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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

【追記】 男色とか従軍について

歴史関係の話

まあ、そんな書くほどのネタではないんですが、従軍慰安婦の話もあったことで、それ関係というわけでもないんですがメモ程度の思いつきを。

 秀吉は衆道というものに手を出さなかったことで有名ですが、家来が用意した美少年をみても、その子に「姉か妹はおるか?」と尋ねた逸話が有りくらいです。男の娘に興味が無い秀吉はちょっとおかしいと思われていた―これが戦国時代の常識なんですよね。おまえゲイか?じゃなくてお前ノンケか?が相手がおかしいことを意味する言葉だった。人間社会の時の常識・通念なんてそんなもん。

 まあ、だからといってあの時代は良かったと今の同性愛者が思えるかどうか。上流階級ならともかく、一般大衆がバイセクシャル(ゲイセクシャル的なホモセクシャルとか)なんてやっていられたかどうかわからんですけども。まあ世界中上の方では衆道・男色的な文化は見られますよね。ソクラテスが美少年見てウホッ!とか書いてますし。

 イスラム圏?アラブ圏かな?男は髭を生やして、生やさないものは男の娘でしたしね。

 んで、戦場で女性を侍らすことができるとは限らないからそういった文化が発生したというものを見て思いましたが、マグロ漁船なんかでそういう話があるように男だらけの空間でそういうものが発生するのは自然なことなんでしょうが、指揮官たるもの冷静に判断し、命令を下さなくてはならない。戦場で変に興奮し過ぎたり、逆に恐怖でどうにかなりそうになった時、男を抱いてセルフコントロールをしていたんでしょうか?そういう要素があったんですかね?兵卒はともかく指揮官ともなると判断ミスは致命的になりますから、そういうことをしていたんですかね?

 十字軍じゃないですけど、あと長征なんかもあるか、軍隊だけじゃなくて商隊どころか家族・一家丸々引き連れて戦争をし、入植前提というものもありましたし、そういう環境では軍隊に女性がセットであったんでしょうけど、そうじゃない場合は娼婦が付いて行ったり、現地の近くでそういう兵士の歓楽街みたいのが出来たりまあ色々だったでしょうね。

 戦争といえばその地を自国の領土に編入するという目的がありますが、食を確保したり、挑発だったり、国内の圧力をそらすためみたいなことを目的とする場合もあります。戦後ではなく戦前から住民引き連れてというのは危険極まりないので、殆どオワタ感・詰みって気がしますが、国内から引き連れていくという性質を見ると「従軍」という性質はある種後進性があるんでしょうね。日本の人口圧力経済危機を中国方面・領土拡大でしのごうとした性質を見ても。また同時に現地での非合法行為を減らそうとした努力の試み=先進性もあるんですけどね。まあその両方があること、両面から見ることが大事だったりするのでしょうか。

 まあ、オチはありません。

 ※忘れていましたが、秀吉について。彼の場合下層からの成り上がりですから、そういうことがあって男色を出来なかったとか、そういう背景があったかもしれません。上層の文化だから、マナーというか一種独特の儀礼があってその社会に参入するのに下層出自の秀吉にはハードルが高くが面倒だったとか?あと子供が出来ないという要素もあって、一人でも子供を作るためにそんなコトしてる場合じゃない!という強迫観念があったとか?幼少期のトラウマ云々とかもありそうですね。

 出世した段階で加藤清正とか福島正則とか子飼いがいたので、今更新たに付け加えるまでもないということで必要としなかったという性質も考えられますね。秀吉子飼いが分裂したのと色小姓でないというのは相関関係があったりするんですかね?あったら面白いところ。

 以前つぶやきましたが、家康にしろ曹操にしろドスケベだったから晩年まで子作りをしていたというよりも、そうすることで健康をPRしていた。まだまだワシのせいじ時代は続くぞ!ということで求心力をアピールしていた、特に軍事指揮官としての能力を図る上で「英雄色を好む」的なバロメーターがありますから、軍人にとってはかなり重要な要素だったという気がします。

 まあこういった話は下世話なネタとして処理するだけではもったいないという気がします。

 全然関係ないですが、信長が全く公式な国家システムを整備しなかったのと比較して秀吉は関白や五大老といった制度を整備しましたが、結局信長政権の延長で唐入り政策を進めるなど初めから矛盾があったと見ることもできますね。信長の場合、個人ワンマンカリスマ経営で後ろを振り返らずに真っ直ぐ突き進むそれですからね。関白というのを選んだのも信長政権がああいう崩壊をして、より強固な身分制度・古い伝統に組み込んだほうが安心できるというのが動機だったんでしょうかね。