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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

維新の純化路線、改革派は結果が出ないのに純化がお好き?

維新の党関係

 元みんなの党の都議員さんのブログ、維新の分裂についての記事を読んで思ったことを書きたいと思います。

 元ネタはこちらですね→民主党と合流しようとする新興政党が分裂する運命にある理由otokitashun.com/blog/daily/8535/

 合流・協力を模索した政治家は、民主党を敵に回すと当選が危うい議員。しかし大阪系は民主と協力しなくても選挙で勝てる。協力するインセンティブが働かない。労組=既得権益故に、民主協力を模索するグループと分裂する力学が働いたと。

 うーん、どうでしょうか、この分析は?文中にあるように既得権益と手を組まない!という姿勢だったら、どうして既得権益の太陽の党とくっついたんだ?ということになりますよねえ。民主党・第二極の影響力の強さ!新興政党は民主党を敵に回せない!という所は、それこそ第一極の自民党の強さこそ指摘するべきでは?と思いますが…。

 そして、同時に共産党が野党協力をして、候補を立てなければそのまま野党候補が勝てる選挙区が前回の選挙でいくつもあった。それをしなかったことを指摘しないのはどうなんでしょうか?(まあそれ以前の記事とかですでにさんざん指摘しているので、今回取り立てて書かなかったということかもしれませんが)。民主党が健全とはいいませんが、それ以上に、自民党共産党の問題を指摘しておかないのはフェアでないのでは?と思います。

 労組は色んな問題ある組織だと思いますし、既得権益でないことはないと思いますが、「改革」というのは既得権益を倒して、新興権益を新しく既得権益にすげ替えることです。反労組!なら次の手がないとダメ。全ての既得権益からフリーになることは政治をやっている以上ありえないわけですね。

 与党になって、政治を変えるならば組織を大きくしなければならない。どこかで主張が異なる政治集団と手を組まないといけない。打算的妥協が必要になるわけですよね。旧維新と手を切って純化路線に進んで、民主とも組まない!なんて強硬路線で、どうやって改革するつもりなんでしょうか…?

 前回、ろくに候補者すら立てられなかった状況で、更に組織を小さくしてどうしようというのでしょうか…?

 まず妥協をする、そして与党になって、妥協が必要なくなる政治制度・選挙制度に変える。そしてその後で分裂し、正々堂々と政策を主張して戦う。それしかないと思いますけどね。今のままでどうやって自民に勝って、どうやって改革を達成するつもりなのか、まるでわからないんですけどね…。

 そういえば、代表戦前に議員が呼びかけて党員を急激に増やした。しかし分裂によってなんだそりゃ!ふざけるな!金返せという批判があがっているとか。せっかく手に入れた党員=熱心な支持層の神経を逆なでするような行為は理解できないんですけどね…。

 純化路線を今更選択するのだったらどうして、最初に合流したのか?ビジョンがなさすぎると言われてもしょうがないでしょうね。太陽と一回合流した時もそうでしたし、二回目となればその失望はかなり大きくなると思いますね。

 また、元みんなの渡辺さんが純化路線をいいことだのような説明をしていましたが、相変わらずだなと思いました。そもそも維新とみんなの政策で殆ど違いがない。合流して衆院選で一気に第二勢力、もしくは与党に!というところで失敗した過去を忘れてしまったのでしょうか?

 渡辺さんが失敗したのは、①俺様主義―政策・党の方針はオレが極めるというリーダーシップの枠を超えた独裁レベルの強権を振るうこと。②非妥協主義―純化路線を推奨し、妥協をまるでしない、自己主張に異常にこだわる潔癖性。つまり優先順位をツケて、これとこれは我慢するが、これだけは譲れないという判断ができないこと。全部を達成しようとする非現実性ですね。現実的にまあここが落としどころかと、自分の要求をある程度引っ込めることが出来ない。

 まあ概ね、その二点にあると言っていいでしょう。その二点故にみんなの党は結局党分裂を招いて失敗した。稚拙な資金管理で墓穴をほって、あげく純化路線でいいとか、現実が見えていないとしか思えないですね。

 橋下さんも上に上げた二点、俺様主義と非妥協主義がネックになってくるのではないでしょうか?現実の政治に携わって、大きな組織を動かして利害調停をしたことがないからなんでしょうか、こういう傾向は。そもそもそういうものに向いていないということかもしれませんが。

 自分がやる改革は全て実行できるという思い上がり・思い込みがあるかもしれませんね。「政治は可能性の技術」ではないですが、失敗して死ぬとしても最低限これだけは達成して、未来に希望の手をつなぐという視点・戦略が欠如しているのが、最近のニューリーダーの特長かもしれませんね。

 清純・筋の通ったことが好き、そりゃ正義でメシが食えるなら人はだれでもそうしたいでしょうけど、そう出来ないから今があるわけで、改革が必要なわけで…。正しいことをやっている、だから必ず成功するはずだ!という共産党に近い信仰になっている気がしますが…大丈夫なんでしょうか?

 政治は結果責任、勝たなければ意味が無い。勝つことが全て。負ければ自己満足になって終わるだけ。そういう世界において純化路線を採択することが理にかなっているとは到底思えませんね。