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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

三国志時代の女性の役割の大きさ

三国志的な何か

―とか、タイトルにすればホイホイ人を引きつけられるかもしれない。まあそんな大した内容あるわけじゃない、タイトル詐欺になりますが(^ ^;)。

 最近の歴史モノで女性の扱いがよくなっているというか、キャラとして際立たせないと売れない、そこを売りにするという傾向が増えてきている気がします。赤壁を扱った中国の映画とか、見てないですけど。まあだからといってやるわけじゃないですけど、そんな思いつき集をまとめ。

 曹操の正妻、卞ちゃんを琅邪という出身地の面からその重要性を考えたことはなかったなぁ。本当琅邪という土地は何かにつけてよく出てきますなぁ。むしろ、その琅邪だからこそ、曹パパの身の安全が高い確率で全うされるという事が考えられたりしたんでしょうか?

 漢陽の姜氏に橋玄がお前の母を嫁にするぞ!と言ったというのは、任務が終われば橋玄は当然故郷に帰る訳で、母も連れてかれてしまう。母がいなくなると宗族がガタガタになっちゃうってことがあったのかもしれない。孫呉でいうと呉夫人持ってかれちゃう的な意味合い、脅しがあったのかもしれません。

 祭祀で宗族の長に嫁が必要不可欠であるという話がありますし、かなり宗族代表の嫁という役割は大きかった気がするんですよね。姜氏を乗っ取るような事態にまで発展し得るかはわかりませんが、宗族のパワーバランスが変化して、この例では姜氏一族がおかしくなってしまう、あるいは次に宗族代表の嫁になる人が違う派閥の人間で一族内に波乱・派閥争いを引き起こして混乱させてしまう―まあそんなことが想定されると思います。

 あと思いつきですが、未亡人が人気あったのって、戦乱で万一病死でもされたら、宗族の運営が大混乱しかねない。宗族を取りまとめるキャリアの豊富な女性、顔が利く女性の需要が高かったとかあるかもしれないですね。

 多分、曹操みたいな政治のトップで軍事でも最高指揮官として戦地であちこち飛び回ってるような感じだと、ろくに家に帰れない。家のことについては殆ど卞ちゃんに任せきりになってしまう。想像以上に彼女が宗族のコントロールに果たした役割というのは大きかったんじゃないでしょうか?

 なんであんな身分の低い女を?って言われるんだけど、身分が低くて周りの女性を敬う。権力争いをして家をグチャグチャにしないという実利的な判断だったんじゃないでしょうか?曹操が彼女を選んだのは。そこそこの家柄の女性を嫁にすれば、政治力になるけど、当然お家争いのリスクが生まれるわけだし。

 最初の丁氏は地元の意向や安定があったけど、卞さんはそういう留守中のお家の安定をメインに選ばれた人だったとかあるんじゃないでしょうか?戦乱のため、何より家の運営の安定を思考したとか、何となく曹操らしいですね、肝心要のところは超保守的守り重視というのが。

 

 もう一つ、張飛夏侯氏の婚姻の話。夏侯氏の一族を娶っているというのは、劉備曹操両陣営の関係が良かった時の、繋がりの象徴だったんでしょうね、この婚姻。まあ破綻することも承知でってレベルでの婚姻じゃないでしょうか?官渡で関係が破綻しなかったら、さらに両陣営でいろんな縁談が進んだ可能性もあったんでしょうね。

 宗族を運営するのに相応しい女ってことで夏侯家の女が良かったという意味合いがあったりしたんでしょうかね?劉備は糜夫人とかそういう良い縁談が来るのは当たり前。張飛にそういういい話が来なかった、結果超飛に話が舞い込んだとか?

 もっと低いレベルでは盛んに交流を進めようという意味で婚姻があってもおかしくないですね。劉備荊州から逃げる時、嫁に行った誰かの娘が取り返されたとか、そういう話があってもおかしくないですね。多分、そういう意味合いが劉備南下の猛追にあったんじゃないでしょうかね?事実上の人質みたいなものですし。そういう同盟が破綻した時の、女性の扱いってどういうものだったのかも多少気になるところですかね。

 もうひとつ余計な話で、孫権が妹を劉備に嫁がせたのもこの件が関係してるのかもですね。「曹操は一族ではなく親戚のさらに遠縁の女を劉備の部下に嫁がせるだけだったが、ワシは大事な妹を与えるんやで!信頼しとるで!」みたいな意味合いが、孫権が妹を嫁がせた時、あったとしてもおかしくないですね。

 劉備軍閥の親玉で一応皇族だから、いくらでも「ぜひ我が娘を嫁に!」って話が舞い込んだんだろうけど、関羽とか張飛はやっぱりきつかったんだろうかねぇ?秦宜禄の杜氏を娶りたいと言って曹操に取られたことになってるけど、実際はそんなとこ嫁ぎたくないと断られたんじゃないでしょうかねぇ?

 まあ本人というより、相手の家からなんでしょうけど、許可が降りなかったんじゃないかな?しかし秦宜禄って面白そうだなぁ、并州人だし、袁術のとこで無理矢理(?)皇族の劉氏と結婚させられたり、子が秦朗だったり、この時代の婚姻とか家格を考える際に結構面白い人なんじゃなかろうか?

 あくまで相対的な問題なのでしょうけどね。確か関羽河東郡の豪族出身だったか?忘れましたが、袁術が秦宜禄に劉氏を娶せるくらいですから中央に官歴がある家の人。その人に嫁いだ杜氏を娶るにはせめて中央での官歴がないと一族から許可が降りなかったんでしょうね。地元で名前が通っていて、婚姻を結んで地盤強化につながるならともかく、そうじゃなかったら中央での官歴・コネがないとまあ、まず断れるでしょうね。

 前近代では、婚姻には同盟・准同盟の意味合いが込められるわけだけど、関羽張遼の関係って侠のコネで知ってた、マブダチだっただけなのかな?一族の誰かが遠縁でも結婚していてつながりがあっても割りとおかしくないんじゃなかろうか?

 劉備孫権の同盟が破綻して、妹を呉に返した時、新しい関係を再構築させるために、新しい婚姻関係≒同盟を構築して、関係を修復するってのがセオリーですよね。関羽が娘を孫権の息子に―という話が潰れてしまったのはしょうがないとして、なんらかの関係を持たずに北伐ってのはかなり無謀じゃ…?やっぱり、劉備の蜀政権&関羽らには外交のセンスを感じないですねぇ。

 婚姻(同盟)をテーマに色々面白い話を膨らませられるかも?と思いついたので。そんな話のメモ集を残しときました。