てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

タイのクーデター

タイのクーデターについて一言二言。当初、タイのクーデターが起こったとき、「ああ、またかやっぱりね」という印象でした。

 タイというのは歴史的にクーデターが非常に多いんですね。ごちゃごちゃもめたあとに国王が調停に乗り出して、国王の権威の下に混乱が収まる。そういうイメージが有ります。ですから今回もまたか、いつものか、伝統芸かと思っていました。

 反タクシン派の少数派がいつまでデモをやってもどうせ負ける。自分たちの正統な主張を明確化して、条件を引き出してさっさと混乱を収集させるべきだ。そうでなければ少数派のデモに意味は無い、勝ち目などない。いつまでゴネてるんだと大衆の指示を失って終わる。なぜずーっとグズグズやっているのか疑問に思っていましたが、なるほど、こうやって混乱を起こし続ければ最終的に軍が乗り出すからですね。おそらく反タクシン派の狙いというのはこれ(軍のクーデターによる政権転覆)だったのでしょう。

 軍も軍で、別にデモを解散させるだけでいいわけですよね、混乱を収拾するなら。軍がどうして喧嘩両成敗のような裁定を下すのか、非タイ人からすると理解できないところでしょう。しかしタイ人からすると一時的でも選挙を経ない反タクシンや支配階級に政権を運営させることで、少数派のガス抜きを図る。こうでもしないとタイの民主主義をまっとう出来ないんだ!というところがタイの政治にはあるのかもしれませんね。

 中東で選挙をやると、「国民」が存在しないから、自宗派や自民族にしか投票しない。結局選挙というものが機能しないという実情がありますが、タイにもそういうものに近い性質があるのかもしれません。農村VS都市の構図になってどうしても都市派は常にマイノリティにならざるをえないのかもしれませんね。

 少数政党乱立の弊害などよく現代政治学の問題で言われることですが、むしろタイでは政党政治を根付かせるために、4つ5つに強制的に分党して、タクシンVS反タクシンのような構図にならないようにする工夫が必要かもしれません。外交的にもあまり対中外交政策で勢力が二分されるとかそういう感じでもないですしね。外交に大きな課題がない、内政に集中できてしまう・力を注げてしまうという構造が却って大規模な政治内紛を招いてしまうのかもしれませんね。

 今、チラッと調べたら、タクシン派ってタクシンの失脚から軍事クーデターの他に司法クーデターも経験しているんですね…。こいついつもクーデターおこってんなっていわれるくらい、政権が選挙以外の手でひっくり返されているんですねぇ…。あとは日本のように特捜による検察クーデターだけですね(ニッコリ)。以前、韓国の憲法裁判所の判決で司法クーデター云々という話がTLで盛んに見えましたが、この流れを受けたものだったんですかね、司法クーデターの感心は。

 2006年軍事クーデターで、2008年司法クーデター、その都度政党は解党命令を出されていると。タイ愛国党人民の力党タイ貢献党(New!!)、そして現在このタイ貢献党でクーデターが起こった以上、再びこのタイ貢献党が解党・憲法で禁止されるという流れでしょうかね。

 一方の万年野党の民主党は支配階級を代表する二大政党の一角、丁度日本の自民党みたいなもんですかね。求心を測ってカンボジアと領土問題をきっかけに武力衝突で結果、求心力を失うという体たらくを見せてくれているところがなんともはや…。

 民主党・支配階級が政権を発足させても、次の選挙でまたタクシン派に負けるんでしょうね。そしてまたクーデターってのが今から見えますね…。

 まあ、ここまでならそんな大した話ではないのですが、このタイのクーデター:国座に至る道のりーというエコノミストの翻訳記事を見て、面白いと思ったのでこれについて触れておこうと。簡単に拙主観を入れながらまとめてみました。

 今は経済の停滞期に入っている。経済問題が起こっている時と、うまく行っている時では当然不確定性やリスクが違う。そして最終的な判断はクーデターを起こした軍のトップ、プラユット司令官が決めることではなく、枢密院と王宮。これまでの構造から大きな変化が見られており、それはラーマ九世、現国王が死期を迎えていること。64年続いたプミポン国王の統治が終わりを迎えようとしていることは、事態を非常に複雑化している。

 現国王は人気が高く、尊敬されている。つまり権威があるが、61歳になるマハー・ワチラロンコン王子は変わり者と見られてそうなるかどうか怪しいところがある。3番目の妻と裸でいる動画が流出したこともある。ペットのプードルに空軍大将の称号を与えたとか…。

 2013年11月、プミポン国王は国防評議会への拒否権を皇太子に与えた。国防評議会は軍のトップや常任の国防長官らの上にワチラロンコン王子が立った。反タクシン派は王子の妹であるシリントーン王女の継承を願っている。慈善活動に取り組むシリントーン王女には、聖人のようなイメージがある。街頭では彼女の色である紫のリボンをつけているものもいたと。

 またワチラロンコン王子の親衛隊904部隊(通称ラチャワロップ)の権限が大幅に拡大された。これによりワチラロンコン王子が護衛を命じた者なら誰でも護衛できるようになり、王子が国家安全保障のために必要と判断すれば、どのような任務にも従事できるようになった。つまり、大幅な王子の軍権の強化がなされていたわけですね。タクシン派の王子への事前の軍権拡大は、クーデターを見越した上でのバランスを取ったものだったのかもしれませんね。

 だが、同時に個人で指揮できる部隊を持つことは、リスクも伴う。1910年にワチラーウット国王(ラーマ6世)は、即位と同時にワイルドタイガー部隊を結成し、その2年後に、それに憤慨した陸軍将校たちがクーデターを企てた。流石に100年近い前のようなことが再現されるほど軍の意識が変わっていないと思えませんが、不確定要素はあるわけですね。

 王子の舞台にはチナワット家(タクシンの家ですね)の地盤である北部や北東部の農村地帯の人間が多い。ワチラロンコン王子とタクシンのつながりは深いと。記事では実際に手を結んでいるかどうかは分からないと慎重な態度を示していますけどね。軍がタクシンの妹のインラック・チナワット首相の護衛に躊躇したときも、王子が自分の兵士を派遣しているのでそこら辺は間違いないと思うのですけどね。

 裁判所は今も、古くからの支配階級側にあり、インラック首相を辞任に追い込んだ。エリート層が選挙で選ばれた嫌悪すべき政府から権力を奪い返した形だが、それには現国王の死後より今の方が容易だと考えていたからかもしれないと。

 しかしインラック首相が人事の不当な介入をして、それが憲法違反だとしてもそれで即時失脚というのはありえないでしょうにね。今回の出来事もまた軍&司法クーデターなんでしょうね、軍と司法の初めての共同作業というところでしょうか。

 いずれにせよタイの次のポイントは現国王が亡くなられて、新国王が即位してパワーバランスが変化したときでしょうね。おそらく支配階級に厳しい立場で臨むことになるでしょうから、そのときこの軍&司法クーデターが通じなくなる可能性もあるわけで、なかなか興味深い構図になりそうですね。