てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

戦後史の正体/孫崎享③

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)/創元社

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戦後史の正体/孫崎享②の続きです。

 かのように米軍基地駐留は決して日本のためではなく、米の都合で留まっていることを知っていたが故の交渉・注文であった。現在の米軍なくてどうして国防が出来るか!などという主張はナンセンス以外の何物でもないことがわかる。更に現在は冷戦の脅威すらないのだから何をか言わんや。

 1954年当時日本の予算は一兆以下、その半分を米軍駐留に費やしていた。防衛負担を減らすことが今とは比べ物にならないほど重要だったことがわかる。重光・岸・河野はダレスと会談している。相互防衛にして負担を減らしてくれと。当然ダレスは相手にしない。日本がグアムを防衛できるか?

 国内から支持を得られるか?さらに憲法の制約について聞かれると、このときの重光は大したもの、どこの憲法に海外の侵略を肯定するものなどあるか!と日本の憲法でも十分可能だと主張。河野は戦前からの外交官というものは真に大したものとたたえた。残念ながら実らなかったが、その矜持は見事なものであった。

 氏は会談前に重光に天皇陛下が米軍駐留撤退はまかりならんという意志を伝えていたことを以って、天皇は単なる象徴ではないと論じているがこれには疑問が残る。実際重光は天皇の意向を無視して行動している。吉田従米路線を後押ししたと結びつけるのには飛躍がある。

 わざわざ論じることでもないが、戦前天皇の機能を見ても実際に政治に関与したのは昭和維新の鎮圧支持と、降伏を決めた御聖断の二つ。言うまでもなくこれは非常時の意思決定機能の喪失に基づいたものであり、主権は天皇になかったのは明らか。諮問機関のような存在であっても、決定権を持ったことはない。

 天皇陛下の意向は日清戦争の時にも無視されているし、天皇が絶対であったということはありえない。戦後においても天皇の政治分析、政治観がいかなるものであれ、それで政治グループを形成して特定の党派に肩入れしただろうか?援助をしただろうか?それなら天皇の関与と言えるがそうではないだろう。

 しかし、重光葵は戦後日本政治の数少ない国士・英雄だなぁ。紙幣に重光が採用されるレベルだ。鳩山一郎のブレーンとしてかのような人物が片腕としていたが、鳩山由紀夫には…。もし鳩山セカンドに重光がいたなら歴史は一体どう変わっていただろうか。今重光のような優れた政治家がいるだろうか?

 サンフランシスコ講和を見れば二島の帰属は日本だが、国後・択捉は南千島であり、ソ連に帰属するのは明らか。それをダレスが国後・択捉を諦めるのなら米は沖縄を返さないぞという圧力をかけて日ソ国交回復を妨害したのは有名な話。ここでポイントは日本の領土は二島のみという点ではないだろう。

 <余談>日本は現段階・外交過程を見ると二島+αという段階にあることがわかる。一時エリツィンが四島引渡しを考えていたようにね。もし二島が条約通り正しいのであれば、そんな案でてくるはずがない。三島返還論とか領土面積比案で三島+αなんてのが出てくるのも同じ。これはなぜか?

 <続余談>それは日ソ中立条約違反をしたということ。そもそも国際法違反を犯しているため其の責任を取らせるという意味合いがある。次にポイントは条約での解釈変更を米が認めたということ。つまり米が認めたのだから、この過去をタテに米には国際法の履行を後押しする義務があるということが重要。

 <続々>要は米に責任の一端があるので、米を巻き込むことが日露関係進展のキーになる、放置してはいけない点。次に国際法違反を許す代わりに露から引き出すことができること。個人的に領土の引渡しはさほど国益・戦略にいいものとは思えない。もっと違う材料を引き出すのが好ましいだろう。

 <四章>55年体制後鳩山退陣を受けて、米御用達の岸ではなく石橋が首相になる。一度目の投票では本命岸が一位だったが、二位・三位連合の石橋が勝利を収めた。石橋は自主独立路線だった。組閣後の記者会見では日米関係は重要だがハイハイいうことを聞くのは日米にとって良くない。向米一辺倒ではない。

 <余談>日米関係は重要だが、一辺倒ではない。これは今後何十年も続く。浅沼が対米依存の修正と日中接近を期待するという談話を出した事を見ても、畢竟日米関係と日中関係は同じ。ワシントンへは北京を経由するといったところか。しかし戦後直後はともかく、国交回復してからも中国!ってのはちょっと。

 <続余談>戦前から外交の二極は変わっていない、米か中国かの二択。反米派は必然的に中国接近を唱える。しかし、国交樹立以後どうやっても日中関係は進化し得ないんだよな。そこが反米派の次策が打ち出せない苦しいところか。今も理解せずに反射的に中国接近を唱えている人の成れの果てがアレかな?

 堂々と対米独立を主張する人は、戦前から軍部に対しても堂々と主張をしていた人たち。石橋湛山統帥権干犯問題というロジックを手厳しく批判した。当然、米は石橋を危険視する。石橋は健康上の理由で急遽辞任するが、その後健康不安があったのかといえる程73年まで生きている…。米の脅迫か?

 <余談>対米従属、沖縄基地、中国貿易(関係改善)―三つのポイントは戦後政治の課題として全く構造が変わってない。これを解くには前二者が近いというだけでなく、総合的に解決しなくてはならないだろう。まあ米はともかく、中国はどっちかというとこちらではなく、あちら側の意図が大きいけど。

 岸はCIAから資金提供を受けていたが、忠実な犬ではなかった。むしろ日本のことをしっかり考えた立派な人物であった。石橋の外相であった彼は安保改定に力を注ぐ。岸は前述通り国際力学を理解した人物、米御指名も彼が米の望むことを理解でき・実行できる人物だから。

 岸の政治信条は徹底したリアリスト、動機が正しくとも結果が間違いなら無意味、動機が間違っても結果が正しいならば肯定されるというもの。このあたりが戦前の満州経営など綺麗事の世界で生きていないしたたかさを感じさせる。妖怪と言われるのも腑に落ちる。

 ポイントは安保を国連憲章の原則に合致するものとしたこと。日米安保国連のリンクに注意すべき。そしてこの関連を軍に研究させていること=日米安保委員会。もし岸が安保騒動で辞任していなければ、日米安保委員会で駐留米軍最大限の撤退を検討させただろうということ。単なる傀儡ではなかった。

 <余談>しかし、なぜこうも戦前の政治家は米の意向を受け入れながらも、自分たちの国益=主義主張をした、駆け引きをしたのに、今の政治家はこのような交渉・駆け引きができないのだろうか?中曽根以降か?この傾向は?あの人はなにか米から引き出したっけ?

 岸の行政協定の改定は二段階論だった。しかし河野・池田・三木といった有力者は全面改定を主張した。池田などはその後首相になったのに、全面改定など主張していない。どうみても政争で岸を引きずりおろすためだった。サンフランシスコ講和の全面講和から一体何を学んだのか、コヤツらは…。

 圧倒的多数の自民党は安保改定に躓くことはなかった。民社党も協力をしていた。問題になったのは自民党内部の遅延策。当時安保反対に動員できる人員を整備する資金などなかった。それを用意したのは財界とアメリカ。池田は財界を通じて反岸運動を仕掛けた。よって目的=岸退陣で沈静化されたと。

 <余談>新安保のポイントは日本が守られる義務が明記されたこととよく言われるが、もっと重要なのは「国連の目的」という一文。これは国連を通じて対米従属を弱める効力がある。繰り返しだが何故小沢が非現実的な国連第一主義にこだわるかといえばここにあるのだろう。国連第一=属国拒否を意味するということなのだ。

 中国から嫌われていた岸だったがアイゼンハワーのバックで中国との貿易拡大を認めさせる。CIA・軍は独立路線より従属路線を好ましいと見るようになり、吉田再登板を画策する。吉田は池田・佐藤を押す。CIAアモリーとマッカーサー駐日大使は吉田派とつながっていた。

 吉田も池田もいわば傍流の人間、少数派が其の国の権力を握るためには大国の庇護を得る必要がある。多数はならそんな必要はない、そのまま権力をとれるから。その少数派が日本の権力の中枢にあり続け、行動経済成長により、不幸にも其の路線が長期的に踏襲されることになってしまった…と。

 ライシャワーのイコール・パートナーシップ。ライシャワーは外交官として相手国を理解しよう、フェアな立場で外交に取り組んだ優れた人物だった。米の無知・無理解に警鐘を鳴らしていた。かのような優れた外交官をいかに育成するか、米の内部から探しだしてくるかは日本の課題の一つだろう。

 安保闘争によって今までどおりの自民党・経済界・官僚だけのアプローチでは日米関係はうまくゆかないという反省から多様なチャネルを模索するようになった。ライシャワーの態度もその一環。フェアな関係のために沖縄返還に尽力したのもこれによる。はやく第二・第三のライシャワーが出ないものか…。

 佐藤栄作がジョンソン大統領にベトナム派兵を求められた時のセリフがshow the flagよく日本が参戦しないとエラいことになるぞ!の元ネタはここにあるわけだ。佐藤時代に外務省が核保有国は非核保有国を攻撃しないよう宣言すべきという政策立案をしている。孫崎氏はこれを素晴らしいという。

 理念としては素晴らしいかもしれない、しかしリアリズム・当時の国際関係を考えたら何を言ってるのか?現実にソ連と戦っているときに妄想も甚だしいとしか言いようがない。理想が悪いのではない、同時にそれを補完する現実政策が片手落ちになっている。以後もこの片手落ちを氏は続けていく。

 外務省は保有国の軍縮、非保有国の安保、平和利用の推進を打ち出す。ここにも自主路線は根付いている。不思議なのはかような外務省をスルーして佐藤が沖縄で沖縄が帰ってこなければ戦後は追わていないという調整なしの声明発表。何故外務省を飛ばしたのだろうか?

 そして致命的な外交オンチだなぁと実感するのが沖縄返還を求めておきながらニクソンとの関係を太くして置かなかったこと。相手の急所・要求を抑えて置かなかったこと。当時ニクソンは返還しなければ日米安保が破綻するとまで認識していた好機だったのに…。佐藤は核と繊維で密約を結ぶも繊維で履行しなかった。

 考えられない致命的な外交ミス・汚点だと思う。トップの信義・信頼に基づいた約束を反故にするとは一体何事か。政治能力不足から履行もできず、あまつさえ政敵ミルズにおいて繊維自主規制がなされる始末…。恩知らず、卑怯者、外交原理を知らない者、なんと非難しても足りない。もう呆れて物が言えない。

 ニクソンほどの政治家がなぜ友好国、同盟圏にあった日本を飛ばして、訪中をしたのかと不思議に思ったが、当然の話だ。8/15に金兌換停止、貿易課徴金10%という措置、こんなヒステリックな反応の裏にはこれがあったのか。いずれにせよこれを期に佐藤政権の次が模索されるようになる。

 今の韓国を見ているかのような愚かな行動で、尖閣の防衛義務もアメリカはあやふやにしていく。1969年外務省の独立派は米の走狗にならない。基地を縮小するという方針を作り上げていた。三木を使って角栄を陥れたロッキードは触れるまでもないことだからいいか。

 キッシンジャーは日中国交回復に激怒。ケーキを横取りされたと。国内問題で、米中回復は進まなかっただろうし、別に怒るほどじゃないだろう。真っ先に成し遂げる栄冠が欲しかったとはいえ非現実的すぎる。しかし角栄ほどの政治の達人が何故、米のパイプを軽視したのだろうか?

 一年、二年くらいは米の顔を立てて、この間までは国交樹立をしません、と。ただしこれを過ぎても米が国交回復できないのなら我々はもう待ちませんと、何故米に配慮をしなかったのだろうか?米の資金援助を受けていないから意向を忖度する必要がなかったなんてことはないだろうしなぁ…。

 んで、鈴木の理念について立派なものだとまた褒めているんだけど、理念はいいけど、現実の安保はどうなのだ?現実を無視した理念は妄想と同じ。軍事や同盟という文言が外務省のブリーフィングのママなんて言い分けにならない。機微を知って答弁できない無知には変わらない。

 孫崎氏は理念の尊重に偏りすぎている。もしくは現実国際力学を無視して対米独立のみを唱えた人物を評価している。これは誤りである。賢い反米か、愚かな反米か(もしくは独立路線か)、その視点が決定的にかけている。バカが国際力学、外交力学を無視して無闇に反米を唱えたら状況はより悪くなるだけ。

 経済観念も?米は確かに自分たちの日を認めずに相手が卑怯なことをしているという☓☓なやつらだが、プラザ合意で日本経済が停滞とか無理がある。むしろそこから日本経済は発展しているんだから。本当の日本経済の問題は自由市場なき統制経済にこそある。プラザ合意のせいにしたら米と同じではないか。

 日米安保より、多国間安保を重視した西廣/畠山氏の病死について、不自然な死を匂わせるところなんか陰謀論チックですなぁ…。米の経済的苦境が日本悪玉論となって、構造協議に至る=日本の不公正・不健全なシステムを破壊するという非寛容なところにまで行くわけですね。んで最も従属な小泉が来ると。

 北の核を最優先していた米の意向を無視して米朝協議に向かった小泉と。まだ拉致問題が解決されていれば、米を無視して行動した意義もあったろうが、結果はさらなる混乱と米従属を招いただけ、本当小泉外交は取り返しがつかない汚点でしたね。新安保で対象が東亜から世界になりましたしね…。今の自民党の人は一体どんな顔をして「外交は取り返しがつかない!」なんてのたまうのか己には全く理解できません。教えてエロイ人