てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

大転換/カール・ポラニー

大転換―市場社会の形成と崩壊/東洋経済新報社

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[新訳]大転換/東洋経済新報社

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The Great Transformation: The Political and Eco.../Beacon Press

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 これについてチラッとね。新訳が出ておりますね、今アマゾンのこれ貼るページで知ったわ(´-ω-`)。旧訳で読んじゃったよ…。これ四人で訳してますからね~。一人で翻訳したほうがそりゃいいものになるでしょう。英文の方を見ると、訳が良くないなんて書いてあるし、わざわざ最近新訳が出るというのはやっぱりなんかマズイ訳であったのか?読みにくい感想は抱いたしなぁ…。

 スピーナムランド法が労働者階級・その労働市場の創設を阻害したってのはどうかなぁ?いや、もちろんそうなんでしょうけど、土地・教会という社会構造に強く結びついている当時の人間が、そこからさっさと引き離されて、自由に労働者の権利を!なんて事ができるとは思えないんですよね。もちろん、ポランニーが言いたいことはそういうことではないのですが。己としては重要なのは、新しい階級、中・下階層/階級が登場するときに、何の障害もなくさ~っと誕生することはありえないと思うんですよね。

 新階級が登場する、それも労働者階級という史上例をみない大規模な中・下下層の誕生という現象において、スムーズに移行をさせるという事はまず無理ですし、いかにしてその新階級・新階層をまとめあげるか?束ねるか?ということのほうが重要なテーマじゃないかなと思います。

 ある日労働者という完成された人間が自然発生的に登場するわけではなく、旧来の土地と引き離されて、近代化の結果登場してくるわけですから、それをいかに理の通用する主張を唱える階級に再結成するか。それこそが近代化以降重要なポイントだった気がしますね。それが出来れば、近代化以後の社会はスムーズに転換できるわけですから。ある種のメルクマールといっていいでしょう。もう、メルクマールしていいよね…?です。

 筆者の主張、なぜナチズム共産主義が台頭したかといえば、この労働者階級という新発生した、新興階級ならぬ、新没落階級こそがその培養源・発生源なわけですからね。逆か?世界恐慌などで、最も影響を被って明日をも知れぬ暮らしとなったのはこの労働者階級で、まっさきに生活を直撃したわけですからね。

 戦前の不安定な治安情勢というのはこの労働者階級の不満・不安というものが大きかったような気がします。なによりブルーワーカーのような存在、上位の階層としてではなく、地方の郷里社会から弾かれた・重視されない存在だったというのが大きいような気がしますね。長男以下の次男・三男はどうでも良かったですしね。中央の価値観に一元化されていませんでしたから、地方の跡取り、教師というだけでものすごい尊敬を集めていた時代でしたしね。

 戦争によって資本主義経済・自由市場の万能性という神話が崩れて、適切な規制が必要だというのが、大戦後のムーブメントですし、その一翼・端緒を担った人ということですかね。

 英社会の分析=英こそが資本主義発生の元祖ですから、それを分析するというのはわかりますが、なんというか論の筋道がすっきりしていない。己があんまり英のその当時の社会事情に詳しくない、無知だということもあるのでしょうけども、ポイントがボケている。経済状況・学者を論じているのですが、イマイチわかりません。ダーウィンの進化論が政治理論にも強い影響を与えたようにマルサス人口論なんかもそういう生物学の影響を受けていたと、やっぱりね~。その当時・社会の常識から作り上げられた経済理論をそのまま時間が経った後にも応用していて失敗したと。

 市場の解体作用、共同体を解体し、個別の人間をバラバラに取り込む。政治的解体で社会が緊張に包まれる。金本位制が破綻して経済制度が崩壊すると、バラバラの個人を支えるものはなくなり、社会が暴発・爆発したと(p294~295)。

 市場というのは経済原理という点においてのみ、それに限って言えば、万能であり、間違いはない。しかし人間は経済人というような経済原理オンリーで行動するような存在ではない。市場の解体作用が必然的に政治問題を産み出す。そして政治問題が膨れ上がり、まわりまわって経済領域にまで達して市場を機能停止に追い込む時、経済が破綻する。政治問題が経済問題に転化する。そして転化した時こそ、社会が一気に爆発・暴発する、大混乱になる。己はそういう理解ですが、こんなところではないでしょうか?

 まあ、この大戦時代はそれよりも国際経済体制と一国の国内経済体制のアンバランスさ、連動・強調が未成熟だった事が大きいんでしょうけどね。

 個人なんてのはねぇ!と個人を否定するナチズムという宗教が広まる。市場の失敗=自由主義の失敗ですからね。まんま反動・カウンターカルチャーなんですね、ナチズムは。だからナチズムは世界中のあらゆる国で普遍的に見られたと。古かろうが新しかろが、勝戦国だろうが敗戦国だろうが、カトリックだろうがプロテスタントだろうが、軍人的・商業的な国だろうが関係なかったと(p316~7)。

 産業革命以後はじめて史上が機能停止する・作動しなくなったという未曾有の事態において登場してきた現象ですね。ファシズムは。

 アメリカ大陸の発見なんてありますが、元から市場の万能性・普遍性なんてものはなかった。「市場の発見」という虚妄を発見したのが、カール・ポランニーというところかも知れませんね。

 まあ、共産主義だろうが、ファシズムだろうがそういう勢力を単にクソ野郎と認識しているだけでは問題解決にならなくて、その根源を絶つこと。それにどう対処すべきなのか?という有効な分析をしたのが彼だったということでしょうか?自由主義・資本主義・民主主義は極めて脆い制度、それを守るためにはどうするのか?それは分断された労働者階級の育成、彼らがそれらに吸収されないような規制を考えて作るべき。そうしないとこういう大戦の悲劇は再び起こると。

 しかし国際関係かじっている人間から言わせれば、当然それより通貨・国際経済体制をいかに構築するかということも視野に入れ無くてはならないハズで、国際的なそれに国内的なそれ、両方あってはじめて有効なもの。国内的な視点にのみ偏ってないですかね?更には今後の提言という点でも弱いような…。

 メモとしてとったやつを一緒に書こうとおもいましたが、長くなりそうなので別枠で。論の核はチャーティスト運動だと思うんですけども、なんでそこのところの考察が弱いのかなぁ…。もったいないなぁ。