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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

【事典】古代の発明 著ジェームズ,ピーター&ソープ,ニック

 

事典 古代の発明―文化・生活・技術/東洋書林

今回はこれを読んだメモです。

 昔書いた石井仁著『曹操』をブログ移すので読み返していたら&頂いたコメ見ていたら、曹節の存在が凄い気になってきた。車騎将軍待遇だったり、渤海王劉悝殺したり、曹騰みたいな西北の列将と繋がってたのかしら?蹇碩なんか、その武人系宦官として彼の後継者ですもんね。

 渤海・鉅鹿・魏、結局冀州を治めることがポイント・課題だと認識していたのは袁紹曹操に共通すること。んで、もう一つの課題である辺境、西方を抑えるというのが出てくるわけで、曹爽の実権掌握・遠征失敗も司馬懿のクーデターも西方問題対処の一つの帰結なんですかね。

 ーとすると晋の新政権には涼州并州系の人材が主体となっているのかな~、董卓系の流れかなと思うが、まあ袁術系よね。袁術系と言えるか微妙か?楊氏なんか考えると、中心になったのは弘農辺りなんかねぇ?確か危機においては、臨時の首都機能とかあったっけ弘農?まあ、そんなことを書いても、調べる気ないから詮ないことなんでやめる。*1

 と、まあそんな関係ない話はさておいて『【事典】古代の発明』のメモを。

【医療】
 中国では紀元前2世紀までに中央政府が医者組織を雇っていた。大都市限定だったが、1世紀までに全国規模に広がった。493年までに帝国大学に医学教授がいたと。

 蒼天航路だと、医者=方技で地位が低かったってあって、なんとなくそんなイメージで捉えていたけど、そんなに医者の地位低くなかったんじゃないかな?民間の占いと易経のそれが統治階級向けで違うように、レベルの差があって、高官クラスの医者は普通に地位が高かったんじゃないかな?

 高祖劉邦なのか武帝なのかわからないが、統一によって生まれる伝染病拡大のリスクに対処する必要性に気づいたんでしょうね、医療に力入れたのは。秦がそれを怠って―の流れなら秦の崩壊と漢の成功の説明つけやすいのでいいんですけどね。王莽も干ばつ・蝗害対策に臨時の病院を作ったと。

 古代ヒンドゥーで外科手術が行われていた。感染症のおそれがある腸を縫うという手術で、なんとベンガルシロアリというアリを利用することでまかなっていた!アリを傷口に並べて、アリが噛み付く力を利用して傷を塞ぐ。アリの胴を切り取って縫合すればアリの頭部は自然に溶けてなくなると。へぇ~。

 二世紀にはギリシア人ガレノスによって白内障の手術がなされていた。古代バビロニアには「ナッカプトゥの切開」というものがあって、これも白内障の手術では?と考えられている。いずれにせよ、医者が自由民・貴族の目の治療をした場合の法(報償・処罰規定)が残っているので、手術をしていたのは間違いないとのこと。

 古代インドには形成手術で額の皮膚を利用して鼻の再生手術があった。耳たぶを伸ばすという習慣があって、それゆえに形成手術が発達したとか。開頭術は古代で既に行われていたことで有名なので、省略。麻酔として有名な麻沸散はおそらくマンダラゲ(チョウセンアサガオ)だろうと。

 全然関係ないコラムの解説の話なんですが、荊軻の解説があるんだけど、名前の読みJing Keが、チン・コって訳されていて草不可避なんですが、これ大丈夫なのかな(笑)。刺客として始皇帝の下に遣わされたチンコはその匕首始皇帝の喉元に突きつけた!始皇帝はチンコの一撃を素早く躱す!―とか違う話になっちゃうけど大丈夫なんですかね。(^ ^;)

【テクノロジー】
 今から2000年前にアレクサンドリアに天才発明家ヘロンがいた。機械人形とか、機械仕掛けの歌う鳥とか、からくりサーカスに出てきそうな話ですね。藤田先生知らなかったのかな?神殿でコインを入れると洗う水が出る自動販売機や、祭壇に火をつけると気圧で開く自動ドアを考えたとか凄いですね。

 ヘロンは風力を利用することも考えていたが、ローマ人はそのアイデアを知っていても利用しなかった。おそらく十分な水力に恵まれていたため。利用されたのは十分な水力が利用できないイスラム世界であった。小麦製粉機のために風車が作られた。二代目カリフのウマルはイラン人の風車に重税を課したと。

 水車はミトリダテス王国に出てくるのが初出だが、おそらくもっと前から存在した。中国では32年杜詩が溶鉱炉の鞴(ふいご)を動かす装置を発明している。ユニークなのはビザンツのベリサリウス将軍が536年に作った船の水車。ティベル川が巨大なためにゴート人の妨害を防ぐことが出来たと。

 10世紀の150万人擁する巨大都市バグダードの食糧を賄ったのも、チグリス川・ユーフラテス川にあった船の製粉機であり、一日に10トンの生産量を維持した。

 ヘロンや古代ギリシア・ローマの他の研究者達は、蒸気の力を利用できることに気づいていたが、発明は進まなかった。それは当時の経済・社会が奴隷によって成立しており、彼らの存在価値を奪うことになるからだった。作業を楽にこなせる刈り取り機がローマで禁止され、1313年の中国でも手押し式の刈り取り機が禁じられた。機械化が小作人の失業をもたらすことになるからであった。前近代では「変化は悪」であったと。

 ➖である以上、テクノロジーが停滞するのは必然なわけですな。伝統主義・「永遠の昨日」という世界ってことでしょうね。

 9世紀にヘロンの後継者バグダードのムーサー三兄弟が現れる。機械仕掛けの王の行楽地を作ったとか。シンドバッドに出てくるのはこの現実の裏付けがちゃんとあるものだと。

【戦術や兵器など】
 紀元前9世紀にアッシリア人は装備したまま川を渡れるようにふくらんだ動物の皮を装備した。こんなもので渡河が出来たとは驚きですな。動物の皮の中に空気でも入れて浮力を利用したんですかね?

 中国では13世紀に地雷、14世紀に機雷があった。戦利品と見せかけて旗や槍を抜くと爆発する仕掛け。機雷は雄牛の膀胱で作って、導火線に火を付けて用いたと。

 全身を鉄製の鱗札鎧で覆った初出も同時期のアッシリア。中国では9世紀に紙製の鎧を用いたとか。紙を重ねることで矢を通さなかったと。フィクションに格好のネタですね。12世紀に帰順した海賊が紙製の鎧を供出した記録もある。石弓の発達により貫通力が増したことで、この紙の鎧は通用しなくなったと。

 1127年、南宋で車を鉄板の鎧で囲んで用いることで、タタール人の騎兵隊の侵入を防ぐということが行われた。モンゴルはこの戦法を用いなかったが、このアイデアがモンゴル人の侵入で東欧に伝わった。宗教改革運動でフスが火炙りにあった時、首謀者ジシュカはこの鉄の車でドイツ軍に長年対抗出来た。南宋→モンゴル→欧州で防御技術・戦法によって欧州的多様性に一躍買ったとすると面白い話ですね。

 フィリップ二世・息子アレキサンダー大王の巨大な弩の開発によって(元ネタはアルキメデス?)、攻城サイド有利になり、守る側は城壁の厚さ・堀などを以前より強化しなければならなくなったと。ローマは弩を、中国は石弓を発達させた。ローマは比較的小さい弩を車輪に乗せて柔軟に戦場で使えるようにした。

 孫子に既に石弓は見えている。BC209年に石弓の射手5万人、BC157年に50万の石弓の記録がある。水平と垂直に細い針金を用いてグリッド照準(よくわからん)で的を狙ったもので、命中精度を高めた。組み立ての大量生産とあるので、生産力の低下で石弓&射手を賄えなくなったのかな、やはり。

 当然マシンガンのように連射をしたいわけだがなかなかうまくいかなかったようだ。100年頃、アレクサンドリアのディオニシュオスは連射可能なものを発明するも一度連射すると照準を変えられなかった。11~12世紀に中国人が15秒で2000本射ったと。宋=鉄だし、やっぱり石弓という兵器は生産力が関係してるのかな?

 火炎放射器といえばギリシャ火だが、実はペロポネソス戦争でも使用されている。BC424年デリオン包囲攻撃で城壁の一部が木製だったため、炭・硫黄・ピッチで火を付けて送風機で原始的なバーナーを作ったとか。900年頃、中国人が複動式ピストンの送風機を上手く利用して戦場で用いていた。

 南唐でいいのかな?975年揚子江の海戦で、宋軍に対し司令官朱は火炎放射器を用いて相手にダメージを与えるも、突如風向きが反転し自軍15万を燃え尽くしてしまったとか。10世紀の終わり頃には槍の先に石油燃料の筒を結んで、5分間火を噴く「火槍」を使って、それで遊牧民を撃退していたと。

 キングダムで戦車が出てきましたが、あんな感じで14世紀には動く火炎砲台を用いて敵陣を混乱させて、操作者以外は混乱する兵士を剣で斬りつけていたと。大砲の登場で真っ先に狙われるようになったのでこの戦術は無効化された。BC4世紀に攻城戦で穴掘りに毒ガスで対抗した記録があると書かれているが、他には毒ガスの事例は存在しないのかな?

【動物などの利用】
 通信といえば世界中で鳩を利用した通信が有名だが、中国は商業だけでなぜか諜報網には使わなかった。世界初の小包郵便は伝書鳩によるサクランボ。975~996年に北アフリカのカリフアジーズが鳩の脚に小さな袋を付けて600羽飛ばした。その鳩達がサクランボを無事カイロに持って帰ってきたとか。

 これ、そういえば楊貴妃がライチが好物で、楊貴妃のために早馬を使ってライチをとってこさせたっていうエピソードがあったっけ。もし鳩を使ってより新鮮なライチを届けさせていれば、中国のほうが世界一速い小包郵便だったろうにね。惜しい!(笑)。

 漢代に、自然の物を利用したもの殺虫剤が広く使われていた。収穫前に撒いて虫が寄り付かないようにしたり、ランプで害虫をおびき寄せたりしていたと。また害虫対策にアリ・蛙なども利用されていたとか。

 当時の中国では、孝・有徳者は超常的な力を発揮するとされていた。優れた人は日照りを解消して雨を降らせたり、虫害を防いだりという伝説は枚挙に暇がないわけだが、このような超常的なエピソードを持つ人物は単純にこういった農業・農薬(天候なども)に精通していたということが考えられますね。

【習俗】
 43年ブリタニア征服以降、ブリタニアで流行っていた刺青がローマに広まる。コンスタンティヌスが異教徒の習俗だとして禁止するまで続いた。完全に廃れたわけではないのは、ヘースティングスの戦いでイギリスの王ハロルド二世が、その入れ墨故に本人だと発覚した事例があることからもわかる。ちなみに胸元に愛人の名前が彫ってあったと。入れ墨は18世紀頃極東・太平洋の優れた技術を目にして再び復活した。

 中国では石鹸豆(サイチクの豆)を使って洗っていた。石鹸と同じサポニンという成分を含んでいる。石鹸より強くなく、石鹸で絹を洗うと痛めてしまうがこれだと絹を痛めなかった。

 ローマ人は紀元前300年くらいに髭剃りの習慣を取り入れたが、ハドリアヌス帝の頃再び生やすようになった。なんでこの頃また生やすようになったのでしょう?遊牧的な影響なのかな?

 21歳になると初めてヒゲを剃り、それを記念してパーティーを開いた。この時女性が贈り物をしたとか。記念に大事に保管することもあったと。成人式とか髷結いみたいな感覚ですかね?床屋・カミソリの技術で手早く・うまくヒゲを剃れなかったようで、それが不評で全員が髭を剃ったわけではなかった。

 ちなみに仏ルイ7世は司教に頭を刈って髭を剃ることを命じられ、女王エレオノールは髭無しのマヌケヅラに耐えられないと反対。結果離婚。エレオノールはアンジュー伯・後の英王ヘンリー二世と再婚し、持参金として仏のボワトゥーとギュイエンヌ地方を持って行ったため、百年戦争のきっかけとなったと。

 中国では古くから氷を利用して食物を保存していた。紀元前4世紀の周で既に氷専門のスタッフがいた。紀元前7世紀の貯氷庫の遺物が発掘されており、文献からももっと前から利用された可能性は高い。始皇帝のそれは地下に43フィート≒13メートル掘って陶で周りを覆って、そこで氷を保存していた。

【性愛】
 アテネ・スパルタなどギリシャでは同性愛は教育上好ましいと考えられていた。スパルタでは年長者の精液を受けることでその強さが引き継がれると考えていた。テーベの神聖部隊も同性愛者のペアから構成されており、カイロネイアの戦いで300名の部隊が全滅するまで勝利し続けた。

 スパルタは少年少女を別々にして教育して晩婚を奨励していたので、当然その間女性同士で性的関係を持つのが当たり前だったと。男女七歳にして席を同じうせず(意味深)ですね。クレタは人口抑制の観点から同性愛を意識的に奨励した。

 漢王朝で、1(正妻)・3(以下妾)・9・27・81の数の順で後宮に階級的な序列を形成したとあるが、これ漢の時代だったっけか?順番が来た時は銀の指輪をはめて、終わったら右手から左手にはめ代えた。同性愛や性表現に開放的な一面もあったとあるが、どういうことを意味するんだろうか?

 バビロニアでは神殿で売春が行われ、女性は一生に一度アフロディテの神殿で売春をしなければならなかった。女性に拒否権はなく、その時女性は女神となって男と交わるのだと。西暦1世紀のローマには売春宿が32000程登録されていた。

 宋では、売春を行うところは酒屋で赤提灯が目印だった。宋以前に売春宿がなかったわけではなく、これは同じく酒屋で行われていたと考えるべきでしょうね。巫・卜同様、やはり侠が売春を取り仕切ってその売上を管理していたと考えるのが自然でしょう。劉邦も売春の元締め役やってたかも

 古代中国では睾丸嚢に小さいベルを縫い込むという習慣があったと書かれているが、これは本当なのだろうか…?宦官が初めて役人として用いられたのはアッシリア。まあ宦官が古くから用いられていたのは有名ですが、リディアで去勢女子が好まれたというのは聞いたことあったっけか?どうだったかな。

 9世紀の中世アラビア語文書には去勢男子が歌手・ダンサー・売春婦として働いていたとある。古代宗教キュベレーの信奉者は公然と去勢をしてローマ市民を恐れさせた。驚くべきことに街中を聖歌を歌いながらシンバルをかき鳴らして練り歩き、自分達に反対する者の家に去勢したそれを窓から投げ込んだ!と。ものすごい社会不安を煽る集団ですね。

 売春婦の格好をしたローマ皇帝エラガバルス。実際に男性相手に売春したとされている。彼は膣が欲しいとそういう手術を行ったとか。おそらく両性具有の神になろうとしたんでしょうね。夏の別荘に雪を持ってこさせて、雪の山作って空調としたとかキャラが立っていて非常に魅力的ですね、彼。昔気になって調べようとしたんですけど、なかなかいい文献がなかった気がします。今誰か調べている人いないかな〜。

 ギリシャでは女性が自慰をする張り型が古くからあった。紀元前5世紀には陶器・壺にそういう絵が描かれている。同性愛が盛んであれば、そういうものが求められるのは必然か。事故対策として溶けやすいパンで作られた張り型があったと。そういやレスリングも同性愛の入り口としての側面があったんだっけ。

 避妊―イギリスのチャールズ二世が女遊びが激しく、非嫡出子をあまりにも多く作ったので、侍医か廷臣のコンドーム博士が名前の由来と考えられている。コンドーム自体はもっと前から存在して、動物の腸から作ったものを用いていたとか。また避妊法として、羊毛の詰め物をしたり、薬で冷やして子宮の開口部を開かないようにしたというものもあったようだ。

 イブン・バットゥータモルジブ諸島で魚とココナッツ料理に媚薬効果があることを記している。妾と四人の妻と毎日交わって毎晩彼女たちを満足させた。その生活を1年半過ごしたと記されている。よし、爆発しろ。

【生活】
 ヴァイキングは鯨の骨で作った台でアイロンがけをしていた。戦闘の前にキッチリとアイロンがけをして整えてから挑んでいたとすると非常に面白い話。民族誌によると、愛する女性に求婚の証として贈ったらしい(自分の大事な戦闘服にアイロンかけさせるのはお前だけだ的な意味合いでしょうか?)。女性の墓からしかこれは出土しない。

 ローマではヘロンが設計した消防車を使っていた。奴隷が消防活動を行っていたために、能率は悪かった。クラッススは消防活動を事業として利用し、火事があれば燃えている家を買い取る交渉をして、相手が拒否すれば消防隊を引っ込めるという悪行をしていた。アウグストゥスがウィギレスという消防団を作った。これは解放奴隷7000名からなり、6年勤めると市民権が貰えた。後にこの仕事に名誉が備わって自由民も就くことに。唯一の大災害はネロの大火だけ。ローマの地方ではこのような組織は存在しなかった。それはこのような組織が政治クラブと化して属州統治の妨げになる実例が存在したため。まあ警察が腐敗化して手に負えなくなるようなものですな。

【スポーツ】
 ゴルフの起源は中世オランダのKolvenだと考えられているが、なんと一番早いのは中国。男塾の呉竜府は実在したわけですな(笑)。球玩(チウワン)という名前で宋の時、兵士に人気があった遊びで皇帝もプレーした。起源のオランダのそれよりも現代のゴルフに近いとか。

 世界最古のスポーツは、紀元前1000年のメキシコ、オルメカ人によるもの。コート内に投げ入れられたボールをチームで肘・尻・脚を使ってパスをしあってコートの側面にある輪に入れる。コートの反対側に出してしまうと失点、チーム同士の対戦か?よくわからない。頭・胸NGの肘ありサッカーみたいなものなのだろうか?勝ったチームは観客席に乱入して追い剥ぎをするという宗教的要素を多分に含んだ物だったとか面白いですな。


※おまけとして書くかどうか迷いましたが一応。バビロニアの時、既に電池があった。電気魚の代わりに局部麻酔に利用したとか、金メッキのために利用したと考えられている。*2

 カエサルのガリア遠征でガリアの部族が狼煙や手旗信号ではなく、男塾みたいに声で通信をしたという記録がある。一五〇マイル≒二四〇キロを一晩かからなかったとか。遊牧の情報通信として面白い実例ですね。一応メモ。

*1:そういえば、梁商・梁冀の粱氏による外戚政権、外戚の継承という異常な形も東への権力奪還阻止とみなせますね。そういうせっぱつまった背景を解き明かすことがポイントかな

*2:とのことですが、アマゾンのレビューにおいてそんなことは技術上ありえない。発掘されたのも一例だけで今の所証拠に乏しすぎるとの指摘がありますね