読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

今月の読んだ本(2016/09)

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー

いつものように読んだ本です。もう今月じゃないのはいつものこと。

大英博物館 図説 金と銀の文化史/柊風舎
銅の文化史 (新潮選書)/新潮社
鉄のシルクロード/窪田 蔵郎

 そういやたまたま3冊ほど金属関係の本、文化史的なものに手を出した。なんで読んでなかったかなーって思ったら、やっぱハズレだった。だからチラ見だけして借りなかったんでしょうね。文化史と名づけておいて、事実の羅列。事典化された本でした。資源と古代の歴史は興味があるけれど、有意義に語れる人というのは本当に少ない気がしますね。良書キボンヌ。

 銅の発見が歴史を大きく動かして、青銅の発見が更に世の中を変える。んで、ヒッタイトの鉄が登場するまで「銅の時代」だったわけですが、それまで鉄は利用不可能なただのクズに近かった。それが「鉄の時代」になると鉄の確保こそ地政学のキーになるわけですな。いかに鉄の産地を抑えるかという。

 まあ、銅が無価値になって銅なんていらない、銅はポイー。鉄の産地に引っ越すんやで~―とはならずに、銅の価値も依然変わらなかったのだろうけど、鉄をいかに抑えるかという視点から、当時のオリエント世界の国際政治が変わっていったのかというのは非常に面白いテーマだと思いましたね。

 製鉄には坩堝などを使って、1000度を超える必要がある。どうやってそういうものが発明されたのか?古代の製鉄技術とか一体どうなってたんでしょうかね?良い本ないですかね~。こういうのは技術書よりも、軍事関係のものの方が良書があるのかしら?

 ああ、そうそう忘れてた。そういや中国だけ金に対する崇拝や熱が相対的にですが、あんまり高くないんですよね。中国人は玉を好んだという世界的に珍しい文明だった。どうしてなんでしょうね?太陽神信仰=金崇拝とかありますけど、宗教の発展が乏しかったからなんでしょうかね?

 中国の儒教的なものなのかな?葬儀によって福がある、あるいは社稷など地元の祭祀で福が得られるという価値観で、金を重視する統治階級や宗教階級が芽生えなかった的な。あと平原による物資の流通が容易で金が重視されないとか。異民族・異文化との交換価値でしかなかったとか。

環境から解く古代中国 (あじあブックス)/大修館書店

 鉄云々で当時の中国が鉄の生産が限界に達して云々という話があるらしく興味を持ちました。いつか読みましょう。


属国民主主義論/東洋経済新報社

 共著があったので、本をパラパラ~とめくってみた。うん、やっぱり刺さるものはなかった。なんだろうな、年をとったということなのか、こんな本売って(≒読んで)どうするんだろうと感じるものが増えた気がする。書店にある本の大半がなんかそんな感じになってきてるような…。

 『荀子』が終わりそうなので、テキトーに目についた『事典古代の発明 文化・生活・技術』『戦争と飢餓』『図説世界史を変えた50の戦略』『第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争』を借りてきた。どれか当たりがありますでしょうか?*1

事典 古代の発明―文化・生活・技術/東洋書林

 これはそこそこ面白いこと書いてありましたので、別に分けます。まあ小ネタの寄せ集めになりますけどね、重要な気付きがありましたので、単独で上げます。

図説世界史を変えた50の戦略/原書房
第一次世界大戦: 平和に終止符を打った戦争/えにし書房

戦争と飢餓/河出書房新社
 世界史50の戦略の方は読みやすいですけど、ちょっとざっくりした話しすぎですかね。ビジネスとか戦略の幅が広すぎるかな。戦争なら戦争、経営なら経営とか絞ったほうが面白かったような気がしました。戦争2つは面白そうだったんですけど、時間がなくて読むのを後回し、いつか読みましょう。

 そういえば図鑑位のサイズで、各時代の~~年時点での世界地図みたいな本があったなぁ。この年のヨーロッパとか中東とか中国とかの王朝・主勢力が逐一書いてある本がありましたね。個人的に欲しくはないですが、世界史など勉強する学生に良いと思いましたね。学校に是非おいといて欲しい本。

標準世界史年表(2016―2017年版)/吉川弘文館

世界史年表・地図(2016年版)/吉川弘文館

山川 詳説世界史図録/山川出版社
これのどれか、ちょっと忘れたので適当に載せときました。


「リベラル」がうさんくさいのには理由がある/集英社

 そうそう橘玲さんの本、パラ見したっけか。集団自決の命令は出されていなかったという話で(勿論間接的な強制はあったんだけども)。本当の問題は当時の皇軍が国民を守らなかったこと。満州でも沖縄でも国民を守らなかったというのがポイント。だから沖縄の信頼をいつまで経っても得られないのだと。

 当時の戦争は軍部や一部の政治家が望んだものなどというのは虚妄に過ぎない。国民自身が利益になる戦争を望んだのはちょっと近現代史をかじってればわかること。その事実から目をそらして、虚妄の「軍の暴走」論に拘るから日本の「リベラル」はダメなんだ!というまあよくある話。

 戦争で美味しい思いをした(orしたい)国民は「皇軍が自分たちを守る」と信じていた。国際情勢を考えれば、沖縄はともかく満州へ行けばどうなるか最悪の事態がありうるのは当然の話。自業自得感を覚えるが、まあ当時の苦しい生活を考えればそういう思想になるのもやむなしなのかも。

 散々えばっていた&美味しい思いをしていた軍部が、自分達の期待に応えられなければテノヒラクルーは当然。「リベラル」の戦前・軍部叩きというのはその怨念に支えられているのだろう。そして今、その「リベラル」が叩かれているのも同じ。彼らの説く理想が今現在何の恩恵も与えてないからでしょうね。

 まあ、何の恩恵も与えていないは流石に言い過ぎになるんでしょうけど。知らないとこで今こうなっているのは、知り得ない誰かの努力の結果というのはザラですし。一番のポイントは労働問題など、雇用環境で大衆の生活を向上させられなかったことでしょうね。大衆が最も敏感な所は目先の金ですから。

*1:筍子』読み終わったらさっさと他の古典に手をつけろという話。いつになったら読むんですかねぇ…。