てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

逆説の日本史17のメモ

逆説の日本史17 江戸成熟編 アイヌ民族と幕府崩壊の謎/小学館

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逆説の日本史17メモ。

 ○山崎闇斎朱子学神道を結びつけた垂加神道を作った。朱子学の影響を受けて、日本こそ「中華」=文明の中心というロジックが生まれ、仏教や漢心に影響される前の思想こそ日本本来の思想であり、それに変えるべきだという思想の展開があった。

 ○国学では大和心こそ日本本来の思想であり、もののあはれのような心情こそ、日本本来のものという主張がされるが、実はそれこそ朱子学が生まれた時代の中国で仏教排除が行われたのと全く同じ論理。中国こそ世界一の文明国という主張をするために仏教の世界観を排除した宇宙観などを提唱しましたからね。

 朱子学の影響を受けた神道では一般人までは広がらない。まさに仏教キラーである朱子学の性質そのものですね。統治階級と民が手を組まないために家康は朱子学を導入したでしょうからね。しかし宣長国学は統治階級と一般人を結びつける役割を果たしたと。であるからこそ明治維新という偉業が出来たと。

 ○万葉集は仮名がない時代のものだから国学者が訳さねば一般の人は読めなかった。古事記が今読めるのは宣長の研究のおかげと。 至誠天に通ず―は日本教(By山本七平)純粋に私心ない行動でありさえすれば、犯罪でも何でも倫理的に許されるし(時には殉教者として評価)結果がついてくるというロジック。

 これは孟子からと思われているが、孟子ではない。世阿弥菅原道真にもこのような思想がある。ちなみに「至誠通天」は小沢一郎座右の銘、氏は西郷隆盛が出典と言ってるがそれは間違いで、道真以前に既にある。そしてこの思想を宣長は否定した。予定説やイスラムのカダルのように一神教の発想をしている。

 天照大御神から「御任」されているという序列を宣長は想定しているので、天皇絶対神ではない。一神教はいいことも悪いことも全てひっくるめて神の思し召しと捉えるが、彼の思想では和魂・荒魂で善悪が区分され、悪いことは荒魂が起こすことであり、それを防ぐためにケガレを防ぐ必要がある事になる。

 国学などのお陰で「日本」で団結して、近代化が出来たわけだが、このケガレ思想がもたらした弊害は大きかった。攘夷志士のテロ然り、なんせ外人見ただけでいきなり斬り殺してたんですからねぇ…。仏教は万人平等でありこのような思想はなかったが、本願寺などは准門跡として天皇を特別扱いしていた。

 小松左京が過去の誤りを知るために戦前の神道を研究しようとしたら、友人に激怒された。それは誤ち=ケガレだから、そんな汚れたものを研究することは汚れる事だから。

 ○宣長の思想では死ねばそこで終わりだが、これでは死後の世界を信じる日本人には受容されなかった。これを解決したのが平田篤胤千の風になっての歌のように、死んでも人を見守っていると考えるのが日本人の死生観。死んだらなにもないというのでは、日本人はついてこない。この難問を大国主命の死後の審判を持ち込むことで解決した。死後の世界を持ち込むことで神道の世界観を根付かせた。彼の功績は大きい。丁度朱子学がインド思想を自己の世界観に取り込んで自分達のものにしたように、平田篤胤は近代科学を神道に取り込んだから。

 泰斗宮崎市定ルネッサンスのような思想革命を朱子学、アラブではアッバースでのギリシャ哲学復興(だったか?)のようなものと比定し、欧州以外ではそれが早かったがゆえに、欧州生まれの近代化の科学の受容をする余地がなかったと分析していたが、その逆の論理で日本は遅いが故に科学の受容が出来た。

 ―とまあ、そんなふうに分析することが可能だと思う。平田篤胤はオカルトの要素が多分にあるが、欧州の科学は古道に見出すことが出来るとし、近代科学を解き明かすことで、より神の論理が解き明かせるとした。これはまさに近代科学者が科学の分析を進めることで神の意志が理解できるとしたのと同じ。

 篤胤を神道狂信者と見るのは誤り。日本の近代化は彼なくしてありえないほどの貢献者なのだから。

 ニュートンの引力はりんごが落ちる地球の重力と、天体の運動が同じではないかと着想したところに意味がある。地球がモノを引っ張ってる力と天体の星々の運動が、別々の力学ではなく同じ引力ではないか?と考えたからこそ「万有」引力の法則か。なるほど。

 ○ちょっと、前後の順番を飛ばしてまったが、次に説明する資本主義の精神の話につながるから、ちょうどいいか。宣長は和魂として日本人に求められる良いことは身分にあった役割をこなすこと=労働だとした。山本七平氏は鈴木大拙の「労働即仏業」というロジックで日本資本主義の精神を説明していたが、説明するならこっちのほうが適当なんじゃないかな?禅思想は万人が持ってたわけじゃないし。

 まあ言うまでもなく、宣長の思想には絶対神のようなものであっても、予定説がないですからね。予定説でない以上、そこには救済を死に物狂いで求める禁欲は発生し得ないわけで。獲得した金銭・利潤の肯定にそれをさらに投資しなくてはならないという背景もないですしね。

 とはいっても、既に近代化された社会の中で、そのシステムに適応しようというのと、ゼロから近代資本主義を発生させようというのはまた話が違いますけどね。二重規範の打破と作為の契機がポイントなんですが、まあ今でもかなり微妙なところがあるくらいですしね。

 日本の資本&民主主義を考える上での起源なので面白い所ではありますね。で、それはそのまま中国の資本&民主主義の話に転化するわけですが、中国の場合このような神道自体が無いですからね。道教あたりに無理やりやらせるか?神の下、一人の中国人としての平等という教理を生み出せるかどうか!?がポイント。

 つい最近、中国の資本主義の行方と、民主主義の行方。中国は将来どうなるかという話をしていただけに繋がってよかった。中国は朱子学の論理を崩して、階級を超えた「中国人」というものを作れなかった故に近代化に失敗した。今でもそう。よって自ずと中国の資本主義は頓挫せざるを得ないだろう。

 そもそも中国には近代法がない。近代資本主義とは近代法・民主主義と同義。これらは三位一体の不可分の関係であり、どれかが欠ければ残りも崩れてしまうもの。民主主義・近代法がない中国で資本主義が深刻な危機を迎えるに決まっているんだがなぁ…。何故かそういう分析を見ない不思議…。

 ○ロシアなんか日本の武士で倒せると豪語してロシア使節を追い返した老中土井。実際、そのロシアが報復に寇掠すると何の責任も取らず、二十年間その地位を全うし、加増もされた。なんか対米宣戦布告をサボった駐米大使を連想しますね。

 ○江戸時代の日本人は歴史オンチ。家康が貿易推進論者だった故事を持ち出せば開国を推奨する何よりも有利な証拠になったはず。ところが勝海舟でさえそんなことを言っていない。朱子学というものが事実と当為をごっちゃにするため、好ましくない事実をなかったこととして抹消してしまうから。

 ○徳川家斉の散財・後宮拡大政策というのはやはりリンクがありそう。重豪も似たようなことをやっているし。三大改革として改革全てに緊縮財政が共通するが、反動として必ず積極財政がある。財政健全化と経済振興の繰り返しで政権交代が起こっていると看做すべきかな?江戸幕府の政治は。

 ○家慶への禅譲で慶事を祝うために大阪の米を江戸により多く回送した。結果庶民が苦しみ陽明学大塩平八郎は乱を起こす。そういや中国の陽明学者はプラグマティズム的なところがあるが、それが近代科学にどう対応したのか見る必要があるなぁ。日本でも神道国学の流れを受けて研究したのかしら?

 ○水野忠邦の改革―安保無視で開国に必要な技術研究者を鳥居耀蔵を用いて弾圧する。

 ○相変わらず朱子学=商売悪で不合理としていますが、そうじゃなくて前近代社会=身分制が国家を運営する上で最も合理的だからですよね。武士が俸給のコメを飢饉の際に開放するのもそういうシステムの上に成り立っている合理性が働いているわけですから。閉鎖社会で権力者が蓄財に乗り出したらあっという間に格差が開いて国家が崩壊しますからね。ですから金を稼ぐ商人を恣意的に叩いて金を奪ってバラまくことが定期的に行われるわけで。

 ○薩摩藩の外城制、半農半士として兵農分離せず武士を雇っていたシステムはアテネなんかの市民、自給する兵士からなるポリスを連想させますよね。近代化=民主主義のリンクをここにも見いだせますね。上士・足軽の区別なく行動した。桂小五郎伊藤博文がその区別にとらわれなかったように、身分の違いで行動を共にしないということがなかった。長州では身分にとらわれない奇兵隊が生まれたが、土佐では上士が郷士を下士として差別したため龍馬は彼らを集めて海援隊を作ったと。

 ○仮想敵国だったはずの島津家から篤姫という将軍の正室・母が生まれてしまった。これを本来の目的を忘れてしまったミス、あるいは吉宗のエゴによるものとなっているけど、融和路線として特にありえない話ではないと思う。

 で、島津家は改革を巡って面白い政争が色々あると。500万両という天文学的借金を返済するために改革。特産品の専売と密貿易。幕府にバレてそれが潰されないように老中に賄賂を送っておけという口伝。

 ○長州も身分にとらわれない学校をつくり、薩摩と違い藩士個人に負担がかかる仕組みでその借金が膨大に膨れ上がっていた。薩摩とは逆に専売品の規制をとき自由貿易にし、下関をパナマ運河のようにし、交通の要衝から上がる運上金・流通税で増収を図った。交易の中心だった大阪からここを交易の中心とした。

 武家諸法度で山口に城を築くのは禁じられているため山口政治堂とした。それを認めない幕府との戦いへ。その山口城の破却を戦争で幕府が強制できなかったことからパワーバランスが根底からひっくり返ると。

 ○世界一安全だった日本は、黒船によって世界一危険な国になってしまった。以前メモに書いたのでパス。日本の道路舗装率は低い。主要先進国は100%でアジアでも80%を超えているのに、日本は80%を超えていない。東京オリンピックでも悪路日本というのがネックになったくらい。何故日本の道路舗装率は世界のケースと比べて著しく低いのか?それは車がなかったから。

 ○テクノロジーの開発を反乱につながるから禁止したのだが、幕府だけは熱心にそうするということも可能だった。というよりそれこそ合理的なはず。何故そうしなかったのか?海上進出に繋がるような外洋船の建造も禁じたが、馬車は陸上で鎖国政策に触れないのだから開発しても良かったはずそれでも開発されなかった。なぜか?

 例えるならアーミッシュのようなもので、テクノロジーは禁欲に反するから禁止されるケースに近い。松平定信いわく、馬車を採用すれば駕籠屋・飛脚が失脚するから、また舗装費用の捻出などの問題も上げているが、根本的には失業問題でしょうね。英の産業化が機械打ち壊しで失業問題が貧困に繋がり、社会問題になったように、それを避けるための反テクノロジーですね。

 夕涼み、よくぞ男に生まれけり―のように夏には夏の、冬には冬の過ごし方・楽しみ方が確立されていた。徹底的なリサイクル文化に、ガーデン文化が確立されて、このようなユートピアを開国させていいのだろうかとハリスが悩んだほど。開国反対派がこういう理想社会を壊されたくない!という心情から反発したと看做すことが出来ると。まあ天然痘のようにケガレを外国が持ち込んでくるというのも大きかったですけどね。リサイクルといえば、昔はトロが脂っこくて受容がないから肥料として使われていたとか。畑になりたいですね(笑)。

 100万人都市江戸の役人は290人で警察はたった6人だった。犯罪は身の際を弁えないから起こるのであり、自警が行き届いていれば身分社会でそれほど多発するものではなかった。後に火付盗賊改方のようなものができているので、都市化ならではの犯罪は避けられなかっただろうが。