てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

日馬富士暴行事件の解説⑥ 問題の本質は八百長ではなく、モンゴル人差別と親方理事制<後編>

 

 続きです。シリーズ③を書き直したように、これも次の貴乃花の話を書いたらまたまとめ直すかもしれません。暴行事件の解説という視点以外に、相撲協会という組織の問題、貴乃花親方の問題、マスコミの問題。この三つでまとめ直したほうがわかりやすく読みやすくなるかもしれないなぁと今更ながらに思ったので、んでこの白鵬の話みたいに再編したほうがいいかも…と迷いつつとりあえず後編です。そういう思いついたことを列挙してるだけ感が否めないのは勘弁してつかあさい。

 

※追記、本文で論じている親方=理事制こそが問題という話、他に誰もしていないのかな?と気になったので、ちょっとググったら見つかりました。先行文献的な感じでご紹介しておきます。決してこれを読んで意見をパクったわけではないですよ(笑)。

 

要約・お品書き

○力士達のことを考える、力士の地位向上に熱心な白鵬
○力士会=選手会が機能していない異常状態
力士のための改革の要望を潰した貴乃花巡業部長
○協会が貴乃花理事の正当な訴えを潰したというなら、貴乃花理事も力士会の主張を不当に潰している
○力士としてのピラミッドの序列の上に親方のピラミッドが存在する二重の徒弟制構造となっている相撲界
○徒弟制の論理を振りかざす貴乃花親方では改革は絶対不可能
○正しかった「貴乃花巡業部長のもとでは巡業したくない」発言
○力士会はボイコットをしなくてはならない
○問題の本質、親方理事制―国籍要件は差別なのか?半分イエス・半分ノー
○親方理事制を解消して、海外国籍力士の親方の道を開くべき。年寄株制度も見直し・廃止すべき
帰化一代年寄白鵬の誕生=理事長白鵬の誕生。白鵬改革でしか相撲界は変われないという日本の恥
一代年寄白鵬をすぐに認めていれば、白鵬は理事長にはならなかったし、なれなかったはず
○現執行部・及び予備群には時代の変化に対応して政策を打ち出す能力自体がない


■力士の地位向上に邁進する白鵬力士会会長
 貴乃花親方が白鵬を嫌っているのは有名な話ですが、そのきっかけはいくつかあれど決定的なのはおそらく巡業での対立でしょう。*1―バスで白鵬を置き去りにしたり、ホテルを別にしたり大人気ないさまを見せているのは、巡業での衝突が原因のように思えます。
 白鵬は前述通り力士の地位向上・改善に熱心な力士。最近、力士たちに人間ドックを受けさせるようにしてほしいという要望を出しましたが、2015/12の時点で既に協会に力士の待遇改善の要望書を出していたんですね。トレーナーの充実や日程を減らしてその分ファンサービスをあてて補填するなど、とにかく現力士たちの巡業などのキツキツな過密スケジュールの改善を訴えたのですね。怪我が多い力士たちですが、本場所の厳しい日程以外にも巡業で酷使されているとなったら、そりゃ故障するに決まっている。それを改めようとするのは業界の人間ならば普通の発想でしょう。つい先程まで知りませんでした。さすが白鵬ですね。

■力士会=選手会がまるで機能していない異常性
 ところがそのまっとうな要求を八角理事長及び貴乃花理事は無視したわけですね*2。巡業による目先の収入・利益欲しさに聞き入れなかった。アホですね。気になって力士会の過去の改善要求案一覧をチェックしてみようと思って検索をかけたのですが、ググっても殆ど出てきませんでした。力士会と協会・執行部の交渉過程をチェックしたかったのですが、そういう交渉の歴史が存在しないようです…。
 力士会のHPすら存在しないようですね…。これは非常にまずいでしょう。八百長問題の発端となったのは、十両とそれ以下の力士の待遇が天と地ほど違うがゆえに八百長をする動機・問題の背景となったわけです。ということは力士会としても八百長防止策として、そこにメスをいれることを提案しなくてはいけない(勝敗に応じた給与ではなく、成績に応じて階級・地位が決まり、それに応じて給与が決まるという現行制度では尚更でしょう)。自分たちの力士としての権利確保以外にも公益性という観点から発言・行動していかないとまずい。にも関わらずこれでは相撲界が良い方向に変わっていくとは思えない。改革の力学に力士というアクターが欠如しているわけですからね…。
 朝青龍が過去に給与の向上を訴えたことと、大麻事件で尿検査のやり方が曖昧なのでその改善をして欲しいくらいしか他には見つかりませんでした。また、最近の大砂嵐の事件で過去に力士も運転できるようにして欲しいという要望があったことくらいですね、調べた限り。
 そういうことはともかくとして、白鵬がやったように相撲界のために抜本的に力士のためになるようなことを力士会はどんどん提案・提言していかなければならない。
 白鵬が提言したことは一見些細な事に思えますが、力士会として初めてまっとうな改革を訴えるという非常に画期的なことであり、相撲界の構造・歴史を大きく動かす重要な一歩といえるでしょう*3

■力士のための改革の要望を潰した貴乃花巡業部長
 この白鵬の態度・行動に比べ、巡業部長貴乃花理事の行動はどうだったのか?現役時代に力士会会長として、力士たちのために何か行動・発言したのでしょうか?おそらく何もしていないでしょう。これまで横綱が「何も文句を言わずに黙々と行動すること」が品格だと言われていたことを考えると間違いないでしょう。
 白鵬貴乃花の違いついでに、弟子・後進の教育というのもあるでしょうね。将来のために着々と内弟子、後輩の教育をして未来の白鵬部屋のための準備をしているのに対し、現役時代から後進の指導に無関心で、親方になってからも弟子の指導がろくにできず、新弟子自体入ってこなかった時代もあった貴乃花。とにかく横綱としての意識が強すぎて非常に偏狭なんですね、千代の富士もそうだった・プライドが強すぎて傲慢だったといいますし、そういうタイプの元横綱親方は少なくないのでしょう。

■協会が貴乃花理事の正当な訴えを潰したというなら、貴乃花理事も力士会の主張を不当に潰している
 現役時代何もしてこなかったどころか、貴乃花巡業部長はこの白鵬のまともな訴えに対して、「協会上層部は師匠だと思え」ということで跳ね付けました。「たかが選手が」発言を彷彿とさせる暴言ですね。力士たちのために何が出来るか、何をすることが一番いいのか、一緒になって考えよう。話し合おうというのではなく、協会に逆らうこと&師匠の俺に逆らうことは許さん。これの一体どこが改革派なのでしょうか?執行部が貴乃花親方を不当に吊し上げた。彼の意見も聞かずに執行部に逆らうな!と貴乃花親方を抑圧したというのなら、貴乃花巡業部長が力士たちにやったことと何が違うのでしょうか?まるで同じではないですか。
 白鵬の訴えは至極まともなもの。しかし意見をされたこと、文句をつけられた事自体が貴乃花親方には気に入らなかったのでしょう。自分に逆らった「反逆行為」と捉えて「白鵬憎し!」となったと、まあそういう流れなのでしょう。偉大な日本人横綱の自分に逆らった「インチキ・偽物モンゴル人野郎」が!となった。憎いあまり「あの八百長クソ野郎!」と白鵬を否定することで、自分の行動・主張こそ正しいと、自己正当化したのでしょう。

■力士としてのピラミッドの序列の上に親方のピラミッドが存在する二重の徒弟制
 また、貴乃花理事の姿勢が問題なのは、「上層部を師匠と思え」発言・論理は、ギルド制・徒弟制の延長に基づく発想であるということです。例えば昔運動部では一年奴隷・三年天皇という考え方がありました。運動部の中学生が三年で天皇であっても、また高校に入って一年生になったらまた奴隷からスタートすることになります(流石に中学ではそういう思想はなくて、高校・大学のみだったのかな?)。新弟子から関取・横綱となって力士として頂点を極めたとしても、引退後親方として協会に入ったら、また再び一職員としてキャリアがゼロになってしまうのもこれと同じですね。新人親方として諸先輩親方・理事にペコペコしなくてはいけないわけですね。
 その上下関係自体が悪いことだとは言いませんが、ここで問題なのは、その論理を振りかざして「黙れ」の一言で済ませてしまう精神性ですね。当然運動部の高校一年生は中学三年生に対して先輩に値します。そこで中三が高一に逆らうことはありえません、普段あまり交流しないとはいっても高一>中三という序列が崩れることはありません。親方>横綱の関係も同じですね。横綱は力士としてのトップだとしても、協会職員の人間ではない。力士の上のピラミッドに所属する協会の人間・親方衆より序列が下になります。
 思うに、白鵬の審判部への疑問に対して、北の富士氏が子供でもわかるという同じ言葉を使って白鵬を批判したメンタリティも同じものでしょう。一力士が力士より上のピラミッドの協会・及び人間に意見を差し挟むこと事態がありえないというメンタリティがある(廃業した若乃花虎上氏ですら、白鵬の巡業部長が変わらないなら巡業に参加したくないという発言を力士が親方に文句をつけてはいけないというふうにコメントしていましたからね)。相談のやり方次第だと思いますが、今時運動部の学生でもそこまで極端なメンタリティはないでしょう。

■徒弟制の論理を振りかざす貴乃花親方では改革は絶対不可能
 かくも角界では徒弟制の身分秩序意識が強い。この徒弟制の論理が諸悪の根源となっている以上、完全に否定しないにせよ、その論理に強い違和感を抱いている人間でなければならない。貴乃花理事はその論理に強い違和感を抱いていて、なくさなければならないという持論の持ち主であるどころか、その論理を正統な権利を要求する力士会に対して振りかざした。また親方としても弟子に対して絶対的な存在として服従を要求するタイプに思えます*4。そんな思想を持つ貴乃花親方が改革を実現する、徒弟制をなくす方向に角界を持っていくことが出来るでしょうか?無論言うまでもなく不可能でしょう。
 ありえないと思いますが、それでも無理やり徒弟制を解体すると仮定しましょう。しかし人格は変わりませんから、師匠だから&上司だから俺に黙って従えなんていうメンタリティのままです。そんなトップが徒弟制を廃止したら組織はどうなるか?部下・目下の者の反発にあって、それを反乱と捉えてなお強烈に服従するように要求して、お互いが持論を引っ込めずに衝突する。あっという間に組織が混乱してにっちもさっちもいかなくなるのは目に見えていますね。

■正しかった「貴乃花巡業部長のもとでは巡業したくない」発言
 上述のような経緯を抑えてから振り返って見ると、白鵬が「貴乃花巡業部長のままなら、巡業に参加したくない」といったことはまるで違う意味を持ってくるわけですね。理事たちの中でも改革派として名高い貴乃花理事であるにもかかわらず、巡業部長として力士のことを考えた対応が取れる立場なのにも関わらず、力士たちのために何もせず、むしろ待遇改善要求を封殺した。そして今回また力士のことを無視して、横綱日馬富士を引退に追い込んだ。くだらない些細な揉め事を大事に発展させて、力士どころか角界全体を巻き込んだ騒動を引き起こした。これで力士会が反発しないほうがおかしいでしょう。*5

■力士会はボイコットをしなくてはならない
 力士会は自分たちの待遇改善のためにボイコットをしなくてはならないでしょうね。本場所をボイコットするとなると、相撲協会の存続に関わるので避けるべきでしょうが、待遇改善のため、巡業のあり方を変えるために巡業限定でボイコットをすべきだと思います(勧進元・ファンへの負の影響を最小限に抑えるために、相撲を取らない代わりに、サイン会や握手会に子どもたちの相撲大会などに参加するなど、ファンとの直接の触れ合いはむしろこれまで以上に増やすなどの対策を取ればいいかと思います)。
 モンゴル人は差別されている。それ故にモンゴル人力士で場所をボイコットしようという話もあったそうです。今の角界ではモンゴル人差別については鈍感なので、いきなりモンゴル人のボイコットでは失敗に終わる可能性も十分にあります。モンゴル人が差別を訴えるという点で、社会的な注目を集められても、どうなるか確証がない。今のようにモンゴル人は勝利至上主義で礼儀や品格ということがわかってない!日本文化を理解していない!なんていう因縁づけが大手を振ってまかり通る状況を鑑みるに、失敗するリスクが十分にある。そのリスクが大きすぎます。それ故にまずは力士全体の権利向上という枠組みでやるのが好ましいと思います。
 「力士会VS協会」という図式でワンクッション挟むことで、白鵬は力士や相撲界全体のことを考えて行動している立派な人物だという評判を勝ち取ることが出来る。そして次にモンゴル力士会が行動する際の観測気球にもなって、次の一手を読みやすくなる。今回の暴力事件のように、協会の異常な体質をPRしたほうが交渉を上手く進めやすいですし、それこそ今ヒーロー扱いする人が一定数いる貴乃花理事の異常性もPRできますからね。貴乃花理事は力士会の正統な訴えを一顧だにせず否定したわけですから。一度力士会でボイコットすれば、次はモンゴル人力士達がボイコット、しかも本場所でしようとしているぞという動きを見せるだけで、協会を動かせる・交渉できるようになるでしょうからね。ボイコットは伝家の宝刀ですが、なるべくなら抜きたくない。交渉材料として見せるだけにした方がいいのです。頑なな態度を取り続ければ、相撲を見れない相撲ファンからも反発を買いますし、協会のメンツも潰して上層部にアンチ・敵を作ってしまうでしょうからね。

■問題の本質、親方理事制―国籍要件は差別か?半分イエス
 さて、オチのために最後まで引っ張ってきた海外国籍の人間を親方にするのはどうか?というテーマを話して終わりたいと思います。
 確かに、日本国籍を持たないからと言って親方になれないのはおかしい。しかし、特殊公益法人である以上に、相撲というのは日本の国技ではないものの、特別な地位を占めるスポーツ・興行であり、歴史を持つ伝統芸能。である以上、日本国籍を持たない人間を協会に参画させないのは当然なのでは?力士・競技者としての参加まではギリギリの許容範囲であるが、それ以上譲歩はできないという協会の人間の感覚は正常の範囲にあるのでは?―そんな感想を持たれた方も少なからずいるはずです。その当然の疑問について応えたいと思います。
 白鵬帰化をせずに一代年寄として相撲協会に残りたいという報道、そしてその後帰化をして相撲協会に残る意向だという報道が過去にありました。この報道を受けて、日本国籍がなければ親方になれない。これは民族差別であり、訴えられれば相撲協会は敗訴するのではないか?という弁護士の方の指摘も見ました。実際に訴えた場合どうなるかはさておき、民族差別であると考える人は少なからずいることでしょう。果たしてどう見なすべきか?
 これについては、個人的に民族差別に値すると考えます。ただし、それは親方という職能においてのみです。親方という力士の育成及び部屋を経営するという役割であれば、そこに国籍を保有しているかどうかという条件は無関係なはずだからです。以前触れたように、日本(相撲)文化・伝統を理解しているかいないかという点がポイントになるのならば、それこそ全親方の理解度をテストして合格した者にのみ免許を発行するという免許制にすればいいだけですからね。
 親方においてのみ違反すると書いたとおり、理事という職能においては外国籍保持者を排除しても違反しないと考えます。理事というのは言うまでもなく経営参画者であり、意志決定の最高責任者の一人。特殊公益法人である特別な団体・相撲協会において、日本人以外のトップを入れていいかと言われれば、100%ノーとは言わないまでも、やはり海外国籍の経営者を参画させるのはまずいと判断されるのもやむなしでしょう。

■親方理事制を解消して、海外国籍力士の親方の道を開くべき。年寄株制度も見直し・廃止すべき
 親方理事制こそ問題の本質と始めの方で指摘したように、親方しか協会の人間になれない・兼職するというシステムを採用しているからこそこういう歪なことになるのです。親方と協会組織の人間・職員を分離すれば、このような国籍がないから相撲界に残れないという問題は起こりえないはずなのです。
 そもそも親方(理事)になるために、日本国籍保持者でなければならないという規定が出来た事自体がおかしいのです。伝統と言いつつ、日本人しかいなかった昔にそんな規定があったはずありません。外国人力士を受け入れて成績を残した高見山が出た辺りに作られたものでしょう。しかも今に至るまで元外国籍力士の理事がいないことを考えても、一体何のために作ったのかと言わざるをえない制度です。
 曙は年寄株が手に入らず廃業。武蔵丸横綱だったので5年間は年寄・武蔵丸で、その後年寄株の関係で振分・大島・武蔵川と名前を三度変えました。貴乃花一代年寄であったことと、貴乃花の乱を起こして実力で理事のポストを奪いとったという事情を考えても、同時期横綱だった武蔵丸武蔵川親方が未だに理事になれていないのには違和感があります。本人にその意志があるない別として、本当に元外国籍力士が帰化しても理事になれるのか、理事にする意志があるのか疑問に感じます*6
 そもそもこんな規定を作らずとも、はじめから親方理事制を廃止して、親方は親方・理事は理事というふうに職能を分ければよかったのです。
 それをしなかった、できなかったのは、親方年寄株という制度故でしょう。厳密に言うと協会に残るためには国籍と年寄株が必要になります。年寄株保有しなければ日本人でも親方として協会に残ることが出来ないというシステムを採用するからこういう問題になっている。そういうシステムはおかしい!なくすべきだ!とこれまで誰も言ってこなかった。無論誰かしら言ってはいたのでしょうけど、そういう改革を実行しようとしなかった。その時点で相撲協会の成員だけで何の改革も出来るはずがないとわかるのです。昔は寿命が短かったから年寄株が足りないということがなかったという背景一つ見ても、まるで時代の変化について行けてないですからね。

帰化一代年寄白鵬の誕生=理事長白鵬の誕生。白鵬改革でしか相撲界は変われないという日本の恥
 白鵬は間違いなく一代年寄として残って相撲協会を変える方向に進んでいくでしょう。国籍さえクリアすればレジェンド白鵬の協会入りを阻む条件はありませんからね。で、そもそもの話になりますが、前述通り親方=理事であることを廃止してさえしまえば、白鵬が国籍を代えてまで相撲協会に残る必要性はありません。モンゴル人のまま一代年寄を認め、白鵬親方として白鵬部屋の経営をすることを認めてやればよかったわけです。
 白鵬は父の意向で、また将来のモンゴルでのビジネスチャンスや大統領の可能性もあって、国籍を代えたくなかったのですからね。白鵬帰化をするということは、実績を考えれば間違いなく、初の元海外出身理事の誕生&初の元海外出身理事長の誕生ということになる(そうならなければそれこそ今度こそ間違いなく差別ということで大問題になるでしょう)。
 そして相撲界にとって重要な、かつ決定的な改革が「日本人」以外の手によってなされることになるでしょう。本来日本人がすべきことを元モンゴル人が行う。日本人の無能さ・改革能力の欠如を世界に発信するというこれ以上ない恥さらしになるでしょう。

一代年寄白鵬をすぐに認めていれば、白鵬は理事長にはならなかったし、なれなかったはず
 そもそも白鵬・モンゴル人嫌いの人々にとっては、この理事長白鵬を阻みたいはず。白鵬を封じ込めるためにも一代年寄自体には国籍規定がなかったのですから、特例としてさっさと認めればよかった。モンゴルでの道と、協会での理事長の道という二つの選択肢があれば、白鵬はどちらか一つに絞らずモンゴルと相撲の二刀流を選んだはず。そういう中途半端な状況であれば、理事の道を選ぶのを出来る限り伸ばして帰化を先送りにする。その結果、武蔵川親方のように理事になるまでに時間がかかってしまって、キャリア不足で理事長になれないという可能性も出てくるわけです。
 特例が嫌なら親方理事制の廃止でも良い。国籍は将来的な変更でも可とすることにして、親方理事制を廃止してしまえば、モンゴル国籍の白鵬は親方止まりで理事にすらなることが出来ないのですから尚更です。反白鵬派・反モンゴル派はなぜそうしなかったのか?まるで理解できません。白鵬派・嫌白鵬派であるからこそ、白鵬一代年寄に祭り上げて白鵬を封じ込めるというのが最上の選択肢であったはず。何故そうしなかったのか、これが本当にわからない。
 年寄株の関係もあって、親方理事制が一朝一夕に廃止できないとしたら、一代年寄を認める代わりに二枚鑑札として現役力士でありながら部屋の親方となって弟子の育成を認める。ただし日本国籍のないものは理事にはなれないと規定を改めればいい。そういうことをしようという動きもなかった。

■現執行部・及び予備群には時代の変化に対応して政策を打ち出す能力自体がない
 つまり、根本的に将来起こりうる出来事を予想して、それに対して自分たちで有効な手を打つ・変化に対する改革をするとかそういう基本的なことがそもそも出来ないのでしょうね。現実の相撲と同じ、「変化は良くない」という言葉でごまかすのでしょうね。外国人力士の受け入れなど全部なし崩し、そういうことが起こったから、まあしょうがないかくらいの感じに思えます。一度そうなったら、以後どういう風に相撲界が変化していくかを考えられないようです。力士の大型化による相撲内容の劣化・つまらない押し相撲ばかりといった昨今の土俵を見れば一目瞭然ですね。
 そもそも世界中から力士を受け入れれば、日本人が少数になることすら予測できたでしょう。その対策が各部屋一人までという人員制限ですからね。プロ野球の1チーム4人までじゃないんですから…。チームスポーツでもないのに何でしょうか、その変な制限は…。
 貴乃花親方が主張するモンゴル互助会による八百長なんて言う主張も、その最たるもので、特定の国・出身者が増えれば、その派閥からお互い有利なように星の回し合いを進めていくのは当たり前ではないですか。ご本人は兄の横綱昇進がかかった一番で手を抜いたことを非常に悔いているらしいですけど、あの一番で手を抜いたことを責める人は殆どいないでしょう。兄が、自分の所属する部屋から横綱が出るという背景があって、本気を出して勝ちに行く力士がいると考えるほうがおかしい。自分が負けることで身内・仲間の利益となって、自分自身の派閥も得をするという制度・ルールを採用したらそうなるに決まってます。
 そういうことが実際に起こりうるにも関わらず、システム・ルールを改善しなければ「不正」していいですよ、ご自由にどうぞと言っているのと同じ。そういうことをするな!卑怯だ!なんて主張するほうがおかしい。モンゴル人力士だけが急激に増えてしまえばそういうことが起こりうるのが当たり前。彼らが異人として排除・不利益を被っているのなら尚当たり前、それに応じてそういうことが出来ないシステムに改めないで、文句を言う方がおかしい。相撲という勝負が一見しただけで手を抜いているかどうかわかりにくく、格下が格上に勝ちやすい競技であるのならば尚更です。
 一部屋1人までなんていう縛りを設けているからおかしいのです。一定数を超えれば、それを緩めてそれこそ白鵬部屋を作って、強制的にモンゴル人力士を集めるようにする。モンゴル人しかいないモンゴル部屋を作ればいいだけの話。言うまでもなく同じ部屋の力士は本場所で対戦しないのですから。そうすればモンゴル人内部で星の回し合いなど絶対不可能になります。疑わしいというのならそう主張すればいいのです。
 そもそもかつて貴乃花親方が所属していた二子山部屋藤島部屋では貴乃花若乃花貴ノ浪貴闘力安芸乃島といった横綱大関・関脇という上位層の力士がひしめき合っていました。彼らが星の回し合いをしないガチンコ力士・ガチンコ部屋だったとしても、この部屋に所属する力士は上位の強豪力士4人と当たらなくていいという恩恵をうけることになる。これは果たしてフェアといえるのか?単純計算で他の部屋の力士が15日間上位力士と当たるのに対し、彼らは他4名と当たらないのですから11日間で済む。残りの4日は相対的に弱い力士との対戦が組まれることになる。これはルールを利用した八百長・不正と言えないのか?横綱大関が同一部屋から複数出たら強制的に移籍する制度が何故存在しないのか?
 また、自分の部屋の力士が優勝するのと他の部屋の力士が優勝するのどちらが嬉しいか?人情として自分の部屋の力士が勝つように終盤戦うでしょう。それはいいのか?ルール上もちろん許されたことですが、それはフェアな競争と言えるでしょうか?そういうことも含めて議論されてこなかったのがおかしいのです。
 本番直前まで割を発表しない。誰と当たるかわからないようにするということでも八百長を防ぐことは可能でしょうね。何時、何番目頃に取り組みがあるぞという大体の時間だけで誰とやるかは教えないとかもありうるでしょう。そういうシステムなら直前まで取り組みがわからない以上、同じ部屋での星の回し合いも成立しづらくなるので、同部屋対決を組むことも可能になるでしょう。
 話が少しそれましたが要するに対策はいくらでも取りうるし、抜本的な改革案はいくらでもあるのです。そういう根本的な背景を改める取り組みをせずして、~をするな!~がおかしい!などとモンゴル勢に文句をつけること自体がおかしいのです。
 今度こそ貴乃花論を語ってラストにしたい…。でもメディアこそ本当の犯人みたいなのも書きたいし…。次で終わるのか…→続く。

 ※おまけ、ギルド制・徒弟制の解体によって閉鎖的・陰湿的な体罰・暴力事件はなくせても、それに伴う別の問題が発生します。徒弟制がなくなるということは身内の結束・鉄の規律のようなものが消えることを意味します。常識のない弟子の歯止め・躾という名のストッパーがなくなりますので、人間的に屑なタイプの力士が起こす不祥事・事件や犯罪は増えるでしょう。良い悪いは置いといて、体罰・体育会的な上下関係の崩壊は、こういう程度の低い人間に対する抑圧機能をもなくすことを意味します。規律を緩め、それに伴う力士が問題を起こしやすくなる。マナーが悪くなることもまた抑えておく必要があるでしょうね。
 親方・兄弟子による部屋内部での暴行はなくなった、しかし親方や兄弟子の監視の目がなくなり、お互いまるで干渉しなくなった結果、ふしだらな弟子がトンデモナイ迷惑をかけることになるのは想像するに難くないでしょうね。その場合、やはりすぐに警察に引き渡すという手しか残されていないので、結果力士の不祥事は比較にならないほど増えるでしょう。人格ではなく力士≒アスリートとしての素質で弟子を取るのですからね。運動能力は異常にあるのにもかかわらず、人格がクソでトラブルを異常に起こすという手合いはスポーツ界で枚挙にいとまがないですからね。
 協会に出来ることは不祥事隠し以外には、特別な機関設立による力士の日常を監視。逐一怪しい行動を報告すること。むしろ率先して身内の犯罪を垂れ込むことにほかならないです。協会が自ら身内の犯罪報告をした時、その時にきちんと力士の犯罪を可視化出来るようになったと喜ぶのが正常な反応。そのときに正常な反応のまま報道されるのであれば良いのですが…。また角界で不祥事が~みたいなバカな反応が起こらないか今から心配になりますね。今回の暴力事件の本質に、メディアの問題もじつはあるんですよね…。これも書かなくちゃいけなくなってもううんざりしてます(´-ω-`)。書いても書いても終わらない…。

アイキャッチ用画像

*1:※参照―モンゴル八百長告発の裏に、貴乃花親方周辺からのリーク|LITERA

*2:※参照―貴乃花親方が巡業部長に 2年後の理事長戦見据えた布石か│NEWSポストセブン

*3:調べきれなかったので、流石に初めてではない可能性は十分あります。しかしそれをおいても今年また改善提案・要望書を出すなど継続して動いているので、その画期的な姿勢、偉大なことをやっていることにおいて変わりはありません

*4:協会から各部屋に誓約書の提出が命じられ、それに貴乃花部屋だけが最後まで提出しなかった。提出を拒んだという事件がありました。肖像権=部屋に所属する力士の収入が一旦協会に入るのが嫌だった。というか現役時代人気力士だった貴乃花自身の肖像権・権利を手放したくないからゴネていたんだろうと思っていましたが、そこには力士の待遇について譲れない項目があったことだと思えます。というのは、親方が力士を雇うという従来の構造ではなく、協会が雇ったのち改めて親方に育成を委託するという構造に変わったこと。その一点が彼には絶対に譲れなかったのでしょう。親方・師匠=力士・弟子のパワーバランスを崩されることを嫌ったのでしょう。これが単なる個人的推測にとどまらないのは、次回書く貴乃花部屋のトラブル云々で詳述したいと思います

*5:暴行事件は些細な問題ではない!という一般人・社会の感覚はここでは問題ではありません、角界の慣習から言うと揉め事は大事にはしないものなのですからね。また今回の事件を大事にすべきかどうかという点はかなり疑問が残る話です。それはまた次回に詳述。

*6:日常会話においては問題のないレベルで日本語を操れるが、読み書きができない。故に高見山武蔵丸も文書を取り扱う仕事に熱心でない・やりたがらないという可能性ももちろんありえますけどね