読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

小室直樹・山本七平共著 『日本教の社会学』の推薦文

哀悼・追悼 小室直樹 本・読書―批評・批判・感想・レヴュー

 前回*1でようやくTポイントの話をし終えました。ああ、そうか更新しても最新日時で公開していないのから、読者の人でも知られていない可能性があるのか。穴埋めで書いてたし、内容もまあそんな大したことではないので、まあいいか。個人的に気になってしまってTポイントを入り口にして思いついたくだらないことを延々書いただけですし。追記しまくったので、もはや最初に書いたオリジナルの原型をとどめていないかもしれません。あの話がなかなか面白いなと思っていただいた方はもう一度読んでいただけると幸いです。そんな奇特な人いるのかな?(^ ^;)

 で、この前書きたいなと言っていた話を書こうと思っていましたが、先にこんな話を消化したいと思います。レビューを書いたらTポイントが50ポイントもらえるというキャンペーンやっていたので、復刊ドットコムでレビューを書いたんですね。そしたら字数制限があって物凄い中途半端・消化不良なレビューになってしまったので、せっかくなので書いたものをこちらに載っけたいなと思いました。あとメモ帳に保存してあるのが邪魔なのでさっさと消したいのでこちらから先に手を付けたいとおもいます。

 小室直樹山本七平共著の『日本教社会学』です。

日本教の社会学/ビジネス社

楽天リンク

 再販されたことで気になっていたことと、この本を復刊ドットコムで自分でリクエストしたので、まあ読んどいてオススメですよ!とPRしないとせっかく再販なされたビジネス社さんに悪いかなと思ったので。復刊してほしい!とリクエストしたわけですから、ちょっとでもPRに協力したいなと思いましたので駄文を書いておきます。


 今から30年以上も前(1981年)に出版された本でありながら、その内容は未だに古びて廃れてしまうことがない。それは両著者の優れた視点・指摘もさることながら、日本の抱えた問題が30年以上も未解決のままであるということである。巷間では「失われた10年・20年」という用語が広まっている。この「失われた~年」というのは本質的には変化をすることができなかった「変われなかった~年」と言える。

 バブル期の日本において、既にこの「変われなかった」という性質は存在していた。バブル崩壊後に「失われた」のではなく、日本社会と言うのは元々近代社会・民主主義社会において重要な「変革」という因子が存在しなかったのである。失われたのではなく、元から病理や危機を日本社会は孕んでいた。ただ単純に未曾有の好景気・経済成長が存在していたために、内在的なリスクが発露しなかっただけなのである。

 この日本が抱える潜在的な危機がいつか爆発するということを見抜いていた小室は、日本社会の預言者として、警鐘を鳴らし続けてきた。その姿勢は一貫して変わらず、単著を初めて出したときからその主張を唱えていた。日本社会はこのままでは深刻な事態に陥る。内在的な危機が発露して大変なことになるということを小室は『危機の構造』(1976)で既に指摘していた。小室を一躍有名にしたのは『ソビエト帝国の崩壊』(1980)であり、ソ連の崩壊を経済体制・共産主義思想・アノミー・技術力・組織の機能不全性など様々な要因から論じ、それが現実化したことで小室直樹の学問・論理は文壇の注目をあつめることになった。

 前述通り小室は既に日本の危機を指摘していたわけだが、当時の時代の空気ではまだまだ十分には浸透していなかった。故に日本の国家や社会に警鐘を鳴らすために、民主主義国家として近代国家としてあるべきはずの常識がない日本社会の異質性・特異性、つまり前近代性を改めて論じることになる。そのパートナーとして「日本教」や「空気」で有名な山本七平氏が選ばれ、共著を出すことになった。

 小室は山本七平を、丸山真男同じく「浅学非才」(もちろん否定的なニュアンスで使われたものではない)でありながら、正当な学問を修めたわけでもないのにあれ程の発見・業績を残すことが出来た点を高く評価している。が、しかし個人的には山本七平には学術的な「方法論」が存在していないと思われる。小室は社会学的な構造機能分析を山本が行っているというが、山本には学問を行う上での方法論が欠けているゆえに、それぞれ論じる内容に一貫したロジックが見えにくいのである。

  「空気」の研究や、本人の体験に基づいた上での日本軍に関する分析、ユダヤ教と日本社会・「日本教」を比較分析したものなど、それぞれ素晴らしいものではある。しかし、では、それらの発見・結果を総合的に、体系的に学術の形としてまとめ上げることが出来たかと言われればかなり疑問が残る。

 学術的なアプローチ、いかなる手段・方法を持ってして問題を論ずるか、対象領域を研究し、重要な法則を発見するかという「方法論」が確立されていないがゆえに起こるものといえるだろう。故に山本の指摘、分析は断片的であり、優れたものとそうでないものの差が激しいと個人的には思う。

 ―と、以上のような山本批判をしながらも、それでもやはり山本の指摘には優れたものも数多くあるのは事実である。それをもって山本の主張に触れずに捨て去ってしまうのは惜しい。当時の時代を知る上で参考されるべきものであることに異論はない。


 出版以前の状況や個人的な山本への評価はさておいて、本題に戻って、日本社会はなぜ変わることが出来ないのか?それは民主主義社会ではないからである。日本人は民主主義というものをまるで理解していないと言っても過言ではない。民主主義とは何かと言われれば、皆決まって戦争や専制主義の真逆の概念である。自由と豊かさと平和がセットになった、なんとなくいいものが民主主義であるという浅薄な思想が本書で記されている。もちろん民主主義とはそんなものではない。現代でもこのような浅薄な理解で民主主義を捉えている人は珍しくはないだろう。それこそ日本社会の危機の源泉、社会の病理なのである。

 小室の学問とは、多岐に及ぶが一つだけエッセンスをあげよと言われれば、それは資本主義や民主主義とは何なのか?ということである。民主主義や資本主義が素晴らしい、素晴らしいからそれを守りましょうなどという事を言いたいわけではなく。そもそも現代のシステム・社会の基礎となっている民主主義や資本主義というものの論理を知らなければ、それを使いこなすことが出来ない。

 民主主義や資本主義というものに批判は昔からある。共産主義というものが力を持って世界に広まったのも、その批判が人々の心を捉えたからこそである。資本主義・民主主義に欠陥があるがゆえの現象であった。が、しかしその失敗を見てわかるように、現状の制度をより良いものに改革をするには、その民主主義や資本主義というシステムの本質を正確に抑えておかなければならないのである。今の制度の本質がどんなものなのか理解をしていなければ、制度を改革するのも、全く新しいシステムを創り出して行くことも出来ないのである。

 まず現代の社会の基本的なロジックを正確に抑えなくては、社会を変えることも良くすることも何も出来ないわけである。社会を政治を経済を良くしていこうと思うものはこの基本を何よりしっかりと抑えておかなくてはならないのである。

 小室の学問の真髄は問題発見能力もさることながら、優れた現状認識・現状分析にある。であるが故にその価値は未だに廃れてしまうことがない。継承するにせよ、批判するにせよ、その論理はどこにでも応用が効くものである。是非一読されたし。 対談本という性質上読みにくさもある。小室直樹の本は多数あり、読みやすいものは多いので他に読みやすいものから読むことが良いかもしれない。読みにくければ無理せず読みやすいものから手を付けることをオススメする。


 当時の日本は軍国主義などではなかった。軍国主義であれば国家のありとあらゆるものを総動員して戦争相手を研究していた。そして勝てないとわかれば戦争をするはずがない。何故軍国主義がそんな戦争をするのか?軍国主義だったのならば、戦争は避けられた・戦争をするはずがなかった。多くの日本人はそんなことも理解できない。―とまあ、そんな肝心の中身には触れずにおしまい。いずれ内容読んで追記するかもしれませんけどね。

*1:

続、『ヤマトンチュの大罪―日米安保の死角を撃つ!!』

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー 外交関係

 前回の小川和久著 『ヤマトンチュの大罪―日米安保の死角を撃つ!!』―の続きになります。

 韓国・比などの基地は脅威対処型の基地にすぎない。日本は戦略的根拠地で次元が違う。脅威がなくなれば実際そうなった比のように、朝鮮の米軍もなくなる。しかし日本のような戦略的重要地はむしろ増強される。今後もなくなることはない。燃料・補給などロジスティクスの観点からその重要性は言うまでもない。湾岸戦争ロジスティクスを担った戦略的根拠地だった日本の重要性は、約7万人送り込んだ英と比べて、どう低く見積もっても英の3~5倍に相当する。それくらい後方支援という任務は重要。無知だからこそ日本は貢献していないという声を真に受けてしまう。数々の文献に日本の貢献が記されていないのは、国防総省の公式記録に記されていないが故とも言える。「日本外し」で意図的に書かなかったのか、日本の軍事的貢献を取り上げないでほしいという日本政府との談合の結果なのか記されていない。議会が税金の使い道をきっちり調査するという感覚から突っ込んで調べていれば、こんなことにはならなかっただろう。これも民主主義機能不全の結果。湾岸戦争は第二の敗戦である。

 米のチャーマーズ・ジョンソンなどリビジョニストは日本の安保タダ乗りを主張する。これは自衛隊が米を守っているということを理解していないが故*1。米を敵に回すのは日本も敵に回すこと、抑止のハードルを上げることを理解していないが故。
 自衛隊の空軍は世界第15位程度だが、そのアンバランスな戦力で米軍基地を攻撃するリスクを高めている。空軍力を図るものとして敵国を爆撃する能力、制空権を取る能力と並んで敵を自国に侵入させない要撃戦闘能力・要撃密度がある。日本のその能力はイスラエル・米に並んで三位。海軍も対潜水艦戦(ASW)に特化している。掃海能力が世界一で肝心の攻撃的戦力が抜け落ちている。これもシーレーン・米の戦略ルートを守ることを念頭に置いているため。

 防衛予算と基地予算、あわせて約5兆で米の戦略的根拠地を支えている日本が最も双務性が高い国であることは論をまたない。西太平洋からインド洋の戦略分担比率は米6:日4になる。外務省北米局の高官が「でたらめ言ったら困る。横須賀はスービックの50分の1程度の役割でしかない。日本から撤退することはあっても比から撤退することはない」と言った。根拠を尋ねたら米がそう説明しているからとのこと、現地に足を運んでいなければ国防総省の公式資料に基づいたものでもなかったという…。米の政府の当局者と安保の確認作業をする機会があったのでそのことを尋ねた。やはり予算は二次的なもので戦略上の重要性が第一だと認識していたとのこと。

 このような戦略的重要な要衝から撤退はありえない。セキュリティー・バキューム(力の真空)はありえない。ビンのキャップ論・日本の軍国主義が復活するというのも歪な軍隊の戦力を見ればありえないことは一目瞭然。むしろそのように撤退をちらつかせて米の駐留を望む声を上げさせるのが目的。ベトナム戦争後のカーター政権の撤退論で韓国のみならずアジア諸国から駐留維持を望む声を引き出したのがいい例。むしろこのような論にデータなど示してきっちり反論できない日本の問題。

 95年、仏・中が核武装に踏み切ったのは核=政治力の裏付けがあるから。88年、印は核武装を関係国に通達した。翌年中国は印のラジブ・ガンジー首相を招待し歴史的和解に踏み切った。政治的価値・効力がある以上核武装の誘惑は常に付きまとう。その国が米にとって核を持って良いか悪いかで「良い核」か「悪い核」か判定される。米にとってインド・パキスタンイスラエルは「良い核」イラク北朝鮮リビアは「悪い核」。ソ連にとってはこの良し悪しが逆になり、ソ連にとっての「悪い核」の国々をなんとかして味方に引き込みたい。「良い核」にしたいという外交が行われた。

 平和主義・非核政策を外交に掲げる日本は一時的でも国交を断絶して強い抗議をするべきであった(それ自体に疑問はないが、断絶後どういう風に国交回復をするのか、振り上げた拳をきちんと降ろさせる、着地させる方法はいかようなものなのだろうか?)。豪・NZと核実験を非難してきたのにもかかわらず、仏に常任理事国入りを求めて特使を送った。外交的誤りである。

 仏国民に訴えかけるのに仏製品不買運動のようなものはあまり効果的ではない。それで倒産企業でも出そうものなら逆効果、相互の友好を損なうだけに終わる。新進党の意見広告「核実験が最初に破壊するのは仏への信頼である」という大国のプライドをくすぐるのはセンス抜群。中国に対しても友人としての相手を思った忠告でない限り、このような抗議は効果を発揮しない。危機管理の基本は人を見て法を説く事、国際関係でも同じ。

 日米安保の根本的認識を誤っている指導層。朝鮮国連軍という認識の欠如。核開発疑惑についての安保理での経済制裁。中露は積極的ではない。韓日米で安保理を回避して独自制裁は可能。効果を発揮しなければ、次の段階として軍事制裁の性格を含む海上封鎖になる。そうなるとPNR(引き返し不可能地点)になる危険性をはらむ。海上封鎖からそれをかいくぐろうとする北の艦艇との小競り合いが実戦にエスカレートする可能性がある。軍事制裁となると安保理決議が必要になるため、強力な経済制裁は出来ない。

 半島での有事には国連安保理決議がいる。日米安保条約と米韓相互防衛条約には国連安保理の決議が必要という歯止めがかけられている。在日・在韓米軍は「国連軍基地」として位置づけられており、8カ国からなる朝鮮国連軍の合同会議は形骸化したとは言え現在でも存在している。国連地位協定5条2項には、日本国内の基地を朝鮮国連軍が使用することが明記されている。そして24条・25条には国連軍が撤退しない限り、在日米軍基地の朝鮮国連軍としての基地という性格は消えないことになっている。安保条約6条で米軍の基地の使用を認めているものの、1条で国連憲章に定めるところという国連の歯止めがかかっていることがわかる。国連憲章のほうが日米安保よりも優先する構造になっている。だから沖縄のホワイトビーチには日章旗星条旗と並んで国連旗がある。米韓相互防衛条約があろうと、国連軍の性格を持つ在日米軍基地を(注:安保理決議抜きで)半島有事に使用することは不可能。

 社会の官僚化による民主主義の不在。米では一人平均40人いる政策秘書。議員に年40万ドルの手当がある。だから優秀なブレーンに支えられた有力な議員は政策を立案でき、一人で政府の方針をひっくり返すことも可能。また会計検査院のようなチェック機能、ジャーナリスト・シンクタンク・アカデミズムなどの問題の指摘。軍事問題に精通した人物が足りない。

 最後に氏による「平和国家モデル」の提唱がある。歴史認識に基づく戦後処理、南京のような賠償に踏み込むことで信頼醸成をするというプランがあるが、それ自体は賛成するものの、しっかり賠償しても信頼醸成・日本の不信感といったものが解決されるとは思わない。中韓のそれは日本の対応のまずさというより、彼らの自身に内在する問題だから。また相互原則、日本が賠償するのは同じように自国の罪・戦争犯罪に向き合う国に限定するという歯止めが必要だろう。

 凶状持ちであるから信頼回復は難しいとあるが、他国の実利などを無視した視点のような気がする。勿論この時点ではこの見方で対して問題はないのだろうけど。中国の台頭で日本のプレゼンスが求められるようになったように、彼ら自身の国益によって日本への見方は変わるに決まっている。ものの見方が日本中心主義的にすぎるのではないか?まあ本のテーマからそうなるのも致し方ないのだろうけど、もっと「平和国家」がいかに日本の戦略としてふさわしいのか、実利をあげられるのかという話が欲しかったかも。
 1996年という時代的制約があれど、今に通じる論理があるので非常に興味深い本でしたな。続き読もうと思って12月くらいから続き全然読んでないなぁ…。そういえば(^ ^;)。

*1:流石、小川氏自衛隊は本質的には「米」衛隊であるということをよくご存知ですね

小川和久著 『ヤマトンチュの大罪―日米安保の死角を撃つ!!』

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー 外交関係

 そういえば、読んでつぶやこうと思っていてつぶやいていなかった小川和久さんの本を読んだ話を。最近つぶやいても別に反応ないし、めんどくさいからまあいいかなとツイッターで感想をつぶやくこともなくなりましたね。

 あと、芸能ネタ幸福の科学清水富美加さんの話や、金正男暗殺の話やら、「親共左翼」「反共右翼」の話を書かないとね。漫画ネタも書いてないし、ポイントサイトの話もまだ。自作PCのラスト編はいつになることやら(笑)。野球の話も開幕までに終わるか怪しいし大変だこりゃ。

ヤマトンチュの大罪―日米安保の死角を撃つ!!/小学館

楽天リンク→ ヤマトンチュの大罪 日米安保の死角を撃つ!!

 昔の本で今と事情が異なるところもありますが、昔の本であっても読む価値がありますね。小川さんはツイッターで知って以前から読んでみたいと思ってたので、図書館にあったのを借りてきました。古いものから順に読みつくそうと思ってます。

 ヤマトンチュの大罪。沖縄に日米安保のツケを押し付けてきた罪、日本の国際的評価を下げた罪、平和主義を貫けなかった罪の3つの罪があるという。

 沖縄少女暴行事件で17条C項が不平等条約だという声が上がった。しかし当然米にも主権国家(国民国家)として自国民保護の義務がある。よほど確実にならない限り引き渡せない、その調査に時間をかけるのは当然。仮に条文が日本に引き渡すというものに文面が変わっても大きく変わることは考えられない。対等に近い条約にして日本の警察が友好的な通報によって基地内でも自由に取り調べが出来るというふうに変えるのが筋。
 そもそも安保とは主体的な選択によってなされるものなのだから、不断に自分たちに有利なように交渉すべき。それを怠ってきたツケが今回の事件。米政府には沖縄と日本が区別されている。そういう不平等を是正してこなかったからこそこういうことになった。

 英では、一歩基地の外を出た米兵の犯罪は英の法律が適用される。独の場合は、ボン協定で好意的な配慮を払うと明記されている。韓国の場合は日本よりもひどく、米が裁判を行い、場合によっては強制終了もあるとなっている。

 日米安保で基地を駐留させている以上ある程度特別な配慮がされるのは当たり前。なんでもかんでも不平等条約というふうに被害者心理で捉えるべきではない。なにが占領状態を引きずったものなのか、きちんと区別して論じるべき。例えば基地の取材で米だけでなく日本の許可が必要とされなくてはならない。韓国はそうなっているが沖縄ではそうなっていない。韓国の基地は反米感情を煽らないようにペイントなども控えめだが、沖縄は米と同じ華やかさがある。韓国も比もその軍隊が基地を警備して、内部は米の憲兵がという形になっているが、日本は一切米がやっている。これでは米本土と同じ。西独国営放送のクルーが、当時の独の規模のほうが基地の規模が大きかったのにも関わらず取材をして、これでは占領状態ではないかと言ったのも宜なるかな。

 日米安保の交渉の欠如として事前協議を要請してこなかったことがある。配置・装備の重要な変更、戦闘作戦行動において日本の基地を使用する場合事前協議が必要となるとある。日米間の事前協議に関する交換公文には米から出来るとあるだけで、日本から事前協議を求められるとは書いていない。事前協議ができるように交渉すべきなのに、こんな重要な問題をこれまで提起してこなかった。イランの大使館人質事件で日本の基地からヘリを使用したのが明らかだったのにも関わらず、外務省は抗議しなかった。湾岸戦争で空母ミッドウェーが投入された時も、途中寄港地を目的地と好意的に解釈して事前協議の対象とはならないと好意的に解釈する有様…。

 3つの選択肢、日米安保破棄、沖縄の分離独立、そして有事駐留という負担軽減策があるという。嘉手納基地の民間航空化でアジアのハブとして経済を活性化させる。関連して那覇空港自衛隊と米軍で共用する。空港を拡張してこれで普天間も解決と。那覇基地へ一部移して、大部分は千歳基地に移すべきと。

 個人的にはODAなど援助とセットで海外基地移転を図ってもいいと思うが、他国への押しつけはイメージダウンに繋がるので、米領域内への移転でとおすべきと。軍事的知識を無視したような馬鹿な反論が多々あるが、本当にバカなのか、米流の交渉上のテクニックなのか、利権を守ろうとする一派によるものなのか、どれだろうか?その全てかも知れないが。

 有事駐留で抑止力の低下というのは当たらない。台湾の防衛能力から現中国軍が上陸制圧することは不可能。有事駐留で米が介入する可能性だけで十分抑止力は機能する。半島・北に対しても同じ。古い兵器で性能的に劣るし、岩国基地の部隊がもともと半島情勢から作られたように約40分で38度線まで到達できることは変わらない。米韓と北の戦力差は10対1とも15対1とも言われている。これで北が開戦することはありえない。湾岸戦争でその効果を発揮したトマホーク型巡航ミサイル在日米軍基地に配備されており抑止力が低下するわけがない。朝鮮戦争は38度線の防衛が殆どなされていなかったので起こったこと、現在の防衛体制では北が正面突破することは難しい。ありうるのは10万人の特殊部隊による後方撹乱。米韓日の基地を急襲して、航空戦力を機能不全に陥れること。また同じ民族の韓国軍になりすますこと。これをやられると基地の家族や韓国民衆を人質に取られるリスクがある。ただこれは抑止云々とは別の話で、韓国が民政の安定に力を入れることで防止すべき次元の話で関係がない。故に北朝鮮の脅威があると言ったナイ国防次官補の反論は全くのナンセンス。*1
 韓国において民政の不安が最大の軍事リスクということを考えると、昨今の国内情勢は北に付け入る隙を与えているということですね。軍事費じゃなく福祉や教育に回せという当たり前のこと、本来我々が北に言うべきことが日米韓に跳ね返ってくるとはね…。

 外務省に存在する安全保障課は米の言うことを聞くだけになっており、高度な専門知識を持っている人物がいるほうが珍しい。防衛庁自衛隊でも同じ、陸上幕僚監部調査第2課にソ連を研究するセクションはあっても米を研究する班はなかった。同じく日米共同訓練を担当するセクションがあっても、米の戦略戦術面の研究をするものはない。こういうお寒い状況だからこそ片務性という安保感の錯覚が起こる。

 そもそも超大国米と対等な同盟を結べる国などありはしない。どの国だって片務的にならざるをえない。そのなかでどうやって双務性を高めるかという問題になる。
 米は世界中で同盟を結んでいる。その米と同盟を結ぶ以上集団的自衛権の行使は避けられない。憲法を変えるか日米安保を止めるかのどちらかしかない。同じく非核三原則も米が核を持ち込んでいる以上成立しないはず。米が親告しない以上持ち込んでいないとみなすという例の事前協議の発想で解釈している。
 陸海空軍・海兵隊4軍を横並びと理解するのは誤り。国家によって軍隊の重要性は変わる。共産党が巨大な陸軍を持っているのは「党を守るための暴力装置」だから。インドネシアも本来なら島嶼国家として海軍に力を入れるはずだが、国の防衛よりも治安維持のために陸軍に力を入れている。海洋国家の米は海軍・海兵隊に最も力を入れている。任務担当区域も広い。それについで、空軍が「戦域空軍」を担当して陸軍は最も狭い「地域陸軍」という性格を持つ。
 
 「極東」という地域に限ろうとしているから、第7艦隊など地球の半分を担当しているものを無理やり在日米軍ではないという解釈をして整合性をつけている。沖縄と山口にいる海兵隊も同じ、ハワイに一部常駐させているだけで、結局日本の海軍・海兵隊が世界戦略の重要な役割を果たしていることに変わりはない。専守防衛という思想も誤りがある。本来防衛は相手に攻撃の意図があると察知した瞬間にこちらが先制するものだから。
 専守防衛、対日不信感をかわそうとする不純な動機という話がありまして、それゆえに信頼回復できていないという話がありますが、この時期だけなんでしょうかね?関係ないと思いますけどね。軍事と対日不信云々、アジア諸国中韓を含んでいるが故なのかな?まあ冷戦直後で、いよいよ日本が東ア一帯に進出する・米に変わって力の真空を埋めるのでは?という背景がありましたので、そういう時代特有の論理だと思うのですけどね。小川さんは平和ボケ・米依存論理に厳しいので日本の論理をまるまる一括して批判する傾向があるということかもしれませんね。対日不信云々は日本側にのみ問題がある話ではないので、これはちょっとピントがズレた指摘に思えますね。まあ、だからといって間違いだというわけでもないですが。
 
  微妙に長いので分割します。更新もろくに出来ないので少しでも更新日数を稼ぐために今後はどんどん分割していきましょう。分割アクセス稼ぎ詐欺ですね(笑)。せっかくなので、引きとしての煽り文句を書いておきましょうか。日本の基地は根本的に他の基地とは異なる。米は日本の基地からだけは撤退をするということは出来ない。つまりトランプの撤退論というのは根本的に戦略を理解していない虚妄に基づく発言である。では、なぜ日本の基地は他と異なる重要な戦略的価値を持つのか!知りたい方は続きをご覧あれ!
 続き→
続、『ヤマトンチュの大罪―日米安保の死角を撃つ!!』

*1:以前から気になってましたが、小川さんはナイ発言・論理をよく否定していますね。ナイがそういう無知な人間ということか、交渉上平気で嘘をつくいつもの米タイプのやり方をするという人間なのか。どちらでしょうか?