てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

日馬富士暴行事件の解説④ 理事・理事長選挙から見る貴乃花親方。貴乃花改革は必ず失敗する<後編>

長すぎるので分割しました。前編はこちらで、今回は後編です。

八角理事長代行VS貴乃花の代行昇格選挙と理事長選挙での二連敗
 北の湖体制を引き継ぐ北の湖派の貴乃花親方は何故、2016年の理事長選挙で勝つことができなかったのか?これまで北の湖体制が存続できたのは、最大一門の出羽海出身であるからこそ。理事長になるための票・理事の支持を集めやすかったから。しかし、同じ一門の北の湖なら支持も出来ても、若い貴乃花親方を支持する義理もなければメリットもない。まして北の湖体制の利権問題が噴出したとなればなおさら。八角VS貴乃花で、貴乃花が敗れるのは当然すぎる結果であるといえるでしょう。

 2015年12月の代行昇格選挙では、6VS5とギリギリの僅差の勝負であったわけですが、16年3月の理事長選挙では6VS2の大差がつく結果となりました。貴乃花親方はなぜ惨敗したのか?
 八角理事長は、理事長になるキーである最大派閥出羽海一門の支持を取り付け、出羽海一門の理事3票を確保したのが大きかったと言われています。貴乃花親方の票は僅か2票で、彼に入れたのは出羽海で北の湖の遺言を重視する=北の湖体制直系の山響親方*1。そしてもう一人はなんと、今回の事件の中心人物の一人である伊勢ヶ濱親方。そのたった二人の支持・2票しか、貴乃花親方は確保できなかったわけです。貴乃花親方とは対照的に広く支持を集めた八角理事長との違いは一体何なのでしょうか?

八角理事長の勝利は年功序列の論理と貴乃花親方のキャリア・経験不足
 そもそもですが、八角親方貴乃花親方というような能力・資質の問題で、八角理事長が支持されたわけではありません。このような組織では年功序列や年次が絶対。官僚組織ほど年次が重要な要素にはならないでしょうけども、年長者からトップを順番に努めていくという論理が働くのは当然。

 北の湖理事長の時、ナンバー2としてサポートしていた八角親方が理事長としてスライドしたのなら、それをそのまま支えようとなるのが自然な流れ。理事長に就くふさわしい年齢で九重親方のような現役時代に突出していた存在が居たのならまだしも、他にいない。この時点で八角理事長の対抗馬になりうる存在はそもそも居ないのです。
 現役時代の実績もあるし、貴乃花親方でいいのでは?と思う人も少なからずいるかと思いますが、ナンバー2の事業部長を経験していない=トップに上り詰めるまでのキャリアが足りていない。そして年齢が若い・若造であるという二つの点でありえないのです。

貴乃花理事長があり得るとしたら実績・実力・将来性
 絶対的な年功序列の世界で、貴乃花のようなキャリアの足りない若手が理事長に選ばれる可能性は殆どゼロに近いくらいありえません。しかしもちろん、可能性はゼロではありません。その少ない可能性からトップに上り詰めるには周囲を納得させるだけの実力が必要。
 年齢の若さ、キャリア・ポスト経験不足という不利な条件をひっくり返してトップに上り詰める他には、抜擢するだけの前例のない目をみはるような異次元の功績が必要になります。または、トップになれば間違いなく実績を上げてくれるというような確実な保証ですね。しかし言うまでもなく、貴乃花親方にそのような実績・将来性があるわけでもない。

貴乃花のオリジナル人脈、盟友・参謀の欠如。貴乃花ブレーン・スタッフなき理事長選挙
 北の湖体制の疑問符がついた人物を辞めさせることに強烈に反対したと言われていますが、そういうお下がりブレーンをそのまま継続しようという発想からしてもまずありえないでしょうね。今後の角界を任せたい有望な若いニューリーダーならば、いろんな業界にコネを築いて、自分で参謀・ブレーンになる優秀な人材を外から連れてくるもの。そういう独自のパイプからブレーンも連れて来ていない時点で、「今重大な危機において、変革のために彼を抜擢した方がいいのではないか?」と内部から声を上げる人がいるはずもないのです。

■相撲理事会は事前調整の世界、星=票の貸し借りの世界。その慣例を無視して反感を買う貴乃花
 これまでの理事選出の歴史を振り返ってみても、そもそも理事選挙自体が行われてこなかったという経緯があります。理事が親方らの相互投票で決まる。しかもこれまで殆ど、理事選挙がなかったことからもわかるように、事前の調整で誰が選出されるか決まる世界。
 それでこれまで何の問題もなかったことでわかるように、親方・一門内部の力学で誰を選出するか、事前調整することで物事を決めてきた・そうやって上手くやってきた。そういう世界で事前調整を無視して理事に立候補するということは業界内の慣習を破ることであり、無礼者・無法者として周囲の人間の目に映ります。
 貴乃花親方は既存の秩序に挑戦している・喧嘩を売っているわけですね。慣例破りで周りからナマイキなやつだと思われているところに、さらなる慣例破りで理事長選に立候補するというのは、業界の人間からするとトンデモナイ行為に映ります。
 貴乃花親方が理事長選挙に挑むこと自体がありえないという話をしましたが、その暴挙に出たのは、北の湖派・利権が潰されるという危機感だけでなく、ナンバー2に尾車親方が選ばれたからだという指摘を見たことがあります。彼は、貴乃花が一門を割った二所ノ関一門の人間であり、常識外れの貴乃花の離脱&理事立候補に腹を立てた。反貴ノ花の一人と言われます。そういう人間が自分の上に置かれたことも、八角新体制に納得がいかなかった一因なのでしょう。

■改革をしたいがあまりに周囲の親方のヘイトを買う
 相撲協会を根本的に一から改革をする必要がある。そういう危機感を抱く人は少なくないでしょう。それ故に、現役時代他の力士と比べ物にならない実績を持っていて、いずれ間違いなく理事長になる貴乃花親方にシンパシーを抱いている親方も少なくないでしょう。
 しかし、彼が、通常の昇進ステップをすっとばして出世しようとするということは、それだけ本来理事や理事長になれる人を蹴落とすということでもあります。それだけ他人の椅子を奪う、出世ポスト・地位名誉・給与を奪う。そういうことにあまりにも鈍感すぎるのですね、彼は。
 件のナンバー2尾車事業部長も、まさにそのことで反貴乃花派になっているわけですからね。貴乃花が理事のイスを一つ奪うことで、本来理事になるはずの親方が何人か理事になれなかった。ちょっと記憶が定かではありませんが、確か彼自身もそれで一度理事の立候補を諦めていたかと思います。このように数多くの親方からの恨みを買っているわけですね。
 実際の土俵、相撲では勝つか負けるかの実力競争・ウイナーテイクスオールの世界で、勝者こそ正義。勝者が全ての地位も名誉もお金もかっさらっていくというやり方で誰も文句を挟むことはありません。事前にルールが明らかにされていて、それに伴う実力競争をして、他人を蹴落としていいことになっていますから。負けた側が、「何お前、本気出して勝ちに行っているんだ。何勝ってるんだよ、空気読めよ!」ということにはなりません。
 しかし、協会運営・経営という領域においては、一つの法人内部の人事においては、実力競争の論理を貫いてはいけない。土俵外の世界で土俵の論理で組織を動かそうとしてはいけないのです。
*2
 かといって、何にもせずちんたら定例昇進を待っているわけにも行きませんから、勝負に出ることは必要です。改革を実行しようとする以上、衝突をゼロには出来ませんからね。しかし問題なのは、ぶつかってしまったあとのケア・配慮。自分が勝つことで蹴落とした相手に気を遣うことです。彼にはそれがまるでない。
 おそらく土俵の論理を理事選挙や理事長選挙に持ち込んでいるのだと思いますけど、土俵とは違って政治は勝負のあとにももう一つ勝負がある。戦いをいかに収めるか、敗者をどう扱うかというポイントが有る。敗者を無視して敵にしてしまうか、味方に取り込めるか非常に重要なポイントなのに、そういうことがわかっていない。敗者へのケアや戦後処理をやっていないわけですね。
 理事選挙・理事長選挙というのは票の回しあい、星の回し合いの世界です。そういう世界に星の回し合い・「注射」をやってこなかった貴乃花が、「注射」で横綱に上り詰めた八角理事長に敗れるのは当然でしょうね。土俵の上なら、相手に配慮して星を回してやる必要もないですが、土俵の外・相撲協会という組織に入ったらそれをしなくてはならない。現実世界でお互い様の感覚で配慮をし合うということが出来ないガチンコ組織人・ガチンコ理事である以上、貴乃花が成功する目は限りなく少ないと言っていいでしょう。
 勝負に勝ったら勝ったで取るべき対応があり、負けたら負けたで取るべき対応・戦後処理がある。彼はそういう常識・当たり前のことが出来ない。相撲協会のゴタゴタを巡って、我々はこのことをしっかり抑えてなければならないでしょう。

■あり得ない貴乃花の理事長選挙出馬
 では、変革が必要なら、貴乃花親方の出馬も実力主義に基づくものであって、いいのでは?変革が必要な相撲協会にとって理にかなっているのでは?と思われるでしょう。危機においては、抜擢をせよという組織の絶対的な原則を度々指摘してきましたので、その法則にかなっているのでは?と思う方も居るでしょう。しかし、彼自身の出馬であることと、代行理事の昇格選挙の直後であるという二点を持ってありえないことだといえます。
 先述通り、貴乃花親方は実力を示していない。そういう人物が「私が理事長になれば、相撲協会が見事に改革される!」なんて言っても周囲は納得するはずがない。いきなり理事長になるほどの人物ではない。
 であるならば、貴乃花親方がすべきことは将来の理事長の時を見据えて、自身の補佐をしてくれるナンバー2・ナンバー3になる有能な人物を引き上げること。貴乃花親方と同世代もしくは下の優秀な人物を押し上げなくてはならない(自派閥の拡大につながるならもちろん上の世代の人物でも可です)。貴乃花親方流のかち上げエルボーならぬ、押し上げで改革の盟友を出世させる。こうやって将来の改革の布石を着々と撃たなくてはならないのに、自分自身が理事長選に立候補するという暴挙。
 ただでさえ優秀なリーダーとしての要素が見られないのに、こういうことをしていては、こんな人物支持できないとなるのも当然でしょう。自分が優秀でなくても、お飾りの神輿としてトップにあって、自分の代わりに外から連れてきた優秀なナンバー2・3に任せて改革を進めるというやり方もあります。言うまでもなくそういうこともしていない。「俺がやるから、だまって俺について来い」という姿勢しか見えない。そんな人物に組織の命運を託す、若き新リーダーとして抜擢する事はありえません。

■理事長代行の昇格選挙後の出馬は体制の否定・八角理事長への侮辱に近い反逆
 代行昇格選挙では僅差だったので、もう一度理事長選挙をすれば勝てる!と考えたのかもしれませんが、それはどう考えてもありえないことです。一度昇格選挙を挟んだという時点で、もう理事長選挙をやったと同じこと。僅差であろうが大差であろうが、八角理事長で行くという結果が出た以上、八角理事長がトップの資質に欠ける愚行をしでかしたわけでもない限り、協会内部で物凄い反発が起こったわけでもない限り、直後に再び理事長選挙に挑むということはありえない。
 各派閥の力学調整を重視する組織で、慣例のない短期間でのトップの変更(事実上の更迭)はありえないし、それを意味する立候補で挑戦すること自体がありえない。貴乃花親方が勝てば、八角理事長を蹴落とすことになる。正式にトップに就任して日が浅い理事長を蹴落とす=無能だと周囲に知らしめることですから、そういうことをして八角理事長の面子を潰すはずがない。また、相撲協会の人材のなさと組織としての安定性のなさを天下に知らしめることでもあるので、そんなことが起こるはずないのです。体面を重視する他の理事・親方がそんな判断するわけがない。

 八角理事長が大差で勝つことは自明の理ですし、貴乃花親方が負けることもまた当然。そういう負ける戦いに無謀に突っ込んでいく姿勢は正直トップ・次期リーダーとしての資質があるとは思えません。

■100%勝つ目処がない限り理事長選挙に挑むことはありえない
 北の湖理事長は最大派閥出羽海一門であり、その支持を受けてトップであり続けられましたが、貴乃花親方・貴乃花一門は少数派閥。その貴乃花親方が理事長選挙に立候補したということは、2016年1月の理事改選選挙で選ばれた新理事達の過半数の支持を得ている。最も有力なシナリオは、北の湖体制を引き継いで出羽海一門の理事からの票を固めているパターン。
 しかし結果はその新理事達の支持を得られなかった。きちんと根回しをして票を固められる能力がないことを白日の下に晒してしまった。タブーの理事長選に挑んだ以上、絶対勝たなくてはならない。僅差の敗北ならともかく、大敗ですから「この人は一体何を考えていたんだ…?」と周囲からその才覚を疑われてしまう。
 過去の理事選で奇跡の勝利を果たしただけあって、そういうウルトラCがあると誰もが思う。しかし結果は惨敗。じゃあ、そもそもなぜ立候補したのか?理解できません。新理事長貴乃花が、票を回してくれた出羽海一門の理事にこれまで通り利権を渡すとか、彼らをたらしこんでいなかったのか?だからこそ理事長選に打って出たのではないのか?

■無謀な戦いに打って出で自身の評価を下げた貴乃花
 敗軍の将となれば、改革者としての実力・資質を疑われてしまう。敗北を見て、この人はだめな指揮官だ。戦をする上で統率能力・作戦立案能力がないという評判が一度立ってしまえば次の戦いは更に難しくなる。貴乃花親方を支持しようというハードルがぐっと上がってしまう。
 何故そんな戦いに突っ走っていったのか、周囲を納得させる説明責任が存在するレベルです。しかし、彼はそういうこともしていない。実力以外にも説明・発信能力、この点でも疑問符がこの時点でついてしまいました。何より数少ない貴乃花を支持してくれた親方や、票を入れてくれた理事の二人に「私の力が至らないばかり惨敗してしまいました。せっかく支援していただいたのに申し訳ありません」とお詫び・謝罪行脚しないといけない。実際の国政選挙と同じですね。そういう当たり前のことをしていない、わかっていない。

■政治力学を無視した身勝手な行動を取る貴乃花親方の改革が成功することはない
 ここまで読まれた方は、反貴乃花派で親相撲協会派だからこういう文章を書いているんだろうと思った方もいるかもしれません。もちろん趣旨は相撲協会が正しく、貴乃花が間違っているというものではなく、第一回から述べているように相撲協会というのは腐朽組織。前近代的な組織であって、通常の企業のような当たり前の組織論理が働かない世界。であるならば、そのような組織を改革するのに通常の手段・方法でうまくいくはずがない。そのような組織・世界に合わせた妙手が必要になる。適切な改革方法を熟知して、着々とそのプロセスを積み上げていかなければ改革などできっこない。
 貴乃花親方はそういう方法を明らかに無視して身勝手に動いている。自分の勝手な理屈で動いているんですね。ですから自ずと貴乃花改革は失敗すると主張しているのです。

■大改革には飛び抜けた力が必要。貴乃花親方にはそれもない
 そもそもですが、改革をするリーダーはとてつもない実力が要求される。ダイナミックな改革・変革は力なしでは不可能。権力≒人事権だったり、金や軍事力といったハードパワーの裏付けなき改革など無謀・無意味というのは歴史が示す所。流石に暴力で脅して票を集めるなんてことは無理ですから(笑)、この場合これまでのように実弾・金をばらまくのがセオリーでしょう。
 若くしてトップに立って抜本的な改革をするのならば、年上の親方衆をたらしこんで、味方につけるしかない。金をばらまくなり何なりして、美味しい思いをさせる。今後もあなたにとってメリットが有るようにすると約束して、自分の味方にしなければいけない。にも関わらず、そういうことをしていない。
 「貴乃花親方は金に汚いダーティーな人物だ。某親方衆に数千万配って~とか、A関係から多額の資金を集めて~」とか、そういう話が聞こえてこない。前述の相撲協会関係の裏金くらいしかない。協会内の利権、トップについて得られる収入をどうこうするなんていうケチくさいお金・金額では相撲協会の理事の過半数の支持を固めて理事長になるなんてまずむりでしょう。

■勝ち目がない戦いならば次を待つべき
 事前に勝ち目がないとわかったら、もう降りないといけない。戦おうという意志を示す事自体は悪くないですが、情勢次第では勝てない事があるのですから、それを踏まえていつでも戦から撤退できるようにしておかないといけない。
 今回はもう新理事との交渉段階で、事前に勝てないだろうという算段がついたのですから、絶対に降りないといけない。理事長選挙に立候補して、ひょっとしたら危ないかも…と八角理事長らをヒヤヒヤさせながら、急転直下出馬を取りやめて忠誠を誓う。直前に八角理事長と話し合いでもして、八角理事長の主張が正しいとわかりましたと。自己主張を引っ込めないといけない。そうやって現執行部への恭順姿勢を示すべき。
 勝ち目がない戦いならば、一旦引いて次を待つしかない。来るべき決戦に備えて、自己の足元を固めるように雌伏の時を過ごす。八角理事長を立てる姿勢を示して、中から八角理事長派をたらしこむ、切り崩していく。それ以外にない。

■無謀な戦いの結果、出世ルートから外れ、トップの地位に就く予定が遅くなってしまった貴乃花
 代行昇格選挙の際には、北の湖体制・貴乃花派の小林・宗像両氏が追放されたとは言え、貴乃花親方はナンバー3の審判部長にとどまることが出来た。この人事を見れば、貴乃花親方は冷遇されてなどなかった。順当に行けばそれこそ5年~10年で事業部長という段階を踏んでトップに立てたでしょう。理事長選挙に挑まなければ、そのまま組織のナンバー3の地位を保てたでしょう。執行部にも留まれたでしょう。仮に留まれなくなるとしても、そういう降格人事には同情が集まって次に繋がったでしょう。
 ところが理事長選挙で無用の選挙を挟んでしまったことで、トップに就く道から遠回りすることになる巡業部長にワンランクポストを落してしまった。理事長選挙を挑むこと自体が組織の秩序を乱す蛮行ですから、大差で負けた貴乃花親方・反乱者に対して、八角理事長が降格扱いをするのも当然。これは「大馬鹿者、組織の論理を考えろ!頭を冷やして一から勉強し直してこい」というメッセージということでしょうね。一か八かの無謀な戦いに挑み、結果見事破れて出世ルートから後退してしまった。貴乃花親方というのはこういう人物なわけですね。次回、詳しく語りたいと思いますが、おそらく彼は自己の信念が唯一の行動基準であり、信念で行動する狂信者なんですね*3。事実と当為の区別がつかない非常に危険なタイプであるように思えます。

■トップに立つには親方衆の過半数の支持が必要である以上、親方衆の支持を得るのは至上命題
 先程、相撲協会の理事の過半数の支持を固めて理事長になるという話をしましたが、相撲協会の理事長になるには、理事長選挙で過半数の理事の支持を得る必要があります。理事は人数固定制ではなく可変で、大体10人位選出されます。で、親方の定員は105名で理事に選出される目安が親方からの10票。単純計算で理事長に選出されるには、10人の親方票×5人の理事で、50票固める必要があります(自分のシンパの外部理事を送り込んで1票とするなどの裏技もあるのでしょうけどね)。
 大雑把に見ても、50人近い親方が貴乃花親方を支持するようにしなくてはならない。親方衆の心をガッツリつかむように行動しなくてはならない。人たらしどころか、「親方たらし」貴乃花というあだ名が付くほど、一度貴乃花親方に会えばどんな親方でも一日で魅了されてしまうくらいにならないといけない。貴乃花親方支持者が年々、時間が経つに連れ増えていくという展開にしないといけない。しかし彼は自分の支持が増えていくような気配り・配慮をしていない。自分の信念に共鳴するものだけを相手にしている。

 政治の基本の一つとして、敵勢力を中立勢力に、中立勢力を味方勢力に、味方勢力を自己の信奉者・心酔者にすべしというものがあります。いかに自分の勢力を増やして支配を広げていくか?そのためにどうするのが最適なのか?ということから戦略を組み立てていくものだと思いますが、そういうものが彼にはない。何度も言うように、とにかく目先の戦いに全力で猪のように突っ込んでいってしまう。こんなことでどうやって、組織のトップに立つつもりなのか理解できません。

相撲協会の定款を見れば、ポイントは理事長より理事会。改革には理事会を制する理事の過半数確保が絶対条件
 最低でも50票必要と書きましたが、親方の過半数を自派閥で固められればそれでいいという訳にはいきません。というのは相撲協会定款の第6章役員及び会計監査人、第7章理事会のところを見ればわかるように、理事長というのは組織のトップといっても絶対的なトップではないのですね。相撲協会で一番権力を持っているのは理事会であり、理事長ではないのですね(第6章、26条・28条および第7章37条)。
 無論、組織のトップである以上、こういう組織では最終的に理事長の意向が大きな意味を持つのでしょうけど、基本的には理事会に最終決定権が存在する。理事長は理事会において議長の役割を務め、決議において可否同数の場合においてのみ、票を投じることが出来るとなっている(第7章、42条)。つまり理事長以外、半分は自派閥理事でなければならない。
 理事は10~15名とあるので、最小なら自分以外5人の理事・最大なら自分以外7名の理事を自派閥から輩出する必要性がある。外部理事1人で、残り14名を理事選挙となったとして105票を14で割った時、ちょうど7.5票計算になります。7人の理事を輩出するには7票×7なら50票行きませんが、最悪8票ならば56票。7票・8票当選が混合で53~54票必要というのが一番妥当な線だと思われます。いつでも選挙が出来る、いつでも安定して過半数貴乃花派で固めることが出来ると周囲に思わせるには、やはり60票=60人の親方の支持は確実にしておきたい所です(大改革を実現しようと言うなら安定多数が望ましいですからね。本当は3分の2位欲しい所なのですが、まあ最低ラインということで話を勧めます)。
 貴乃花派で安定多数・過半数を確保したとしても、第42条には特別の利害関係を有する理事は決議に参加できないとあります。そういうクレームが付いて理事会で承認が認められないリスクを考えると、過半数ではなお心もとない所がある。

 これまでそういう紛糾が起こることはあまりなかった。事前調整の世界で理事会の前に話は既に済んでいる。根回し済みだから問題にならないだろうとも言えるのですが、貴乃花理事はそういうことをこれまでやらなかった人物。そして敵を作ることを厭わなかった。とすると理事長についても、反貴乃花理事・中立=是々非々理事が理事会の半分を超える可能性が高い。となると理事会で貴乃花改革が反発されて拒否されるケースは十分考えられる。まあ、普通の組織でも最高意志決定機関において、重大な決議が過半数の支持を得られず通らなかったなんてことはよくある話ですけどね。
 それはともかくとして茨の道を選んだ貴乃花派にとっては、大改革を成し遂げようとする貴乃花派にとっては安定多数・絶対多数確保は至上命題なわけです。兎にも角にも理事長ポストさえ抑えてしまえば、こっちのもんだ!後は貴乃花理事長のやりたい放題だ!というわけには行かないのです。にもかかわらずそのための裏工作をしっかりやっていない。これを見れば、どう見ても将来失敗するとしか思えない。馬鹿じゃないのかと普通は思うところです。

■政争・権力闘争は敵対勢力を懐柔するか、殺すかの二者択一
 二所ノ関一門を飛び出して、関係が悪化するのは当たり前ですね。そこからどうやって関係修復するかは至上命題なわけです。「普通は一門をケンカ別れのような形で、後ろ足で砂をかけるようにしてでていったのに、尾車親方や二所ノ関親方から可愛がられているなんて、貴乃花親方は相当したたかでやり手だ。大したものだ」と言われるようにならなくてはならない。言うまでもなくそういうことをしていない。
 絶対妥協できない政敵となるのが明らかなのであれば、徹底的に潰さなくてはならない。現役時代度を越した「かわいがり」に腹を据えかねて兄弟子安芸乃島・高田川親方と仲が悪く、部屋を移籍するのに必要な書類に判を押さない。そのため移籍できない云々というトラブルが有り、貴乃花親方が二所ノ関一門を飛び出してようやく二所ノ関一門に復帰したという経緯があります。確実な政敵であり、反貴乃花派ですね。現役引退後理事長として大改革を行うつもりならば、そういう確執もぐっとこらえて水に流さなくてはいけない。私情に任せて喧嘩をして、政敵を作るなどリーダー・政治家・経営者として最低な行為です。

 どうしても許すことが出来ないというのならば、そういう人間は業界から抹殺しなくてはならない。反貴乃花勢力になる人間だと事前にわかっているのですから、徹底して相撲人として抹殺する、きっちり殺しておく。たらしこむこともせず、殺すこともせず、放置なんて言うのはあり得ない選択です。何を考えているのかわかりません。個人として告発しなくても、映像なり録音なり暴行の証拠をとっといて、第三者に流出&告発すれば簡単に業界から抹殺できるでしょうにね。
 同じく二所ノ関一門も解体吸収してしまうようにする。自派閥をでかくし、かつ政敵を潰す策を練って実行しないといけない。天に二つの太陽はない。折り合えない政敵だとわかったなら、どちらかが死ぬしかない。改革での抵抗勢力既得権益保有しているものとは、両雄並び立たずな論理を孕んでいるのですから、徹底して相手勢力を叩くべき。大改革をやる、戦いを辞さない!というのなら、権力を握るために権力闘争の鬼にならないといけない。土俵の外で鬼と仏を見事巧みに使い分けないといけない。貴乃花の行動は改革を実行する上で、その鬼と仏の顔の一貫性がないのです。
  モンゴル互助会は政敵であり、今回の事件はその鬼の顔を見せただけではないの?と思われる人がいるでしょうが、それはありえません。日馬富士白鵬などモンゴル勢に対して政敵認定で排除するという選択肢は愚策も愚策です。考えられないあり得ない選択です。そんな話も次回したいと思います。

 そういうことを抑えた上で、日馬富士暴行事件についての貴乃花親方の頑なな態度というのを読み解く必要があるわけです。それはまた次回で。そのことについても今回でいっぺんにまとめて終わるつもりでしたが全然終わらないので続きます。

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*1:というか、そもそも若手親方で貴乃花シンパ故か?

*2:■余談:組織の人事について
 無論、幾つかの派閥内部で実力競争をするという性質はありますが、その実力競争の配分は小さい。どこの企業でも実力競争の要素と派閥の力学からの割当という要素、あとは年齢による定例昇進などの要素で決まっていくものです。
 正確に言うと、企業だったりその組織毎で人事に採用する方針はマチマチです。実力主義の余地を多くして、若くてもどんどん出世できるようにして、組織内の競争を煽って結果を出すことを最大の目的にするか、定例昇進や特定の派閥からしかトップが選ばれないようにすることで安定性を重視するかは、その当該組織次第です。
 ですから、人事の傾向を見ると、その組織がどういう思想を持った組織であり、その将来の方向性も見えるということになるのですね。組織が改革・変化を迫られた時、人事の傾向に変化が見られるものなので、政治でもビジネスでも、ウォッチャーはそういう時、まず人事をチェックするのです。

*3:参照―貴乃花親方が支援者に送った決意表明のメール全文 「角界を取りもどす」と逆襲宣言 AERA dot.
 どこかの総理大臣みたいに「取り戻す」という思考は非常に歪んだ考え方であると思われます。相撲は神道に基づいているので、国体(國體じゃないのか?)云々はまあギリギリセーフとして、自分が護らなくては!という本部以蔵みたいな価値観に注意しておく必要性があると思います。例の疫病予防的思想、穢れ思想に近い、聖なる自分たちの領域を辺境から穢しに来るウィルスがある。そういう病原菌・汚れたものが入り込んできた結果、今の悪い状態になっていると考える発想に親しいものが見られますのでね。