てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

書評― 知的な大人の勉強法 英語を制する「ライティング」

 ブログ引越し&見直しの再掲です。元は09/12に書いたものです。

知的な大人の勉強法 英語を制する「ライティング」 (講談社現代新書)

知的な大人の勉強法 英語を制する「ライティング」 (講談社現代新書)

 

 なんかけなしてばっかの書評になるとまずいんで(^ ^;)。ちゃんとした肯定的なレヴューを書かないとね。ということで今回はこの本。といってもあんまり書くことありませんね。英語のしっかりした技術を見につけるにはどうするか?それはずばり、多読、多書。それ以外にありえないというものです。日本人の英語に費やしている費用対効果は小さすぎる。なぜ日本人はお金をかけているのに、それにふさわしい、見合った分の能力が身についていないのか?とい う疑問を筆者は論じていきます。誰もが考え付くものは、一つには時間が不十分であること、次はやり方が間違っていることでしょう。筆者は自身の経験から、ライティングこそが真の英語能力を獲得する道であると述べます。
 多くの文章・書物を読むことで英語の感覚を身につける。その上で実際に書いて表現してみる。さらに、その表現が英語の表現としてふさわしい書き方、表現かどうかちゃんとした人間に添削してもらう。なるほど、至極まっとうな意見で納得できるものでした。もうこれ以上言うことないんですが、一応英語能力向上を心がけている人間なので英語how to本はイヤというほど読んできましたし、その中でも至極まっとうなものであると思います。英語関係は後でピーターセンさんのものとか書こうと思います。 またネガティブなものとして苫米地氏のも書こうと思います(また悪口ですけど(´-ω-`))。
 ひとつ気になったことを書いていけば、日本の女性は英会話講師を目指す(遊びがてらに来日する)就労英語圏の人間に
なめられているということです。Japanese girls is very easy.だそうです(本文どう書いてあったか忘れちゃったんですけどthe Japanese girlsと定冠詞が付いていないことを切に願います)。サセ子だと、ビッチだと、まさか毎日ワイワイ記事が原因というわけではないでしょうけど。白人というより、外国人との恋愛に何らかの変身願望のような夢想があるのは致し方ないですけれども、日本人のイメージにかかわるため、貞操には気をつけてもらいたいです。
 英語学習法というより言語には、いわゆる会話を中心とした教育法と読み書きの教育法があり、それぞれ振り子のように、時代ごとに新しいメソッドを中心に ムーブメントとして左右にゆれてきたのです。今、英語教育で見られるスピーキングやオーラルコミュニケーションというわけの分からない授業がありますが、 そんなことで時間を無駄にさせられたのはここに根付いていたのか( -д-) 、ペッ。勘弁してくれ…(まぁ、同じ位リード・ライトでむちゃくちゃな授業を受けされましたが)。筆者はもちろんこれを否定はしません。しかし本当に使える、ちゃんとした上級・知的コミュニケーションをとる場合、これはふさわしくないと指摘します。いわゆるこなれた表現、ネィテイブはこう言う!的な教え方や本も、それが出来るのはかまわないが、基本が出来ないのにそういった砕けた表現ばっかりするのは大事な場面で使えないと釘をさします。
 そしてよくある、子供は自然に言葉を話せるといった思い込みも否定します。赤子・子供は臨界期(3~5歳くらいだったか?)にはどんな言葉も吸収できますが、その時期に実際二つの言語を教えるとその子供はバイリンガルになるのではなく、セミリンガル、それぞれ半分ずつしか能力が
十分に発達しないのです。そういやタモリさんもテレビで言ってたなぁ、最近。よって外国に行って環境に慣らして自然に話せるというのも、もちろんちょっと間違っているわけです。
 そうそう、なぜ会話中心の教育が盛んになったか?筆者の米での事例のように、白人以外、知的能力がそう発達しないだろうという思い込みによって区別されていたそうです。だからとりあえず会話を主体にしてそれをある程度伸ばそうという観念があったのでしょう。
 ライティング練習したいんだが、なかなかこういう表現は違うよ、こういう表現・発想に基づいてトレーニングしていけば能力向上するよといういい特訓本ないかな~。間違いやすい表現、こうすれば自然な表現的な本さがそ(゚Д゚≡゚Д゚)