てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神②

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(日経BPクラシックス)/日経BP社

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (ワイド版岩波文庫)/岩波書店

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続きです。

  資本主義的企業の技術と、資本主義に原動力を与える天職として職業労働に勤しむ精神を持つ者、この二つが同一の社会層である必要はない。カルヴィニズムは資本主義への教育を担ったものの一つだが、蘭の大貨幣資産家達は、厳格な規律を持つカルヴィニストではなく、アルミニアンだった。蘭でも他でも、企業家としてようやく身を起こしつつあった中小の市民層こそが資本主義的倫理とカルビニズム的信仰の典型的な担い手だった。これはどこでも大貨幣資産家、商人が社会にいた事と通じる。市民的産業労働、その資本主義的=合理的組織というのは中世から近世への発展によって初めて起こった。つまり、金持ちや上流・上層というのは近代資本主義、近代化にとって「決定的な」要素ではない。市民、中層・下層の変化こそ、資本主義・近代化であるとウェーバーはいう。

 19世紀中葉の前貸問屋、繊維工業を見ると、今と違って極めてゆったりしたものだった。農民が都市の問屋を訪れ商品を納入し、外来の仲介商人も長期に渡ることはなく、通信で済ませる程度。営業時間は5~6時間程度で、同業者たちに何の問題もないから折れ合いもよくクラブでのんびり痛飲して生活のテンポも悠長なものだった(いうまでもなく一種の理念型であり、実際それが正確に観察されなくても構わない)。

 資本、客観的経済過程、簿記などを見ても当時の経済が外面的には資本主義的だったことはゆるぎもない。だがそれを動かしている精神は「伝統主義的」であった。事業経営は、伝統的な生活標準、―利潤、―労働量、―事業経営の様式、労働者と顧客の伝統的な関係、顧客獲得や販路の伝統的な様式、経営者のエートスはこれまでの伝統主義と変わらないものであった。

 いきなり集中経営や機械化へ移行したというのではなく、都市の一青年が農村に出て織布工を労働者として教育し、小売業を通じ最終購買者としての顧客を獲得する。毎年各地を訪れ製品の品質を改良し、「好みに合う」商品を作り上げ、「薄利多売」を行う、どの時どの場所でも「合理化」過程の結果こうなる。厳しい競争により、牧歌は影を潜め資本は利息目当ての貸付ではなく、次から次へ事業に投資され、のんびりした気楽な生活は冷たい厳しい生活に取って代わられる。彼らは消費より営利を欲っする。古い様式に留まる人は生活を切り詰めなければならなかった(だからこそ、ドイツ工業の最初の羽ばたきの時代において、日常生活における必需品のスタイルの全面的な崩壊を伴った。一旦近代化・資本主義化始まったら、日常・行動様式は一変するということですね)。通常言われるような貨幣の流入がきっかけではなく、―それは親戚から借り集めた数千マルクで十分であったから、そしてまた言うまでもなくこれによって、貨幣の流入が全く近代資本主義にとって意味がなかったと言うことではもちろんない。この変化を引き起こしたのは「近代資本主義の精神」であった。貨幣がどこから来たかではなく、この精神がどのように展開されたかということこそが、資本主義拡大を解き明かす故で重要になるのだ。そしてこの精神の侵入は平和なものではないのが常だった。前述通り、このような変化には必ず厳しい批判が浴びせられる。明晰な観察力と実行力、そして「倫理的」性質がないといけない。

 

 何度も述べてきたように近代資本主義とは投機・冒険的なそれや大富豪に始まるのではなく、厳密な生活のしつけや、市民的な物の見方や「原則」、冷めた目でたゆみなく綿密に、徹底的に物事に打ち込んでゆく性質が重要だった。このような個人の道徳的資質は伝統からの離脱を図るがゆえに、倫理などから関係ないもの。そうしたものと真逆、ネガティブなものから生まれる、よって自由主義的な「啓蒙思想」から生まれてくる。このように考えられがちだが、そうではないのだ。実際今日のドイツでは一般的にその通りなので誤解してしまう。「資本主義精神」に満たされた人は教会に反対ではなくとも無関心になっている。片時も自分の財産を享楽しないのは不断の労働を伴う事業が「生活に不可欠なもの」となってしまっているから。事業のために人間が存在し、その逆ではなくなってしまっている。このような生活態度は個人の幸福の立場から見ると全く非合理的だ。財による個人の名誉や権勢、米では数字の呪力が商人の中の「詩人」に働きかけて、とりつかれてしまっている傾向があるが、そうではない国の殆どでは、たとえばドイツでは長年繁栄している指導的地位にある人々はそのようなことはない。世襲財産と名目貴族の安全港に逃げこむのは亜流者流の退廃的産物である。資本主義的企業家の「理念型」はこうした成り上がり根性とは無縁である。見栄、不必要な支出、権勢を避けるのである。そういった生活態度はフランクリンの説教にあるような一定の禁欲的特徴を備えている。この重要性は後述。こうした企業家は冷静な謙虚さを持っている。これはフランクリンが推奨する巧知に長けた自制よりも本質的に誠実なもの。こういう企業家は、巨富を有しながらも、自分のためには一物も持たない。ただ良き「天職の遂行」という非合理的な感情を持っているだけなのだ。

 また繰り返しで、このような精神・行為は資本主義以前に於いては理解不能で軽蔑されるもの。必要以上に稼いでそれとともに墓に入ろうとするのは「呪われた黄金の飢餓」であった。

 逆に資本主義の「精神」は資本主義社会の適応の産物として理解することも出来る。資本主義的経済秩序はこのような「天職」の精神を必要とするから。無論、萌芽期、資本主義の初期と違ってそれが完成した今日では精神と現実世界の機構が対応している必要はない。そこでは国家も教会の経済統制も邪魔なものとなる。かつて資本主義は近代国家権力と結合することで古い中世的経済統制の諸形態を打破し得たように、宗教的権威との関係においても同じようなことが起こり得た(立論上、おそらくとウェーバーは書いている。まだ仮定の話であり、結論づけていないから)。それが現実であるのかどうか、それが起こったのであればそれを究明することこそ本書のテーマ。なぜならBerufという観念がいつどこの道徳でも背反することは証明を要しないからだ。利子についての宗教的評価についての具体例<省略>、その排斥と消極的、やむを得ない是認。どこをどう見ても積極的な評価、肯定は出てこないという説明。史料によると金持ちが亡くなった時、「良心のための貨幣」として教会に寄進されたり、不当に奪取された利息として債権者に返されたりしていた(裏を返すと当時の金持ちとはそういう存在だったということでもあるが…)。異端や危険と見られていた人と並んで、都市のそのような思想を持たない人々、都市貴族層はその限りではなかった。それでも外面的な教会との融和のために、不確実な死後の世界の救済のために、幾何か金額を払って妥協するのがふつうの事であった。このようなことは道徳外のこと、反道徳的なことであることを意味している。ではこのせいぜい道徳的に慣用されるに過ぎなかったものが、どのようにしてBerufにまでなっていったのか。14・15世紀のフィレンツェは資本主義の世界的中心でありながら、道徳的に利子の追求は危険なこととされていたのに対し、辺境の小市民的な18世紀のペンシルヴァニアにおいては資本主義の中心とは程遠い状況―貨幣の不足・物々交換経済に後退しそうな状況・大規模な産業経営の欠如・銀行は萌芽期―それでも利潤を追求することは義務というような事実があった。こういった事実はどうやって歴史的に説明しうるだろうか。この場合「物質的」関係の「観念的上部構造」への「反映」を云々するのは無意味である。利潤の獲得こそが個人の義務というBeruf天職という範疇にまで至るのは一体どんな思想基盤があったのか。なによりその思想基盤こそが「新しいスタイル」の企業家の生活態度に倫理的下部構造と支柱を与えることになったのだから、この思想基盤がなんであるか問われなくてはならない。(新しいというところに必要以上の付加価値をもたらせないためのカギカッコであろうか、ウェーバーの著述を読んでいくとその歴史的展開において、発展や進歩といった+の価値観を付与しないような筆記に気づく。天職という思想の展開においても発展とか、高まりとか、そういう言葉は使われない。ついうっかり自分のメモにそう書いてしまうのだが、彼自身存在と当為の違いに注意せよと述べているように、その区別をつけるため気をつけた結果であろう。プロテスタンティズムが素晴らしいものであるとか、いいものであるとか、あるいは資本主義や近代化についても同様にそのような価値判断は一切下していない。むしろ資本主義&近代化の結果必然的に起こる現代の諸問題を解き明かすための研究という要素がある故どちらかというと懐疑的であることは間違いない。功利主義的な資本主義、市場、機械化、民主主義万歳!!的な思想とは程遠いといってもよい)

 ※で良くない意味での「主張を持つ書物」とあるが、一体どういう用語なのだろうか。免罪符を購入する必要があったことや利子・利潤は贈与として扱われていたことなどが道徳外であることを示す。また今日取引所で差額に文句をつける人にブラックリストがあるように、当時は利子取得の例外を願い出るものは宗教裁判所に願い出たものは絶交されることが少なくなかった。絶交ってなんだろ?社会から?全然関係ないのだが、当時の宗教裁判所という制度というのは現代の司法にどんな影響を及ぼしたのだろうか?近代国家の司法機能・裁判所という制度・発想はやはり宗教裁判所から来たものなのだろうか?

 資本主義精神は、合理主義の巨大な発展の部分現象として見るのが簡明であって、合理主義の原理から説明するのがいいように思われる。合理主義の「早生果」という視点においてのみ歴史的対象の問題になるわけだ。が、そのような立論の仕方は次の一点においても難しいところから不可能だということがわかる。歴史上の合理主義の進展は決して個々の生活領域と並行して行われてきていないからだ。例えば私法の合理化は、法素材の概念上の単純化およびその編成の仕方からすると、最高のものは古代末期のローマ法。しかもそれが南欧カトリック諸国で支配的な地位を維持し続けてきているのに対し、経済的に合理化が進んでいるいくつかの国では私法の合理化が遅れているのである。とりわけ英ではローマ法の復興は当時有力な法律家ギルドの力によって失敗している。18世紀に合理主義哲学と資本主義の発達は関係がなかった。ヴォルテール主義はむしろロマン系カトリック諸国の広範な上層と中間層の間でこんにちでも広く共通剤となっている(むしろ合理主義というのは上からの都合のいい結果を求める思想として展開したということかもしれない。福利厚生のような民の生活向上ではなく、社会上層がいかにして実利をえるのかという思想になり易かったのではなかろうか?)。もし個人の現世利益を上げることが合理主義だとするなら、そういうのに最も優れているのはイタリアやフランスのようなliberum arbitrium「自由裁量・放縦」が血となり肉となっている特色のあるところである。言うまでもなくそのようなところからBeruf天職は生まれて来なかった。生活の「合理化」というものは様々な究極的観点から、様々な方向に向かって行われるものなのだ。しばしばこの簡単な事実は忘れられているが、合理化の研究の際には忘れられてはならないことだ。「合理主義」はひとつの歴史的概念であり、様々な矛盾を内包している。その中でBerufと幸福主義的利己心からすれば非合理としか言いようのないはずの、職業労働への献身を生み出すに至ったあの「合理的」思考と生活形態は一体どのようにして結びついたものだったのか、またBerufに含まれる非合理的要素とは一体どのようなものに由来するのか。我々が解き明かさなくてはいけないのはそこにある。