てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

母権論

母権制序説 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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を読んで母権論の考え方にはまっております。これは一部の紹介みたいなものなので、他にもでっかい本がありますから、そちらを読んでからまた色々書きたいと思いますね。古代墳墓象徴試論かぁ~。これも面白そうだなぁ。あ、この墓の研究から母権論につながっていったというバッハオーフェンの先行研究ですね、試論は。

 そういや、これを改めて読もうと思ったきっかけがエンゲルスの『家族の起源』でも読んどくか~と、ペラペラめくってたら母権論が出てきて、そういや読んでなかったなぁと思ったからでした。見事に脱線して迂回ルートで、本筋のエンゲルスに帰ってこれません(^ ^;)。

 自叙伝は読んでもわからんので触れません。母権制を論じることの目的は、女性支配時代の原理を解明すること。そして乱婚制→母権制父権制、というそれぞれの制度、また道筋・段階の解明をすること。

 リュキア民族に母権制が最も明瞭に現れている。母方の名を名乗り、母方の祖先のみを取り上げ、母の身分で身分が決まる。また娘の相続権もあげられる。これはヘラス・ローマの父性原理とは真逆。エジプト人の娘の両親の扶養義務に相続権なども同じ事。

 神話からその母権の名残を見出すことができる。女性優位だった観念は男性優位のそれに少しづつ書き換えられていく。思うに、女性形・男性形といったそれなんで必要なの?といった文法がありますが、こういう歴史の名残なんでしょうなぁ。どこかで女性か男性かものをきっちり分別しないといけない時代があったんでしょうね。次第に男性優位に取り替えられていったのでしょうけど。

 流れがないと、それは単なる事実がそうあったという指摘に過ぎなくなる。一点でしかないから、有意義な指摘・研究にはならない。物事を分析するには前後の関係性、流れが必要。そしてその端緒となるのが神話。神話から比較して、流れを見ていく。

 女性=左の優位・受動・月  ・夜・死・葬礼・地

 男性=右の優位・能動・太陽・昼・生・祝賀・天

といった対比が可能。ちなみにこれを受けて老子の発想、左を尊ぶというのはこの老子が母系の名残を持つからではないでしょうか?老子だけ名字ではなく、老という抽象的な尊称を贈られるのは古代の叡智を代々語り継いできたから、誰がというのがわからない。複数人の手になるものというか、そういう集合知的なところがあると考えていました。老子複数人ですね。それだけでなく、当然このような太古の名残、叡智を引き継いでいるのですから、その中には女性が関わっている。老子=女性説という妄想を思いついて

wktk (゚∀゚ )三 三( ゚∀゚)が止まらない状態であります。母権から考えると面白いなぁ~とね。

 兄弟より姉妹が、長子より末子が優位。母の名残を最後に残す、最後に死ぬ末子が一番尊い。母性・母権が普遍的にみられたものであるのに対し、父性・父権は制限的・限定的なもの。

 普遍的な自由・平等原理に、異邦人愛。同胞観・連帯感を生む祭りの重視、仲間・家畜を傷つけることの厳罰。ローマ婦人が自分の子ではなく、姉妹の子にのみ大母神を祈ることを許されたり、ペルシャ人が民族全体のためだけに神に祈ることを許されたのも同じ母性原理が働いている。

 ローマがサビニの女性をさらってきて、戦争になるも、女性たちが夫として好ましいから、戦争すんな!と戦闘の最中に割って入り込んできたのも、その後の和解内容が女性支配的なのも同じ(!ああ、そういやローマの建国神話って女を祭りの最中にかどわかしてくるというどんだけ性欲旺盛なんだよ!という話かと思ったら、女性原理と考えるとすんなり通るんだなぁ。美人だから連れ去ってしまえ!というより、普通にその有力者だった女性を招待して、遊牧民の慣習で結婚する前にまず娘を一回さらって、娘側の一族が娘を取り返すふりをして、その奪回を乗り越えた婿だけが正式に嫁にできるっていうそれだけのような気がしますなぁ。)。

 ハンニバルがガッリア人と約束を交わした時には紛争の解決はガッリア人の女性が解決することになっていた。女性の裁判に、和平・停戦の決定。時にはその身を、祭祀で犠牲に捧げるのは母権制社会では当たり前のこと。母権社会は詩的(?)、騎士道精神旺盛だった頃の中世のように女性は貞節・美を、男性は武勇を尊んだみたいなのはどうかな?なんかいまいちしっくりこないが。

 女性支配の基礎には宗教がある。宗教を知らねばならない。やっぱりこういうところからも己の興味とかぶりますなぁ。宗教の重要性というものをひょっとしたら、一番初めに打ち出したのが、このバッハオーフェンなのでしょうか?この人は久々のツボですね

 大地原母=デメテルの代理が地上において女性・母であることは当然であり、穀物が何度でも生まれ変わる、その死と生のサイクルをつかさどるパワーを持つように、大地・女性にそのパワー・繁殖だったり復活させる力があるとするのは自然のことでしょうね。そしてデメテルのパワーは継承され無くてはならないから、娘コレェ(=ペルセポネ)に継承する母と娘の密議宗教が成立すると。地下女性的祭祀と。

 ヘラス以前のペラスゴイ社会とはこのような原理で支配されていたわけですね。ピュタゴラスの母性的地下的祭祀とはその密儀宗教の復活。前時代の回帰だったわけです。

 乱婚制から母権制への移行についての説明がちょっと納得出来ないというか?現代的視点から見て、女性が貞節・管理を求めたような論の進め方はどうだろう?それこそ後世の男性原理、性の厳格化の視点から見ていないかな?乱婚の供犠は次第に年一回と制限されていき、既婚の女性から未婚の女性のみとなっていき、最終的に消滅したと。特定の神殿の娼婦崇拝にはこの関係がある、か。

 嫁資なき結婚というのはありえない―と古代の観念にはあって、これが乱婚制の財産の取得というものとも結びつく。いまいちわからん、そもそも乱婚制の家族形態もぱっと思いつかないしな~。

 アプロディテ的乱婚制とヘラ的婚姻制の争いと。アジアから遠く離れていたからローマは乱婚制・母権制的原理から脱却したと。

 次にディオニュソスが出てくる。エロス・熱狂の神、一時乱混制に回帰した。デメテルの厳格な規律のカウンターとしてのそれでしょうかね?政治的開放と肉体的開放はリンクする。政治的対立ゆえの開放を求めた神ということかな?被支配階層の人にも好まれた=カエサルなんかも支持者だったようですから、これを通じて上層と中・下層を結びつけたのでしょうか。女の平和や女の議会が書かれたのはこういう影響があったから。

 アマゾン的女性支配は乱婚制と結びつき、失われる女性支配への反逆。保守反動ですね、つまり。

 移住から定住にシフトすることで母権制は始まった。男性が嫌がる農耕を後押しし、移住の元船を焼いた。女性の名が都市の名に付けられること、女性と建国神話に深い関わりがあることもそう。どうも乱婚制→母権制父権制といったステップで考えるより、状況・環境において三者が社会の中でその都度その都度、その特性が反映される=三つの制度が入れ替わるという観点で見たほうがいいような気がしますね。こういう直線上、一直線に発展していくという発想はやはりキリスト的マルクス進歩史観に通じるものがありますね

 8世紀の中央アジアにも女性支配国家があったごとが中国の史書に残されている、か。

 母権から父権もそうだけど、ステージの移行次なる段階へと進む過程があやふやだなぁ。コリント人への手紙にある「男は女のために造られたのではなく、女は男のために造られたのである」というのが転換を意味する言葉。

 なんか序論だったからか、詳しい説明不足でもっと知りたい!となりましたね。まあ、でっかい方読んでみますかね。