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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

人物中国の歴史〈9〉激動の近代中国 +おまけ皇帝の弱さと母・皇后の重要性

歴史関係の話

人物中国の歴史〈9〉激動の近代中国 (1982年)/集英社

¥1,260 Amazon.co.jp

 人物中国の歴史、激動の近代中国9、昔の本で内容も古いが、ちょっとした思いつきを。

 呉三桂が失敗した理由について。江南=川を利用した水軍防衛じゃなかったからと単純に思っていたが、彼の根拠が湖南とか、奥地であるという指摘があった。よって情報網が乏しくなると。なるほど。

 元が強かった理由に情報網の整備がある。対照的に呉三桂は乏しかった。元が蒲寿庚を味方につけ宋を滅ぼしたように、商人の情報網を手に入れられたか?江南拠点でない以上、反乱成功の目はかなり厳しかったのではないか?これは李自成についても当てはまる気がする。始まりが陝西という山奥のが重要。

 山奥の農民主体の反乱では朱元璋が成功したようにはならなかったのだと考える。農民から税を取らずに商人に税をかけたとあるし、経済人の支持を得られなかったのではないか。檄文はそれを書いて流布することによって、知識人が背景についたことを宣伝する効果があるか。なるほどね。

 しかし康煕帝漢人を鎮圧武隊として差し向けたって、かなりドキハラ×2もんですよね。呉三桂もひょっとしたら清の軍隊は反乱制圧には少数すぎる。漢人派遣なら淝水の戦いのようになるから、勝つる!と思ってたのかもしれないね。そんだけ官僚化・政治制度が成熟したってことなんでしょうけどね。

 洪秀全太平天国・拝上帝教がまさに己が言う「カルト」であり、一神教的世直しのロジックを唱えていることが面白い。個人的ツボ。しかし団練に潰されるところから組織的限界があったのだろうなぁ。宗教教団による縁を作るという風土がないから宗教的連帯が作り出せなかったのだろうな、きっと。

 洪秀全の他に五王を置く体制になっているが、彼は皇帝ではなく、教皇だったのかしらね?内ゲバで自滅していくところなんかも、教理・教義による組織化の失敗、あるいは限界があったのだろう。客家など下層・流民を吸収することに成功し、反乱軍の規律化にも成功した。が団練には勝てなかった。

 地方の有力者、上流階層や郷紳を取り込めなかったこと。擬似キリスト教の論理を読書階層取り込んで洗練できなかった、高度に論理化出来なかった。知識人が足りなかったってところかな?聖戦観念はどっちかって言うとイスラムよりなのかも?孔子がインチキ教えたから、上帝になじられるっていう捉え方が面白いですね。

 吉田松陰太平天国の乱の勢いを聞いて、洪秀全満洲どころか朝鮮、そして日本にまで攻めてくる!って考えていたのね。アヘン戦争以上に、当時の日本の知識人は震え上がったんだろうなぁ。乱が鎮圧されても、中国の近代化にまた新しい革命が起こるとも限らない!日本が明治維新→中国進出というパターンをたどったように中国が同じように日本に攻めてくるという危機感は間違いなくあっただろうね。それが日本の維新志士に与えた影響も大きかったのだろうなぁ。

【おまけ、皇帝の弱さと母・皇后の重要性について】

 本当は分けるつもりでしたが、短かったのでまとめてしまいます。

 皇帝は最高権力者で政治をなんでも動かせるという通念は誤り。皇帝は権威と人事権以外は何もないのが普通。興国期の初代・二代目の皇帝は下からのし上がってきたので、政治キャリアを備えるからこれには該当しない。皇帝が強い政治権力を握れるとしたら、皇太子の時点でなんらかの官・ポストに就いてキャリアを積んできた場合。

 まあ明の建文帝と永楽帝のケースを見るとわかりやすいかな。即位しても政治キャリアがないから、実際に政治を動かした経験がないトップ。対照的に外で一からキャリアを積んできた皇子の違い。実力もさることながら、政治的資産キャリアルートを歩むことで培われる人脈の存在が大きい。対称的にそれがない皇帝は脆い。皇太子時代の顔なじみしかいないから、自ずと政治的背景は弱くなる。

 政治キャリアを積めない皇帝はさしづめ、司法機関・裁判所のようなものか?上がってきた問題を裁決するだけになるとでもいうか。または権限のない大統領で首相を任命するだけで、実際は首相が内閣を以って行政を執行するという政体に近いか?

 臨調称制で皇后が政治を担う意味、今更気づいた「母」の重要性。そうだよな、男より女のほうが圧倒的に長生きするもんな。そりゃ女性がトップにいてくれたほうがどれだけ政治が安定するか。女性のほうが長期政権築きやすい。平均寿命計算したら、多分若死してしまう皇后って皇帝に比べれば圧倒的に少ないと思われる。そりゃ古代・中世において女帝が重宝されるわけですな