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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

本読んでて気づいたこと。 ロジックではなく事典&辞典

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー

過去記事の再掲。元は10/12に書いたものです。

 

 たまってた本を10冊くらいかたづけた。そろそろ正常に戻れそう。イヤ無理か。博士の『中国原論』と『社会主義大国日本の崩壊』が終わっても、まだ二冊あるし。『日本の「一九八四年」』、日本の言論状況はひどいな…。田中角栄をどう思うかというアンケートで、弁護士が死刑にすべきと答えたとか。バカすぎる(´-ω-`)。

 

1984年といえば、『1Q84

1Q84 BOOK 1             1Q84 BOOK 2

1Q84 a novel BOOK1            1Q84 a novel BOOK2  

 

 村上春樹カフカ以来読んでいなかった。なんか世間でああいう風に騒がれると読みたくなくなってしまう。つか、売れているという話だけで、作品解説に踏み込まないバカが多くて困る。やはり村上春樹も今の日本は1984年にあると主張しているのだろうか…。読んでみようかな~。全体主義国家の思想洗脳状態は、巧妙に覆い隠されて現代の日本に現れていますからね。支配階級的な話もそうですし。

 

この話はいずれ詳しくやるとして、上杉さんの本は

石原慎太郎「5人の参謀」           小泉の勝利 メディアの敗北

〈新編〉石原慎太郎「5人の参謀」                 小泉の勝利メディアの敗北

 あと、まだ『世襲議員』は読んでいませんが、とりあえずこの二冊に目を通しました。そこまで政治情勢に精通する必要もないんで、パラパラですけど、己はあんまり面白いと思いませんでした。細かいことを知りたい人には良いでしょう。なんてったって実名でしっかり報道できるジャーナリストのものですからね。水と平和はタダなのに、ジャーナリストは異常に手に入らないという日本の現状 (´;ω;`)ウッ…*1

 

 あ、黒木さんのかいてないや、あとで書こう。池上さんもいつも忘れるな~。

小沢一郎 完全無罪            坂本龍馬と謎の北極星信仰

小沢一郎完全無罪 「特高検察」が犯した7つの大罪               坂本龍馬と謎の北極星信仰

 小沢さんの右腕、平野貞夫さんの本ですね。いかに戦後政治史が疑獄史であるかということがよくわかります。平沼騏一郎によって始まった検察暴走。その二世さんが何を言っても、(´-ω-`)になってしまうのは己だけでしょうか?二世政治家(国会議員国会議員限定)でマシなのって河野太郎さんくらいですか?あ、渡辺嘉美さんもそうか。己は二人の議員はまともな議員だと思いますけど、総理大臣には絶対ダメですね。世襲だから。立憲の常道、憲政の常道に反します。二世を総理にすることは、絶対にダメです。小沢さんのように日本一になったら、許しますけどね。いまんとこ間違いなく日本一の政治能力もつのは小沢さんですから。逆に、日本一だからこそ、過信して失敗すると思いますけどね。総理になっても。

 

 ま、それはさておき、以前つぶやきのほうかな?平野さんがみこしは軽くてパーがいいといったのは自分、しかし小沢が言ったことにされてしまったという話は、この本に出てきます。読んでて思いましたが、ロッキードと今の状況はすごい瓜二つですね。

 三木=菅、中曽根=前原、田中=小沢

 

こういうロジックが瓜二つ成立しています。カーターみたいにクリーンを期待されて首相になって、ロッキードを利用して、田中派を追い落とす政争。党内実力最大派閥だった田中派を追い込むことで、実力を握る。そしてその後中曽根が政権を継承する。これがこの事件の本質でしょう。検察とくっついて党内権力抗争をする。

 

 以前、己も指摘しましたけど、小泉政治=巨悪の検察と手を握りことごとく政敵を葬るスターリニズムなんですね。検察=党書記なんですよ。鈴木・村田・田中・辻本の代償に三井で手を打った。検察と取引をすることで長期政権を成立させた。まさに自民時代の暗黒政治の象徴ですね。時の政権が検察と容易に結託をする。これ日本政治史の一大テーマでしょう。これを扱わない日本政治史学など役に立ちません。やらないのならそんな政治学は、タンスにでもしまっておきなさい。

 

 で、今回の小沢疑獄はロッキードよろしく、法プロセスを捻じ曲げ続けてきました。すわロッキード再現か!?と思えますが、もはやネット、ブログ、ツイッター時代に知的関心層にバレてますからね、やりくちが。

 

 かの小室博士ですら造船疑獄を、本当に汚職だったと捉える始末ですから、隔絶の感がありますね(まあ、知ることが出来なかったのですから当然なんでしょうが、当時は汚職当たり前というか必要な時代でしたし)。衛藤審吉教授が蒋介石についてコメントをしたところ、共産主義中国の否定と捉えられて、大バッシングにあったなんて今じゃ信じられませんよね。そこまでトチ狂ったことはなくなったという点で日本社会は少しづつ進歩していると言えるのかも?江川事件のような狂った報道はさすがに今じゃあそこまでにはならないでしょう。というか受け手が成長して、それに乗っからなくなったと見るべきですね。

 

 あと、もう一冊の方、竜馬が薩長同盟成功させたのは宗教、信仰による繋がりがあったからだってSAPIOで言ってました。それでこんな本も出してたんですね。知らなかった。面白そうですね~。そういや竜馬ブームって、薩長同盟=大連立を世論に納得させるための、工作・そういう煽りのような気がしてならないんですけどね。

 

「日本政治の謎」―徳川モデルを捨てきれない日本人 新生日本人の10カ条

日本政治の謎 徳川モデルを捨てきれない日本人 新生日本人の10カ条

猪口さんは優れた日本の戦前の分析があるんですけどね。何じゃこりゃ、という本でした。世界化しよう!競争しよう!国開こうぜ!ッてそんな当たり前のことを、無意味に語られてもね。徳川イデオロギーを言いたいのなら、役所や官僚の不正でも糾弾すればいいのに。というか日本を貶める法システムの腐敗、機能停止、三権分立崩壊を訴えない時点で(´-ω-`)

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になってしまうんですよね~。東大名誉教授ともあろうお方が、なんて本をだすのか…。日本の教授は競争がないから、授業がつまらない。こんなことやったら、普通給与半減か、東大の権威を貶めたということで称号剥奪ですよね。ま、生姜さんのように、わけのわからない人もいますからね。まともなというか、すごい人がいっぱいいる東大がかわいそうです。猪口さんは凄い学者なんですけどね…。ま、日本の当時の国際状況を無視して、日本がどうして間違ったか、なんて視点でしたが…。それも当時の皇国史観の空気で育った人からすると当たり前か。反省視点以外学問になりえないですからね。

 

あと

新物語世界史への旅〈1〉/大江 一道  新物語世界史への旅〈2〉

              

 こんなのが本棚にあって、チラ見。本当に、何を考えてこういう本を出すのかわからない。時系列でなんで、こうなった、これが起こった。どうしてこうなった!(AA略。勝った、負けた、国出来た、滅んだ、文明生まれたとか、インディアンかっつーの。そんなのにいったい何の意味があるんですかね?(^ ^;)。

 

中国の歴史

中国の歴史

 んで、この『中国の歴史』なんですけど、中国の通史を書きたいといって、大失敗しているんですよね。何でこういうことになるのか、理解が出来ないんですよね。通史というのは井沢さん見ればわかるけど、そこにつながり、流れを発見しなくてはならない。何でもかんでもただ起こった出来事を書けばそれでいいわけがない。そんな単なるテキストブックじゃないか。単なる名詞を一つでも多く詰め込んだら、歴史なのか?ヾノ゚д゚;)

 井沢氏の歴史が良い、悪いという評価はおいといて、まず何よりも歴史とは価値判断でなくてはならない。筆者がそこに法則性を発見して、こういうロジックが働いているのではないかという、情報分析でなくては何の意味もない。通史とはオリジナルの史観(とまでは行かなくとも、ストーリーを作って)を提唱して、歴史学を発展させる試みである。それが何一つない。歴史の繋がりがどこにも見られない。断代史をつなぎ合わせて、ハイおしまいという感じ。のちのフランケンシュタインである。

 

 そもそも「通史学」という問題発見・提起が学問として成立していない以上、どうしようもないですね。比較史という試みは最近チラホラあるようですけど。社会学がそれを十分に担えていませんし。むしろ歴史学やる人間は必ずウェーバーやらデュルケムやら社会学文化人類学、心理学といったものを抑えて、新しいものの見方を提供するものをやらないと何も発見できないと思うんですけどね。どうなっているんでしょう一体?理解不能です。末に暴虎氷可とありましたが、トラに食われて、黄河におっこってしまったとしか言えないでしょうね…。

 

 そうそう、それでね。結局こういう出来のよろしくないのを見て思うんですよ。これは本、ロジック/主張を展開するものではない、オリジナルの分析を加えるものではない。事典・辞典を作っていると思うんですよね。A=B、C=Dその一公式の羅列なんです。そこから論理が展開されない。ただひたすらそういうもので敷き詰められているんですね。これは貴重な気づき、発見だと思います。学術書の中でさえ、そういう価値判断が出来ない悪書がいくらでもある。それ一体何のためにやってるの?というものが。

 

日本の学問は本質からそれて、事典・辞典化する、これいかに!?

*1:まだ、上杉さん評価が高い頃の感想ですね~