てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

生活保護と宗教

生活保護をめぐる河本騒動を書く前に前フリとして片山さつき片山さつき大暴れと石原さんのオウムとか から書いているわけですけど、いつになったら書けるのやら(笑)。まあ、片山さつきのところはそんなに意味ある、関係あるわけでもないか。菊地直子逮捕について←オウムのこの話も関係無いようでちゃんと関係あるシリーズ物なんですよ。まあ、一応ね。

 ツイッターでフィフィさんが>例えばキリスト教イスラム教の教会やモスクへ行くと、食うに困る状況の支援にのってくれたり、もちろん衣服も提供してくれたり。日本は宗教法人から税金を取らないですよね?もちろんこのように政府の行き届かない草の根レベルの支援に務めてるんですよね?

 ―ってつぶやいてまして、やっぱり海外の人から見ると日本の宗教団体は宗教団体には見えないんだろうなぁ。海外の視点からすると、じゃあなにやってんの?ってことになる。んーなんと説明すれば伝わるんでしょうね?既得権益?暇人?最近は宗教家の中でも活動する人が増えているみたいだけども。

 本当日本の宗教団体って分けわかんないな。これも徳川幕府の「政教分離」政策なんだろうけど。日本の場合政教分離じゃなくて、政治団体による教団弾圧=骨抜き化だったから厳密には政教分離できなかったんだよなぁ。それが今に後を引いているわけで。無論他にどうしようもなかったろうけど。

 本当かどうか知らないが、生活保護を断られた女性が支援団体を介したら、あっさりおkが出たという。今後は食い詰め者がどっかの政治力の強い宗教団体に加入する→そこが圧力かけて生活保護を認めさせるの繰り返しで日本の宗教加入率が大幅に上昇するかもしれない。無論宗教団体以外の圧力団体でも同じ 。

 日本の宗教団体加入率や政治結社加入率の低さというのは逆に言えばそうしなくても充分豊かだったからということでもある。今後生きていけない人間がそういう団体に頼るようになれば階層化が急速に進むかもしれないな。本来生活保護のような制度はそういう国民的一体感を阻害しないためにあるんだけどね

 そういうことが進むというのは、ちょうどローマ帝国キリスト教化していった歴史に重なる。社会で食えなくなっていって、宗教団体が庇護を加えて、最終的にキリスト教が帝国の主流となった。よく引用する後漢の大土地所有なんかもそんな感じだったしね。

 ヨーロッパの魔女・魔女狩りのそれも、元々は食えなくなった、生きていけなくなった社会から阻害され、見捨てられた人々から成るもの。そういう人達のコミュニティというか生活空間なわけですね。老人であればそういう病気の治療法など特別な知識を持ちやすいですから、というかないと生きていけないでしょうしね。おばちゃんの知恵袋的に評価されたり、スケープゴート的にされることもあったというわけで。

 結局魔女というのは社会から排除された結果生まれた共同体、相互扶助をする地下組織のようなものだったんでしょうね。社会不安が高まるとまっさきにターゲットにされるという。自分たちと異質の境界・空間に住んでいるわけで、異質であるからこそ、そこから有益なものも獲得できますが、マスヒステリーのような不安が高まると奴らが悪い!と一気に叩かれるわけですね。

 どんな社会でも闇結社・犯罪組織=相互扶助を目的とした地下組織のことね。それと秘術・魔術というのは非常に深い関係があるのだが、ヨーロッパの魔女というのはそういう組織とつながりがなかったのだろうか?暴力団・マフィアなどと結びついていそうなものなのだがなぁ?ちょうど侠と巫のように、そういう結託がありそうなのだがどうだったのか?

 やっぱりキリスト教的世界観では魔女と侠のような結合はない。教会が民生の保護をしっかり行なっていたということになるのだろうか?だとすると、政治法の支配する世界と、教会法の支配する世界:漢帝国の秩序と、任侠・巫の秩序の比較ができる。教会腐敗が進んでカラが問題になりそうだな。教会腐敗で新教勢力があって正常化?それとも政治的多元性がそれを吸収する余地があったということかね?都市の空気は自由にするというように。

 ヨーロッパの民衆主体の相互扶助ってのはどうだったんだろ?そっくり教会に吸収されていたのか?そこら辺が非常に気になる。

 で、最後におまけに生活保護なんてのセーフティーネットのところがあって、それがあるからこそ、社会不安・暴動のリスクから逃れられるんですけどね。それがなかったらこの前の自殺するつもりで死ねなかったから死刑になろうと思ったといったような通り魔がバンバン増えるわけで。結局自分たちに社会不安のコストがかかってくるわけですからね。

 安保の軍事費は掛け捨てがいい=その巨額の軍事費によって自分たちの生命・身体・財産という掛け替えのないものが保証されているというのにその価値を理解しないそれと似た性質があるような気がしますね。

 生活保護なかったら、あっという間に社会が崩壊しますよ?そういうことわかって叩いているのかほんとうに不思議ですね。生活保護を叩くより、そういう人達が生活できるようなシステムを作ること、社会参加できるような仕組みを作ることがまず先なのに、弱者というか落伍者を叩いてそれで溜飲を下げているのはなんなんでしょうね。まさに魔女狩りで、問題の本質・社会問題の解決には全く結びつかないのですがね。

 生活保護=怠け者とでも思っているのでしょうか?おめでたいですね。宗教団体というのはこういう落伍者を救って再び社会に還元する機能・役割があるからこそ、存在する価値があるのですが、そういう機能が日本にはないですから大変ですね。宗教組織は復活するのでしょうか?

 そういう機能があるからこそ宗教組織は本質的に政治組織であり、政治力を持つのは必然なんです。政教分離を勘違いして政治に関わるな的なことを言うのは、本質・慣習としての政教分離の意味合いを全く理解していない証拠ですね。その政治活動が大きく現実の政治に影響を与えるのは当然なのです。政治機構としては、政治力を従前に発揮することで、宗教組織・団体が変な政治力を持たないようにすることに苦心惨憺してきたわけですね。歴史を見れば一目瞭然です。

 オウム事件というのは、そういうことを踏まえてみると、まあ日本の宗教組織の機能異常性を表したのは言わずもがなです。が、それだけでなく、宗教組織が今後も下層の救済手段としてありえないだろうなと実感させるのに十分な現象というべきか…。

 橋爪さんのキリスト教の新書に一部の狂った人が喚いているように、変質的反応を示すのは実はまだ評価できるのですね。日本におけるキリスト教をなんとかしたい!という宗教心・信仰心に基づいているわけで、何とかしようという気持ちがあるのはいいことです。やりかたはおかしいと思いますけど。

 じゃあ、日本の・社会の宗教・信仰というものを捉え直そう、考えなおそうという動きが起きているかといえば、宗教界は日本の個人資産のように塩漬け状態でしょう?オウムに何故ハマったのか?ならまだわかりますけど宗教に何故ハマったのか?みたいなトチ狂った立論する人もいますからね。

 己は特に信教ないですが、社会上層にあり、高学歴であれば、宗教において深い理解・賛同を示すのが普通であって、むしろそうしない・そういう傾向がないというのが社会的に以上なのだ・社会病理なのだということがわかってないんですからね。

 まあ、どれをとっても日本社会ツンデルなぁ(初めツンツン、後にデルデル社会が溶けていくです)。ヤンでるなぁ…マイケルヤンデルなぁ…と思わせるに十分な出来事ですねぇ。