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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

大英帝国の外交官 細谷雄一著

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー

 書く程でもないのだけど、一応メモったから。細谷雄一著 歴史認識とは何かで図書館にこんな本があったので、ついでに読んだのでね。

大英帝国の外交官

大英帝国の外交官

 

  優れた外交とは優れた人間によって行われる。歴史についての知見はもちろん、教養・バックグラウンドがなければ、優れた外交=ものの見方は出来ない。

 外交の中心は伊、それが仏に移り、英へと舞台が移っていく。英は広大な植民地支配・経営のために外交を発達させていく。

 1782年の外務省の発足以前までは、北部局・南部局(非カトリックカトリック)で それぞれ大臣が居て、担当部署が分かれていた。仏革命以後、変化を遂げるまで宗教が基軸となっていて外交が行われていたというのが欧州らしい。正確には南部は内務省としてアイルランド担当になったと。

 絶対王政以後は当然君主外交。絶対王政が終わっても、担当大臣は当然大体大貴族。絶対王政が終わっても外交の担い手は限られる。国民主権の度合いが高まるにつれ、ペーパーテスト官僚・国民 に開かれる変遷をたどると。英の場合は、第一次世界大戦を機に、官僚=召使扱いが大臣がお飾りで事務次官アーサー・ニコルソンが主役になっていくと。

 この辺り の詳しい移り変わりを調べると面白そうですね。『イギリス外交史 (有斐閣アルマ)』読もうとして読んでなかったなぁ。手をつけるかなぁ。


 英貴族中心の外交を望んでいたソールズベリが病気の間、外相ランズタウンが改革を進め、ヘイ=ポンスフォート条約(国務長官と駐米大使の名前)で米との関係改善、英仏協商・日英同盟などを行う。光栄ある孤立政策を放棄して、外交政策を根底から変化させた大改革・大転換が出来たのも彼によるものと。

 多分ランズタウンは日本人の間では、世界史のテストにも出てこないですし、無名に近いと思います。が、英外交を考える上でかなり重要だと思うんですけどね。もうちょっと誰か彼を取り上げ て有名にしてもよろしいんじゃないかと思いますね(己も深く知ってるわけではないんですが)。

 ニコルソンの文筆業、反共・反ユダヤ人の姿勢などレイシズム的な態度あり。またファシズムナチズムへのある程度の共感など、時代を感じさせるものですね。

 外交官・学問・政治家・私生活、学問と政治家は必ずしも外交官を務めた人物に必須のキャリアというわけではない(どちらか一つでも成功すればたいしたものだと思うが)。外交官としての成功、学者や政治家に転身したあとの成功、そして私生活。3つ全て上手くいったという名外交官はいるのだろうか? 「人間」という要素を考えると、私生活を捨てて、全部国・国民・世界平和なんでも良いですが、全身全霊を以って奉仕せよ、全て捧げよ!王に心臓を捧げよ!という主張は危険ですからね、抑えたいところ。取り上げられている有名な外交官も、人生順風満帆なんて人はいないみたいですしね。まあカーと、もう一人くらいしかちゃんと読んでませんが。


 カーは中流出身、新外交で&外交官僚で始めて卓越した人物ということになるのかな?政治情報局の人材の宝庫に囲まれる。学問・泰斗との交流が英は凄い自然という気がしますね。日本がおかしいだけ?


 『危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)』は独・ソに宥和的・甘い表現だった1939年版が、45年版だと修正されていると。へぇ。原典で読んでないから、原典読みたいなぁ。39年版の記述どっかにないかしら?

 ノーマン・エンジェルやトインビーにその主張を批判される。カーが、VSリベラリズム(ユートピアニズム)ということになっていたのは、そういえば

 この本で、ありましたね。まあろくにその内容に触れてはいませんが。国際機構絶対派の批判をしていましたが、カーの生きている時代に平和主義は根強く、めんどくさかったということなんでしょうか。パシフィズムが蔓延していた時代ですし、さもありなんですかね。
 国際政治関係・学よりもロシア史へ進んだ。カーほどの大家にして安心できるポストが見つからないという事実は重いですね…。

 確か、加藤陽子さんが、ウィスキー一杯やりながら、毎日寝る前に一章ずつ読んだ。おもしろくてたまらないとか、どっかで書いてあるのを見た気がしますが、そこまで惹きつけられるものがあるとは思いませんね。序文にも書いてありましたけど、伝記というか、人物集・エピソード集なので、まあそらそうなるんでしょうけどね。むしろ、せっかく英外交官を何人も取り上げたのですから、最後のまとめに、優秀なor特徴的な英外交官を取り上げて見た結果、こういうことが言えるとか、そういう分析が欲しかったですよね。それこそ読みたいものだったと思うんですけどね、筆者が探求する「外交とは何か!?」というものへの、一つの途中経過報告になったと思うのですけどね、残念。

  ※追記、書くと言っといて忘れてた。英外交、優秀な英の外交官を見ると、やっぱり貴族制度・貴族が外交に大事だ、民主主義には貴族が必要だと感じる。もちろん、糞すぎる振る舞いをしたからこそ、革命で殺されちゃったという歴史があるわけだけど。英でもクロムウェルという経験がありますけど、英はうまい具合に残りましたね。やはり、クロムウェルという負の教訓から貴族たちが学んだということでしょうかね。

 現代でも害悪を最小化した貴族制度復活をどうにか出来ないものでしょうかねぇ?高坂先生の本の感想でそんなこと書いた気がしますが。 英の事例を出したので、貴族で政治家ルートとなると、やっぱ保守党が中心になるのかな?日本で言うとまあ当然自民党ですよね。最近の自民系「貴族」(以下「」省略)出身の総理を見ると、軒並み資質に疑問符がつくという…。貴族といえば、鳩山&細川では?と指摘されて、彼らについて思うのは、野党貴族として団結して、政治母体を確立出来なかったのが、失敗の元かな?なんて思いました。自民党には貴族を中心とした、伝統的な支持母体が確立されていますけど、民主党は労組とかそんなものくらいしかなかったですからね。

 貴族ついでに、ペリーが日本を植民地にしようとやってきたという話について。そういう誤解・間違いをたまに見るのですけど、多分、「ペリーが日本を植民地」云々というのは、列強の植民地化にされる当時の事情の中に、米も当然そうだと含めて考えているからだと思うんですよね。米も一緒と一括して列強扱いしていると思うんですが、当時のペリーの目的は貿易・寄港地ですからね。この時点では植民地はありえないですね。

 そもそも米は英とか欧州諸国の植民地主義を否定しているんですよね。そういう悪しきものから逃げて聖地に新国家を作ろう!というメンタリティで出来た国ですから、植民地は考えづらいんですよね。将来的に米が日本に干渉してくる橋頭堡・きっかけとか考えられても。まあフィリピンとかの事例があるので、そう考えてるかもしれませんが。

 もう話関係なくなりますが(^ ^;)、捕鯨船内における差別なき平等という話を聞いてオモシロイと思ったのでメモとして。捕鯨船内においては、差別がなく平等に扱われたという話は、軍隊や宗教(教団)と同じ話。機能共同体においては、新しい「民族」「人種」が創りだされるというやつで、軍隊内での平等、信者としての平等が確立されるわけですね。無論序列は、明確に存在しますが。

 確か、油を取るために、クジラ漁が当時のアメリカでは盛んだったとか。捕鯨という事業が、米社会で平等観念を築く礎として大きく役立ったとかあるんでしょうか?それこそ南北戦争・奴隷解放云々に影響を与えたとか、繋がりがあれば面白そうな話ですね。