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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

橋下の敗北の要因を考える① 個人に対する行き過ぎた批判

維新の党関係

 橋下の敗北の要因を考えてみるシリーズ①。大阪の人間の支持を受けられなかったことが本質であるので、あまりそこまで重要なポイントではないと思いますが、全国的にニューリーダーとして期待されたこと。期待の政治家であり、全国から橋下さんがいて大阪は羨ましい!と思われていたことが彼の人気・支持のポイントであると思ったのでこんな話を。

 橋下人気の凋落の理由に、彼自身が述べていたとおり「攻撃性」があげられると思います。敵を作りすぎたことが間違いなくあると思います。

 以前、どこかで書いたように誰でも彼でも批判しすぎた、ケンカし過ぎたという点は間違いなくマイナスに作用したはずです。前に池上さんにインタビューされた時に、橋下さんは「それは違いますよ、こうこうこうで、こうですよ」と決して自説を曲げずに、相手の意見を聞かずに押し通していました。そういう姿勢は大問題だと書きました。

 改革者、破壊者として橋下さんは期待される。そのために「既得権」を叩く、攻撃することはたしかに重要であり、求められるところです。ところが彼は全方位で叩いた・攻撃したという要素があると思います。

 都構想敗戦でググってたら、大前さんとの対談を見ました。彼の維新道州制も、大前さんの発想を受け継いだものだと彼は言ってました。そこでは大前さんを称賛していましたが、違う記事で橋下VS小林よしのり!的な記事がありました。それによると、小林よしのり氏と中野剛志氏の対談かな?それがSAPIOにあって、そこで大阪都構想が批判されたと。それについて橋下さんが強烈に批判してらしです。

 橋下さんは、その批判に対して、「何も知らないくせに!勉強しろ!人を呼び捨てにするな!」と言いいました。それを受けて小林さんが「公人を呼び捨てにするのは当然でしょう、そんなことでキレる橋下という人間はおかしいのではないか?」と疑問を呈していました。

 以前に、この記事、やりとりを見たかどうか記憶にありませんが、小林さんが都構想というものを否定・批判したとして、それについてアホ!バカ!勉強しろ!といったたぐいのコメントをするとしたら、やはり問題があると言わざるをえないでしょう。

 橋下さんの安全保障の姿勢は改憲についての姿勢を見ればわかるように、いわゆる「右」だったり、「タカ派」と言われるものです(こういう言い方好きではないのですが、じゃあ「現実主義」かと言われるとちょっとあやしいというかはっきりしないので)。

 橋下さんの姿勢は、小林さんのそれと近いわけですね。安全保障とか国家観で近いということは、当然彼を支援するファンと被る可能性が高い。そういう人が小林さんとこういうバトルをした時に、「えっ?」となって離れていく可能性がある。少なくとも疑問を持つ可能性があるわけですよね。そういうリスクを考えていないことは大問題でしょう。

 昔、小林さんは小沢一郎渡辺美智雄、あと誰だっか忘れましたが、政治家とインタビュー・対談をして、それを漫画に書いてました。同時に菅直人のような政治家がインタビューを避けたことにふれて、自分との対談を避けた政治家について、「ワシのような漫画家と対談を避ける、どうだい?なにか共通点が見えてこないかい?」と言ってました。

 政治家たるもの、批判される・批評される、相手にどう言われようが描かれようが気にしない度量・器量というものが必要だ。前者にはそれがあって、後者にはそれがない。そういう話をしていました。これは誠にそのとおりでしょう。

 橋下さんにはそういう度量が欠けていた、政治家としての器量・常識がなかったということが出来るでしょう。たかが物書きに、自分がコミカルに描かれようとも気にしない、批判を甘んじて受けるという姿勢が足りなかった。これは致命的だったといえるでしょう。

 彼は批判を気にしないというか、受け付けないというところがあった。おそらく政治家志望ではなかった、自分が政治家であるという感覚があまりなかったからなんでしょうね。普通の女の子に戻りますみたいに、弁護士に戻りますとあっさり言えるのも、自分は橋下徹という一人の人間、タレント・弁護士なんでもいいですけど、それにすぎないという感覚が先に来ていたのでしょう。

 それ自体悪いことではないのですが、「政治家ならば」「公人ならば」という精神が欠けていた。それがマイナスに作用していたのは否めないでしょうね。

 大前さんや、石原さんや、安倍さんについて肯定的・賛同的なスタンスというのも、実際に行動している人だからですね。実際に行動して、政治に参加している、世の中を代えようと動いてる、改革しようと必死になって働いている。そういう人だから肯定的になれる、シンパシーを感じるのでしょう。

 逆に言うと、そうではない人、「口ばっかりで批判ばっかりして、実際に行動もしない、お前たちは偉そうになんだ!」という精神があったのでしょう。それはたしかにそうなんでしょうけど、世の中には言論の自由でチェックする機能もまた重要。それに対するリスペクトというか、寛容がなかったのはまずかったでしょうね。

 もう一つ小林さんがあまり大前さんや石原さんと仲が良くないというのもあるかもしれませんね。石原さん・安倍さんについてはここのところずっと政策や行動について否定的だったからでしょうか?

 石原さんとくっついたのも、前から行動をし続けた。言論界から政治家に転身したその姿勢に惹かれたからなんでしょうね。自身がタレントやってる方が収入がある。それをすっぱり切り捨てて大阪のために、日本のために動いた。金より大義を選択したという過去があるため、同じような石原さんのキャリアにシンパシーを感じたんでしょうね。だからこそ小沢さんではなく、石原さんを選んだのでしょう。

 大阪のために!日本のために!このままではどちらも駄目になってしまう。何とかしなきゃ!改革をしなければならない!そのために自分の身を粉にして頑張る!改革をする!時間も体力もお金もそのために使う、捧げましょう。そんな自分に対して、行動もせずに口先ばっかりで批判してお前らは一体何だ!

 ―そういう精神があったこと、あってもいいですけど、それをストレートに出してしまって批判に対してカウンターで攻撃したこと。これがまずかった。

 いずれにせよ、そういう個人的な心情・モチベーションから、行動したこと、批判に対する反論をしたことは大きなマイナスになったでしょうね。前に書いたように、池上さんに対する質問やら批判について、「なるほど流石池上先生。そのとおりですね。是非先生にご教授を、一緒に大阪のそして日本の改革をやりましょう」という姿勢であれば印象はまるで違ったでしょう。そういうやりとりが本当に下手だったと思います。

 高齢者が今回の都構想で反対した、否定に回ったというのが話題になっていますが、高齢者が反対した理由の一つについて、「年上の人間に対する無礼な態度」というのがやっぱりそこにあったんじゃないですかね?

 今45か46歳ですか、登場した時は38の若手大阪府知事で、彼に対する批判をした、疑問を呈した人は殆ど年上でしょう。そんな彼らから見れば、「何だこのクソガキは!、若造は!」と映ったでしょうね。今まで生きてきた中で、意欲に燃える若手・新人。ただし情念が暴走して失敗して、全体に迷惑をかけるというタイプの人間を見たことがある人は多分結構いると思います。それと重なり合って映ったんじゃないでしょうか?

 新聞だったり、官庁だったり、個人が見えない・顔の見えない「組織」については、責任をどこまでも追求しても、庶民は「橋下さんよくやってくれた!パチパチパチ」と肯定的に見る。逆にそれが間違いだとしても、組織相手だとそこまで負の感情は抱かない。

 ところが個人だとそうはいかない。顔のある個人に対する「攻撃」「批判」というのは繊細に、スマートにやらないといけない。それを支持する人だったり、その本人をダイレクトに傷つけてしまいますからね。組織ならば組織と個人の間にワンクッションあるからまだそこまで問題にならない。そういう「組織」と「個人」に対する攻撃を気をつけよう、使いわけようという戦術がなかったことも大きかったのではないでしょうかね?

 いずれにせよ、次に出てくる橋下さんと同じようなキャリアを持つリーダーはこの点をよく弁えるべきでしょうね。