は尉繚子とか李衛公問対とか司馬法とか読んだことがないので、そこら辺と比較してみないと真価というか本当の価値は測れないと思うんですけど、なんでそっちの方はほとんど出版すらされていないんでしょうか?孫子関連の本を見ると兵法とか、戦争関係なしに、

30代からの「孫子の兵法」 負けない戦略を身につける/あさ出版

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孫子の至言 険しい坂を乗り越え、己の人生に勝利するために/光文社

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「孫子の兵法」がわかる本―世界最高の「人生戦略の書」をどう読むか!/三笠書房

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小さな会社こそが勝ち続ける 孫子の兵法経営戦略 (Asuka business & langu.../明日香出版社

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自己啓発だったり、ビジネスに繋がる教養として必要とされているという感じがします。戦争は兵站であり、近代化という現象は戦争と不可避に関わっている。その近代化の組織は必然的に官僚組織化という意味であって、現代ビジネスは兵站という観点から戦争とよく似たところがある。まあ、経済・商売がその戦争からの派生系とみてもあながち誤りではない。似たようなことを山本七平さんもいってましたしね。そういう点で注目されていて、その一番古い孫子だから~ってことでしょうかね。じゃあ六韜三略はどうなんだって言われたらふぐぅ…ですけど。

孫子 (戦略論大系)/芙蓉書房出版

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この出版社は広く出版しているみたいですね。つい最近みたいですし、上に上げた兵法書をチェックするならこの出版社がいいのかな?2001年で比較的新しいしね。
スラムダンク孫子/総合法令出版

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図解でビビッとわかる孫子の兵法/宝島社

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〈萌訳☆〉孫子ちゃんの兵法/総合科学出版

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【図解】超訳 孫子の兵法/彩図社

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世界一わかりやすい「孫子の兵法」 (PHP文庫)/PHP研究所

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孫子の兵法 (図解雑学)/ナツメ社

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なんというか、孫子って普通に読んでも、そんなに難しいわけじゃないですよね?なんでこんなにわかりやすい!的な解説シリーズが出ているんですかね?孫子!って題しておけば売れる、新刊需要が見込めるってことですかね?普通に文庫シリーズで読めばいいのに…。萌訳とか図解とか何なんですかねぇ…。あと孫臏の戦争入れて尺稼いだり、それは本筋と違うような気がするんですが…。

 やっぱりあれですかね?武田信玄孫子から風林火山的なこと言ったから、それで孫子に対する注目度があって、それだけで市場が成立しているって感じなんですかね?あとは孫呉孫子の子孫名乗ってますし、そういう点からもああ、孫子ね~とパッと思いつき易い、知名度が必然的に高いって言うことなんですかね?曹操が注釈つけましたし。

 で、内容なんですが、そんなにあーだこーだ言ってもしょうがない。今君主論マキャベリの読んでいますが、こっちはほんとうに面白い。しかし孫子はそんなに、そこまでおもしろくない。というのは抽象的すぎるから。マキャベリのようにこうこうこうすべきであるという法則を説いたり、その法則故に政治上の定石を解説するのではなく、読んでいて抽象的な言葉でうんたら~かんたら~と回りくどいから、うーんってなりますね。

 なんでこんな回りくどいのかなぁ?こういう回りくどい、わかりにくいものが人口に膾炙する・重要なものとして重宝されるとは到底思えないんですよね。そりゃ当時の教養高い士大夫なんかはこういうので十分理解できたでしょうけど、当時の人間はこういう簡潔なものだけでなく、いろんなサブテキストがあっただろうし、なにより先生がいて、解説が授業であったでしょうからね。レクチャーつきならそれで良かったってことでしょうかね?テキストブックとして良かった、テキストブックとして頻繁に使われたからなのかなぁ?

 孫子曰くってことはやはり弟子たち、孫子学派みたいな感じで色々言われていたことを有る時期にまとめたってことですよね。それとも抽象的だったから多少時代が変わっても都合のいいように、現実に合わせて解釈変更が可能だったとか?ンーでも後世そんなに事情が変わったとは思えないなぁ。

 まあ、それでもやっぱり面白いところは面白いわけで、注目すべきは孫子が戦争のノウハウ、how to fightを説くのではなく、そもそも戦争ってなんじゃろな?戦争っての「戦闘」を指すんじゃないぞ、っていうアタリマエのことを説いているところですよね。会戦して、叩いて、わ~勝った勝った!なんて言うんじゃないぞと断言している所。

 っていうことはそれまでの時代背景から考慮して、戦争が貴族のお遊戯的なところがあった、スポーツだったり、ケンカの延長だったり、そういうあやふやな時代から、外交の一手段として正確に位置づけられていく政治の洗練化と軌を一にしていたわけですね。

 そもそも外交とは?なんて定義付けられるように洗練もされていなかったでしょうしね。ちょうどそういう国家の枠組みが整っていく、戦争も道義が重要だったパフォーマンスとしてのそれから、戦争によっていかに目的を達成するのかという明確な一実行手段に変わっていった。目的と手段がハッキリ分化していく過渡期において生まれたからこそ、この孫子という書が価値あるものとされたわけですよね。

 戦場で兵を率いる将軍の発想ではなく、本営でいかにして兵を使うか、そのための指揮官を想定したものですからね。戦争の目的は何で、そのためのリスクは?コストは?どれくらいか計算して、メリットと秤にかけて、どれくらい勝つ算段が高くて~という指揮官の発想ですからね。

 時代の転換を感じさせるのは、兵は詭道なりというところでしょうか。それまでは正々堂々と会戦でもやって、その結果得られた威信・名誉というものこそが重要だった。しかし実際に領土を切り取りできるような時代背景が整ってきて、いかに領土や拠点を争奪するかという時代に変わっていった。戦争というものが効率良いものになった。戦争の結果支配する・統治する事ができる手段に変わっていったってことですからね。

 ※そういえば名高い三国志では会戦が存在しないんですよね、拠点の奪い合いだけで。そういう意味で非常に地味ですね、三国志は。

 だから相手の裏を書く、正々堂々とぶつかるなんて愚の骨頂、いかに相手が戦えないようなところを衝いて、相手がよっしゃ戦闘じゃ!なんていうことすらさせずに終わらせろ!っていう戦争の本質に近づいていくわけです。当然目的というのはノーリスクハイリターンで達成すべき。それには相手に戦闘すら持ち込ませずに勝つことですから。相手が戦う準備が整っていないうちに叩いてしまえば、一方的に戦果を得られるわけですからね。

 まあ、今言ったことは戦争というよりかは、戦闘の本質といったほうがいいかもしれませんね。ノーリスクハイリターンで目的を達成するために相手の弱いところをつく。コチラの強い部分で相手の弱いところを突き、形勢をこちらのものにして、それで戦争を終わらせてしまうという。

 そういった戦闘のベストパフォーマンス。最善の勝利を考えると、そもそも軍隊を動かさずに勝つことが一番じゃね?とつながる。戦わずして勝つですね。戦争の目的、政治・外交の目的とはこのように戦争をどうこう考える以前に、戦わなくて良い状況、恒常的に有利な状況を作り出すことにあるわけです。

 戦わずして勝つというのは強者・強国にのみ与えられた特権であるわけですが、特定の状況・環境さえ利用すればさして強国でなくてもそうすることができる。国家の独立(またはその国の有利な国際環境)という目的を達成することは可能である。そういった政治・外交と戦争の複合的・総合的視野を持った戦略指南書であるところがこの孫子の価値なのでしょう。

 んで、読んでて思ったのが、これ本当にこういう意味なのかなぁ?と感じるのが2~3箇所ありました。やはり昔過ぎて注釈でなんたらかんたらやっている限界でしょうかね?正しいかどうかハッキリ判定できない。まあ漢文のなんとでも読める性質上、そういうのは言わずもがなですが。

 本来はもっといっぱい孫子の言っていたことはたくさんあったはずなんですよね~。しかしいろんな怪しいテキストが混ざるうちにどれが本当で、偽物か判別できないから結局のところこういうものしか残らなかったという感じがしますね。まあ、間違い無くこれは本物だろうと言うものだけが残ったら。だからこその孫子曰くなんでしょうかね?

 愛民煩わさるなりのあたりとか、あれって一見良いこと、指揮官にとってそうすると俗に良いよ~と言われている5つを集めて、その表面上だけをおいすぎて硬軟自由自在に、臨機応変にできないと失敗するよって言いたいから全部プラスに解釈すべきじゃないかな?って気がしないでもないんですけどね。

 まあ、そんなのは専門家でないとわからないですから、己にとってはどうでもいいのですが。孫子はなんというか本当に常識的なことしか書いてないですし、抽象的な風林火山とか、なにこれ?と思わなくもない。まあ、戦国時代の兵法書とかでも必ず孫子を古典としてやっているだろうから、そういうのを読む上で間違い無く知っておかないといけないとは思うんですけど。やっぱり近代に近い具体例が書いてあるものを読んだほうがいいだろうなという気がしましたね~。

 当時他にもテキストがあった、あるいは一子相伝的に、一子じゃなくてもいいですけど、孫家の人間じゃないとわからないような教えがあった。故に他のテキストや、あるいはこういう論じ方をすべきというフォーマット、もしくは思想背景を構成する何らかの宗教・信仰があって、それに基づいて読み解かないとわからないとか、そういうもっと思想の立脚点がわからない以上、正確な言いたかったことの読解はできないような気がします。抽象的な部位はね。具体的なところはそれだけで当然の理ですから、すんなり理解できるので問題ありませんが。