てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

バキシリーズはなぜつまらないのか?① キャラ萌え・噛ませ展開・主人公バキに魅力がない

 

 一ヶ月くらい前に思いついて、書きたかったけどずっと書けていなかったこの話をようやく書きたいと思います。

 昔は面白くてしょうがなかったバキシリーズ。しかし今やつまらなくて仕方ない。なぜこんなにつまらなくなってしまったのか?『グラップラー刃牙』から始まり、『バキ』・『範馬刃牙』、そして『刃牙道』とシリーズごとにタイトルが変更されて、新章・新シリーズとなってリニューアルされて連載が続いています。今に至るまで計4部・1991年から連載が始まって、足掛け25年以上連載されているわけですね。


 今は第四部・刃牙道で、第三部『範馬刃牙』が終了して1~2年くらい連載が中断していましたけどね。まあ長期連載には違いない。何度かブログで面白くない的なことを書きました。その理由が唐突に閃いたのでまあそんな話をしたいと思います。

 

目次

 

キャラ萌え漫画過ぎてストーリーに整合性がない・魅力がない

 師匠の小池一夫さんから、魅力的なキャラを作るという話を教わって、それに強い影響を受けたようです。いかに魅力的なキャラを作るかで話を成立させるというのが板垣流。魅力的なキャラを作るのは良いですが、あまりにもそれにとらわれすぎてストーリーを作ることが二の次・三の次になっている。プロットや伏線の回収などのストーリーを面白くするものがまるでない。行き当たりばったりのストーリー展開で見ていて面白くないんですね。

 作品というのは①キャラで魅せる、②世界観・舞台で魅せる(中世欧州とか江戸時代とかですね)、③ストーリーで魅せる。謎を投げかけて読者を夢中にさせるとか、まあ色々ありますが、その中の①キャラで魅せるということに頼りすぎではないかと思いますね。


 初期のコンセプトとして地上最強の親父というものを設定して、主人公の息子がその最強のラスボスを倒すというものだったのに、ぶん投げてしまった。単純に主人公の範馬刃牙が、最強の範馬勇次郎を倒せばいいのに、そうしなかった。こんなに強い奴倒せるわけないよ、でもバキならもしかして…?というふうに煽っておいて、結局は倒せない。最強の肩透かしでしたね。

 第三部の『範馬刃牙』でとうとうラストバトル、最終決戦となったのに、いい勝負をするどころか、結局範馬勇次郎にやられて終わってしまった。勇次郎が息子の成長を認めた。「お前は強いから地上最強って名乗っていいぞ」といういつの間にか親子間の話にすり替えられてしまった。『美味しんぼ』じゃないんだから実は良い父親でした~なんてオチはいらない。そういう漫画じゃないでしょう。最強の格闘技は何か!?誰が一番強いのか!?というシンプルなバトル漫画でそういう余計なのいらないんですよ。なぜそういう余計なものをいれて大事なラストをグダグダにしてしまったのか(まあ最強勇次郎を倒したくない、自身が作り上げた最高のキャラクターを傷つけたくなかったからなんでしょうね)。

 結局これは、作者がキャラ萌えの人だからなんですね。キャラに思い入れが強すぎて、ストーリーのため=作品の整合性のため、完結させるために、そのキャラを切れないんですね。この作品はラスボス勇次郎が負けて完結する作品なのに、あまりにも彼を魅力的に描きすぎてそれが出来なくなってしまった。

 ガルパン・艦これ、最近だとハイスクール・フリートですか?軍事関係・兵器を扱って、女キャラを大量に出して、そういう世界観に興味のあるオタク層を掴んで固定ファンを築いて、その人気の上にライトな層も人気を広げていくなんていうタイプのアニメが存在しますが、個人的には面白くなくて全部見れませんでした。ニコ動のコメントで「これはキャラ萌えを楽しむアニメだから、そういうキャラ萌えが出来ない人は見ないほうがいいよ」というコメントがあって気付きました。バキシリーズもキャラ萌え作品でそれが出来ない人にはついていけない作品になってしまったんですね。

 まあ、キャラ萌え漫画やアニメといえばほぼ100%間違いなく萌え系の女性キャラ主体のそれ。大体が日常系ゆる漫画・アニメ。その中で非日常系ガチガチ路線のキャラ萌えバトル漫画というこれまでにない新境地を切り開いたという点では偉大なんでしょうけどね*1

 今では『バキ外伝疵面
』という花山薫が主人公のスピンオフ作品ができているくらいで、多くの「主役」キャラが寄せ集まった舞台が『刃牙道』というような感じになっていますね。「みんな違って、みんないい。みーんな大事」「ナンバーワンよりオンリーワン」的な感じになってますね。

 

新章突入の展開がいつも同じ、新キャラに噛ませにされる旧キャラ

 キャラ萌えなので、そのシリーズや~編ごとに魅力的なキャラに焦点が当たる。最初は単なる解説役・やられ役だった本部以蔵に光が浴びて、強くなっているのがそうですね。まあそれはいいとして、新章突入のパターンがいつも一緒。唐突に強敵が出てきてそれと戦う。倒したら次、倒したら次、全部同じパターンです。毎回同じパターンの繰り返しで、正直それで飽きました。

 死刑囚、モハメドアライJr・オリバ・海王&海皇・ゲバル・ピクル、そして今は宮本武蔵になっています。そしてそのうちの半分くらい途中で飽きて噛ませ役にされます。強い強いと煽っといて、途中でぶん投げるパターンがいくつかありますね。また烈海王や克己などを新キャラの噛ませにするというパターンも。また噛ませにするのか…というパターンは見てて萎えますね。

 メインコンセプト・ストーリーは、<刃牙VS勇次郎のラストバトル>なので、それに至るまでの養分として噛ませ役を担ったのなら、まだ理解できましたけどね。刃牙がこの強敵を倒すため、経験値のために引き立て役として新敵キャラの噛ませにする。そして刃牙がさらにその新キャラを倒して養分にする・一歩上のステージに到達する。そして強くなった刃牙が勇次郎を倒す。―これならまあストーリーの整合性のために理解できましたが、そういう展開もなく、新キャラ>旧キャラの「ジャンプシステム*2。またこのパターンかよ…とうんざりする感じですね。

テンプレ展開はプロレス世代故?

 おそらく作者がプロレス世代だからなんでしょうね。こういう展開になるのは。プロレスって、次々そういった未知の強敵がやってきて客の興味を煽り立てる手法を採っていましたからね。また何回も同じ対戦相手とやることもプロレスの影響なんでしょう。花山が退屈であくびが出来る。止めるために勇次郎と戦うなんていって、いつもと同じように顔面に手を当てられてふっとばされてそれでおしまいでいいという、「結局なんだったの???」的な展開を挟んでくるというのは、そういうプロレスの影響なんでしょうね。

 また主人公の刃牙がよく負けます。またコイツ負けるのか…、コイツいつも負けてんなという失態を見せることが多いのですが、そういうのも最初登場した新敵キャラの強さを印象づけるプロレスのアングルの影響なんでしょうね。「あれほどあった甘さがなくなった!!」となって成長したはずなのに、主人公が新キャラの引き立て役としてよく失態を見せます。甘さゆえに不意打ち食らったり、失神させられるという設定ならまだよかったのに、その後でもアホみたいに負けます。最終的に善玉が強い悪玉・異形の者に勝てばそれで客が満足するという発想は、まあプロレスによるものなんでしょう。

 御年いくつか存じ上げませんけど、今の若い人・チャンピオンの読者の求めているもの、バキ読者の求めているもの・ニーズを正確に把握できているんでしょうかね?年取ると若い人間の感覚わからなくなりますから、今の人はこういうことをカッコイイと感じるのかということを絶えずリサーチしておかないとわからなくなります。そういうことをやっていないということなんでしょうかね?

 

主人公に魅力がない、他のキャラクターの魅力に負けている

 バキがコロコロ負けるという話をした流れで語りますが、そもそもこの主人公バキに魅力がないんですね。好きなキャラ、人気キャラランキングみたいな話をした時、このキャラが好き!かっこいいという話で、まず上がってこない。キャラが立ってないんですよね、バキ。主人公のキャラが立ってないというか、読者に強い印象を残せていない。爪痕を残せていないんですよね。

 序盤は彼が中心に話が進んでいったので、彼の成長譚・人生を追っていったので、そういうことはありませんでしたが、最強トーナメント以降、色々なキャラの視点で話が進んでいって、他のキャラのほうが見ていて面白い。バキよりも烈海王だったり、愚地独歩だったり、渋川剛気だったり、他のキャラの話のほうが読んでいて面白くなってしまった。

 何より致命的なのが一番魅力的なのが「範馬勇次郎だということ。ダークヒーロー化してしまったことですね。異常に強くて、人間の規格を超えて常識はずれのことを成し遂げるから、魅力的になってしまった。結局、最後は彼は正しいということになってしまった。自分のためには一日だって人を殺さずにはいられないというエゴイズムをもった人間だったのに、いつの間にか弱者の味方をして悪を叩くという救世主・弱い者の希望という存在にすり替えられましたからね。読者の中でバキよりも勇次郎のほうが好き、好きかどうかはおいといて彼の話のほうが読みたいという読者は少なくない。というか大多数でしょうね。主人公が完全に食われてしまい、ストーリーが死んだ。メインストーリーがわけのわからないことになってしまった。

センターの座を奪われたバキ

 最初の方、序盤の方では、バキ中心の話でそんなことがなかった。よくある少年漫画の主人公が成長するタイプの展開で、彼中心に組み立てられていた。トーナメント編からそういう兆しはありましたが、死刑囚編=『バキ』になってからその傾向が顕著になりましたね。

 例えるならアイドルとしてデビューさせたのが、ユニットを組むことになった。事務所はバキ中心に売り出す方針だったが、他のアイドルの人気が出てしまって、センターの範馬刃牙よりもユニット・グループとしての『バキ』の売上の方が大きくなったといいますか。

 別にそのグループアイドルとして売れても、センターとしての範馬刃牙の人気が不動のものなら構わないんですが、そうじゃなくなりましたからね。花山が「侠」にこだわって、その点でかっこよさを見せたり、明らかに他のキャラの人気が上回ってしまった。まあ要するにプロデューサー板垣さんの計算違いですよね、主人公バキという子をメインアイドルとして売り出したかったのに、他の子たちに人気が出てしまったわけですから。

人気の秘訣は好バトル・名勝負なのに、それがないバキ

 で、なんでこうなってしまったのか、独歩・克己・烈・渋川・花山>バキになってしまったのかというと、彼は良い戦いをしていないんですね。勝つにせよ、負けるにせよ、ファンが「うぉぉ~かっけぇ!次の試合もまた見たい!また戦ってよ!次も絶対応援するから頑張って!」―と言えるような試合を彼はしていないんですよね。丁度ボクシングでベルトを巻くよりも、誰と戦って誰に勝ったかが問われるみたいなものですね。

 

 ファンが見たいと思う試合、つまり客を呼べる試合。興行主は興行として成立する面白い試合をできるボクサーを望む。強い・上手いよりもアグレッシブに打ち合って観客を魅了するボクサーが好まれるようなもんですね。もちろんそういうボクサーが弱ければ話にならないですけど、ドネアがディフェンシブで興行主に嫌われたように、客を魅せないと人気は出ないわけですね。ただ強いだけではダメ。バキにもまま当てはまることでしょうね。

 バキの死刑囚編でのキャリアは、スペックに負ける・柳に負ける。まあ引き分けとしても良いですが、シコルスキーと柳の二人を一気にあしらいましたが、
噛ませになった時点で、もう見ていてザコとやっただけにしか映らず、ああこの二人そんなに弱かったのかと見えて面白くない。強い・弱いどっちにしろ楽勝では面白くない。

 花山はスペックと真正面からぶつかりあい快勝、両膝を拳銃で撃ち抜かれながらも立つという侠ぶりを見せる。独歩はドリアンに勝ち、戦いの厳しさを知り抜いているが故の催眠術破り&失った手の復活という劇的展開がありました(その後爆弾で顔面を破壊されますが)。いずれにせよ好勝負で見ていて面白かった。

 続く海王トーナメントでは、バキは毒手から受けた毒が治り復活劇で強くなるというものの、戦い自体はまた圧勝。その次の海皇の息子との試合も同じ。圧勝してるだけで、強さの理由がよくわからないし、試合が面白く無いので印象に残らない。これは『バキ』編のラストバトルアライ戦でも同じ。圧勝で終わっていて中身が無いから惹き付けられない。印象に残らない戦いばかりしている。*3


 寂海王VS烈だったり、居合術・抜き手VSオリバだったり、何より海皇VS勇次郎が面白かった。要するに死刑囚編入ってからまともな試合をずっとやってないわけですね、バキは。強敵と好試合を演じ、読者が賞賛してやまない勝ち方をする(もしくは負けでも可)。それが最強トーナメント編での兄弟対決以降ない。

 兄弟対決がグラップラー刃牙のラストなので99年頃、そして次のバキの強敵との好試合はオリバですから、『範馬刃牙』編の始まりが06年で対決するまでゲバルとかマウスとかグダグダやってたので、07年からですかね?まあいずれにせよ8年位まともな試合をやってないわけですね。そりゃ人気もなくなりますね。

長くなったので分割しました。→なぜバキシリーズはつまらなくなったのか?② 世界観・強さの基準がわからない
なぜバキはつまらないのか?③ 天才バカボンを見習って主人公を交代させるべき

*1:烈海王なんてもはや完全な萌えキャラですからね(笑)

*2:当たり前のことだと思ったんですが、ググっても出てこなかったので一応書いておきますと、昔のジャンプのバトル漫画では、主人公が敵を倒すと、次にもっと強い敵、その次にはもっともっと強い敵が出てくる、強敵インフレというパターンがお決まりでした。トーナメントやったり、出てきた敵が味方になって一緒に戦ったり、まあお約束のテンプレで話が進んでいくことが多かったんですね。主人公があんなに強かったあいつ、苦労してなんとか倒したあいつを、新敵キャラがたった一撃で倒してしまった…。こいつはどれだけ強いんだ!という展開にして、それで新敵キャラの強さを印象づけるというやり方もパターンでしたね。まあ四天王の「~のやつがやられたようだな」「奴は四天王の中でも最弱…」的なやつですね。

*3:ラストバトル・勇次郎戦に向けて彼の強さを印象付けようと、圧勝劇を何度も繰り返したんでしょうね。それが却って彼の魅力が損なわれてしまうという結果になりました。

 ラスボスに挑む主人公が無双化したことにより、ストーリー・世界観を破綻させる結果になってしまいましたね。強さを魅せつけるには圧勝させとけばいいという、勇次郎方式を取り入れた結果なんでしょうね。強い=圧勝が魅力的なのは勇次郎だけ。それをやるなら、バキの強さを裏付けるように勇次郎化して、バキも別格扱いにしておけばいいのに、またその後簡単に負けるから台無しでしたね。最強キャラなのか、少年漫画的努力型タイプの主人公なのかはっきりしない。強いのか弱いのか、結局良くわからないからブレて読者は混乱しますね。普通担当がこういう指摘をして修正するはずなんですけどね。多分もうチャンピオン支える大家なんで文句つけられないんでしょうね。