てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

大転換/カール・ポラニーのメモ

大転換/カール・ポラニーの続きです。続きというか、途中までメモを取っていて、飽きてやめたので、もったいないのでそのメモを残しておくだけ、無意味の長物ですね。まあ、もったいないから。そんだけ。上のリンクで書いた方に要約チックに書いてますので、何故かこっちに来てしまった人はリンクを読んでみたらいいじゃない?お菓子を食べたらいいじゃない!?

[新訳]大転換/東洋経済新報社

¥5,040 Amazon.co.jp
 19世紀全盛の市場経済システムの解明が本書のテーマとなる。経済決定論を述べるのではない。そもそもその経済とは?現代自明の理・システムとなっている資本主義システムというのは昔からあったわけではもちろんない。つまり一つの経済システムから別の経済システムへの移行(現資本主義経済システム)が起こった。その性質を分析することが本書のテーマである。

 新しい経済学の「理念体系」は人間の社会的地位を無下に否定した。であるからこそ現今の問題、自由貿易・国際システムに対する破壊活動=ナチスのような根本的な秩序の否定、新秩序想像のムーブメントが起こった。もちろんこれが唯一の原因などという短絡的な主張ではなく、資本主義の経済論理にナチスのような破壊活動、秩序への挑戦という種が必然的に孕まれているということである。

 資本主義こそ素晴らしいシステムであって、そこに何の問題も生じない。あっても市場原理で独りでに解決されるなどということは妄想である。それは長期的理論であって、現実には短期的に適合できずに死んでいく大勢の民がいる。その民を市場原理で見捨ててしまえば当然秩序否定・暴動や革命活動につながっていく。

 資本主義に内在するエラーを見つめるのがポラニーの視点であり、この視点・反省のロジックは彼に始まると言っていいだろう。あるいはその大家の一人。その事故の所属する社会のシステムエラーに逃げずに直面して解決策を模索したのが共産主義陣営との競争に勝てた一つの大きな要因であるといえる。

 ポラニーは「悪魔のひき臼」という言葉で、市場原理による既存の社会・共同体の解体作用を説明する。史上は個人を労働者・消費者として否応なく解体する。富を作る代わりに既存共同体を破壊するのだ。

 俗に言われるように、資本家の暴利もひどかったが、それ以上に統制されないシステムの問題、市場経済の結果が大きかった。革命的変化の社会的統御が理解されないことが本当の問題。新しく生まれた社会の性質を理解し、それを踏まえた上で対策を講じて、ふさわしい社会システムを備え無くてはならないということ。

 ポラニーは関税推進者や社会立法家に対して評価を加えている。保護を加えて自由競争を阻害するという、競争原理に逆らうことは本来あってはいけないことだが、そうすることで社会の変革圧力を急激なものからゆるやかなものにして、人間の社会の適応を助けるため必要なものであるという性質がまたあることに我々は注意し無くてはならない。いわば移行期間というやつであろうか、人間は新しい環境に、誰もが適応できるような机上のモデルではない。これもまた説得力ある必要な視点だろう。

 無論、だから保護は必要だ!とかいうわけではなく、自由競争と保護(正確には移行期間のための猶予)はバランスの問題であるということを認識しておかなくてはならないということだ。大きい政府や小さい政府という二者択一は全く意味が無いと己は考える。問題は程度・バランスの問題なのだから。調味料のさじ加減と一緒、美味しい料理が塩一択・醤油一択なんていうものではないのと同じ。

 

一章~

 19世紀文明の崩壊=大転換。19世紀文明とは次の4つによって成り立っていたシステムであった。①バランス・オブ・パワー②国際金本位制③自己調整的市場④自由主義的国家の4つ。金本位制の崩壊がこの19世紀文明崩壊の要因。所詮これを立てなおそうというのは無駄な努力であった。

 ※ちなみに現代にすると①米ソ二極からアメリカ一極の覇権秩序。②ドル本位であとは同じ。21世紀文明がドル本位崩壊で破綻するリスクを考慮しても良い頃になったのではないか?経済的にドルがダメになるだけでなく、戦争・国際秩序運営の失敗で軍事的にアメリカ一極が保てないという側面から始まってもおかしくないような気さえする昨今であることだし。

 源泉と母体は自己調整的市場であった。金本位により国内システムが国際システムと直結していった。バランス・オブ・パワー金本位制により成り立っていたし、自由主義的国家も同じく市場から成り立っていた。経済的繁栄・経済システムこそが政治システムを支えて、決定していたのだ。

 【命題】③自己調整的市場はユートピア・社会の自然・人間的実態を無にする。つまり、市場の機能は否応なく人を造り変えるから、市場へのカウンターパートとして人は暴力・防衛装置を発展させる→結果、その対抗措置が政治力となって、市場機能は混乱させられる→市場も社会も共に崩壊する。そういうロジックと見て良かろう。

 

 言うまでもなく③自己調整的市場の死こそが時代の転換点。

 ※ポラニーは文明や国際制度について、単純理解はできない。社会制度は複雑に絡み合っているゆえに特定の一つを取り出して、分析する。また別の制度を付け足し、付け足しで分析してもわかるような単純なものではないという注意をしていますね。

 文明は特定制度に還元し得ない。独立要因の相互作用によって成り立っている。その都度その都度、文明はオリジナルである。文明没落のメカニズムのような短絡化はありえない。―が、19世紀のそれは他とは明らかに際立って異なっている。よって研究する価値がある。自己の研究の限界性を踏まえつつも、その研究を提唱する、一側面を浮かび上がらせようという姿勢は流石ですね。まあ常識というべきことですが、出来ない人が多いこと多いこと。

 p6、平和の百年(1815~1914)。前の二世紀では平均して60~90年の大戦争があった。普仏戦争でさえ、一年で通貨危機もなく賠償が可能だった。局地的で収まっていた。

 p8、ギリシア・イタリア・小独立国の絶え間ない戦争。しかし19世紀では平和だった。無論この平和というのは国際システムが脅かされることがない、局地的な紛争レベルで留まったということ。

 p9、平和の担い手は反革命専制君主と封建諸侯からなる神聖同盟であった。国際的意志、平和とは勝組連合の総意によって初めて登場し、継続する。彼らの利害関心にある危機・不安定は所詮「危機」でもなんでもない。

 p11、教会、貴族・王の血縁が神聖同盟を支えていた。ヨーロッパの協調は君主は司祭ではなく、大金融家がそれを行った。戦争を起こしたが、同時に平和も築いた(p19~20参照)。小国はともかく列強同士の戦争は、金融家の富が破壊されるため大反対した。これまで築いた戦争が与えた投資機会・貿易による利がパーになる。何より通貨機能の混乱によって根本的に経済制度が破綻してしまう。そんなことを望むはずがない。

 陰謀論特有の金融・資本家が、ユダヤ何とか~が戦争を起こしている!というのはおかしいわけですね。正しくは戦争も起こすが平和も作る。その両面を思考しないのならそれは明らかに片手落ち・視野狭窄と言わざるをえない偏狭な思想でしょう。そもそもこの複雑な現代情勢・システムで特定の一勢力が何でもかんでも動かせるっていう発想が意味不明ですしね。ある程度の影響力はあれど、何でもかんでも出来るわけ無いでしょうにね。

 p20、18~19世紀は全面戦争を防ぐために、敵国とはいえ貿易を妨げなかった。というより、戦争が起こっていても貿易が止まってしまえばより被害が大きくなるため、貿易公正の原則は保たれたというべきか。フリードリヒ大王は1752報復により英へのシレジア債務支払いを拒否した。戦場にあった敵国民の財産没収は仏革命で終わり、米西戦争でも戦時禁止品以外中立国の船が西へ渡るのは認められていた。全面戦争こそがおかしいのであって、戦争によって経済制度を麻痺・破綻させてしまうという特異現象にこそ注目すべきだと思いますけどね。問題は全面戦争・世界大戦ではなく、世界経済制度の麻痺・破綻でしょうからね。

 p28、こっから二項かな?あやふや。バランス・オブ・パワーの消滅。国際連盟の登場。新しい形のヨーロッパ協調というか、消滅の理由ではなく、勝ち組連合の思惑の結果だと思うのだが。モルガンからロスチャイルドへ移行。その後は保守の10年。国際システムは1914以前のそれに+αして再建された。崩壊の原因は通貨・インフレ。ロシア&ドイツのインフレによる金利生活者階級の収奪。これがナチスの基礎。知的中産階級の怒りと金融業者への怒り。

 p32、金本位への信念から、勝者西側の既存体制に回帰、そして失敗。通貨不安定で問題になる。国際システムは安定せず。

 p35、貿易のため通貨の体外価値を守ろうとする努力は封鎖経済へと向かう。

 p40、四つの崩壊→ナチス。その四つの基、市場社会を知るために生まれた19世紀の英を見る。そこから本質を探る。

 p44から二部Ⅰ、悪魔のひき臼の話。p46、3項かな?経済的進歩は社会的混乱を伴う。囲い込みに対する保護は無駄ではない。市場が機能しなければ、市場法則を期待することは不可能。ステップ、中間が必要である。しかし中産新興階級に都合が悪かったため、この利点は忘れ去られた。悪魔の碾き臼により、農村→労働者→スラム化。あらゆる言論の人間が産業革命の社会状況に言及した。しかしその原因は何かとなると、てんでバラバラだった。

 p72、【命題】封建が終わるまで西欧の経済システムは互恵・再配分・家政という形態であり、財の秩序ある生産と分配こそが主眼であった。利得は重きをなさない。財・富を獲得することは経済システムの本流・スタート地点に根ざしたものではない!ギリシャ・ローマも家政と再配分であり、市場は重要ではなかった。

 ※正確には経済規模を大きくすること、市場経済のようなものもあったが、それ以上にそちらのほうが重要な経済システムであったということ。重要なのは国家・自分たちの生存する社会圏の安定。だからこそ利得・富の生産より再配分といったものが重要になる。16世紀の重商主義以後、生まれたかのように思われる市場は、それでも統制・管理がまだずっと強かった。③自己調整的市場は未だなかった。

 よって、19世紀に至るその社会の過程を見てみよう。

 多分5項、p82、都市は市場の守護者だけでなく、農村へ拡大し蚕食することがないようにする「封じ込め」という意味があった。まさにcontainであるから市場にタブー・浄化の観念があった。※原始的にモノを交換する、トレードをするというのは恐怖であっただろうからね。 

 

 6項p96、労働・土地・貨幣という本源的生産要素。しかし本質的に商品であるわけではない。犠牲的ficticiousであることを見過ごしている。※余計な話。経済とはその三つを高めなくてはいけない。三つすべてが低下しているのが今の日本。

 7項、機械化とスピーナムランド法

 p110、問題は急速な転換、所得の問題だけならさほど深刻な事にはならない。p112、仏革命はヴォルテール・ディドロ・ケネー・ルソーの思想からなり、救貧法論争はベンサムとバーク、ゴドウィンとマルサスリカードマルクスオーウェンとミル、ダーウィンとスペンサーの思想を作った(?アホだからピンと来ないおそらく市場万能と保護の必要性を訴えるそれの論争の話なんだろうけど)。

 p114、①貧民の登場、②政治経済学これまでの経済学からつぎのステーに映る二大要因。市場の法則=人間の限界。ゴドウィンは人間の無制限の能力ゆえに市場の法則を否定。オーウェン市場法則でなく社会法則によって人の能力は制限されるとした。

 8項p118,労働者化が全国的現象なのに貧民対策は一万六千の地方が担当した。教区による管理。格差故成功区へ流民が当然動く。それを防ぐため移動禁止に。子供も職業選択の自由なく、同じく居住地の自由もなかった。※農奴→農民というような時代があって、生産発展段階説論的な感じだったはずだが、時代が進んで進歩するどころか、労働者という階級、時代の転換によって再び労働者という農奴が生まれたということか。

 1795教区農奴制廃止=産業革命による労働力のため。p122、当時貧民はどこからキタのか?と海外貿易と貧民を結びつけるものは驚くほど少なかった。数多くの理由が挙げられている。理由の多くは救貧法の運用のまずさから来ると思われていた。※つまり市場の成功の影に隠れた負という認識はない。あるいは行政の不手際といういつものお決まりのロジック&怠け者!努力しる!というやつかな。

 p124、アダム・スミスの頃。まだ失業多くない。→1795バークのピットへの『希少性に関する考察と解説』で始めて貿易と失業が出てくる。p133、労働者と貧民は紙一重。スピーナムランドは労働者階級の登場を阻んだ経済のひき臼から逃れる唯一の方法は消えた。※思うに、日本の労働者階級、サラリーマン階級?というものがあれほど楽観的というか、政治的に動かないのは幼児体験=階級形成期のバブルというトラウマをひきづっているからだろう。

 こんなところで打ち切り。オチもなく終わります。感想は前に書いたんで今更付け足すこともないしね。