ルトワック著 『自滅する中国』
- 自滅する中国/芙蓉書房出版
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で書いた続きです。ここで書いたように、分析の前提に懸念があることは確かなのだが、それでダメなもの、取るに足らないモノだったらはじめからいちいち取り上げて論じたりしません。このルトワックの中国に対する分析は非常に的を得たものであり、参考するに足りえる有意義な分析であるといえるでしょう。まあ安心安定のCSISというところでしょうか?
氏の言う「戦略の論理」というものがわからないから、それについては何とも言えないが、ごく当たり前の政治学の分析から導き出される諸結論と殆ど変わらない。「中国の台頭は周辺諸国と摩擦を引き起こし、懸念を喚起し、調停に失敗すれば、中国包囲網が築き上げられる。」という外交力学上シンプルな結論。
まあ、要するに出る杭は打たれるというやつで、大国の台頭は必然的に警戒・対策を引き起こすわけです。その懸念を解消できないと周辺諸国が協力して中国を叩きだす、結果中国の成長は止まり、混乱・衰退していくことになると。どうもリーマン・ショック辺りから、中国の認識が変わり、自分たちは米と並ぶ大国・覇権国になれる!という歪んだ自己像で捉えるようになったようですね。
政府高官の態度は横柄になり、我々はもっと要求を通すことが出来る。これまでの政府は諸外国に自国の権益を譲りすぎたという考えになったと。結果、領土・資源問題などで他国と衝突するようになった。しかし中国はこの周辺諸国との軋轢について楽観的な思考を取っている。
信じがたい楽観的な姿勢は胡錦濤の訪米が狙った効果を達成できると考えていたことに象徴される。米中で話し合って解決すると高官らは考えていた。これは「巨大国家の自閉症」といえるものであり、他国の不安・感情に鈍感なことを言う。大国が往々にして陥りがちな病であると。
「巨大国家の自閉症」に陥った大国は、自分たちの思考法をそのまま外国に当てはめて、相手も自分たちと同じように行動すると勝手に想定する。中国サイドは温首相の一度の印訪問で、多くの不満や懸念を解消できると思っていた。ビジネスの利益を持ち出せばそれで関係が改善されると考えた。
中国にとっては利益のない単純な資産に過ぎなかった領土問題だったからそう捉えた。これまで多くの国と国境を確定させたように、国境警備を円滑化させて、関係を円滑化させる方がいいに決まっていた(当然海洋はこれに当てはまらない)。しかし、インドにとっては正統性に関わることであり、単純な取引ではいかない問題だった。
英連邦から支配地をそのまま引き継いだゆえに、非インド的な州でもインドの一部になっているという事情がある。それを正統性の根拠にしているためインドは領土問題で譲ることが出来ない。また政治家、ビジネス関係者に利益を見せればうまくいくという構造でもなかった。中国は相手の内情に無知だった。
非常に不安定な中国は毎日どこかで最高指導者層の決断を仰ぐような事態が発生する。彼らはその脅威をどれだけ誇張されて上に上がってきているのかという視点で解釈する。結果、取るに足らないジャスミン革命の余波に必要以上に過剰警戒することにもなる。要するに彼らは常に大きな政治的な不安を抱えている。
支配領域が広大な大国であるため国内の統治に対するリスクに敏感にならざるを得ない。故に国内の強硬な対応を求める声を無視できないし、過去の歴史から大国であるがゆえに、自分こそが世界の中心という最高位に置いて外交を思考することになる。これらが中国の自閉症の要因になっている。
独は中国の台頭について懸念する声が大きいが、自国が台頭して失敗した歴史があるので、善意からくる懸念になっている。英は科学・技術で独の後塵を拝すようになっていった。英が階級闘争にとらわれる間、独は年金など社会福祉でうまく対立を和らげていった。
整備された鉄道網に、企業合併の結果研究開発費も英より大。学問でも化学からギリシャ文学まで独語なしには研究できなくなっていた。金融・銀行でも独の優位が明らかで、英・仏・露と各個撃破は難しくなかった。自制的な軍隊を心がければよかった。強大な軍隊にそれを支持する国民が不可能にした。
権力というか、組織の慣性力が働いてしまいますからね。軍事力よりも外交力で!というのがもう構造的に不可能になっていたでしょうね。独の場合、軍によって国家が誕生したという輝かしい栄光があるので、対抗組織・ブレーキがなかったんじゃないでしょうかねぇ?
米が湾岸戦争で大勝して以降、軍隊に抑制かける機構・メカニズムはなくなったのと似たような感じでしょうかね?イラク戦争は歯止めかけるものがなかったですし、だからこそベトナム戦争の時、抑止機能の一つとなった徴兵制を採用して抑止機能として戻すというのはどうかな?と疑問に思いますけどね。
中国の場合、国家の誕生に軍が非常に大きな影響力を持ったのは言うまでもない。国民も増大する国力を背景に軍事力行使に肯定的。指導層が戦争に否定的という構図だから、まあ独(二度の世界大戦)・米(イラク戦争)とはかなり類型が異なりますかね。中越以降は軍事行使止まってますし。
個人的にかなり興味深い、豪の安保政策。数多くの紛争に軍隊を派遣する豪がこの地域で活発に関係を進化させようとするのは必然か。ベトナムと人身売買よりも安保を上のレベルに位置づけ、12年には包括的戦略的対話にまで至る。スエズ以東の五カ国防衛FDPA(英豪NZマレシンガ)共同軍事演習の重視。
シンガポールの高いレベルの軍備と豪の二国間関係。豪にはベトナム・イラクと苦い教訓がある。「間違った戦争に引きづられ、しかも戦術レベルで役に立たない」というもの。故に当然集団安保を強化したい!という戦略になる。
極めて合理的で、外交力学を熟知した判断ですね。日本もFDPAに参加して関係強化するようなことが出来ないものか?日本も見習って欲しいですねぇ…。
で、日本に関する記述でルトワック氏には疑問を抱く。まあ中国に対する大雑把な価値観など、孫子をやたらだすのもそうなのだが…。各国の地域研究に対してどのような研究者の意見を基礎にしているのか理解できない…。そもそも参考文献・注にそういったものがないのがどうなのか?自分の本とか、その戦略関係のものしかないんですよね…。
一応ここまでで分割します、続く…。