てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

ツイッターで暴れる人は無能とは限らない

 面白いツイートする人で、フォロワーも多くて、影響力強い人がいて、フォローしようと迷って結局フォローしなかった。いつもの「攻撃力の高い人」だったので。その人が専門外のところに迂闊に踏み込んで、見当違いなツイしてツッコまれていました。専門のところは凄い良いツイするのになぁ~ってケースが本当多いですね、ツイッターは。

 もちろん、専門外のところでうかつなことを思いつくままに喋っちゃイカンのか?という話になるわけですけど、その人がどうしてアカンかというと、普段から、人が間違ったことをつぶやくと晒して攻撃するからなんですよね…。ツイッターでは「攻撃(をしない)は最大の防御」なんですけどねぇ…。

 ツイッターでは、「一定の人」が間違ったこと・痛いことを言うアカだと感じると攻撃が始まる。特に大きな発言力を持っているアカを、ドラクエのボスみたいに攻略するんですよね。あるいはモンハンの狩りの対象でしょうか?そのモンスターと反対の意見を持ってる人たちは、一斉に有名アカを攻撃するわけですね。

 攻撃して、大物を狩って同じ仲間から「スゴイですね!」と褒め称えられる。それで支援を集めて成長するわけですけど、同時に「私怨」も集まってるわけですね。そういう人じゃなくても人気が出てフォロワーが多くなると、出現する「敵」が増えるのがツイッターなのですから何をか言わんや。

 まあ、そういう人は、ツイッター内・SNS内での意見の違う相手とのやり取り、電脳空間での「戦争」が好きなんでしょうね。意見・スタンスの違う相手に、年がら年中反対意見を投げ飛ばして時間の無駄だと思わないのかなぁ…と不思議になりますね。まあ本読んだり、修行したりしない人はそのぶん時間があまりあるってことなんでしょうかね。

 なんでこんな意味のないことをつぶやいているかというと、凄い良い事をつぶやく、この人すごい人だなぁと思う人が、精神バランスを崩してしまう例を見たからですね。惜しいなぁ。挨拶する度仲間が増えるよ(ぽぽぽーん)の逆で、「仲間が増える(人気が出る)度敵が増えるよ」がツイッターだということを理解していれば…。

 ツイッターでは「防御」が重要。戦争に負けた時の想定のように、敗戦処理をしておかないといけない。「負ける技術」とでも言いますか。不愉快な人・ツイを見て、攻撃に対して暴言で返したくなるのをぐっとこらえてスルーしないといけない。ちょうど、反対意見・冷笑的な態度について見事にグッとこらえた人を見て、この人は処理・対応が上手いなぁと関心したんですよね。

 誰だったか?小熊さんだったかな?小林よしのり吉本隆明は上の世代を「古臭い」ものと権威を叩くことで、若い者の喝采を浴びたという共通点があるという指摘をしたのは。権威ではないにせよ、バトル&叩く・斬り捨てるという爽快な勧善懲悪を期待する人が多いということなんですかね。

 意見・主張というのはそんな簡単にAかBかで割り切れない。多くの条件や留保を付けないといけない。細かい条件やロジックについていけない人が単純な○×論を好みますよね。

 学者だったり・専門家だったり、ちゃんとしたバックグラウンドを持っていない有名アカというのはどこか危ういものをはらんでいますね。独断的に誰々はこんなこともわかってないアホみたいな卑下をするような言動、アカウントには注意が必要だと思いますね。


 で本題。話を戻して、その優秀だと思った人、もったいないなぁと思った人なんですけど、たまたま昔のつぶやきを見る機会があって、そこでとうとうと自分語りをしていたんですね。初期のころから前フリなく、いきなり自分語りをする人で、個人的に脈絡のない自分語りというものが嫌いなので(なにか時事的なつながりがあればなんとなく連想して思い出したことをつぶやきたくなったんだろうなと理解できるのですが)、「なんでいきなり自分の過去を延々と語っているんだろう?」と疑問に思っていましたが、「傷ついた人」なんですよね。いわゆるメンヘラというやつですかね。

 どんな優秀な人でも、過去に強烈に傷ついた経験を持つ人って、バランスをおかしくしてしまうんですよね(もちろん全員がそうではないにせよ)。その人は過去の辛い体験がトラウマになっていて、その癒やしで自分語りを定期的に突然始める傾向がある。実際その人は、過去に傷ついた・傷つけられた経験があって、そのつらい過去を滔々と語っていました。

 こんなに頭がいい人なのに、反対意見にそれはスタンスの違いです・意見の相違ですね~と流せないのは、共感能力の欠如を意味しているのでしょうね。徹底的に自分の意見を主張するだけで、相手がどういう意味で論じているのかとか、察知が出来ない。Aと書いてますけど、それはBということがおっしゃりたいのですか?それはCという観点から当てはまらないのでは?みたいなやり取りが出来ないんですよね。そして絶対に自分の誤りについては認めない。自分の弱点を晒したら終わりという強迫観念みたいなのがあるんでしょうかね…。

 今ツイッターに限らずに、ネットで影響力ある大物となっているような人が、傷ついた代償行為として、求めて得ることが出来なかった承認欲求を穴埋めするためにやっているという傾向は結構あると思いますね。現実での失敗をネットで癒やす、憂さを晴らす。そういう力学があることをちょっと頭に入れておくとSNSをやる上で役に立つ気がします。*1

 アノミーじゃないですけど、なぜあの優秀な人が、急にこんなことを…?またSNSでは素晴らしい人だったのに会ってみたら最低だった、もしくは事件を起こした。そういう風になってしまうのは、そういう背景があるんだということでしょうね。優秀な人間でも、傷ついてその代償に癒やし・憂さ晴らしでやっているケースが有る。表面の文字しか見えない、相手の顔が見えない故に、優秀だというだけでは人物の真価まではわからないと。

 ツイッターでは年がら年中バカがバカなこと言ったりしているので優秀な人はそんなことないと思ってしまいがちですけどね。優秀な人でもおかしい人はいる、秀でた能力を持っているのにバランス感覚やリテラシーで怪しい人がいるというのは、当たり前の話ですよね。有名になって攻撃されて精神バランスを崩すというより、元から崩しているんでしょうね。

 大抵、ツイッターにそんなに張り付いてはいられない。普通そんなに時間を取れない。にもかかわらずそういうのに常駐しているというのは、やはりそういう特別な理由があるということなんでしょうね。ふらっと現れて、本質を一言でズバッとついて、おおお流石だ!と尊敬されるようになりたいものですよね。

*1:おまけですが、はてなブログで中傷を繰り返した人が、実際にリアルでも行動して、ブロガーを殺したという事件がありました。その犯人は、ネットで中傷をすることが日課というか日常的に行う当然の行為だったみたいです。自分語り程度ならまだしも、中傷自体が自分の日常。精神を安定させるための当たり前の行為だったという記事を見ました。その話を聞いて、なるほどだから電脳空間に気持ち悪い言葉・誹謗中傷をさらけ出す人間が一定数いるのだなと納得しましたね。そうでもしないと惨めな自分の状況を認められないというか、精神を保てないんでしょうね。ネットでよくお見受けする荒らしというのは代償行為としてやっているんでしょうね。荒らしでもしないと自己の精神を保っていられないということなんでしょうね…。そういうことを考えると自分語りなんてのは可愛いものですね…。