てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

検察治国家モデルという話

 自衛隊は法的に軍ではないので、軍犯罪は警察・検察が捜査することになる。裁判所もそれに関するストッパー機能はない。警察・検察に追随する。起訴便宜主義という特殊性があるので、自衛隊内部の犯罪を警察・検察がわざと見逃す こともできるようになっている。裏を返せば、これは自衛隊の犯罪を警察・検察がでっち上げることもできる。

 ―という話を聞いて思ったこと。善悪とかそういう話ではなくて、軍そのものが共同体化して、国家のためでなく軍のために動いてしまうことが問題なんですよね。国家内国家化してしまったり、軍という組織のことを第一に考えて動いてしまうようになる。そうなると、依法(法治)国家が家産(人治)国家になってしまうんでよね。

 イタリアは警察が法にあまり忠実でないというイメージが有りますが、職権と身分の別という観念が徹底されていないというか、個人が持つ権力を私的に使うのが当たり前というか。法治観念が前近代的な感じがしますよね。マフィアとかみても、中国の人治社会モデルによく似てると思います。イタリアには警察軍というのがあるといいますが、なんでしょうね。そんなもの本来必要なはずないんですけどね。EUからそういう前近代的なところを何とかせよ!という圧力はかからないのでしょうかね?

  しかし、自衛隊が「正式な軍隊」でないがゆえに、検察が自衛隊に権力を及ぼす手段を持つ。強い抑止力を持つというのはスゴイ象徴的な話ですよね。今まで実際に行使されたことはあるのでしょうか?そうでなくとも、制度上そうすることが可能になっているというのはかなり恐ろしいこと、危険な気がしますが…。早く軍隊というものを正式な制度化しないと、違った不具合、まずい事態が起こってくると思いますけどね…。

 そりゃ小沢事件に代表されるように、検察は日本社会においてなんでもできますよね。非常に特異な社会モデルですよね。検察治国家モデルでしょうか?軍隊でさえ検察が何とかできちゃう基本モデルなんですからねぇ…。

 官僚機構が肥大化して、特定の官僚組織が強い権限を持って、特定社会に強い影響力を及ぼすというのは、そんな珍しい話ではないと思うんですけど、裁判所ならともかく、検察ってのはなかなか無いような…。田中角栄以来の、負の影響ということでしょうか。検察治国家モデルというのは?

 小室直樹いわく、田中角栄死して日本の民主主義は死んだ。検察治国家モデルというのは、それ以来ずっと続いているということなのでしょうか?まあそれ以前にも疑獄はありましたが…。

 タイでも韓国でも裁判所が通常の三権分立のモデルから大きく逸脱しているというのがありますけど、日本の検察という特殊なモデルもまた、将来並んでその特異性が分析されるのではないでしょうかねぇ?