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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

上田篤著 都市と日本人

 

都市と日本人―「カミサマ」を旅する― (岩波新書)

都市と日本人―「カミサマ」を旅する― (岩波新書)

 

 旅行記、筆者が旅先で感じたことをつらつら書きながら歴史の考察がされている。こういうスタイルはあまり好きではなく、面白くないものなのだが、この本は例外か。呪術がつくった国 日本という本を以前読んで、この人おもしろいなぁという印象があり、手にとったが、やはり面白かった。

 

  p22、英の森と比較して、日本の森は暗い。アマゾンでもボルネオ・ニューギニア熱帯雨林でも同じ。険しい山ばかりの日本、平地は殆ど無い。沖積平野は国土の8%。昔はその殆どが海だった。オランダのように、国土の殆どを干拓して作った。私達の祖先が海を陸に変えた。神話の「国引き」がそれ。

 古代史のポイントというのがいまいちわからなかったが、古代人・史料を使った政治・文書行政を行う前の日本人は、開拓をして国土を作っていた。国力を高める段階だったと言われるとしっくりくる。

 

 p34、神の語源は、「上」ではなく、「隠」(かむ)・籠る・隠み寝(くみぬ)を意味する「クム(隠む)」。オオクニヌシもヤウカミズオミも、オオモノヌシも姿を隠して表さない。見えるのは巫女にだけ。人々にとって、巫女は「見える神様」。ミシマノカミはいつも女神と国造りをしている。この女神=巫女ではないか。国造りの結果が、古代政権の誕生に繋がると。

 血縁もしくは夫と巫女のペアで治める。この共同統治を「巫政国家」というと(『古代神道の本質』山上伊豆母)。こういう背景があるために、優れた巫女が国政上重要になる。垂仁紀に皇后サホヒメに、兄サホヒコが垂仁天皇を殺して天下を取ろうと呼びかけ、失敗に終わる話があるが、これは兄と夫の間に挟まれたラブ・ストーリーではなく、二人の権力者の巫女の奪い合い。

 応神天皇の后・兄媛、仁徳天皇の后・黒日売(くろひめ)、雄略天皇が奪った絶世の美女稚媛(わかひめ)、これらは政治闘争だけではなく、巫女を巡る闘いでもあった。

 巫女、女神をいかに手に入れるか、確保するかが古代のポイントであるという指摘は非情に面白いと思いましたね。また、ミシマノカミが各地で女神と共同しながら国造りをしているように、王というのもまた重要なのでしょう。卑弥呼なんかから、女神の重要性というものに我々は注目しがちですが、王と巫女・女神がセットになってはじめて国造りが可能になる。政治力を発揮する、その構造がポイントなのかなと思いました。

 

 p48、日本の川の流れが速い氾濫原では、中国式の土塁では整えることは不可能。何千・何万の矢板が必要。そのために大量の森林を伐採し、そのためのが必要。日本に稲作が根付いたのは米だけではなく、が入ってきたからだった。吉備の製鉄集団は裸山にして各地を歩いたのではなく現地と共存した。

 p59、天武天皇は「現御神」として、巫=カミサマになった。本物の巫女は皇祖神アマテラスを祀る伊勢の斎王(いつきのみこ)として派遣して遠ざけた。藤原京の宮殿、藤原宮において天皇は隠されることになった。天皇はカミサマであり、隠される。天皇=カミサマがいなくなれば、都市も消滅する。平城京は発掘されるまで1000年間どこにあったかわからなかった。平城京以外の地方都市も同じだった。

 天皇という統一権力の保持者、政治的権力者を完成させるためには、これまで政治上重要だった巫女という女性の政治リーダーを封じ込める必要があったわけですね。この遠ざけて封じ込めるというのが日本における権力奪取の一つの典型的な構造なのでしょう。

 天皇は一代限りが続き、隠れて一つのカミサマに過ぎなくなる。神社や寺がカミサマの代わりを担うようになる。その有力寺社に寄進が進んで荘園になる。天皇自身も一代荘園主化する。多神教の構造が見られると。

 p73、奈良時代貨幣の信用が乏しい時代に、貨幣を使っていたのは寺=賽銭があるから。寺と役所だけは神への生贄として利息が取れた。

 p89、武士の発生はよくわかっていない。「官政国家」から「兵政国家」へ。なぜ武士は貴族化しなかったのか、他国と比較してもよくわからない。名誉を重んじ、富を嫌った。髻=死んだら相手が自分の首を持ちやすいため、殺せるもんならやってみろという意味。

 p122、信長は仏教勢力から商業という「魅力ある娘」を奪った。城下町の城攻めは敵の兵糧攻めを避けるために、城主が先に焼いてしまう「自焼き」と、攻める側が風を利用して城まで一気に燃やそうと考える「他焼き」がある。いつ焼くのかというタイミングの問題を間違えると民の反感を買うと。

 p131、日本のキリストになろうとした信長。安土城サン・ピエトロ大聖堂。信長が死ぬとあっけなく離散したように、安土城・城下は城としての防衛機能は想定されていなかった。城下はローマとして考えられていたと。

 信長以後も城主の神格化は続く、天守閣はそのモニュメント。幕藩体制戦国大名はカミサマとなって人々から祀られたと。

 

 p140、祭りにより「祭祀共同体」が築かれる。防災訓練・(一揆や野盗への)軍事訓練。その鎮守の神は元は森だった。マンモスを狩り尽くしたあと、食糧は森の動植物。森により栄養を蓄えた川にサケ・マスなどがやってきて、魚も穫れるようになったと。それは海にまで流れてプランクトンを養い、貝 ・魚を取れるようにしたと。

 p142、他の文明は森を潰して、農耕・牧畜をしたが、日本は「母なる森」を守ることを選んだ。縄文遺跡には大陸からの栽培種が見られる。農耕をやろうと思えば出来たが選ばなかった。それは生命力=呪術力を重視したから。活発に動き回るイノシシや渡り鳥を食糧にしても、のろのろ動く豚や鶏にはエネルギーがないとみなして、食べなかった。

 弥生時代になり農耕が進むと、森が切り開かれることになる。その森や山を守るために鎮守の森・神体山というものが生まれてくると。

 p142、応仁の乱後、土倉と言われる商人中心に「惣町」、自治共同体が作られる。法華宗徒だったり八坂神社の氏子だったり、祭祀集団の自己防衛から発展。「構」という塀や堀を備え、私兵もいた。公家・寺社に地子銭を納めなくなる。武士に屈するまで独立勢力、ほぼ都市と言ってよかった。

 ヨーロッパも中国も同心円的な構造、中央に広場や教会があって周りに城壁がある。種や果肉・皮がある「リンゴの都市」であるのに対し、小都市の集合体である日本のそれは「ブドウの都市」。

 

 p171、運動場・運動会・プールは日本だけのもの。町組の替わりに小学校が共同体として結びつけられる場になった。運動会は士官学校経由として、理解できるが、プールの理由がよくわからない。なぜだろうか?オリンピック関連の国威発揚か?卓球と水泳が強い時代があって、水泳でメダルが取りやすい時代があったのでその関係か?

 p176、阪神が人気あって、阪急の人気がなかったのは、私鉄の山の手の上か下か。庶民のスポーツの野球は下町に人気はあっても上にはなかった。阪神電車は大阪=神戸間の日本最大の下町を貫通するから虎キチが生まれた。

 p180、ヨーロッパでは都市の中心に聖所があるが、日本は外にある。都市が拡大して聖所を飲み込む形になる。寺は砦や市場になるために内にあることもある。郊外にあるのは、縄文時代の名残。小さな集落は、混乱を招く内部での性的交流を禁止する。婚姻相手は隔絶されたよその集団から求められる。その交流の場所が聖所。同時に物々交換も行われた、そこが「市庭の起源」という考え方もあると。

 p194、山を神様とする文化を持ちながら、北海道では屯田兵の安全を願う神を祀るだけになった。山を神として祀らない、旭川の地元に祭りもない。北海道の開拓民には祭祀共同体の習慣はないのだろうか?そういう精神が北海道は他の日本人と少し異なるメンタリティを形成しているということなのかな?英仏のような景観と比べて、日本は非情にきたない。しかし北海道の東、道東は美しい。

 p207、日本のムラ社会は、異民族の支配がなかった結果。支配者を団結して打ち払う、その後、国民的英雄が巨大な王朝・権力を作るというプロセスが踏まれなかったため。なるほど。

 ―というように、なかなか面白い記述があって、参考になりました。今後古代史を色々読むかもしれないので読んどいてよかったと思いました。