てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

【コードギアス解説・考察】 ルルーシュ生死の謎の続き、コードとかギアスについての推測・考察

 

 ―で書いた中でちょっと邪魔かな?冗長になるかなと思ったところを分割してこちらに載せることにしました。新作映画の発表、『コードギアス 復活のルルーシュ』というタイトルで新作・映画で続編をやるということなので書いてなかった解説を今頃書くことにしました。過去に書いていたギアスの記事を見直していたら、とっくの昔に書いたと思っていた最後の解説・ギアスの話を書いてなかったんですね(大爆笑)。ということで今、ギアスの解説を新しく書いてます。ギアス関係を見直して、画像ないと寂しいので画像入れたいな~と思って画像をちょいちょい打ち込んでたら文量がちょっと多く見える。バランス悪いかなということで分割。最後のギアスの話は、早ければ一週間、まあどんなに遅くても一ヶ月以内には書き終えるでしょう、多分(^ ^;)。
 ということで以下、分割した補論的な話です。まあ多分、この記事は伸びることはないでしょうけどね。ギアスばっか検索で人来ますからね~。ブログアクセスの三分の一くらいギアス記事なんじゃないかな?(笑)。
 出だしはつながりがわからなくなっても困るので重複して始めています。⬛CCとの契約~からが続きですね。一応パッと見でわかるように色を変えておきました。

 

目次

 

⬛エンディングには3つのルート・可能性がある

 さて、コードギアス最終回、ラストの考察から。まあ、他のところでも幾つか解説見かけたんで、ここはさらっと流しますが、最終回ルルーシュはどうなったのかという話。可能性を考えると

ルルーシュ死亡/CC不老不死
 <CCがCode保持者のまま>
ルルーシュ生存/CC普通の人(不老不死ではなくなる)
 <CCのCodeをルルーシュが継承、ルルーシュがCode保持者>
ルルーシュ生存/CC生存(ともに不老不死)
 <両者がCode保持者、ルルーシュはCCのCodeではなく、シャルルのCodeを引き継いだ>

 ―という三つの可能性が考えられるわけです。んで大方③のパターンで解説されています。そして多分それで間違いないでしょう*1。素直に作品の最後まで見ていると、①「ルルーシュ死亡ルート」のように思えます。ただ、個人的には③「ルルーシュ生存ルート」のように思えます。そしてコードギアスファンの中に、この③の「ルルーシュ生存ルート」に強い拒否反応を抱く人がいるようです。

ルルーシュ生存でも物語の完成度は下がらない。CCを見てわかるように不死とは罰なのである

 ①だと、ルルが自分の命をかけて世界を救ったということで上手く話がまとまる。そういう作りになっている。なのに③でルルーシュが生きているという展開になると、その自己犠牲・「献身」性がなくなってしまって、物語の意義・意味合いが薄くなる。ヒーローが自己を犠牲にしてまで世界を救うというところがカッコいい。また自らの罪の償い・贖罪に加えて、「撃って良いのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ!」というルルーシュの覚悟、精神性の気高さ、矜持があり、それが最後の最後で完璧な形で果たされたからカッコいいのに、それが台無しになってしまうと。「何だ生きてんのかよ!」となってしまって感動が薄れてしまう。自己犠牲で最後上手く完結する話なのに台無しになってしまうよ―というような感じのコメントを見ました。
 しかしちゃんとそれに対するレスがありまして、『いやルルが生きているとしても、ルルは「不老不死」になってしまう。CCがその「死ねない」という呪いから逃れようと行動していたように、「不老不死」というのは実は罰なのだ』という感じのレスがあり、見事にその意義・解説がなされていました。まさにその通りでしょう。永遠に生きるという「不死の罰の道」をルルは選んだのですね。意図的な選択の結果かどうかは不明ですが、不死という罪を歩むことになったことは、CCの苦しみを考えると、その辛さ・罪の重さは言うまでもないことであるので、ルルーシュが死んだとしても作品の完成度が低くなることはなく、真に上手いラスト・オチだと言うことが出来るでしょう。*2

⬛「ルルーシュ生存ルート」、VVコードを継承したと考える根拠

 ①「ルルーシュ死亡ルート」でなくても話の整合性、ラストの感動のフィナーレに水を差す物ではない。しかしそれでも②、③どちらなのか?まだ謎は残るんですね。結構③の解説が多かったんですけど、②の可能性ももちろんあるわけです。しかし個人的にはまあ、③だろうという根拠があります。②ではなく③になる可能性、つまりCCのコードではなく、シャルルのVVのコードを継承したという根拠の解説は見たことなかったんでその解説をちょっくらしてみたいと思います(まあ、そんなにググってないのでドコかに解説が書いてあるかもしれませんが。あ、あとついでにここから面倒くさいのでCodeでなくて、コードってカタカナ表記にしてます)。

⬛CCとの契約を守るなら②か③かのどちらかになる

 CCの願いというのは「死ぬこと」でした。ルルーシュは「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」と行動をし続けた結果、自分の言ってきたことに責任をもって、その言葉を守って死んだわけです。ルルとCCは契約を結んでおり、ルルはCCとの契約を果たすと言いました。その約束を守らずにルルが「やっぱ世界守るために、俺死ぬから、約束は守れないわ~、CCごめん、メンゴメンゴ(ゝω・)テヘペロ」と言うでしょうか?CCとの契約を果たすための行動をとったと見るのが自然です。
 ルルは契約を守るためにCCからコードを引き継ぐという話をしたはずです。CCは自分のような呪われた運命を味あわせたくないと拒否したかもしれません。もし、納得してもVV→シャルルのコードを引き継いだルルが更にコードを引き継げない事で、その時気付いたかもしれません。まあ実際に確かめたかどうか、それはわからないですからなんとも言えませんけどね(コードの統合という話がラグナレクの接続のところでありますが、ラグナレクの接続抜きでコードを統合できるのか疑問の余地があるので)。
 シャルルがCCのコードを奪ってコードを一つに統一しようとしたことがあるので、ラグナレクの接続の前段階でなくてもコードを一つにできるかもしれません。だが、このときルルはギアス能力者でしかなく、シャルルのようにコード保持者*3でないので、きっとそれは出来ないと考えていいでしょう。
 CCが拒否して確かめられなかったか、それとももしかしたらシャルルのコードを継承した可能性があると事前に知っていたのか、わかりませんが、いずれにせよこの時点でルルがCCのコードを継承出来なかったと考えられます。もしかしたらシャルルのコードを継承したとスザクもCCも薄々感づいていたとしても、あんまり気にしなかったというか確信を持てなかったから確かめなかったかもしれませんね。大事なのは「未来」とそれを作るまでの過程としての「今」でしたから、そこら辺の検証などは曖昧な感じだったのかも知れないですね*4
 これもコードの原則とかルールがいまいちハッキリしていないので絶対的な確証をもって言える話ではないのですけどね(※小説読んで、そこら辺の設定がハッキリわかったらまた書き直します)。まあ、物語のテーマ上、そしてこれまでのCCとルルの関係性を考えて、③の結末にならないとおかしいんですね。作中の考察というよりも、作者のテーマという観点からこう読み取ることが出来るという話になります。

⬛コードとギアスについておさらい

 そもそも、コードとギアスの関係があやふやなんですよねぇ、そこら辺解説しっかりしておいてくれれば、こんなあやふやな説明にならずに済んだのに…。知り得る限りの説明をすると、コードというものを持つ人間は不老不死(①)でCの世界’(おそらくCollective unconscious:集合無意識のCで、集合無意識の世界)とアクセス出来る(②)。故に他者への精神接触も可能です。そして才能のある人間にギアスという能力を与えることが出来る(③)。
 コード保持者からギアスという能力(①)を与えられたギアス能力者は、ギアスという能力を使い続けるとその力は強くなる。強くなりすぎると、本人でもコントロールが効かなくなる(②)。主に目を介在して能力を使うわけだが、強くなると片目だけでなく、両目にギアスの「ひ」のマークが現れるようになる(③)。その状態になるとギアス能力者はコード保持者からコードを奪うor継承するということが可能になる(④)。そしてコード保持者となるとギアス能力を失うが、不老不死となる(⑤)。

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Cの世界で右目も開いて、両目とも「ひ」マーク持ちになりました(③)。これで④のコード継承が可能な状態になるわけですね。

 まとめると次のようになります

<コード保持者>
 ①、不老不死
 ②、Cの世界・集合無意識にアクセスできる
 ③、才能あるものにギアス能力を与える
<ギアス能力者>
 ①、集合無意識に働きかけ自他に影響を及ぼすギアス能力を使える
 ②、ギアス能力は強くなると制御不能になる・暴走する
 ③、強くなると両目にギアスマーク・「ひ」の字が常時現れる
 ④、③の状態になるとコード保持者からコードを奪う・引き継げる
 ⑤、コード保持者になるとギアス能力を失い不老不死となる

 コード保持者からギアス能力者がコードを継承した事例がCCとシスターの例と、シャルルがVVから「奪った」という事例の2つの例しかないので、類推になりますが、コードを失ったものは不老不死ではなくなり、死ぬようです。その2つの事例から考えるとCCが生きている事を考えて、ルルがCCからコードを奪った可能性はグッと下がるでしょう。
 ただし、シスターが死にたいと願っていたことや、VVが瀕死の重症だったことを考えると、シスターが不老不死でなくなっただけで、即自ら死を選んだ・自殺した可能性があります。またVVも回復能力が働かずにコードを奪われて、瀕死の状態でありそのまま回復できずに死んでしまったという可能性も考えられないわけではないので、CCが単にコードを失って不老不死ではなくなっただけという②の可能性もゼロではないでしょう。②の「ルルーシュ生存&CC脱コードルート」もやはり一応考えられます。
 

⬛補論:ギアス能力の特性について

 (※ここは一応の補足解説なので、簡単に読み飛ばして下さい。)ああそうだ、ついでに一応解説しておくとギアスって最初見たときにいつもの能力者モノ、「能力者バトル」漫画が昨今の潮流の一つになっているように、この作品でも色んな能力・異能力者が重要な要素として関係するものだと思って見ていました。が、しかし、この作品においてはギアス能力というのは集合無意識にアクセスして能力を発揮する、集合無意識を通じて相手の意識に干渉を及ぼすということになっているので、通常の能力モノ系とはちょっと違うんですよね。あんまりそれを指摘しているものがないのかな?と思ったのでその話をしておきたいと思います。作品に登場した能力を並べると
 ●ルルーシュ、一度だけ相手に言うことを聞かせる
 ●マオ、特定範囲内の人間の心を読む
 ●シャルル、相手の記憶を書き換える
 ●ロロ、特定範囲内の人間の時間の流れを止める
 ●ジェレミア、ギアス能力を解除する
 ●教団の子供、特定範囲内の相手の動きを操る(おそらく)
 ●CC、愛される(おそらく特定範囲内の人間に好意をもたせるor虜にする)
 ●マリアンヌ、死後に生者の心に取り付く(ちょっと表現難しい)
 ●ビスマルク、特定範囲内の人間の未来を予測する
 ―となっていて、すべて集合無意識を通じて相手の精神・心に影響を与える、干渉するものなんですね。だから「私のギアスは火を操る程度の能力!」とか「僕のギアスは物を重くする程度の能力!」みたいな人は出てこなかったんですね。だから能力バトルモノとはちょっと一線を画すわけです。自由に色んな能力を都合に応じて展開させられない。あくまで集合無意識を通じて相手の精神に影響を及ぼすという範囲内でしか能力は発揮・発現されないんですね、実は。

⬛集合無意識下でのルルVSパパ・ママの経緯についての考察

 んでまあ、ルルがCの世界で集合無意識に「願い」のギアスをかけます。以前ギアスがあるとしても、なんで一人の力で巨大な集合無意識に影響を及ぼせるんだよ、無理ありすぎじゃね?そもそも集合無意識からギアスという力を引き出してその集合無意識にアクセスしているんだから無効化されるんじゃないの?的なことを書きました*5が、最終話でのラストのスザクとの会話でスザクが言ってましたね。
 「僕たちはCの世界で人々が明日を望んでいることを知った」って、つまり集合無意識も、人々も明日を望んでいるという思いが元々あったから、ラグナレクの接続・アーカーシャーの剣という「神殺し」の装置の無効化が出来たわけですね。ルルのギアスはきっかけで、それによってより強力な力を発動・現実化させたと見なすべきなんでしょう。
 それはそれで謎が解けたので良いとして、シャルルの話。ママアンヌは精神体ですから、彼女がギアスを受けた集合無意識に飲み込まれるのはわかるのですが、シャルルがコード保持者で不老不死なのにCの世界に飲み込まれるってのはどうなんでしょうか?そもそも「時の歩みを止めないでくれ!」というのがルルの願いだったはずなのに、どうして「あなた犬の散歩いくならスーパーで卵と牛乳とハム切れてるから買ってきて」みたいなお使い感覚でついでにホイホイ二人を飲み込んじゃうのでしょうか?ラグナレクの接続・アーカーシャーの剣という「神殺し」の装置を破壊することでルルの願いを叶えるだけでいいような?神殺しの罰といえるんでしょうけども。
 今思いつきましたが、Cの世界に干渉すること事態がまあNG、大逆も大逆、不遜極まりない行為ですよね。Cの世界にアクセスするような輩がいる限りこのようなことは起こる。だからスーパーひとし君人形のように、ファファッファファッファーワぁぁぁンと没シュートしちゃたということなんでしょうか。

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神の領域に足を踏み入れた天罰というような意味合いなんでしょうか。ママアンヌも「CCもこの計画に賛同していたのにどうして!?」と言っていましたし、改心したCCは見逃されて、Cの世界にあまり来てなかったルルとスザクの二人はもちろんおkだったということになるのでしょうかね*6
 ルルは集合無意識に「時の歩みを止めないでくれ」というギアス、願いをかけることで膨大なエネルギーを使い、ルルの両目が開く状態、両方共「ひ」になってコードを継承することが可能な状態になりました。いささか「時の歩みを止めないために」というギアスの拡大解釈の気もしますが、シャルルはCの世界に閉じ込められる、飲み込まれることになります。

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 (※追記、集合無意識で全人類が繋がる=意識・想いの共有で嘘がなくなる。嘘・偽りのない世界になる。しかしそれは悲劇が生まれなくなると同時に何の変化も生まなくなる。何の変化もない同じ毎日の積み重ねになる=時の歩みを止めることになる。まあ大体そういうロジックなわけですね。ラグナレクの接続・アーカーシャーの剣というのはその時の歩みを止める道具・システムだったから崩壊消失するのは当然。んで、シャルルもママアンヌも既に先行して、全人類の誰よりも早く集合無意識とそのシステムで結びついていた。システムの一部となっていたということかもしれないですね。なので「時の歩みを止める」装置の一環だった二人は消滅したということかもしれません)

⬛Cの世界が人間はともかくコードを呑み込めるとは考えにくい

 この時シャルルが不老不死のママ飲み込まれたのかどうかがポイント。ルルーシュがコードを引き継いだかどうかのポイントになると思われます。たとえば、ジョジョのカーズのような状態にして、永遠に苦しむという罰を与えることが集合無意識に可能だったのか?精神面だけ飲み込んでしまう罰という形でCの世界を出たら、シャルルの身体・肉体自体は存在する。だが肉体自体は不老不死でも、何の意思も持たない植物人間状態、意識のない人形のような状態になっていた。不老不死のシャルルを倒すには精神面で倒すしかないので、Cの世界で呑み込んで行動不能にしたというパターンも考えられます。Cの世界で、精神世界上で繋がっているだけなので、心・意識を集合意識が呑み込んだだけで生きていることは生きているパターン。殺せないのでCの世界に封印した説というのも考えられるんですね。(「不老不死シャルル、VVコード封印」説とでもしておきましょうか)
 このパターンだと①と②の「ルルーシュ死亡ルート」と「ルルーシュ生存&CCの脱コードルート」のいずれかになります。まあ、それならば、シャルルの廃人状態が描写されるはずですし、皇帝ルルーシュの所で、ルルーシュが「皇帝は私が殺した」と言っているシーンで捕虜にしてある植物状態のシャルルを殺す映像を後から撮って皇帝弑逆シーンを流すはずなのでやはり考えにくいパターンなんですね(まあ尺足りないからという言い訳されればそれまでなんですが)。
 また、もう一つこのパターンが考えにくい理由として、「不老不死シャルル封印説・VVコード封印説」が考えにくい理由として、シャルルを単に精神的に殺す。Cの世界に吸収して封印するということ自体はありえても、コード・VVのコード自体を封印することが可能なのか?という疑問があるからですね。Cの世界に干渉して「時の歩みを止めないでくれ」という命令を下したルルーシュがいて、そのルルーシュにコードを引き継がせないということがありうるのか?CCがコードの統合で2つのコードを同時に継承しているならまだ可能性はありえても、Cの世界がコードを吸収することが出来るのならば、もっと昔からコードを抹消しようとしたCCのような人間が実行したでしょうからね。コードを有史以来かどうか知りませんが、ずっと引き継いできた集団・人間がいて、そんなことで消せるものか?
 ラグナレクの接続でコードが消えてなくなるという設定があるのですが、それはCの世界と全世界の人間の心を集合無意識を通じてつなげた場合の話。それが失敗した今、2つのコードが1つだけでも消滅するとは考えにくいと思うのですね。
 (※追記2―不老不死という呪いがかけられたコードというものを持っているコード保持者は「死にたい」と願って延々それに縛られる。その呪いを精神的死という形で逃れられるのか?植物状態だったり、精神ダメージで自我を崩壊させて抜け殻となった誰かの肉体に「封印」出来てしまうだろうか?そんな疑問がありましたが、CCが記憶をなくしてピュアCCになった時がありましたよね?あれを見る限りやはり一時的に意識を飛ばしてCの世界に引きこもるようなことは可能でも、自我の消失や消滅は考えにくいでしょうね。そういう事を考えてもやはりルルーシュが「達成人」になったかどうかはおいといてシャルルからコードを奪ったと考えるのが自然に思えますね)

⬛Cの世界はシャルルのコードを奪いルルーシュに与えた。もしくは覚醒したルルーシュが奪うという形でVVコードを引き継いだ

 確証がないのでハッキリと断言はできませんがそのように推測しています。そして、ルルがコードを引き継ぐ条件は整ったので、集合無意識は不老不死のシャルルを殺すために強制的にコードを剥奪したと考えるのが自然だと思えます。コードを持っているシャルルがいる限り、同じことがまた起こる可能性があるわけですから、封じ込めorコードを剥奪する。そして時の歩み、明日を望むという集合無意識の、人々の願いと一致する意志を持つルルーシュにコードを託したのだと解釈すべきでしょう(まあ、単純にルルーシュがコードを奪ったということでも良いんでしょうけど、こっちのほうがより良い話になるのでこの説を押したいと思います)。
 それがもし正解だったとしたら、シャルルのてのひらにコード「ひ」の字を飲み込んだ段階でなくしておいて欲しかったですね。そうしたら「あれ?シャルルの手のひらからコードのしるしが消えてる!」となって簡単に確信できましたからね。最後に手のひらが映るシーンではまだコードの刻印が残っているんですよね…。なのでちょっとまだ断言しきれない、確実な根拠に乏しいところがあります。

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 それとも最後に「消え失せろ」という叫び、親殺しの意志を明確に見せたそのときに明確にコード保持者を殺すという意思表示となって、コードを「奪う」ということになったのでしょうか?そうでなければ、集合無意識がスターを取ったマリオ状態でなんでもありで、コード保持者であろうと何であろうと飲み込んでくれたという設定なのでしょうか?飲み込まれつつあるシャルルがなんであんな幽霊みたいな謎の動きができるのかもよくわからん話ですしねぇ。散々ネタとしていじられていましたね、この画↓。

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( ※追記3―飛ぶ皇帝おじさんで思い出したのでついでに余計な話。f:id:drkinokoru:20180901202216p:plain

そういえば、この右手に見えるコードがルルの首に触れたことを以ってコードが直接移ったという説も見た覚えがあります。コードを統合しようという時に、右手のコードをかざしてCCのコードを奪う統合なのか?それとも協力プレイ?かわかりませんが、右手にあったんですね。前からコードは右手にあったと思うので、あえて今回の統合のために右手に移した云々があればまた面白いのでしょうけどね。まあそのことが無関係とは言わなくても、コードの継承というのは集合無意識に願いをかけた時点でなされるべくしてなされるものだったと考えるほうが良い気がします。)
 (※追記4―ナナリーの笑顔の意味、お前たちが欲しているのは「他人に優しくなれる世界」という優しい世界ではなく、「自分達に優しい世界」を欲しているだけだ。自分の子供の生死を気にもかけずに見捨てたのがその証拠だとしてシャルルとマリアンヌの世界・優しい世界をルルーシュが否定する。

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で、この賢しき愚か者めがぁああ!と突撃してきたシャルルは「このままだと嘘と偽りの世界・善意と悪意が一枚のカードの裏表で入り混じったシュナイゼルの世界だぞぉう!」―と、今のような世界=悲劇がずっと続くことになる。永遠に苦しみ続ける人間・犠牲者が生まれるんだぞぉうとルルーシュに怒りをぶちまけます。しかしそれを「だとしても、お前の世界は俺が否定する。消え失せろ!」

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ルルーシュが意志を明らかにした。それによって、ルルーシュは親殺しと同時に時の歩みを止めない選択をした。時を進み続ける選択をしたルルーシュに集合無意識がコードを委ねたと見做すべきでしょう。ルルーシュが集合無意識に「明日が欲しい」「時の歩みを止めないでくれ!」と願いをギアスを通じてかけた。そして集合無意識が「よっしゃ!わかったで!そのかわり後のことは任せた!」とみんなの未来をシャルルのコード毎任せたということでしょうね。コードを負のもの・呪いとみなすならば、コードを引き受けてもらうということになるでしょうが、コードが希望の存在となる展開もありえるのでそこらへんは待て次作!―と言ってもそこらへん特になんにも触れられない可能性もありますが(笑)。)
 (※追記5―こんな短期間で更に追記するのってどうなの?って感じですが、思いついてしまったのでしょうがない。単なる気になるポイントなんですけどね、左から右という話で右目に「ひ」ギアスマークが発現する・両目開眼は全員おんなじパターン・最初は左目だけだと思ったのですが、実は初期状態・片目ギアス状態が右目というパターンもある。どこかのサイトでギアスの子供の話を見てそれ自体どうでもいい話だったんですが、画を見た時、あれ?子供のギアス右目じゃんと引っかかったんですよね。

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 んでまあ、気になったんで、他のギアス使いの片目はどうなってるか調べてみました。ロロが右目だったので、ということはVVコードは右目オンリー。CCコードは左目というパターンになっているのかな?と調べたらどうもそうでもないんですね。じゃあ、子供とか、ある一定段階まで成長していない場合は右目?それとも饗団(字これで合ってたかな?ちょっと違ったかも)の改造を受けた場合は先天的・ナチュラルな存在ではないので右目になるとかがあるのかな?と気になったんですね。

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マオ・CC・マリアンヌ・ビスマルクは左。マオの場合は右目が見えなかったんで幼少時に既に両目ギアスという可能性もあることはあります。小説でルルーシュよりも優れた才能を持っていたといいますしね。性別・年齢・後天的な改造・授けるコード保持者の違いもないみたいですね、これ。言うまでもなくルルーシュとギアスキャンセラーのジェレミアは左なので。なんでこれ条件バラバラにしたんでしょうね。こんな適当にしたら間違えそうなものなんですが、現にルルーシュが右目ギアスになってましたしね。ロロのギアスにかかると目がロートこどもソフトみたいに真っ赤になるんですが、その指定で両目赤くするのとギアスを間違えたのかもですね。ギアス暴走を防ぐコンタクトがあるから右目だけ赤くならないとかも考えましたが、この時普通に二人は会話してるので、まあ単純なミスでしょうね。

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VVがロロに、君は出来損ないなんだよ!みたいなことを言っていたので、ギアス能力が弱い・未完成の場合、右目に発現ということなのかもしれないですね。ジェレミアの場合は実験がうまく行ったから&特殊なギアスキャンセラーという能力だから左目ということかもですね。
 で、そんなミスがあったんだ、へぇ~的なことはどうでもよくて、また追記しようと思ったのは、マリアンヌが私のギアスは「人の心をわたるギアス」という説明をしていたところに引っかかったからなんですね。「意識を表層にあげた時CCと心で話すことが出来る」という所。逆に言うと「意識を表層にあげさえしなければ」CCやRRであるルルと話をすることもない。つまり、もし生きていたとしても集合無意識にアクセスできるコード保持者にもバレないということですね。アニメだといきなり出てきて、集合無意識に呑み込まれた影の薄い母親なんですが、小説ではマリアンヌこそ主役というか黒幕・ラスボス的存在なんですね。閃光のマリアンヌどんだけすごいんだよというエピソードもありますし、三期じゃなくて新作映画でもしかしたらマリアンヌが出てくる可能性がありますね。マリアンヌのギアスが人の心をわたるギアスで、人に取り付くことが出来る。集合無意識に呑み込まれたと見せかけて、とっさにギアス能力でスザクに取り付いて生き延びたということが考えられるんですね。
 ルルーシュとCCとスザクの3人がいて、CCにはギアスが効かないのでダメ。コードギアス状態だったルルーシュは一応ギアスが効くのでワンチャンありで、やはりスザクが大本命ですね。実はあのマリアンヌが生きていてスザクに取り付いて「復活」を果たして、再度ルルーシュと対決!!だったら展開としては面白いんじゃないかなと思いました。まあ、あくまで可能性にすぎないので、新作映画の展開はそうなるに違いない!とは断言できないんですけど、この展開になったら面白そうですね。まあ、そうならないと思いますけど、的中したらまたドヤりたいと思います。
 ああ、そうそう1期のラストでCCが「残っているのは魔女としての記憶だけ。そもそも自分が人間だったのかすらもわかりはしない」という話から、コードを継承するとそれまでの記憶が消失するという設定があるという可能性の話もあるんですよね~。新作映画の予想的な枠で語りたいな、これ。シャルルは「達成人」だったから記憶が消えなかった。しかしルルーシュはそうではないので消えている可能性があるんですよね。新しく書いて文量の問題があったらそちらでもう一回書こうかな~。)
 まあとにかく不老不死のシャルルを葬るためにコードが剥奪される必要があるわけで、ルルーシュに継承されたと見るべきでしょう。コードが二種類存在していて、直接ギアスを与えた方じゃない人間でも継承されるのか?という疑問はありますが。細かい説明、設定が今のところこんな理解でとどまるので、こんなあやふやな解説になりましたがそこら辺はご勘弁ください。  
 以上、【コードギアス解説・考察】 ルルーシュ生死の謎、R2の意味、CCラストのセリフの意味 ―で書いた個人的なルルーシュ生存ルート、VVコードの継承。③パターンであると思う話で書いたコードやギアス云々の推測・考察でした。

 ※おまけ:ギアスを与えたほうじゃないギアス能力者でもコードを引き継ぐことが可能なのかという疑問があると昔書きましたが、多分、大丈夫でしょうね。というのはCODE-Rという用語が序盤のCCのファイルみたいなシーンと、あとオレンジ卿ことジェレミア・ゴットバルトの改造の方でCODE-Rというものが出てきていて、小説でR因子・C 因子というものが説明されていました。なのでギアス能力者に必要な才能というものはR因子というもので共通しているということでいいと思います。VVコードでも、CCコードでも、R因子のレベル・能力さえクリアすれば大丈夫ということだと思います。 
 ついでに、どうでもいい話をもう一つ。シャルルがスザクに思考エレベーター・玉座の奥の間に連れて行った時、「ラウンズでギアスのことを知るお前だけに教える」みたいなことを語っていたのですが、あれ?ナイトオブワンはギアス使えるじゃんという話。考えられるのは単にシャルルがビスマルクのギアスのことをスザクに隠したということ。次にVVからコードを継承したシャルルがギアスを与えたというパターンですね。コード保持者となって、ギアス能力を授けられるか試したくなって、ビスマルクにギアスを授けたというのが展開的には面白いのですが、多分左目を昔からずっと封印してそうですね。いきなり左目にヒモつけてきたら、ウチの上司どうしたんだろ…って話ですし、ナイトオブワンの実績はギアスありきの話っぽいので、VVやCC、多分VVから与えられていたんでしょうね。

※2018/08、記事分割&画像追加、追記4まで

*1:実は④としてルルーシュが生きていてCCのCodeも引き継いで2つのCodeを統合したという可能性もなくはないのですが、ちょっとストーリー上考えにくい。まずありえない選択なのでここでは排除しています。なぜ、考えにくい・ありえない選択なのかは次回のそのまた次の回の【コードギアス解説・考察】C.Cの願い=愛されることについてで語っていますのでそちらを参考にして下さい。

*2:ざ~んねんあなた騙されちゃったの!回からCCの不死の苦しみは説明されていたと思えるんですが、不死の苦しみという話がいまいち読み手側・受け取り手に理解されていないフシがある気がしますね。

*3:コード保持者になると不老不死になるが、ギアス能力を喪失する。最終回でラストを迎えるまでギアス使っているので、間違いなくその状態・コード保持者にはなっていない

*4:コード持ってるか確かめたいから、撃ち殺して復活するか試すなんてわけにも行きませんからね(笑)。何より、コード保持者になって復活出来て不老不死になったとしても、肝心要のギアス能力が失われてしまうので最後の戦いが終わるまで、ゼロレクイエムまでギアス能力を放棄することは考えづらいですからね

*5:前回の集合無意識云々の話は→【コードギアス解説・考察】 「集合無意識」と「仮面」<ペルソナ>の話 

*6:一応、ルルーシュが「消え失せろ!」と言っているので、それがCの世界への命令、二人を消せ!という意味合いにも読み取れるんですけど、それ以前に消失が始まってますからね

『莊子 外篇・雑篇』 読んでの気づきとか考察メモ <後>

新釈漢文大系〈8〉荘子 下巻/明治書院

*1
 ※例によって長いので分割しました。いつものようにタイプミスの誤変換・脱字の修正と読み返してのちょいちょい修正・追記をしています。今回は、ああそうだこんな話があったっけとか、こういう事も言えるのかな?とか追記をしているので、暫くはこの記事コロコロ変わると思います。前半はこちらです→『莊子 外篇・雑篇』 読んでの気づきとか考察メモ <前>


 第十五刻意 必死な行動、言論での仕官も隠遁もダメ。呼吸法などによる自彊術もダメ。何もしなくてもうまくいくのが聖人。水のたとえで、静的な水が出てきても動的な水の話は余り出てこない。あっても余りポジティブ・+なものではない。身体論的に言えば前者の静は無論のことで当然論じられているのだが、後者の動・激しいエネルギーをも備え持つ水という物の本質を語りきれてない。片手落ちの感があるように思える。「秘蔵の宝剣」天地万物に精神がある。純粋でまじわらせない。天真のまま欠けないのが真人。天地感応のロジックと一緒。じゃあどうすんの?修行しないの?という話になってきて、天才しか実現不可能ということになってしまう。
 第十六繕性 道世相喪、古の隠人は積極的に隠れたのではない。言が受けいられないときだけそうした。ハマれば大活躍するがそういう世でなければ身を安らかに保つ。昔の志というのは出世を意味するのではない。立身出世の行動・言論・学問への否定。哲学・宗教性強し。
 第十七秋水 河伯と北海若の話があり、名篇とされているとか…。本当にそういう評価なのか?孔子が衛・匡において囲まれてもひるまなかった(文中では栄人であるが、衛人とする説もあるとか)。恬淡としていた。孔子へのプラス評価は多い。公孫龍が莊子に戸惑う話、魏公子牟との対話。この魏公子は後にまた出てくるが、田子方も魏の文候に話をしているシーンが有る。覇者としての文候だけでなく、公子の話もでてくるのは土地柄・思想上道家と結びつく要素が多いのか?それとも興国期の文候と傾国期の公子の違いというだけでたまたまかな。*2弁論術に対する宇宙論宇宙論で煙に巻くという対抗策は当時有効だったとみなすべきか。故に陰陽家の発展・伸張。邯鄲の歩、莊子にも見えているわけだが、邯鄲の歩というのはいつ頃から見受けられるものなのだろうか?三国に分裂して、胡服騎射で強国になった辺りから雅な土地柄になっていったのか、それともそれ以前からそういう要素があったものなのか?(燕の若者が雅な歩を学びに来たわけだが、燕の地・人の事例は少ない。ひょっとしたらこれだけかも。)
 莊子が楚の仕官を断った話。恵施のいる梁へ訪れた話、濠の上の話。―計、5か6程のエピソードがあるわけだが、一貫性がない。最初に抽象的な話をして、適当に話を詰め込んでいくのがパターンなのか…。*3
 第十八至楽 立身出世・富の否定。万物造化、死生にこだわらない話。余人に出来ると言えるだろうか?当然無理。ここまで極端な思想を見ると、ある種の快楽主義と言える楊朱の裏返しとすら思えてくる。妻の死に平然としている莊子とその相手に出てくる恵施。最初恵子との問答を見たときは、道の概念を理解しない典型的な理解できない人間のように思えたが、むしろ莊子の思想・学識の深さを理解しているからこそ莊子も彼との付き合いを好んだ。問答を挑む好敵手・論敵というより、良き友人のように思えてくる。現実政治の話にこだわる恵子ではなく、莊子の言う道を理解しつつも、その深淵を知ろうと人間の理性の限界を理解しながら論戦する。自分のスタンスは崩さず、莊子の思想を探る。一連のやり取り、関係性を見ると、半ば遊びながらツッコミを入れて知的遊戯を楽しんでいるように見えてくる*4。(髑髏、死者との問答がある。これも楚の地。また海鳥の話があり、勘違いした鳥の養い方の話がある。これは魯候)
 第十九達生 人の精=天地万物の精と同じ。精を保ち極致に至れば、天下の化育をたすける。尹喜・函谷関の令と列子の話。*5
 楚の林での佝僂・せむしの蝉取り*6、船漕ぎ、養生(船こぎと養生は孔子が出てくる話であり、これもまたプラス評価での登場)、木鶏、水泳、名工、馭者。すべて忘我の境地で物を忘れる集中状態となる。名人・達人・天才の話だけのほうが上手く収まるのに斉の桓公の妖怪の話などが入ってくる。病を忘れたから治ったということか?いずれにせよこれでまた章・一つの篇としてうまくまとまらない、スッキリしなくなる。(名工は魯の人間で、馭者の技を見せる相手は魯の莊公でひと目見ただけで失敗を予見するのが顔闔)
 ※追記:田開之が養生の話をするところで内においては~外においては~と言う話をして、孔子の言を引いて内を養って籠もるな、外を養って現れるな。枯れ木のように無心に中央に立て。内外両方で調和をすべきだ。かくあれば至人の名を極められるとしている。この「内と外の論理」というのは往々にしてよくでてくる話で、この「内と外」というところに着眼点をおいてしっかり読むべきだったなぁ。もう読み疲れたからやらないけど(^ ^;)。そもそも莊子がいちばん初めにしている大事な分類分けが<内篇>と<外篇>だったし、そこに注目しなければならなかったですね。
 蒼天航路曹操は陣形を完璧にしない、きちんと整えない。必ずどこか一つ外してくるなんて話があったが、そういうふうな発想があるのかもしれない。完璧に整えて論理の整合性や完成度の高さを目指すよりも、このように必ずどこか崩す。わざと整わないように外して作っているのかもしれない。不完成・未到達の美みたいな。戦場・戦陣においては、どんな事態でも対応できるようにあえて完全な形にせず以下用にも動けるようにしておく柔軟性の維持ということでわかるが、書・テキストとしてこれはどうなのだろうか?後人の補完・文献の散逸を想定していたとか?ラストの孫休の話も理解が俗人には難しいという主張を加えたから全体としてのテーマ・主旨がよく分かりづらくなる。前フリ・今回のテーマ→具体例→オチ~みたいな流れが全体を通じて共通しているというのならばいいのだが。鳥をもてなすには鳥が好むものでもてなすのが正しい。人と同じやり方、食事・酒では鳥も困惑してしまい、やがては衰弱死する(この鳥のたとえ好きですね)。道の思想も同じ、理解し得ない人間に深遠な道の話を説けば戸惑い迷ってしまう。
 
 第二十山木 市南宜僚が魯候に出家を誘う話。衛の大夫・北宮奢が衛の霊公のために鐘をたった三ヶ月で完成させた話。道に従って強制しないやり方。
 春秋時代における道家の有効性、道家思想の人間が統治技術を持っていたという話。官僚制以前、法治以前の社会では労役は強制。強制労働に近いそれは当然能率が落ちる。それをしないだけで上手く行ったということなのかな?こういう道家の民を効率的に使役するというのは妙術、優れた統治・使役技術として映ったはず。故に春秋初期・中期頃には道家という思想が為政者からも注目されていた可能性は十分に考えられる。まあ莊子的というよりも黄老的と言えるのだけれど、両者が未分化・枝分かれしていない時期・段階であり、どちらからも道を弁えたものとして映っただろう。ある一定の時期・段階までは為政者や官吏層から注目されたものの、法治社会・官僚制以降はそちらの方がより能率が良いものとなって、通用しなくなり駆逐されていったという流れともみることが可能だろう。
 道家思想の消失と道家思想の集大成者莊子の登場 莊子の活躍した期間が大体春秋から戦国時代へと移行する期間だったということと併せて考えると、そう見るのが自然に思える。丁度道家思想が為政者・統治階級から魅力をなくして、その言説・及び論の説得力を失っていった。社会から道家思想が急激に消えていくという時代背景があったことを考えると、断末魔の雄叫び・最期の煌めき、集大成として莊子思想が生まれたと考えることも出来るかもしれない。あまりにも社会や政治への無関心・関係性の無さは、社会から消えいく道家思想というもの故だからか。無意味・無価値・くだらないから消えるのではない、世の中が間違っていてその真価が理解できないからだ!そんな腐りきった今の社会に何の価値もないわ!というメッセージ・テーマ背景を考えてみると、反骨精神が通底していることがわかるし、世の中への痛烈な批判・皮肉・警鐘が読み取れるだろう。
 道家思想には終末・末法の世という発想、警鐘と救済というものがない 面白いのは、当然こういう真理・道を理解しないというのならば!必ず世は滅ぶ!終末は近い!末法の世じゃぁあ!という風になっていくはずなんだけれども、そのメッセージ性が非常に薄い。もちろん、道なき政治は危険・失敗するということは枚挙に暇がないくらい出てくるのだけれど、逼迫したものではない。この世の中への警鐘という点でもまた消極的。危機を煽って、救済を売りにして宗教は伸びるものだがそれがない。そしてそれが出てくるのが言わずとしれた道教の時代。莊子は「亡天下」を論じていない。それこそ後漢末期や晋朝の崩壊で中華自体が消滅するような発想・天下が滅ぶという考えが彼の中に一ミリもないことがわかる。せいぜい、秦や楚といった戦国の七雄レベルの一国の崩壊・消滅。そういう時代背景だったことも道教のような宗教・教団の誕生につながっていかなかった要因だろう。*7
 墨家道家の衰退と名家・法家の伸張。では儒家は? 莊子が春秋から戦国時代の過渡期に活躍した思想家だったという話に戻して、時代が経るに連れて*8墨家道家政治及び統治技術から名家・法家政治及び統治技術へと移り変わっていったという流れ、時代背景があったと推察出来る。そういう話になってくると、当然、儒家儒教はどうだったのだろうかという疑問が出てくる。孔子孟子荀子は言わずもがな、呉起(呉子)ですら曾子の弟子だった。呉起は任侠の性質が強く、立身出世が主体にある人物なので、少し異なるようにも見えるが、こういう人物が儒家からスタートしていることがポイント。先鋭化する孟子のそれは別としても、変化・変容にこだわりがないというか、窓口が広く色んな人間が学んでいたこと。法家や兵家思想の端緒という要素を持っていたことがポイントだろう(まあ、言うまでもなく法家も兵家も儒以外のものを端緒とした物はあって別系統の法家・兵家思想はあったのだろうけど)。道家と同じく韓非子に代表されるような法家の時代になるとその思想の有効性・有益性は後退し、漢の時代まで雌伏の刻を過ごさねばならなかったという流れ。あ、そうか荀子は結構すぐ登場してきた印象だったけど、戦国末期なのか。素直に儒家→法家として、荀子を代表例に出すだけでよかったな(笑)。大義名分というか理想が実現するはず!と信じて疑わない孟子と、法の論理を唱える荀子に時代の変化・進展を読み取ることもまた出来ますね。
 消える道家と根付く儒家 道家思想が大々的な思想基盤・担い手がいなかったのに対し、儒家は統治階級に伝播していった。豊富なテキストの存在以外に、冠婚葬祭のような儀礼に食い込んでいたのが連綿とした知識の伝承に役立ったのだろう。結婚・葬式は現代でもビジネスとして成立するくらいなのでその意義は想像しやすいだろう。まして葬儀の意味合いが大きかった古代において、結婚が血縁による同盟を意味する時代においては言わずもがな。そして地域秩序の祭祀、祭りや位階の叙任などに関わることで発言力や影響力を保持し続けていった。思想よりも儀礼の端緒ということで孔子儒教が国教に選ばれたと言ってもあながち間違いではないだろう。
 
 孔子が陳・蔡間で囲まれた話。これも莊子のツボなのか、よくでてくる。太公任がひけらかすから危難を招くのだという話があるが、その話自体は別としておいといて、この危機・苦難において、孔子の行動方針・政治方針が変化したとすると面白い。他人の指摘があろうがなかろうが、このような結果で以後、孔子の集団から先鋭性が失われたという可能性は充分あるから。孔子も道を重視した生活をするようになり、自然に交わり暮らし鳥獣すらも孔子を恐れなくなったという一説がある。まあブッダの話と同じですね。悟りを得たと。明言こそしないものの、道家的にも孔子を悟りを得た、道を学んだ聖人(道教的には至人や真人というところか)だという意識がある。また、君子之交淡若水ということを孔子は学んで成長したという展開になっている。おそらく時代や土地によって、道VS儒のようなものがあったり、逆に道と儒を融和させようというものがあって、その両者が混交して、方針がどちらになるか結論が定まらないまま、このようにテキストにまとまった結果なのだろうか?孔子・莊子・孔子・莊子と話が交互に出てくる(魏恵王に莊子がなんで先生は病んでしまったのか?という話)。莊子>孔子という能力・人物の差を見せつけたいわけでもないように思える。むしろ、陳・蔡の危難と鵲のエピソードを併せて、孔子と莊子には共通性がある、学習して同じ悟りを得たと言いたいように見える。
 莊子の鵲(かささぎ)を捉えようとするエピソード。ハンターハンターで、獲物を捉えようとする時が一番隙が出来る瞬間なので、その瞬間を狙って獲物を仕留める・攻撃するという話に似ている。処世訓として戦国時代当時においては大いに参考にされた、士の心を掴んだ話ではなかろうか。最後に、陽子という秦の人間が、宋に行った宿屋で美人よりもブスのほうが愛されているという話
 第二十一田子方 魏の賢人田子方が魏の文候に東郭順子のことを話、文候が東郭順子に感じ入る話。莊子は釣りをしている所、楚の威王に招聘されて断った話があるが、周の文公・太公望と対蹠的な話。これも人物や器量の違いではなく、単に時代が変わったから。道家思想を備えた賢人が魏の文候のようにたまに賢君を感動させるだけ。溫伯雪子(楚の賢人)―魯の形式主義・形骸化の話。莊子が魯の哀公と面会して、魯に一人しか儒者はいないとか、宋の莊子が語るのが特徴的か。真人は何をせずとも自然にそうなるという話。であれば自ずと凡人には限界があることになってしまう。周の文王が臧の地で太公望に会い政治を任せた話がある。何もしなかったために人々は互いに譲り合い党派は自ずと解散していった、自然と政治が上手く回ったという話。宰相のような政治を総覧する立場のポストがあり、そのポストを誰が占めるか、どの国のどんな派閥の人間が占めるかで利益関係が大きく変わる。故にどんな立場の人間でもない全く利害関係のない第三者に任せたという話かもしれない。政争が発生しないために各々の職分を全うするだけになったということではなかろうか。まあ、何れにせよ古代・政治制度の未熟な段階において通用することであり、官僚制度が発達するとそんなことは起こりえないだろうが。(百里奚、秦(虞)の人の牛がよく肥る話。宋の元公の画工の話。孫叔敖が三度令尹(宰相)になり、三度職を辞して恬淡としていた話。徐無鬼でまた孫叔敖が出てくるので一応メモ。楚王と凡国の君主の話)
 第二十二知北遊 不立文字・真言の話。知らない者の方が知っている。究極は忘れ去ること。田子方で出て来た東郭順子が莊子に問う。道は糞尿にある。真人・至人とも言うべき東郭順子より莊子は更に上にあるというエピソード。最期は前述通り、孔子が道を話して終わる。最初の方は孔子についてマイナス・負の話もあったが、最期は孔子自身が道を理解し諭すというところを見ても、最終的には孔子が道の重要性を理解し、学んだということ。だからこそ孔子は凄いのだと称えていると理解できる。孔子を通じて儒の権威を取り込もうとしたと先に書いたが、孔子をある種の道家の至人・真人にすることで、儒家達に道を学ばせようとした、道の重要性を説明したとも考えられる。各地に広まる儒家達が興味を持ってサブテキストとして学んでくれればしめたものというところか。ある種の托卵戦術なのかもしれない。(楚の帯鉤工人の話)
 
 <雑篇> 第二十三庚桑楚 老子の教えを実行する庚桑子の話。実り・大きな仕事の達成。恵み=儲けをもたらすものは偉人とされる。でその土地の人達から、社而稷之=神格化されて祀られるという流れになる。庚桑子はくわばらくわばらとばかりにこれを拒否。利を与える存在としての聖人なんて偽物、待っているのは破滅の運命といういつものパターンで弟子たちを諭す。これを聞いて大いに感じるところがあった南榮趎は教えを請い、老子のもとで修業をすることを勧められる。老子のもとで「十日自愁」、初めて具体的な修行をするエピソードがでてくる。衛生之經―衛生の常法という学ぶべき内容が述べられている。宇泰定者,發乎天光―宇とは心宇、心のある所。
 第二十四徐無鬼 魏の武候、愛民は民を害する。民のため=自分のためだからやってはいけない。民のために軍備を止めるというのは民のために軍備を増強する論理と表裏一体で裏返せば同じことになるから。宋の元君が鼻の先につけた白土を斧で削り取る名人芸を見せてくれという話を引き合いにして、恵子を称える話。彼なくして自分の論説も最早生きることはないと語る。ここにも莊子が恵子を良きライバルだと認める話がある。彼以外ともに語り合えるものがない。(黄帝が童子が教えを受ける話、滎陽・泰隗山は泰山のことか?呉王がすばやさを鼻にかけた猿を殺す話。)
 孔子が楚にいった時、楚王が酒宴を設ける。孫叔敖執爵而立,市南宜僚受酒而祭―爵を持つ者と酒を受けるものが別。市南宜僚が酒を地に祭る。そもそも爵位制度は宴・祭と不可分で何を入れるかと言ったら酒しかない。祭酒=議長・司会進行役のようなものか。
 孔子を引き合いに出して名目を争う儒墨の否定。この儒は儒家後学の徒、魯の儒家は唯一人の話と同じ偽物のことを指しているとあるが、本当にそうなのか?孔子と儒は別だったのではないか?本当に儒家儒学儒教を前面に出していたと言えるだろうか?述べて作らずのようなメンタリティで、ただ先王の教えを説いているだけの孔子に儒こそ最高の思想であり、我こそは儒学の大成者じゃぁ!という意識はなかった気がする。
 物と物、人と影は離れないが、人の本性は簡単に離れてしまう。耳・目・心は本性から離れやすく一度離れると中々元に戻らない(其反也緣功,其果也待久―その反るや功により、その果や久しきを待つ)。己の知性・実力・能力を宝とするが故に競争・禍いを招くと。身体論的にはそのとおり、では世の中・社会・国家にとっては?となる。そして時間が掛かるにせよ功を積めば元に戻れる、本性を取り戻して至人・真人になれるというのならば、それをすべきということになるはずなのだが…。
 第二十五則陽 則陽(魯の人)が楚王に推挙を求める話。故郷の国都を見るだけで嬉しくなる。故郷を離れた人間の心情、当時の人間の多くが仕官で立身出世を目指して故郷を離れるという時代の潮流を反映した話。とはいっても殆どの人間は故郷で人生が完結していたと思われる。せいぜい春秋レベルの国都の範囲ではなかろうか?柏矩が斉に行く話、罪人が磔にされているのを見て、一体これは誰の罪なのか?知こそが罪を作ったと嘆く。解説に孟子の主張とは少し違うが、民に恒産なくして恒心なしの論に近いという。こういうように探せば申しの主張を意識したような話が拾おうと思えば、拾える。見つけ出せるのかもしれない。(魏の恵王と恵子の問答。孔子が楚に行く途中の宿で市南宜僚に出会う話。はくぎょく衛の賢大夫)
 第二十六外物 詩礼を以って冢を暴く根拠とする、冢荒らしをする儒。魯に儒服多しと同じ偽物というがそうだろうか?その話とはこれはまた少し趣を異にする話だと思える。この当時の儒というもの、他者視点でも自己主張でも、むしろこういったいい加減なインチキな集団・人間が多分に混ざったものでないのだろうか?儒自体が下層の巫祝儀礼集団であったことを考えると、むしろかなり質が低いものであったとするほうが自然に思える。孔子以降、儒学集団が台頭・伸張していって初めて質が改善されていったのではないだろうか?それこそ孔子が登場する以前は宮廷や大都市の祭祀儀礼以外は儒教のそれで包括されていなかった。儒教的な論理や儀礼がまったくなかったとは思わないが、孔子によって初めて整備されて下流・下層民だったり、農村のような周辺だったり、社会の末端に至るまで儒的儀礼祭祀が浸透していったのではないだろうか?
 老莱子が外的特徴を以って孔子と断定する特徴が佝僂であり、佝僂=儒であるという共通認識が当時にあった!侏儒(しゅじゅ)―①こびと・②見識のない人間に対する嘲り―といった言葉があるように、儒は巫祝・下級祭祀の担い手であり、ある種の身体障害者が担い手になっていたと考えられる。孔子が佝僂の蝉取りの技に感嘆した話も儒者かもしれないと近寄って挨拶しようとしてしてみたら蝉取りの名人だったという要素があってもおかしくない。(任国公子が牛五十頭を餌にどでかい魚を釣り上げた話。宋の元君の神亀の話。宋君が親孝行者を高官に取り立てたら郷党の半分が泣いて餓死した話。)
 第二十八譲王 貧乏エピソード。この貧乏話もまた典型的な事例でよく見られるパターン。子貢、魯の原憲に「どうして先生は病んでしまったのか?」貧乏、貧を病むと表現する。病んで働けないから貧ということか?(韓と魏の争い、華子と昭候の話。顔闔が魯候の進物を拒否して姿を消した話。列子が鄭の大臣子陽の贈り物を拒否した話。曾子が衛の国で貧しかったが高雅な詩をうたった話。
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 中山公子牟、魏の公子でありながら出家というか高貴な地位を捨てて修行に励む。事例はこれだけ、一例だけなのかな?伯夷叔斉との血盟。契約を結んでから、自分たちの封禄や地位を約束する内容だったので、これは道ではないと破棄。事前に契約内容を示さずに血盟をするものなのか?
 第三十二列禦寇に鄭の緩という者の話。儒者として大成し三族に功が及ぶほどだったが、弟を墨者に仕立てた。父が弟・墨家の味方をしたことで自殺し、父の夢枕に立って恨み言を語った。これについて自分の才能・功を我がものと頼むからこそこのような行動に出る。徳を備えている者はその徳を自分の力によるものとは思わない。道はいうも更なり。自己の力に頼ろうとするものを天遁の刑という。宋の曹商が宋王の命で秦に行き、秦王のもてなしで車百乗をもらったことを莊子に自慢しにきた。それを見て秦王の痔でも舐めて治したのだろうと追い返した話。魯の哀公が孔子を任用しようとするのを顔闔が諌めて止める話がある。正考父の話、孔子10代の祖で宋の大夫。出世する度に謙虚になった人物。宋王から十乗の車をもらった者が莊子に自慢をして、莊子が宋王の正確の激しさからいずれ身の破滅を招くだろうと警鐘する話。
 あとどうでもいいっちゃいいことですが、天下篇で「老弱孤寡」の部分の訳が「老人・幼児や孤独な人々」となっているのですが、老人・孤児・寡婦のことではないのか?弱は弱者?貧困家庭の低所得層のことか、先天的な弱者=障害者のことかどうか知らないですけど、孤独な人々ではない気がするのですが…。

*1:※一応楽天リンクも新釈漢文大系 8 荘子 下

*2:関係ないけれど、公孫龍が初めて歴史に出てきた頃には非戦や兼愛という論を説いていたこと。此れを以て元墨家であるとするのは短絡的であるが(墨家の専売特許ではないから、無関係の人間がこの論を専門とする論者・思想家であっても何ら不思議ではないので)、墨家集団が歴史から姿を消していく頃に過渡期の存在として位置づけられるとしたら面白い。元墨家、あるいは元墨家思想をも学んでいた学徒。墨家思想に惹かれるところが多々あって門を叩き学ぶも、思想の有効性の喪失によって転向。墨家のように政治集団が滅んでしまえば意義を喪失してしまうというような思想ではダメ。思想独自で永遠の生命を保ちうるような学術性を求めた結果が弁論術、名家だとするとつながりとしてキレイに繋がるので面白いところ。※追記:第三十三天下篇で公孫龍と桓団という括りで論者が出てくる。共に趙の人だとあるが、ここも後々関わってくるのかな?それはおいといて、墨家の三氏がお互いこそが正当だとして堅白同異の詭弁を用いて論じあっているという下りがある。これもまた根拠として決定的なものにはなりえないが、墨家集団内部での派閥争い、自分たちこそ正当であるという宗派争い・正当性論争のために弁論術の必要性があった。故に公孫龍が輩出された、公孫龍が必要とされて墨家集団の一派に招聘されたと考えることもできそうだ。

*3:まあ、最初に書いたとおり、我々が住む世界というのは非常に大きく果てがない。大きな世界が存在し、自分がいかに小さい・狭い世界に生きているかということを自覚するものはとらわれない。広大な世界に生きるものは自由であるとか、まあそんな話をしたいのだろうが、上手く繋がって読むものを引きずり込む、なるほど!と思わず膝を打つようなものがない。

*4:※参照―恵子と荘子の問答

*5:急に思いついたのだが、老子の教えを伝えたのがこの関所の人間、一役人。高官かどうなのかわからないが、彼の影響はどのくらい入っているのだろうか?関所の中の関所と言っていい函谷関、一大ターミナル。そういう場所が思想に影響を与えているという要素はないのかな?舜が聖人ではない、君子だと言われたのも確か関所の役人。色んな人間がいり巡るところだからこそ、ふらっと賢人が迷い込む。うろついているものだという発想があるのかもしれない

*6:地味に気になっているのだが、どうしてセミを取っているのだろうか?食用?ググったら『本草綱目拾遺』に薬用昆虫が 84 種書かれているとのこと。漢方で冬虫夏草があるくらいだし、漢方の一環で昆虫食も当たり前に根付いていたということか。

*7:当時の教団といえば墨家のそれくらいだし、孔子集団とあとは戦国四君呂不韋のような任侠・学者・勇士・雑技の食客集団くらい。あれ、食客集団って連合軍を形成する際に重要な繋ぎ・仲介役となるって昔書いたっけ?呂不韋がそうしていたのもこの連合軍対策という意味合いがあったのかな、やっぱり。

*8:どうでもいいけど時代が経るってあんまり言わないかな?時代が下る・流れるか。流れるもあんま言わないかな

『莊子 外篇・雑篇』 読んでの気づきとか考察メモ <前>

※例によって長いので分割しました。後半はこちらです→『莊子 外篇・雑篇』 読んでの気づきとか考察メモ <後>

 半年以上前からやるやると言っておいてやらなかった莊子の話。これも書き始めて一週間くらいかかりました。ちゃんと真面目にやれば1~2日で終わるだろうにね。いや~ヒドイヒドイ。
 都合上、内篇は後回しで外篇から書きます。内篇の方が大事なのに後回しでどうするのって話ですが、ご容赦を。というか胡蝶の夢とか有名な話をいちいち書いてもな~という気もします。そんなの書いても単なる解説ページになるだけだし、書く必要ないかな?と思ってもいます。
 単なる個人的メモ・気になった事と、その時代背景などの推察です。莊子の主張・思想についての詳しい&分かりやすい解説を知りたいという人はご覧にならないほうがよろしいかと思います。内容読んで面白いと思う人が果たしているのだろうか?こんな個人的感想を書いて読む人は全国に五人くらいかな?そんな物書くなんてどうなの!?

新釈漢文大系〈8〉荘子 下巻/明治書院

 ※ちなみに読んだのはこちらです。訳とか解釈とか色々大丈夫なのかな?とちょっと思いました。もっと良い訳書あったりするのかしら?*1

 全体の構成について 最初は具体的な事例を上げた例え話から始まる。指・馬・宝を入れる箱・袋―具体的なものから道を語る三篇。その次は天の話をする天シリーズ三篇。そもそも天・世の中の仕組みとはどういうものなのかという話。あ、その前に在宥篇があった。天下を治めるという発想がそもそもおかしい、間違っているという話をすることで、天三篇へ話を進めるワンクッションとなっている。その天三篇の次の二篇で通常行われている人為努力・通俗の学問が間違っているという話。で、その次の秋水を含めた三篇でひとまとまり・ワンセットと見るべきなのか、井の中の蛙のように、人はいかに狭い世界でしかものごとを知らないか&知り得ないかという話なので繋がらなくもない。繋がらなくもないが少し微妙な所。
 その次は、至楽・達生で最高の楽しみ・幸せというものがなければ、生命を保つことも不可能という話で人間・人生の限界の話。では具体的にどうするべきなのか?どうやって生きれば良いのか?という話になって、山木篇で用・不用どちらでもダメ。中間こそが身を保つ最善策という処世術の話になる。で最期の一つ前の田子方で優れた人物とその話の列挙・断片集で、最期の大トリに知北遊でこれまでのおさらいというかまとめという感じの構成になっていると思われる。最期は孔子の話でおしまいとなる。
 限りある人知でいかに努力しようが無駄、却って悪い結果を招くオチになるだけ(≒盗賊を利するだけ)。限りある人生・生命で無駄に苦労をするなんて何の意味もない。真理というものは決してつかめないもの、逍遥するだけ。まあ、大体こういう感じか。しかし読んでいて全体を通じた構成が本当につかめないのでイライラしたなぁ…(笑)。構成は振り返ればそんなに難しくないんですけど、一篇のまとまりが本当によくわからない。分かりづらいから腹立つんですよね。読んだ感想が腹立つ・ムカつくってどうなのか(笑)。いや、読んでいて面白い部分はあるし、なるほどとはなりますよ。理解できないところがあるのは当たり前だし、予定調和内といえばそうだけど、やっぱ思想系・哲学系の本・話は内向きというか、自分の世界観にどっぷり浸って延々と語るという性質があってとっつきづらいですね。個人的に思想・哲学系はやっぱり向いてないなぁ・適性がないなぁと実感した所。
 ※追記:ああ、それと、基本的に現世否定というか現代の潮流否定なので、否定のロジックが多いですね。これも違う、それも違う。あれもダメ、これもダメというクレヨンしんちゃんの昔のOP曲のような論理や展開が多いです。その結果、消去法の果てに、最後に残されたダメじゃない部分、間違いじゃない選択肢たちを拾い集めて見事に正解をばばーんと提示してくれるならスッキリもするんでしょうけれども、当然そういうものもないのでイラッとします。まあ読後不良感につきまとわれますね。これを一読して理解できる人間。「知」というフィルターを通さない人間にとっては、「ああそうだよ。そうそう、そういうことなんだよな~」と読んでいてスッキリ爽やかな感覚を覚えるのでしょうか?正直、論理整合性や思想性・哲学性は仏教とかに比べてさほど高くないので、そういうものや後世のものと比べてそんなに評価は高くないんじゃないかなという気がしますね。最初に本格的に論じられた書という意味での評価はあっても*2。まあ言うまでもないことかもしれませんが、基本ロジックは否定と逆説となっていますね。<追記ここまで>
 そんなわけのわかんない個人的読後感・オチを書いたところで、以下拙感想・メモです。
 
<外篇>第八駢拇 仁義の主張を過剰・行き過ぎたものとして否定する。仁義は正道・至正から外れている。
 ※いきなり、莊子とは関係のない思想の歴史背景の考察。宋は思想上、重要な土地という話。楊朱・墨翟は宋の人となっているが、活動拠点が宋ということなのか?言うまでもなく、莊子・莊周も宋の人間で、論敵で梁つまり魏の宰相を務めた恵施(恵子)もまた宋の人。孔子の父の家が元々は宋の出だと史記にもある。魯がある種最初の思想上の重要な拠点であると思っていたのだが、実は宋の方が魯よりも思想上重要だったりするのだろうか?楚と晋(あと周とかも)の間にあったことが中継地となって交流を盛んにさせたということか?衛と宋は殷の遺民であるから、そういった「周なにするものぞ!」的な風土があって、それ故に思想が盛んになったとか?爵位で数少ない公爵の地位にあった宋。爵位上の位置付けで外交や戦争に関わらざるをえず、そういう需要・背景から思想が盛んになっていったりするとか?どうなんだろ。かなり間が空いてしまうけれど宋襄の仁の頃覇者となっていたことが関係あるのかな?
 
 画一化、人間の商品・製品化への反発 指の多い少ないで悩むことに例えて、仁義などをやかましく騒ぎ立てる儒やその他の論者を否定する。ものさしなどで規格を作り物をつくることへの反対。画一化は人の本性の破壊となるから。自然・先天的なものこそが道に適う、画一化はもちろん、思想家の訴える主義主張は後天的な人為に基づくものであり、性や徳に逆らう行為であるとする。仁義はフォーマット、人を一定の規格を備えた商品・製品・マニュアル化する。天性を失った人間、本性を失わせる儒というものへのアンチテーゼ。言うまでもなく、マニュアルは現場知らずの頭でっかちバカ、応用が効かない使えないバカを生み出す。そういうマニュアル学問への強烈な批判となったことは言うまでもないだろう。
 そもそも仁義≒個人が良いことをすれば、社会が良くなっていくという考えがおかしい 初めて仁義を実行したとされる舜を否定する。そもそもその仁義がおかしい。小人は利のために、士は名のために、聖人は天下のためにそれぞれ身を投げ出す。本性を害(そこな)うという点では皆同じ。羊飼い達が読書をしてようが、遊んでいようが、羊を逃してしまったらどっちも同じ(五十歩百歩みたいなどっちもどっち的な例えが好きなのかな?)。伯夷も盗跖も莊子にとっては同じカテゴリー内の人間。本性を害っているのかどうかという点が莊子の思想にとってポイントになる。
 ―という莊子の思想・主義主張を見てみると次のような疑問が沸き起こってくる。では良い本性と悪い本性はどう区分けされるのか?舜と華の関守の対話にあるように、聖人は福を禍を招くものだと恐れる必要はない。道に応じるものならば、それすらも対応することが可能であるはず。折々、金銭・高位高禄・善行を避けるべしという話は出てくるものの、だからと言って必ずしてはならない、絶対に避けなければならないということでもない。本性を全うするというのならば、楊朱ではないにせよ、ある程度の欲求に従う・満たそうとするのも自然のことであるはず。立身出世・高位高官を拒絶することは危難を避けるために良いとして、それこそ敢えて過度な貧困を選ぶ必要性はないはずではないか?それこそ身分に応じて、王にふさわしい本性の全うの仕方、庶人や奴隷の本性の全うの仕方という話になってくるはず。しかし、そういう具体性はまるでない。「なるほど。じゃあ、私も莊子の教えに従ってそういう生き方をしようと思います。どうしたら良いのか教えて下さい」という問いに対する答えがない。世を捨てて自然の中で生きる。出家・修行生活くらい。100か0かの二者極端な選択肢しかないので、広まるはずもない。宗教や学問上、重要なものとして自助努力の論理が整備されていることという要素があるが、道家思想にはそれがない。故に努力して成長をしようという向上心ある人間には受け入れられないことになる。まあ、努力をし尽くして限界・壁に当たった人間が文字通り最後の道・方法論としてたどり着くことはあるだろうが。
 孟子への言及がない莊子 莊子には不自然なほど孟子に対する言及がない性善説や浩然之気という孟子の思想と重なり合う部分があるだけに(仁者無敵とか、思想の非現実性という点でも近しいといえば近しい)、必ずそういう質問をされたはず。なのに孟子に対するコメントがない。生没年が殆ど同じで、同時代を生きた思想家なのに言及がないというのはかなり不自然。孟子孟子なりに一応の論・解を残したにもかかわらず、莊子は残していない。立身出世の競争という現代の風潮を否定・批判はしても、理想の政治やあるべき社会の姿・正解を説いていない(まあ、一応説いてはいるのだけれども抽象的で実現不可能なものだから説いていないのと同じ)。だから、結局、孟子についてはノータッチで終わった。これでは当代の社会において求心力・影響力は生まれるはずもない。恵子との高度な弁論があって、そういう方面での影響は残ったのだろうけれど、現実政治の影響についてはほぼゼロと言えるだろう。*3 *4いずれにせよ、この時代を代表する偉大な思想家の二人が(当時でも偉大な思想家と見做されて崇められていたかはともかく)、交わらずにいた。非現実的、独善的な思想・主張を繰り広げていたというところは時代の段階として一つのポイントと見なすことが出来るのではなかろうか。
 ※追記孟子と恵子と莊子 そういえば、孟子は梁の恵王から斉の宣王へと移っていった。つまり魏から斉に思想活動地を移したわけだけど、恵子が梁で大臣を務めていたことからわかるように、孟子は自説が受け入れられないことがわかって移った。ここだけ見れば孟子の敗北&恵子の勝利という図式が成立する。正確に年代が被っているかどうかよくわからないので、孟子的な思想が通用しそうにないという意味で敗北で、恵子的な思想が通用する風土・時代だったという意味で恵子の勝利という意味で理解したい。恵子の思想のほうが時代の価値観・需要とマッチしていたということで理解すればいいだろう。孟子よりも恵子=儒家よりも名家―ということだったと思われる。孟子の主張が非現実的なものを多分に含んでいるとなれば尚更。そんな中、莊子が恵子のもとを訪ねると宰相の座を奪いに来たのでは?と警戒する話があったり、楚に行ったり、莊子の活動範囲は大体魏(梁)から楚の辺りだと考えられる。孟子が梁から北・もしくは東、そして莊子が宋・梁から南だと考えると両者が交わらなかった理由もわかるかもしれない。まあ、実際交わったとしても名家の恵子のような見事なやりとり、孟子に莊子と噛み合ったやり取りを出来るとは思えないが。*5
 ※更に追記:さらに考えてみると、孟子はその思想性から周の文王に対する太公望のような扱いを求めていた、国師扱いを求めていたと考えられる。とすると、楚の威公が釣りをしている莊子を招聘したように、孟子国師扱いされる可能性があるとするのならば、呉子が全権を任されたように楚や秦のような国しかない(莊子の招聘も威公直々ではないので、その点確信が持てないと言えばそうだが)。国家権力・国富や領土の伸張を目的とする二国とは相性が合わないとはいえ、最大限厚遇される可能性があるのはこの二国だろう。斉に断られたら、趙に行って、その後この二国へ行くという選択をするのが自然に思える。しかしそうしなかった。斉の誘いを未練たらたらで待ち続けたように斉にこだわっていた節がある。まあ、一時期東帝と西帝というような中華を二分する勢力を誇っていたのでこだわるのもわかるのだが。
 自己の思想実現するために、孔子のように諸国を漫遊して仕官をしようという積極性がないのも、理想に拘り現実性が乏しい莊子と共通性を見出すことが出来ると思われる。また孔子が幼い頃、葬儀の真似をして遊んでいたという話があり、孟子は母にそれを止められた、学問に打ち込め!というような話がある(真偽は定かならぬらしいが)。学問>祭祀というところにも孔子孟子の時代の違いというものを読み取ることが出来るだろう。孟子の場合、学問で名を立てて斉に行く前に既に車を何乗も持ち、お供を数百人引き連れるというスポンサーがついていて食うには困らない背景があったのも、孔子とはまるで違う。
 孟子ではなく、恵子のような名家や荀子のような法家が現実性・積極性を以て現実政治に影響を及ぼす。その後縦横家戦国四君云々あって、最終的に「韓非子の法」=国家が統一的に行政を行う高度な法体系に集約される。韓非子は決して積極的に売り込んだものではないし、前二者のように非現実的なものでもない。しかし韓非子始皇帝に乞われ、招聘された。最終的に、韓非子の法と始皇帝という結果が時代の流れというところで個人的に観ていて面白いポイント・流れ。<孟子と莊子の話、ここまで>

 非吾所謂臧也―ここの「臧」は善と訳していいのだろうか?五味・五色・五声(聲)を良く判別し分けることが性ではないと莊子は主張する。性や善なるもの、仁義が問われ、これらの性質を解明することが性というものの本質を解き明かす鍵になると思われたからこそ、当時は盛んに分類がなされた。味・色・音などで通達し、結果芸術・料理や建築・絵画や音楽としてその成果として素晴らしいものを作る。そうやってその国の文化性・精神性の高さを誇ることが当時いかに重要だったかは言うまでもない(直近で言うと米ソの体制の優位性の証明のための科学やオリンピックでのメダル競争みたいなものか)。そういう高度な文化を作れる=本質を解明した結果であるわけで、本質である性をも解き明かすことに繋がると考えられていたことは想像するに難くない。
 自ら聞く&自ら見るのみ、得人之得とあるように先人・偉人の得たもの。言ってることをそのまま踏襲して自分で考えていないからこその強烈なダメ出し・反発という捉え方でいいかな。それだけフォーマット・規格化による五味・五色・五聲といった形式が世の中に浸透していったことへの裏返しとみなせるだろう。
 
 第九馬蹄 馬=戦国時代を象徴するもの故の喩え。名伯楽は世間や雇う側からすると称賛される存在。しかし使役される馬からするとたまったものではない。陶工や大工は土や木などを自由自在に使いこなし称賛される。しかし莊子はそれのどこが素晴らしいのか?とツッコミを入れる。莊子は人が馬や土や木と同じになっていると激しく批判する。大量生産・都市化で豊かになって便利!と思う反面、人もまた使役する動物や物と同じ存在となって扱われるようになっている。だからこそそれらを推し進める仁義というような基準に反発する。馬が名伯楽に反発する例えを、そのまま馬を人に置き換えてみると莊子の主張はよく分かる。礼や法という基準を満たさない・せないと罪になる、罰を受ける。統治者・階級の利を最大化させようとする行為が反発を招く。上下身分間での争い、国同士の争いというのはそこに端を発する。だったらその大本である利の追求をやめれば世の中は上手く収まるというのが莊子の言いたいところだろう。

 第十胠篋 斉の田成子を引き合いに出し、彼は国を奪った盗賊であるという。泥棒が宝物を厳重に守るために作られた袋や箱ごと盗み去ってしまうのならば、その袋や箱はその盗賊のためにわざわざ作ってやったことになりえよう。聖人が法や制度を整備した国家を丸々奪い取り、それに何の処罰も与えられない現状を見れば、聖人がやったことは泥棒のためということになる。盗跖とやったことは一緒であるにもかかわらず、その行為が認められてしまう。押し通ってしまうというのならば、聖人こそが本当の悪人と言える。当時のセンセーショナルな話題であり、孟子の残賊論、「一夫紂を誅するを聞けるも、未だ君を弑せるを聞かざるなり」云々の放伐理論が整備されるまで、政治・思想上の一大重要事件だったでしょうからね。まあ放伐的な捉え方が主流となっても、その是非が問われ続けたことに違いはないでしょうが。
 聖知は悪用される。聖知こそが問題の原因・起源 脣竭則齒寒,魯酒薄而邯鄲圍,聖人生而大盜起ーとあるように、グローバル化を利用したテロ組織と同じで、文明は悪用される。流石にイスラム過激派テロ集団ほど上手く乗っかって悪用したレベルではないが、文明の発達で生まれた変化が今の結果。悪事、大盗賊集団などその文明化の裏返しの所産。よって大悪を招いたのは「聖知」ということになる。非難対象・基準、ターゲットになっているのは都市などで立身出世を求めて弁論活動を繰り広げる諸論者。曾参・史鰌の行いも、楊墨や仁義の説もすべて捨てよ。才を外に出そうとするな≒論戦・演説で名を表し、仕官先で現実にその自論を政治として実行しようとするな!太古・神代時代を理想とし、知による争いは世を乱すとする。
 陰陽家の理論と同じロジックで、世が乱れる原因は、人が騒ぐことで陰陽が乱れるという論理をあげている。

 第十一在宥 束縛への否定。黄帝・雲将、無為による解脱。個の観念がある。消極的実行。気がついたらしている、それこそが道マスター。仁義も礼法も統治も気づいたらベストな形をとっているもの。過剰に積極的に善行をしようとはしない。当代の政治がまさにそうなっているからこその否定。やり過ぎは滅す。天道と人道があり、積極的にグイグイやろうとするのは人道であり程度が低いもの。つまり過剰に推し進めて利を得ようとするやり方、今の時代の潮流はいずれ必ず破滅を招く、失敗するやり方だと。*6
 ※解説や訳し方に所々「?」となるところがある。なんというかピントがズレている感が否めないというか。うーん…。

 第十二天地 天に道あり、人に徳ありという捉え方でなく、天>道というロジック・構成。天道の万能性の話。故曰、古之畜天下者,無欲而天下足,無為而萬物化,淵靜而百姓定。記曰、通於一而萬事畢,無心得而鬼神服。ーとかハッキリ言って非現実的でインチキ極まりない主張。時代の違い・政治の違いを無視して、昔の時代は道を弁えていたから上手く治まっていたとする。莊子の観点では、太古の政治は無為だった、道を弁えていたとなっているが、どうしてそんなことが言えるのか?未だかつて道を弁えていた政治などこれあらざるなり。そんな理想が実現されることがあるはずがないではないか。仮にあったとしても、どうしてそんなことがわかるのか。安易な古代理想論は現代の文明の利・富という現実の前にあっさり覆される。では現実的にどうすれば良いのか?友人・家族を持つ人はどうすれば良いのか?そういった現実無視の要素こそが莊子需要の無さ、一定の思想基盤・支持層を獲得し、そこから伝播・拡大することがなかった最大の理由だろう。前漢におけるまで黄老思想であって、老荘思想でなかったのも同じ理由だろう。別に莊子が全く無視されていたとは思わないし、ある程度取り入れられていてもおかしくないが、莊子は黄老法家思想、ある種のプラグマティズムにさほど重要なものとは見做されなかった筈。
 循於道之謂備―道に従うことを備という、=遺漏のないこと。まあ、ココらへんから劉備玄徳の名前に道家思想的な、道によって大衆を救済して漏らさず的なメッセージを解することも可能かな。
 道に応じた政治とは、自ら求めず相手に応じること「王徳」。多分急に出てきてブラりと一言・一動作で見事に結果を出す仙人や賢人のイメージ。見えないものが見え、聞こえない音が聞こえる。光を見たり、心地よい音を聞くというまあ悟り、一種の神秘体験に基づく発想。道=超能力を持つということに繋がる。
 與天地為合。其合緡緡,若愚若昏,是謂玄德,同乎大順。―心が天地に合わさる。怠心、愚、昏。ココらへんが劉備のイメージに繋がるのだろう。大順=Let it be的なことか?
 子貢が機械を勧めて断られる*7孔子曰く、渾沌氏の術。俗にいて俗にとらわれないことこそ本物。孔子も一定の敬意を払ってはいるが、孔子>渾沌・無為という要素がこのエピソードにはある。
 正論・真理は俗言に及ばない。故に我が身を保つことを第一と考えよ 親、君主、世間。一体これのどれが最も尊いのだろうか?親・君子への機嫌取り、道諛が世間では前者のそれは正しいこととされ、後者のそれは間違っているとされる。世間のその評価・価値基準がどうして正しいと言えるだろうか? 大聲不入於里耳。折楊皇荂,則嗑然而笑。是故,高言不止於眾人之心,至言不出,俗言勝也―立派な言葉は耳に入らず、俗な音楽は尊ばれる。真理を説いても受け入れられず、結果待っているのは、身の破滅だけ。ならばそんなことをするべきではない。本性を失うことは曾参・史鰌だろうが盗跖だろうが差は生じない(この喩えはよく出る。まあそれほど理解しやすい人物、著名人ということだろう)。*8鳩・鴞の籠にあるようなものという例えで制約を表現し、更に皮弁、鷸冠、搢笏、紳修などの衣冠による身体そのものへの制約・拘束の否定が出てくる。まさに身体論の反萎縮・拘束そのものですね。自由な身体、フリーでゆるんだ状態でなければ悟りは生まれないという概念によるものでしょう。
 間違った世の中であるがゆえに、正しい主張も聞き入られることがない。故に身を滅ぼすようなことがないようにしなさいというテーマだが、ではその逆はどうだろうか?道を弁えた人間であるならば大業を成すという論理であるように、正しい時節に巡り合って、正しい世になった時に、その正しい言説は受け入れられるはず。その「正常・正道の世」「正しい言」「正しい高位高官でのあり方(政策や行政に出処進退)」と言った逆の話がない。今がそのチャンスのときだ!立身出世していいぞ!という逆の話がない。故に片手落ち感は否めない。あれをするな!と失敗教訓・べからず集としては役に立つだろうが、当時の最大のニーズである立身出世のところがぽっかり抜け落ちているのでやはり需要は乏しくなる。まあ、そういう片手落ちで語らなかったからこそ、漢魏晋のような亡天下の時代に魅力を持つことになったのだが。
 
 第十三天道 放っとけば自然に動く。君主は静であれ!余計なことはするな。水のたとえ。水の如くあれ。無為であれというが、ではどこからが人為でどこからが必要最小限の無為なのか?どこからが欲・侵略で、どこからが自衛と言えるのか?というセキュリティジレンマ的な問答について答えられない。具体的な政治事件などを用いた有効な判例・模範解答がない。無為とされる、道を体現したとされる人物のさじ加減ひとつ。各国の君主が皆無為であるならばベストだろうが、そんなことは当然ありえないし実現し得ない。ではどうするのか?その現実世界の政治に他する具体的な解がない。確かにそのロジック・主張の示唆するものは大きいが、アンチテーゼではあっても有効性を持つものではない。
 身分制の肯定 臣下は有意。尊卑先後之序―尊卑の話、身分制の肯定。*9
 道家は天と道徳を重んじる。今は形名・賞罰。楚において莊子の需要があった? 是故古之明大道者,先明天而道德次之,道德已明而仁義次之,仁義已明而分守次之,分守已明而形名次之,形名已明而因任次之,因任已明而原省次之,原省已明而是非次之,是非已明而賞罰次之。という順番で、形名は5番目で賞罰は一番最後の9番目の指標だった。にもかかわらず形名参同術を用いる者、広義の法家はいきなりそれらを論じる。それはおかしい。順番通りにやっていればうまくいくはずだ―と。まあ言うまでもなく、昔ならともかく戦国時代となって国家が巨大化した状況でそれは無理。ただ、秦の統一と崩壊を見てもわかるように、楚のような貴族や諸侯が強いところでは統治に有効・一定以上の効力を発揮したのかもしれない。楚において莊子が招聘され、国政起用しようという話があったように、そういう思想需要があったとも考えられそう。
 道に通じ徳に合したら仁義礼楽はむしろ邪魔。至人にとっては仁義や礼楽が枷になるので排除される。
 斉の桓公と車輪を作る老職人の問答。真言の問題、書物から真理は学べない。故に古人の糟粕となる。知っていることと出来るということは違うという話。
 
 第十四天運 音楽の演奏で慴れ→惑い→愚というプロセスを辿っている。これは道の学習のプロセスと同じ。ということは儒教の礼楽のように音楽で道を学ばせようということもやろうと思えば出来たはず。特に道教では。それが出来なかったのはやはり音律に則らない達した音曲を恒常的に演奏して伝える・流布することが不可能だったからか。
 老子孔子道家の作為というが、むしろ孔子リスペクトで老子の弟子に位置づけることで儒教の権威を丸々呑み込んで利用しようとしているように見える。仁義は先王の仮の宿、逍遥の遊などを見ると曹魏時代の思想・宗教はかなり莊子の影響を受けている筈。
 この篇に限ったことではないが、つながりがよくわからない。六極五常という天のルールを説き、莊子が仁・考以上のもの、「至上の仁」を虎狼の例えで説き*10黄帝の音楽の話。衛の太師金の孔子批判と三皇五帝と周制批判。時節に応じただけ。今の時代の変化に順応せよ。いたずらに古を賛美するなという儒家思想批判(儒家の古代讃美否定と道家思想に現代を肯定するものと享楽性があるという指摘があるが、逍遥の精神には遊び楽しむというものがあるのは言うまでもない)。*11で、ラストに孔子が南の沛に老子に会いに行って、老子孔子へ教え諭すという話*12―となっているが、4つの話のバランスが悪い。整合性がよくわからない、編集が悪いように思える。未完成?それらしい部分・該当するものを詰め込んだのか?
 長いので分割。続きはこちらです―と言ってもここから後半読むような人いないだろうけど(^ ^;)→『莊子 外篇・雑篇』 読んでの気づきとか考察メモ <後>

*1:※一応楽天リンクも新釈漢文大系 8 荘子 下

*2:忘れていましたが、この『莊子』は郭象注によるもの、他にも色んな編者による『莊子』がいくつも伝わっていた。現存するのがこれだけなわけで、厳密に言うともっと先行文献としての『莊子』はあった。さらに『莊子』以前に現存していない道家の書、『莊子』のような書・文献も存在していたでしょうね。
 どうでもいいっちゃいいですが、この郭象は司馬晋の外戚の郭氏だったっけか?郭象注は清談・竹林の七賢の向秀の『莊子』のパクリ説があって、竹林の七賢とか清談の話をちょっと。この頃の道家というより「老荘思想」家の人間は、嵆康と呂安の処刑を見てもわかるように、政治から遠ざかる立場を取るわけには行かなくなった。のほほんと好き放題に詩歌や文学に従事しているわけには行かなくなった。清談している場合じゃなくなったわけですね。「無用の用」が通じなくなったので、仕官をする。現実社会への関与・参政方向に舵を切る。既存政治にある程度迎合しようとするわけですね。無用と用の中間こそが正解という話がありましたが、まさにそういうスタンスが流行るわけです、ココらへんの政治背景が『莊子』注釈・解釈に影響を与えたという可能性はないのかしら?
 更に本筋と関係のないどうでもいいメモになるのですが、こういった礼・形式主義と形式・前例踏襲主義で実用軽視こそが漢末の混乱を招いた。もしくは実際の混乱収拾に役に立たない人間が上にいて、さらなる混乱・停滞を招いたと考えた潮流があった。外面規範・はんこ&文書主義的な行政が招いたリスクについて強烈な反発があったことは想像するに難くないわけで、それゆえに形式や礼にとらわれない本質・実力を重んじる思想、より哲学を深める「老荘思想」が生まれていったという流れがあるわけですね。既存学問の無意味さ・有効性の乏しさという反省から新しい学問の探究が始まり、玄学が始まったわけで。まあそれでも結局、司馬氏の台頭という現実に直面して、「老荘思想」は政治性の乏しい思想・哲学主体の方向へ舵を切るわけですが。晋に至って、既存の礼教秩序に立ち戻る時、やはり実力・政治能力、現実政治への有効性・有益性の問題が出てくる。それについてどう対処しようとしたのか気になる所。同じ七賢の王戎が吝嗇・金儲けに走ったように保身のための金銭・贅沢というのは当然の流れの一つとして、本当にそれだけなのかな?他にも司馬氏政治に対する対処というか抵抗のあり方や、生き抜くための対策みたいなものがあったんじゃないかなと疑問に思う今日此の頃。
 玄学が始まって、『老子』・『莊子』・『易(周易)』が重視されるようになった。とはいうものの、莊子の思想ですよね。この時代の処世術を見ても強い影響を与えているのは。老荘思想というより、莊子の思想。ぶっちゃけ莊莊思想ですね。淮南子老荘思想とはもうかなり異なっているはず。そこで問題になってくるのは周易の存在。易がどういう風に捉えられていて、どういうふうな影響を与えていたのか。まあ、いつか老荘思想から道教へ、魏末から晋の思想云々で書く時のためのメモ。

*3:確か、孟子も莊子について言及していなかったんじゃないかな?どうだったか?どちらも己が思想こそ絶対!で、他者の思想にかまけるタイプではなかったのかな。ーとか、そんなことを思っていたら、竹内義雄氏が莊子=楊子、同一人物説を唱えているとか。参照ー老荘清談。楊子とは。面白そうな話ですね。そう考えてみると、莊子が出てこないことや楊子のテキストが乏しいことなどの説明が確かにつくと。実際の所どうなのか検証しなきゃ。
 楊子と言えば、当時の中国の興国期における経済成長を背景に今の世の中の変化を受け入れて、人生を謳歌しなさい的な主義主張の世相を反映した取り立てて触れることもない。まあよくあるバブル思想・人間かと思っていましたが、違うみたいですね。そういう説をなんか本で読んでまあそういう人間・主張もこの時代なら当然出てきておかしくないなと思いこんでいましたが、エピクロスの快楽主義的な誤解がなされていたということか。

*4:追記、そんなことを思いついて、ワイ流石やな!良いところに気がついた!と思っていたら普通にこの『莊子』の前書きで説明として書かれていましたね(笑)。同時代の思想家なのにまるで交わらなかったって。活動範囲が違ったことは当然として、騒がず・語らずの莊子はそもそも目立った活動をしてなかった。例によって当然のごとく、市において大々的な言論活動をするタイプであるはずもなく、名声もさほど高くなかったと考えられるわけですね。しかしそうするとおかしなことに、故郷の宋でも太宰と会談し、魏(梁)に移ってもそこで王との答弁。そして楚でまた王から招聘されたことを見てわかるように、一定の名声を備えていたはず。少なくとも知る人ぞ知る世に埋もれた逸材くらいの知名度があったことがわかる。宋でも車を手に入れた弁者が自慢に来るくらいで付き合いがあったor名が知られていたことがわかる。知るものは言わずの莊子がなぜ、知られていたのか?アイコンタクトやテレパシーでも持っていたのならばともかく。当然そんなことあるはずもなく、考えられることは一つ。この時代にはもう名声を上げる手段が変わっていたということ。言うまでもなく、呉起曾子の門で学んでいたように「学校」がある。特定の知識人の門下で優秀な成績・弁説を残すことで名を挙げること。また、戦国四君のような食客としてそこでの実力者に認めてもらう。恵施のような宰相クラスとのコネを作って認めてもらうことでもいい。要するに著名人との対面・対談によるコネ、評価を得て箔付けされること。すでに名声を得ている人からの評価・保証・追認などが主体となっていたでしょうね。市において名を挙げる・郷里での評価を背景にという叩き上げのようなルート・人物は、それこそ弁論術や儒家などの増え続けるテキストを考えるともう相当厳しくなっていたんでしょう。まあ、その要素がゼロということではなく、そこからスタートしてもその次のステップとしてそういうルートに乗っかるというのが基本になったはずですし。そういった叩き上げキャリアというのがあるとすると、軍人・用兵術くらいじゃないかな?

*5:↓で孟子の活動範囲への疑問。なぜ秦や楚に行かなかったのだろうと書いたように、ではどうして莊子は魏や楚だったのかという話になる。楚に「淮南子」のような風土があることを考えると、そういう思想性が合いやすいことがあると思うのだが、では何故魏(梁)なのか?それを考えてみると、魏が衰退して呑み込まれる・滅びる寸前の傾国の旧大国であることが考えられる。勿論、この苦難を乗り越える策を欲していただろうが、そんなことより滅び・変化を受け入れよという思想に対する需要もまたあったのではなかろうか?梁という土地柄に、この莊子のような「滅びの文化」というのもなんだが、そういう思想がいち早く花開いた可能性がある気がする。かつての殷の衰退・亡国の思想が、受け入れられ継承された。だからこそ莊子も活動拠点として選んだのではないだろうか?第二次世界大戦での日本の敗戦と思想の変化みたいなものがあったように思える。
 また、梁=魏というところに莊子の思想があるのならば、曹操が「魏」という国号を選んだ理由の一つとして、この思想に根拠がある可能性があるのではなかろうか?脱現世思想、宗教教団の育成をすることで仏教における「出家」制度を整えようとした。言うまでもなく「出家」が社会に根づいて制度として確立されれば、ポスト競争が和らげられる。漢末における激しい猟官闘争が、混乱を招いた要素は間違いなくあるわけで、少ないポストを争うが故の政争は今後も間違いなく発生する。それを防ぐための宗教的権威の確立、「出家」制度の導入のための道教教団整備があったように思える。張魯一族が鄴において重用されたのも黄巾対策だけではなく、真っ先に不満噴出しそうな地。ポストを寄越せ!と騒ぎ建てそうな所だという背景があるのではなかろうか?

*6:どうでもいいことかもしれないが、老子の別号を廣成子と言うとのこと。

*7:楚に行って晋に戻る途中の漢陰、漢水の南?アバウトすぎないか?

*8:※余計な話だが、良いことであろうが悪いことであろうが身を滅ぼすようなことをするなという意味では超個人主義とも言える。身体・生命・財産、幸福追求権の保証が民主主義にとって必要不可欠な観念だが最初のワンステップをクリアしているとも言える。道教に至ってより現世利益を求める性質が加われば尚更。

*9:※先述に引き続いて、個人主義思想故に民主主義的な思想の萌芽になりそうなものなのだが、ならない・なりえない理由はここにある。先天性の絶対視故に身分制に対する疑問というものがない。先天秩序の絶対視、これも儒教と真逆の発想。儒教は思想変遷とか学派によって云々あれど、基本的に良い政治、善政のためであるならば変化を許容をする。言うまでもなく、古代・中世とは伝統主義であるがゆえに保守的で変化を好まないが、現実の良い政治・「良政」のためにという発想がある。道家思想には変革や改革というものがない。個人の自由はあっても平等がない故に大衆の支持は得られない。仏教にはブッダを始め、様々な大衆を救おうとする仏がいる。ブッダは悟りを開いた後、衆生を救うために救済の旅にでたが、そのような布教や万民を救おうとする救済思想がない。もっとハッキリ言ってしまうと思想・宗教・哲学的にインドや西アジアに思いっきり遅れている、その程度の段階。
 道家思想というのは、基本的に道を理解できる限られた天才を対象としているために、対象が狭い。孔子も万民を救おうというようなものはなかった。万民の救済というものはなかったが、士大夫層・かなり身分が低いところまで対象にはしていた。基本は官吏・政治家と官僚予備軍、仕官する候補生への教育。んで、官僚や政治家を送り込んで「善政」を実現して、良い世の中を作って結果的に万民が救われるという構造・ロジック。民衆は供え物というかそれくらいの感覚で、思想対象としての領域が小さい。それでも道家より思想ターゲットが広いのは言うまでもない。道教となって限られた天才から、一挙に対象が広がるわけだが、やはり仏教の救済ロジックに及ぶものを構築できなかったというのが道教の実状ではなかろうか。宗教上、教義ではなかなか勝てないから政治力で勝とうとしたとか予想できるが、まあそれはおいおい検証していこう。道家思想から道教へという展開で、黄巾・太平道から曹魏北魏という段階で教義が固まっていくはずなので、そこら辺をどう理解・整理するかが、時代・歴史を理解するポイント。これも昔から考えていてココらへん早く調べたいのだが、一体いつになったらやれるのだろうか…

*10:商=宋の太宰蕩に莊子が話している。これで莊子が宋でも活動していたということがわかる

*11:虎狼が仁とあるように、莊子の論法として、まず相手が驚くように奇をてらった話からはいるとあるがそのとおりだろう。まず、相手が驚く=食いつく逆説的な話をして、そこから自説を語るというのが莊子のやり方ですね。まあ、奇をてらう逆説的な主張を掴みにして、中身がすっからかん。とりあえず逆張りしておけばいいとばかりに逆張りの主張をするだけの痛い人も昨今はいるようですが(笑)

*12:沛に老子に会いに行くというのが?なところ。老子は最初この辺りにいてその後周の地に行ったという説もあるようだが、むしろ老莱子のように老子は二人いたというか、老子と似たような主張をする人間がこの辺りにもうひとりいたとみなすほうが自然に思える。というか老子の主張は別に老子の専売特許ではないから各地に似たような思想家・隠士はいただろうし。