てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

戦争学原論 (筑摩選書)/筑摩書房

戦争学原論 (筑摩選書)/筑摩書房

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 『戦争学原論』いちいち書くまでもないんですけど、まあメモ書きしてテキトーなことを云々するのはいつものことだし多少はね?戦争学といいながら、既存の戦争に対する諸論考をただまとめただけ感が拭えない。なるほどそういう視点から切り込むか!という独創性は感じない。単に戦争の勝利を追求するのが目的ではないというテーゼを掲げるのなら、戦争とは何か?の答え・定義、独自見解がほしいところ。

 なんか定義厨というか、よくある古典・先駆者の定義をただズラズラ並べて、自分でそれなりに新しい用語を作ってドヤァするのありますけど、そういうのって結局なにか新しいことを行ったつもりで、役に立たなければそんなふうに分類しても意味ないんですが、それは…―ってことよくありますよね。なんでしょうか?ただ論文を書くのにフォーマットを整えただけという感じになるとそうなっちゃうんですかね?

 軍事史・戦争史と分ける必要があるのか?戦略学ねぇ…。軍事学と細分化する必要性があるのかな?まあ今じゃ戦略といえば軍事より経営の要素が強いですから新しいそれが必要と言われれば、まあそのとおりなんですけど。国家戦略・ビジョンを提唱したいなら、ある程度の答えを書いて欲しいですね。

 クラウゼビッツの政治と戦争の関係の概念を継承した独人デルブリュック(訳書なし?)が興味深い。それまで独の戦略に否定的ではなかったが、西部戦線の膠着・ヴェルダン攻勢から否定に回る。ルーデンドルフやビンデンブルクの殲滅戦略を疑問視する。政治から乖離した軍事目標設定を危険視する。1917年議会での平和決議をめぐる7月危機以降、和平の基礎を築く戦争を要求する。

 相手に交渉を排除させるような危険な軍事戦略を慎むべきだと主張するようになる。彼のヴィジョンは真に的を射たもの。無差別潜水艦攻撃は米の参戦を招き、勝利が遠のく。敵の殲滅という目標設定はナポレオンが緒戦で大勝し過ぎたことと同じ結果を招く。

 すなわち「成功の極限点」を踏み越えたがために、諸国が同盟を結んで団結し、戦争を集結できずに破滅を招いたこと―これと同じ結果になる。仮に大勝を収めても英がそれを見逃すはずがない。そしてベルギーからの無条件撤退を宣言しなければ、それを理由に参戦した英が離脱・講和することはありえない。

 英との戦争終結なくして独の勝利はありえない―と彼の戦争観、理解・戦略はまことに核をついたものだった。また占領地での独化政策を止めない限り、国際社会から孤立を招くとも指摘している。それまでは戦争>外交(政治)という要素が強かったのを、外交・政治目標を戦争・軍事より先に付けた極めて先見性がある人物でしたね。これは総力戦以後これまで破滅的な結果をもたらす戦争がなかったので、古い考え方をひきずらざるをえなかった結果なんでしょうな。

 カーが言うようにコントロールされた近代戦争は少ない。指導者は目的と手段のバランスを適切に取ることが難しいもの。理性・意図で計算された結果通りに必ずしもならない。それに基づいて計算する危険性。

 ローマ帝国衰亡史の一つのテーマ―平和という緩慢なる毒。なるほど、読もうとしているから頭にいれておこう。

 関係ないメモ。当時の価値基準として名誉のランクは政治>軍事>労働になる。そして政治が古代・中世は多義的だから文化、芸術・宗教などが政治と同義、またはより先に来る。軍事の価値観、軍人の価値が高まるというのは昔からあったことだが、労働という価値が社会的に高まる、高い意味を持つようになるのは近代特有の現象。

 戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る。ナポレオンが国民軍を作りそれ以前の傭兵制・軍規が低い前提の軍隊と事情が変わった。ナポレオンは補給を現地調達にする。それ以前の国王の軍隊・傭兵では略奪の問題から出来なかった。米の軍隊問題とは徴兵制と言う名を借りた傭兵制の問題と言えるかもしれない。米はトランスフォーメーションとか戦略云々を論じるのは熱心ですけど、基礎中の基礎である軍規・規律を疎かにしているのはなぜなんでしょうか?帝国主義時代の列強そのものですわな、そこら辺の感覚は。

 戦争の90%はロジスティクスである―か、クレフェルトの補給戦面白そう。まあ、戦争とはいかに戦場で戦うか、相手の軍隊や国を破壊するかではなく、いかに運ぶかですからね。適切な場所に適切なタイミングで軍隊と物資をいかに運べるかですから。

 ヒトラーの戦争指導能力より、ロンメルロジスティクスの軽視が北アフリカ戦線での敗北の理由。関係ないが、相手の移動を妨害するために物理的破壊ではなく、植物を利用した妨害とか研究されてないのかな?戦時中の破壊行為で戦争に勝っても結果、それが治安悪化や環境破壊などで統治に支障をきたす。統治政策を上手く行かせるため、素早い戦後処理のために、相手の軍事活動を妨害する成長早い植物とか。んで、こちらは独特の技術で簡単に処理できたり、もしくは戦後処理で多少時間がかかっても、民間人の経済活動・生活上問題を引き起こさないみたいなの。

 ルーデンドルフの総力戦読まなきゃ。南北戦争で62万人の死者の9%が捕虜収容所で死んでいる。ボーア戦争での強制収容所はのちにナチスヴェトナム戦争での「戦略村」に応用される。

 総力戦、第一次大戦の前段階として研究され参考とされたのが日露戦争日露戦争は小銃を別とすれば歩兵に最も重要なのがシャベルということを示した。

 総力戦はアテネサラミス海戦のように英で民主主義を深めるものとなった。

 兵役で男がいなくなる故に女性の社会進出が進み、貴重な兵士供給源である労働者階級の意見を聞き、労働環境が改善される。平準化で健康管理が進む。一人あたりの必要栄養量という計算がなされ、ロジスティクスで国内にも食糧が配分されるようになる。英人の食糧事情が改善されたのは第二次大戦中。

 ゴルツなどに当時の歪んだ精神・思考が感じられますなぁ。社会ダーウィニズムとかあいまってね。結局この頃は、これがあって覇を握る、世界の支配者と定められているのは我ら!という常識がありましたからね。これを抑えないとアカン。

 政治>軍事はクラウゼビッツから受け継いだはずなのに、戦争の勝者とは神の選択であるのだから、それを政治家の手から軍人に取り戻すべきだとありますからね。躍進する中産階級に対して、保守回帰した伝統的軍人層の反発。結局腐朽官僚制ですわな。そりゃ負けますわ。

 シルクハットの政治家よりも甲冑の皇帝でないといけなかったと。まあ、歪んだ思想からは歪んだ結果がもたらされますな。総力戦から世界中そういった、歪んだ思考になっていくのはむべなるかな。んで今でもアメリカはそういう歪んだ余計な価値観を持ち込んでいますからね、そりゃ戦争に負けますね。