てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

軍事国家イスラエルの政治社会・構造

軍事国家イスラエルの政治社会・構造

 『要塞国家イスラエル』と『ユダヤ民族のジレンマ』という著書を読み比べて、自分の分析を加えるという感じですかね。

 2012年11月はイスラエルハマスの長期停戦を進めていたハマス軍事部門のトップジャバリが暗殺された。イスラエルのエフード・バラク国防相、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、これを知っていたのにもかかわらず、彼は暗殺された。この判断は報復こそがイスラエルの抑止力につながり、安定をもたらすという信念から。

 バトリック・テイラーの著『要塞国家イスラエル』では、イスラエルは近代中東における「スパルタ」とされており、「建国から60年たった今なお、イスラエルは当時の軍事的衝動にとらわれている」とされている。この軍事的衝動により二人は暗殺を選び、2009年の総選挙後、かつての政敵同士が連立政権を発足させた動機も同じものだと。

 またチャールズ・フレイリック(シャロン政権で国家安全保障問題担当次席補佐官)の著書、『ユダヤ民族のジレンマ』では、「イスラエルは1987年以降、主要な軍事衝突で決定的な勝利を収めたことは一度もなく、重要な外交交渉においても目的を達成したことはほとんどない」と嘆いている。

 

 なぜイスラエルは周辺諸国との協調、安定を確立できないのか?フレイリックは、連立政権による制御不能になりやすい議院内閣制、そして、イスラエル国防軍を中心とする安全保障エスタブリッシュメントイスラエルの政策担当者の手足を縛っていることにその理由を求めている。

 彼は、イスラエルの意思決定の特質として、計画性の欠如、過度に政治的であること、非公式に決定が行われること、そして、政策を主導すべき首相が党や連立パートナーの意向に縛られがちであることを指摘し、その結果、軍部が政策決定に非常に大きな影響力をもっていると言う。貧弱な政治構造、政治権力が故に軍部に過度に引きずられるという形ですかね

 最近のガザに対する作戦も軍の影響力が大きい。政治指導者が検討に入る前に、イスラエルの国防当局は既に準備を進めていた。ネタニヤフ首相は脇役で、軍事作戦はバラク国防相と将軍たちが遂行した。イスラエルの意思決定における軍部の圧倒的な影響力を批判するテイラーとフレイリックの主張は常識的。

 テイラーはアメリカがイスラエル政府に対して軍の影響力を抑えるように求めるべきと提言し、一方フレイリックはイスラエル政府は、文民指導者がもっと強い権限をもつ国家安全保障体制へ移行することを提言している。

 テイラーはこの60年のイスラエルの歴史で、軍事エスタブリッシュメントがいかに圧倒的な影響力を行使してきたかを強調している。軍と情報機関が国家予算の大半を占めるし、巨大な権限を持つ。経済・メディアの影響力も大で、外交担当者も軍事作戦という選択肢をえらびやすくなると。

 1955年、イスラエル建国の父デヴィド・ベン=グリオンが、第二代首相モシェ・シャレットを退けて、再び首相に返り咲いたところからテイラーは分析を始めている。イスラエル外務省を設計したシャレットは、外交で近隣のアラブ諸国との安定した関係を構築しようとした。一方、ベン=グリオンと軍は戦争を選び、ベン=グリオン路線が勝った。彼は1956年のスエズ危機路線を選択し、これ以降イスラエルの政治指導者は軍事主義の呪縛から逃れられなくなった。

 テイラーはアラブ・イスラエル紛争の一番の問題はイスラエルの支配的エリート層、つまりイスラエルサイドに責任があるとする。このような見解はイスラエルの左派にあったもので特に珍しいものではない。しかし、テイラーの『要塞国家イスラエル』では秘密主義と検閲という新しいものを描きだしている。

 外交を積極的に模索しようとしないイスラエルの傾向は、ワシントンの武器供与と政治的支援の拡大を背景に、1960年代以降、ますます強くなったとテイラーは指摘している。

 彼はイスラエルを自国の国益のために米の国益に配慮しない、二枚舌のクライエント国家として描いている。しかし、これまで同様の議論を示してきたアンドリュー・コックバーン、レスリー・コックバーン、セイモア・ハーシュ、ジョン・ミアシャイマー及びスティーヴン・ウォルトらの主張は、ワシントンの紋切り型のイスラエル支援がアメリカの国益を損なっているという切り口だった。これに対してテイラーは、イスラエルの軍事主義を支えるアメリカの路線がイスラエル国益を損ねていると逆の立場で主張している。

 同書では「リベラルなシオニスト」たちを評価する。モシェ・シャレット首相、ハイム・ワイズマン大統領、レヴイ・エシュコル首相、ゴルダ・メイア首相ら「リベラルなシオニストたち」を近隣のアラブ諸国との融和を模索したと。だが当然、彼らはアラブ諸国との和平構築に失敗しており過大評価である。

 武力行使は、たとえ穏当なコストで目的を達成できても、結局は逆効果になるとテイラーは考えている。イスラエル政府は外交交渉を重視すること、ワシントンもイスラエルの軍事路線をもっと強く牽制するためにアイゼンハワー米大統領時代を参考にすべきだという。

 アイゼンハワー政権は任期中の8年間を通じて、イスラエルヘの武器提供を拒絶し、1956年の第2次中東戦争後も、ベン=グリオンに圧力をかけてガザとシナイ半島からを撤退させた。テイラーアイゼンハワー以後イスラエルを無条件に支持したことが問題だとしている。冷戦期、その後の「テロとの戦い」でも、ワシントンがイスラエルの好戦性を利用したことが、事態をさらに悪化させたと。

 一方、フレイリックは武力行使を決断しないことが逆効果になることもあるので、イスラエル武力行使には反対していない。たとえば、バラク政権が2000年に南レバノンから一方的に兵力を撤退させた結果、ヒズボラが勢いを増し、第2次インティファーダのきっかけを作り出したとする一般的な見方があり、彼はこの撤退を失敗だったとしている。防衛にバッファーゾーンは必要だとする。

 フレイリックは、イスラエル文民指導者たちの本質的な弱さを問題とする。国家安全保障に対する正当な権限がない、内閣の機能不全に、スタッフの支援の欠如。これでは政策立案は軍部に頼らざるを得なくなると。かといって、イスラエル国防軍(IDF)高官たちが政治指導者たちの権限を無視しているわけではない。たとえば、IDFは2000年のレバノンからの撤退に反対したが、結局は首相の命令に従っている。

 ここまで読んでいると、イスラエルが軍・情報機関に支配されている!!!という感じに読めますが、どちらかと言うと政治機関が乏しくて意図しない内に優越してしまう構造が生まれてしまったという感じですかね。確かにそれらの影響力は強いけれども完全に政治権力をコントロールするまでではないということでしょう

 しかし、政策を実行するには、必然的に軍部、とくに事実上の国のシンクタンクとみなされる軍参謀本部を関与させざるを得ない。その結果、政治指導者には、軍による限られた選択肢しか提示されないという現状があると。実際、他の優先課題が出来て、国防予算の削減が必要だとしても、軍がそれを提言することはあり得ない。

 この状況を是正するには、自らが次席補佐官を務めた国家安全保障会議(NSC)を強化すべきだとフレイリックは考えている。アメリカのNSCと同じくらいの力をもたせるべきだと彼は提言している。ネタニヤフ政権下ではNSCはいくらか重要な役割を果たすようになったが、トップが首相へのダイレクトなチャンネルを持つ軍や情報機関の圧倒的な影響力にはかなわない。実際には、NSCは何かうまくいかなかった場合のスケープゴートにされるくらいだと。しかも、NSCのトップと上級スタッフの大半はIDFか情報コミュニテイの出身であるため、軍事的選択肢への代替策が出てくるとも期待できない。

 政治主導にするために、それらの影響力がない独自の機関を作るという改革案はまあ王道といえる改革でしょうね。ただ軍・情報を抜きにした優秀な人材の確保は難しいと。達成するにはそれ以外のエリートを要請する機関・ルートが必要になるでしょうね

 フレイリックは、NSCの組織的強化を主張するも、それが必ずしもよい結果につながるとは限らないと。実際、2000年のバラク首相のキャンプムアービッドでの和平交渉の失敗と1970年代後半メナヘム・ベギン首相のエジプトとの和平交渉の成功がある。前者は事前のきっちりした準備があった、対照的に後者はなかったのにもかかわらず成功したと。

 自分の主張する改革案を以ってしてこれでええんや!何でもかんでもうまくいくんや!と主張しない所がいいですね

 ニ人のアラブ・イスラエル紛争における評価は真逆の立場である。基本的にテイラーイスラエル側に否があると見る、一方フレイリックはパレスチナ側にあるとする。

 しかし、『要塞国家イスラエル』と『ユダヤ民族のジレンマ』は、「何がイスラエルの国家安全保障システムを蝕んでいるか」という点については、近い結論を出している。IDF、軍の政治に対する優位が問題という点においては共通している。このような批判は昔から言われてきたにもかかわらず、市民の大半はこれを問題とみていない。

 人口構成の変化によって徴兵対象の人口基盤が縮小しているにもかかわらず、IDFはイスラエル社会のなかで、もっとも重要な組織として信頼されている(人口の3分の1を占め、マィノリティの中で急成長しているアラブ系イスラエル人と超正統派系ユダヤ人は兵役を免除されている)。軍隊でのキャリアが政界や経済界で活きる仕組み・社会構造になっている。

 軍の支配的優位はイスラエル政治の動かしがたい現実かもしれないが、テイラーとフレイリックはその悪影響を大きくとらえすぎている。

 なぜなら、軍指導者たちが常に武力行使を選択してきたわけではないから。危機的な局面において、将校たちが自制を選択することもある。例えば、1987年におきた第1次インティファーダ。当時のダン・ショムロンIDF参謀総長パレスチナ人の蜂起に対する過酷な鎮圧策を回避した。

 最近でもイランの核開発で、軍の指導者たちは、強硬策を求めるネタニヤフ首相とバラク国防相、つまり政治家サイドを抑える方に回っている。実際、イツハク・ラビン元首相や、メイール・ダガン元モサド長官など、イスラエルの著名な穏健派も軍・情報関係者。さらに、アラブ・イスラエル和平の停滞が眼前にある以上、IDFの役割拡大を責めるわけにもいかないだろう。

 テイラーは、IDFの攻撃性と和平交渉に対する懐疑主義がこの20年のパレスチナ人との交渉を損なってきたと言う。この見方に一面の真理はあるが、これによって政治的解決の道が閉ざされてきたわけではない。平和が実現していないのは、宗教、イデオロギー、領土をめぐる根深い対立の結果であり、双方における混乱した政治が問題をさらに複雑にしているからだ。

 イスラエル軍の政治的、社会的影響力は今後も続く。重要な決断に軍抜きで決断できる社会構造ではない。兵役を免除されているアラブ系イスラエル人と超正統派ユダヤ人の人口増加と政治的影響力の拡大があって、政府はさらに軍に依存せざるを得なくなっている要素もある。一方、数を増している「国家宗教党」と自らを重ね合わせている入植者を中心とするイスラエル人も、権力と影響力に通じる道として軍隊にキャリアを求めている。

 官僚組織や憲法を改革しても、この現実を変えることはできない。また、アメリカが冷淡な路線をとっても、イスラエルタカ派はその立場をさらに強硬化させるだけだろう(実際、アイゼンハワー大統領がイスラエルに距離を置く路線をとったときも、ベン=グリオン世代のタカ派はさらなる強硬策に訴えている)。

 ワシントンはイスラエルの政策を穏健化させるために、イスラエルの軍部と情報機関高官を説得するしかない。彼らを和平政策主導に代えない限り不可能と。それをせずにイスラエルパレスチナ合意もイスラエルのイラン攻撃も根本的な図式が変わることはないだろうと。

 なるほどね。軍・情報機関に対する批判への反論みたいな感じがありますね。明確にNSCの強化が重要だ!的なことが書いてないので、どちらかというと軍・情報機関の援護のような性質があるのでしょうか?いずれにせよイスラエルの社会構造上、軍の影響力を抑えきることは出来ないし、今後それを変える見通しも立たないという指摘は面白いですね