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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

「強行採決」と「説明不足」という議会政治の疑問

強行採決

 ケント・ギルバート氏「日本のマスコミは強行採決という言葉を好んで使う。ちなみに米国にはこの用語はない。一般的な米国人はこの言葉を理解できないだろう。そもそも民主主義とは賛否両論の議題について過半数をとった側の意見に全員が従うルールである―という記事がありまして、その話。

 氏いわく、短時間ではなく長時間の審議時間が充てられている。強行採決というPRで支持率を下げる戦術だと。ちゃんとした議論よりも、憲法違反だ・自衛官のリスクが増すという周辺のそれが目立った。マスコミがすべきことは国会で議論されていることを論点を整理してわかりやすく伝えること。デモは扇動された「?」な人にしか見えないと。

 「強行採決」という用語のおかしさについては同意しますが、民主主義・議会政治は数が多ければ、何でも決めてしまって構わないというものではない。そも日本の政治は党議拘束があるし、米と事情が大きく異なります。

 大体、アメリカにはそんなものはない、アメリカ人には理解できない―だから何なのでしょうか?別に民主主義の本場ではない、欧州ではいろんな形態の民主主義があり、本場はそちら。アメリカこそが本家本流、アメリカのそれこそがモデルであって、それを参考にせよ、そこから学べ!という思いあがりがそこにないでしょうか?

 短い文章だったので、字数制限があったゆえに削ってそういう書き方をしなくてはならなかったのかもしれませんが、どうも米>日のような思い込みが見える文章でしたね。

 それと憲法違反だ!が周辺はないでしょう。日本の立憲主義に抵触するという基本的なことを自覚していないのでしょうか?だとしたらこの点においては、前回指摘した、卑怯なアメリカ人そのものではないでしょうか?

 フィリバスター(議事妨害)が制度として明確に存在しない日本で、党議拘束もあるとなると、非常に硬直した議会政治になるわけですね。であるならば、野党との対話を尽くせ、その理解を得るように最大限努力せよ!ということを主張する「強行採決」にも一定の理を見出すことは出来ると思います。まあ基本的にはあまり賛同はできませんけども。

 議会政治においては、むしろ少数派の意見を聞いてなるべく不満を聞き入れよう・組み上げようという姿勢が必要。少数者の意見にいかに配慮するかということこそが議会政治のメリットなのですけどね、本来は…。まあ日本の議会政治における現状を考えるとこうなってしまうのでしょうかねぇ…(落胆)。

 野党が拒否権を持っていいとは思いませんが、こういう与党の暴走に対する切り札的なものを考える必要性はあると思います。まあ建設的な野党がいてくれればの話ですが…。

【説明不足、説明しろ!】

 また安保法制は説明不足ではなく理解度の違いというのも見ました。単に自分の無知を相手の責任にしているだけ。議員は調査費あるんだから、それで調べろと。安保法制が必要ないというのなら、その根拠を調べて質問すべき。説明不足は自分がアホと暴露しているだけで、質問すればいいだけ、議員として与えられた権利を使って、説明不足等と言わずに、責任をきちんと果たすべきだ―的なものを見ました。

 半分同意ですね。確かにアホくさい抽象的な質問・議論をする野党議員というのは枚挙にいとまがないですからね、まあ与党でも同じですが。で、それとは関係ないんですが、「説明不足」ってのは、審議時間が足りないという意味合い意外に、「論理がおかしい・筋が通っていない」という意味合いが含まれているんですよね。多分、後者を言いたいんでしょうね。

 小沢さんに対する異常な対応の時もそうでしたけど「説明しろ」「説明不足」ってのはいい加減やめた方がいいと思いますね。説明が足りないんじゃなくて、「絶許!」の意味合いで使われている。相手を攻め立てる上で延々相手を殴れる魔法の言葉になってましたからね、あれ。

 質問せずに説明しろってもう卑怯過ぎますからね。何を説明すればいいか明確にせずに、「説明しろ!」というのは自己批判人民裁判でしょ。今回の件は「説明不足」ではなくて、野党の対案で十分だから丸呑みせよ(=修正せよ)&解釈改憲は違法だから改憲でやれ―で応えるべきですね。「説明しろ」はもうやめましょ。