てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

米欧同盟の協調と対立 渡邊啓貴著

米欧同盟の協調と対立 --二十一世紀国際社会の構造/有斐閣

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 『米欧同盟の協調と対立』渡邊啓貴著からメモ。米欧はアドラーなどが言う「安全保障共同体」。数多くの価値観を共有する。近代は欧(米)主体の社会、その制度を維持することには両者にメリットがある。必然的に米欧とそれ以外の「差異化」がある。その有利な地位を守ろうとする意図がある。

 地位を守る上で米欧は「協力」と「対立」を繰り返すと。 国際秩序を動かす大西洋同盟とその米欧二つの陣営の主張の差異は注目すべきこと。個人的には米日関係・構造の変革のために、欧日関係の深化というところに興味があったのでそこも触れて欲しいところだった。まあ主旨が違うので詮無い所だが。

 アメリカの自己認識として「聖なる米」「善なる米」という宗教的・道徳的価値観があることを決して見逃してはならない。これが米を理解する急所。「弱者」が「悪」の欧大陸から「聖域」に逃げ込んできた。悪の手から聖地を守らなくてはという感情が米の初期の集合意識、共同体の感情になっている。

 であるからこそ、真珠湾のような奇襲で発狂する。それは国際法違反というより、「聖地」を侵されたというタブーに触れた行為と捉えるからだろう。 マーシャル・プランが思ったほどの効果をあげないとわかると、欧州統合を推進する。米主導によるもので、ソと同時に独を封じ込める意図があった。

 米によるパクス・アメリカーナの下での欧州統合。シューマンプランによる「独仏による平和(Pax Franco-Germanica)」だった。パワーの格差を前提とする「覇権的協力」。しかしEECによる経済的自立が思った以上に進むと、「ヨーロッパの要塞化」として米は警戒するようになった。

 チキンウォー(鶏肉)、またチーズ・鉄鋼などで貿易紛争を繰り広げた。 スエズ紛争を契機として米ソ>欧諸国の図式が確定し、英は米への従属的協調で仏は欧統合による自立化模索へとつながる。米欧関係の転換点の一つに1968年アルメル報告がある。これは欧の緊張緩和を促進し、結果CSCEへ結びついていく。

 73/4キッシンジャーによる「ヨーロッパの年」=新大西洋憲章共同宣言は、米の下での安保の役割分担・協力を求めるものであり、欧州側は73/9に欧州政治協力(EPC)文書で、平等と対話を挙げてそれを拒否した。また貿易なども政治と経済のリンクを否定した。

 米学会やその影響を受ける我が国では、キューバ危機やSALT―Ⅰの締結を評価する声が大きいが、欧州での冷戦の終結は70年代以降の緊張緩和による学習効果が大きい。 「友」&「敵」としての米という二面性は米欧関係の重要なポイント。そしてそれはそのまま日本にも言うことが出来よう。

 ルイス・ハーツいわく自由平等主義への信仰、教条的な自由主義。道徳的問題が解決している故その思索が集結し、カウンターパートとしてプラグマティズムが生まれたと。その「自由主義の絶対化」が弱い国に向けられる時、米はそれらの国の目に帝国として映ることになる。相手への配慮、理解なき自分化の絶対視は傲慢な「押し付け」をする帝国になるということですね。

 ジョージ・ケナンは道徳的・法律的宣言に署名させることによって、外交的目的を達成しようとする傾向を力の外交と述べた(まで一章)。

 ユーロミサイル危機において米は意思決定の共有なき責任の共有(ミサイル配備)を求めた。 仏の自立外交は「異議申立て」の範囲を超えなかった。米ソ対立・緊張の時は行われなかった。米ソの緊張関係が高まった時は西側陣営の一因としてちゃんと米に協調する。外交力学を踏まえた上での協調と対立をしている。

 貿易紛争に冷戦終結感の違い。米は自分のおかげ、欧はソの自壊と考える。これがケーガンの言う、「火星(戦い)と金星(美・愛)に住む違う生き物」という発想につながる。米欧離婚の基本図式ですね。

 当初、クリントンは多国間主義だった。しかし国連主導のソマリア介入が失敗して、米の国際協調主義は大いに退潮することに成る。ネオコン単独主義の前のこの事件はもっと注目されてしかるべきだろう。94年のルワンダ虐殺はその失敗故に介入をためらった結果であることもポイント。

 NATOコソボ介入以前に既に92年空爆するかどうかという重要な決断があった。必然的に地上軍派遣を伴い、ベトナムにならないか?が問われた。この時は限定的空爆だったが、解決がNATOによるそれまで長引いたことを見るに、ネオコンのような強硬論が主流となる背景が理解できよう。まで二章。

 イラク攻撃について、封じ込めでは何故いけないのか?という議論があった。北部クルド人地域を占領し、フセイン政権を弱体化させていくべしというのが最も妥当ではなかったか?もしそれが実行されていてクルド人国家が誕生していたら地域秩序はどうなっていただろうか?

 米仏ともイランやソとの対抗関係からイラクへの軍事援助、生物化学兵器への協力をしていた。フセインシラク原子力協定で深いつながりがあった。イラク高等法定で一部の毒ガスが取り上げられなかったのもそれ故(p116~7)。まで三章

 米欧関係はイラク戦争において対立ばかりが強調されているが、そこに協調関係もまた見いだせる。独は米軍の基地使用を認め、イスラエル・トルコ・クウェートに軍事協力を行った。独の対米自立外交は「西方政策」と言われ冷戦以後の転機とされる(東方政策ほどのインパクトはなさそうだが)。

 安保理決議を巡る米仏の対立には相互理解・関心を欠いているという点があった。両大統領とも会談によりさらなる関係悪化を恐れていたし、双方のスタッフに相手国の専門家はいなかった。限られた見識の中で外交決定を行っていた。米欧関係は「離婚できない悪しき結婚生活」。まで四章

 三&四章はイラク戦争における米欧関係からの分析。米欧関係に根本的な破綻という危機感が存在していないと思われる。イラク戦争の開戦を巡るやりとりでも違反があれば攻撃できるだろうという下りがあったし。戦争への忌避感は欧にはないだろう。

 リンドバーグいわく米欧は「倫理的共同体」。その意味でNATOは平和条約機構と見ることも出来る。そして米欧間では「一致しないという合意」agreement to disagreeがあるという。つまり合意が得られなくても同盟関係が破綻することはないという暗黙の了解がある(p210)。―のように米欧感には対立しながらも最終的には落とし所をつけるという打算が成立するわけで、ある種成熟した関係が存在していると言えますね。

 アメリカの論者は、いかに覇権を維持するか、その挑戦を防ぐかなど、基本的にアメリカの優位を前提として論を構築する傾向がありますね。地域大国の台頭の防止云々があるが、覇権の移行というのは必然的に理由があって起こるものですから、それを防止云々は意味が無い議論だと思いますが…。そういう覇権戦争に基づく政治学は21世紀では通用しないとまでは言いませんが、かなり要素として小さくなるわけで、ちょっと20世紀脳と言いますか、平和ボケの逆の軍事ボケといいますか、そういうところがありますね。もちろん軍事・安全保障の重要性は言うまでもないことなんですけどね。