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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

王朝末期に民衆が皇帝を立てたくなる理由とかそんな話

 後漢末の皇帝乱立云々でつぶやいたことをせっかくなので使い回しのまとめに。

 我こそ皇帝じゃあ!と自称する賊がいたこともさることながら、民衆の方が「正しい皇帝」を選び建てたいという動機もあるんですよね。真の皇帝とは民に幸福をもたらす神様みたいなものですからね。教祖=神を建てて自分たちに稔りや財を!ってのが民にはいつもあるわけで。

 五斗米道が拝火教ならぬ水を尊ぶ宗教で、水を清める&身を清めることで、ケガレ=災い・病気から逃れて、幸いをえるというものでしたから。そしてそれは当時の民のニーズにハマって、圧倒的支持を受けたわけで。蜀が滅んですぐの時代にも、そういう教団の記録が残っているというのはまあそういうことなんでしょうね。

 まあ、当時の人は祖先祀ってりゃ恵まれる。福禄寿という願望が満たされると考えて祀ってたが、叶わないじゃないか!こりゃ儒教は駄目だわ―となって新しい宗教に飛びついたというわけですね。仏教道教の興隆と儒教の衰退というのはこの現世利益や来世利益という視点から考えると当然すぎるほどですね。それまで中国は豊かだったので、先祖祭って既存秩序を維持していればそれで十分という時代があったわけですね。それだけ前漢時代は経済的・社会的に豊かな時代、社会だったということでしょう。

 あの時代の人にとっては「正しい皇帝」がいないということは太陽がなくなるくらいのどエラいことなので、遠くの「正しい皇帝」よりも近くの頼もしい権力者を「正しい皇帝」として担ぐのでしょう。そういう人がいないと人心が収まらない=末期症状なんでしょうね。

 地震が起きたり、変な獣が出たりとか怪異の報告が続いていますからね。キリンとか良いものはともかく、悪い瑞祥が出たぞ!と言えば現状に不満があることを婉曲に伝えられるんで、要するにその報告の連発で、政権・皇帝に疑問符が付けられまくったんでしょうねぇ。

 実際怪異とか神獣とか、受け取り手次第なとこありますからね。同じ珍獣でも、今の暮らしが良ければ、「良い瑞祥です」と報告する。逆に不満を抱いているなら、「天の警告です」と報告していたとか、十分ありえるでしょうね。お上に政治の不満をちょくにぶつけることは前近代では出来ませんから、こういう風に地方政治組織は不満を伝えていたんじゃないでしょうか?

 ああ、そうか貧民救済に皇室の私財、山とか解放してそこに住ませたり、施して食わせたり、霊帝は余念なくあっちらこっちら出かけていましたけど、権力掌握手段としての擬似的な「巡幸」という要素以外にも、直に自分の姿を大衆に見せる必要性があったんだでしょうね。あんな皇帝で大丈夫か?あの皇帝は本当の皇帝なのか?とその正統性を疑われるような政情不安がおこってきていたわけだから。

 キングダムの政じゃないけど、皇帝・王が直々に出かけて一言・二言交わすだけで、民はポーっとなるだろうからなぁ。まあせいぜい選ばれたニ・三人とか、民の代表に話しかけるくらいだろう。それで民の間に入っていくようなことはしなかったんだろうけど。高いところから語りかけるだけでも治安維持的な意味はあったんじゃないでしょうか?

 あ、そうだ。キングダム的な感じで、実は前々から霊帝は流民たちに分け隔てなく接していて、無上将軍というのは、いざ乱があったら、俺はお前たちとともに戦うぞ!と約束していた。その約束を果たした霊帝というネタを思いついた。小説的には使える!…かも?

 まあ、無上将軍って「無上」将軍というより、「無」上将軍なんでしょうけどね。やっぱ軍制で将軍が非常の組織・官ということを考えても、積極的に軍のトップであるとか認めたくなかったんじゃないでしょうか?曹操は西園校尉を肯定的に書いていた、袁紹あたりはそうでもなかったという話もこれに通じるんですかね?曹操の革命は軍隊によるものですが、革命に否定的だった袁紹は軍隊に自分の政治の主体を置いていなかったとかあるのかも?霊帝袁紹も軍隊・軍事的な側面は副次的なものでしかないとしたかったのかも。