てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

「進学しても女の子はキャバクラに行く」と保育園が周辺住民の反対で許可が下りなかった話

鶴間さんの『人間・始皇帝』が読み終わらないので、短いものを適当に更新したいと思います。議員の女の子は進学してもキャバクラ発言と保育園が周辺住民の反対で許可が下りなかったという話です。ずいぶん古い話ですけどね。


 自民の赤枝議員が「進学しても女の子はキャバクラに行く」と発言して問題になりました。一部の発言を切り取っているというのを見かけたので、ググったが、全文が見つかりませんでした。見る限りは、自己責任論を展開している暴言にしか思えませんでしたけどね。

 

 で、こういうまとめがありまして、この記事に書いてあることが参考になりましたので引用。まあ拙主張はこの記事とは真逆なんですけどね。

 義務教育が中途半端なもののために、15歳になったら理解してなくても卒業させてしまうのが現在の制度。結果、キャバクラではたらいたり、望まない妊娠をしたり、望まないシングルマザーになっている―というのが、この赤枝氏の主張。実際のそういうケースを見てきており、それに危機感を抱いたのが議員になった理由だとのこと。

 

 確かに、それ自体には正当性があり、筋が通っていますね。しかし養護施設出身のひとが、「親がいない子供でも進学支援をしっかり受けられるようにして欲しい」という話をしているのに、バカが義務教育以上の学校行ったってしょうがないという持論を展開しているわけですよね?そりゃひんしゅくを買って当然だと思いますよね。生まれ・貧困のせいで高校・大学に進学する道を絶たれるなんていう環境があって良いはずないと思うのは当然でしょう。現在大学進学が普通の人が歩むコースとみなされている中で、そこに通えないのがどれくらいの絶望をもたらすのか言うまでもないでしょう。というか世代的にそういう若者の未来を奪うなということで全入時代に繋がる学校の増大を目の当たりにしているはずなんですがね…*1

 そして次に義務教育を適切に修めたら本当に貧困にはならないのか?という疑問が出てきますし、アホな子は本当にアホですから義務教育すらクリアできずに、更に何年も学校に通わざるをえなくなるでしょう。そういう人間を雇うところ・受け皿が本当にあるのか?そういった子を引き受けるところの雇用環境はどういうふうになるのか?と考えたら、それで課題がクリアされるとは到底思いませんけどねぇ…。むしろ論点は、義務教育をきちんと納めるということはどの程度の学力を保証することか?また、その人が就職する際にきちんと働ける労働条件を確保して、貧困に陥らない社会にするにはどうするべきなのか?ということですよね。

 この赤枝さんが苦しむ女性をこれ以上増やしたくないという動機は共感できますけど、解決策がかなりガバガバのように思えますが…。表現規制にネットの制限といういつもの主張をする方だけあって、悪いものをなくしさえすれば良くなる・改善されるというものすごいむちゃくちゃな論理思考をする方という気がしますが…。そもそも自民党から出て、今の労働環境をよく変えようなんて土台無理な話で、自民所属という事実から導き出される結論は、「女は無理な進学なんかせず家庭に入って旦那を支えろ!」くらいにしかなりようがないと映るのですが…。うーん、何か他にヴィジョンがあるのでしょうか?

 で、その赤枝氏が代表を務める政治団体が、ゲイバーや高級クラブへ政治活動費を支出していることが判明したのだとか。進学やめてキャバクラへいけ!そしてワシをもてなせ!―という流れになったらオチとして完璧ですね、これは。

 

 まあそれはそれとして、明治維新時代、米欧にどんどん留学させて高い教育・知識を流入して、それが、日本の発展につながっていったわけですよね。途上国の優秀な留学生が日本に学びにきたのもそう。個人が豊かになるというだけでなく、社会全体を良くするために必要なインフラなわけですよね。

 情けは人のためならずみたいに、教育は当人の為ならずという言葉を広めないと、教育に対する投資の重要性は理解されないのかもしれませんねぇ…。教育によって社会が受ける恩恵があり、それが知らず知らずのうちに自分のためになって返ってきているということがあまり理解されていないのかしら?

 少子化の原因は子供を育てるのに金がかかることで、特にネックになっているのが大学の学費。だったら大学を就職の採用基準にさせなければいいというツイートを見て思いましたが、やはりもう根本的に教育制度、社会制度としての人材供給のパイプやルートとして大学という制度が存在していましたが、もはや機能しなくなってしまった、破綻している。貧しくとも教育が受けられて、まっとうな就職口を見つけられる制度に作り変えないかぎりこの問題は永遠につづくんでしょうね。そして、それは当然ダイナミックな改革を必要とすることであり、今の日本の政治では絶対に解決不可能でしょうね…。

 

次に、幼稚園・保育園?の認可が周辺住民の反対で下りなかったという話についての一考。

 ツイートであったのですが、幼稚園の遠足先で近隣住人からうるさいと苦情がくれば、もうその公園への遠足は取り止めになるんだとか。あーなるほど、クレームで行動が制限されるって言う力学があるのかぁ。今思うと小学校とかの下らない地域交流ってのは、クレーマーに付け込ませないための予防線だったわけですね。「いい子たちが通っている」というブランド・信用を作っとかないと、クレームで学校でやれることが制限されちゃうということか。

 子供に道徳とかわけわからないことを教えないで、「ボランティアとかをやることで、未然にクレームを防ぐ意味がある。予防策・戦術なんだよ」と教えたほうが、却って子供は言うこと聞くと思うんだけどなぁ。キレイ事大嫌いクンには、効果覿面だと思うのだが。まあ当時からキレイ事ばっかり言うクソババア教師が大嫌いだったので、そう思うだけかもしれませんが(笑)。

 

 件の保育園拒否の話は、周辺のジジババが子供の声がうるさいという理由で拒否しているとかそういう話で捉えていいものなのか?事業者の対応がひどすぎたのか?それとも市が近隣住民の意見に寄りすぎたのか、いまいちよくわかりませんけどね。法律で待機児童が多くて、周辺ン百メートルに保育園がない場合は、周辺住民は拒否できないとかにしないといけないのでしょうか?保育園開けない理由が、本当に近隣のジジババの反対のためだとしたら、「日本死ね!」は「ジジババ死ね!」になりますよね…。今後、「保育園開けない!ジジババ死ね」が流行ってしまうのだろうか…。真相がどうであれ、このニュースを見て、間違いなく結局、産めない・育てられないじゃん!ふざけるなよ!って受け止める人は多いでしょうからね…。

 また近くに保育園がない立地となると、今後新しく来る人で子育てする若い人は来なくなりますよね。じいさんばあさんしか住んでないというシルバータウンが知らず知らずのうちに出来上がってしまうわけですが、そのことについてしっかり市長なり何なりの行政の長は認識しているのでしょうか?

 

 パチンコ屋、クラブ、映画館、コンサート会場、カラオケ、大きな音を出す所はみんな防音対策に気を使うようになっている。なんで保育園だけ特別なのか?というツイを見て思いましたが、単純に屋内と屋外の違いじゃないですかね?クラブだろうがカラオケだろうが、そういうのは屋内でやるもので防音対策前提ですからね。でも子供は屋内にずっと閉じ込めておくわけにはいきませんからね。あと、個人的には子供の声が騒音とは全然感じないんですけどね。

 

 高校大学に進学する教育支援にしても、保育園(子育て負担軽減)にしても、本来、長期的に見て社会全体にどういう効果があるのかを考えるべきなもののはず。しかしどうもそういった長期的ビジョンがない…。それこそ子供の声=騒音でも社会・国家のためだからとなるはずなのに、そうならない。なぜなんでしょうねぇ?

 まあこういう話を聞いて思うのは、子育てが楽になって、出生率が改善することなんてありえないだろうということですね。少子化・人口が減る=国力の衰退ですからね。社会は悪くなるだけで、この傾向は変えられないでしょうね。

*1:ある意味、出来の悪い人間でも学校に無理やり通わせる・縛り付けることで目の届く範囲に管理するという意味合いがありましたよね。血の気の多い時代でしたからね。頭の悪い学校では校内暴力当たり前でしたしね。その学校で成人前の人間を管理するという制度が社会にいい影響を与えていたという性質もあるでしょうね。