てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

ブリンジャー・リア ビンラディン後のアルカイダとジハード主義

フォーリン・アフェアーズ・リポート2011年6月10日発売号/フォーリン・アフェアーズ・ジャパン

¥2,263 Amazon.co.jp

 ―から、ブリンジャー・リア氏の『ビンラディン後のアルカイダとジハード主義』を取り上げたいと思います。短いですが、面白いと思ったので単独で。

 ビンラディンはすでにジハードに関する主要なスポークスマンではなくなっていた。すでに彼のリーダーシップは、組織内で論争の対象にさえされてきた。

 ムサブ・アルスリのような彼に批判的なアルカイダのテロリストは、「ビンラディン権威主義的だし、イスラム教が求める「協議」の精神を忘れている」と公然と批判した。

 ビンラディンはレトリックを弄するのはうまいが、傑出した思想の持ち主ではなかった。彼のメディア・アドバイザーの一人は、ビンラディンコーランやその他のイスラムの原典を間違って引用するかもしれないと心配し、ジャーナリストがインタビューを録音するのを禁止していた。要するに、彼は全能の指導者ではなかッたし、そうみなされていたわけでもない。ムハンマドが卓越した指導者として尊敬され、諸国を流浪する彼の行動がそのムハンマドに重ねられているというのを見たことがありますが、ビンラディンはその学識があまり大したことがなく、それ故にあまり突出した存在ではなかったのですね。ならそこまでムスリムの求心のシンボルにもなるわけでもなかったと言えそうですね

 「タミル・イーラム解放の虎」の指導者ヴェルピライ・プラブハカランとは違って、自爆テロ決行の前にメンバーに直接会って激励しているわけでもない。2002年以降、ビンラディンが彼のフォロワーと会っている痕跡はない。この間、アルカイダ自爆テロを決行する若い男女を説得してきたのは、アルカイダの中レベルの指導者たちだった。

 さらに、9.11以降、ビンラデインの演説は回数が少なくなり、その多くはオーディオテープとして録音されたものがアラブのメディアで公開され、ジハードを呼びかけるウェブサイトに掲載された程度で、いまや急速な拡大を続けているジハード主義のプロパガンダのなかで、ビンラディンのプレゼンスはごくわずかでしかなくなっている。

 この10年間で、ジハード主義のプロパガンダとコミュニケーションは革命的な進化を遂げている。ビデオアニメーション、ドキュメンタリー、ジハードの「クールなラップ」とさまざまなフォーマットでアピールするやり方がとられ、プロパガンダ路線はより大衆化・多様化している。多言語に翻訳されてアクセスが容易になっただけでなく、ジハードを呼びかけるオーディオビジュアルもより洗練されてきている。

 こうした大衆向けの情報にビンラディンはほとんど登場しない。このこと自体、これまで考えられてきた彼の精神的役割がすでに小さくなっていることを意味する。たしかに、ジハード主義者が、「アメリカはイスラムと戦争状態にある」といったビンラディンの簡単なフレーズを引用することはよくある。だが、ビンラデインがジハーディストの一貫した戦略のためのイデオロギー・宗教思想の拠り所とされたことはない。

 ジハードの文書でもっとも多く引用されるイデオローグは、ビンラディンでも、彼の副官のアイマン・ザワヒリでもなく、欧米ではまったく知られていない、ヨルダン人の宗教指導者のアブ・ムハンマド・アル・マクディシのようなサラフィストたち

 ジハードを呼びかけるウェブフォーラムを見ると、マーケッティング戦略として、一般ジハーディストの映像を公開するほうが、効果があると考えているように思われる。制作者はジハードの戦士をリクルートする上で、ビンラディンを登場させるよりも、若者の冒険心に訴えたり、遠くの戦場のドラマ、テロに対するメディアの関心を紹介したりするほうが、効果があると判断している。さらに「自分たちが歴史を作ることになる」という自負心への訴えが、リクルートをスムーズにすることも制作者は理解している。

 アルカイダは、ビンラディンの影響力が大きい組織であっても、メンバーが彼を盲信するというカルト指導者型の組織ではなかった。アルカイダ運動は、カリスマティックなリーダーよりも、イデオロギー的な純血を重視し、時とともに、すべてのレベルのジハーディストを入れ替えることで現実に適応してきた。個々の表現がちょっと良く意味がわかりませんが、自分達のイデオロギーに従うならばどのような次ハーディストであろうと受け入れたということでしょうか

 たしかに、「勝利への道は、殉教者の血で作られている」というスローガンには訴求力がある。実際、アフガンからパキスタン、さらには、イランから北アフリカまでの地域で、このスローガンをジハーディストは実践しており、ジハードのウェブサイトも、殉教の美徳を説き、約束の地へと導かれることをアピールするように配慮されている。

 こうした殉教を美化するさまざまな試みがなされている以上、ビンラディンの死は今後も大きく取り上げられるだろう。だが、最終的には、すでに終わったこととして片付けられ、歴史の一部として位置づけられることになる。

 もちろん、近い将来のテロ攻撃がビンラデインの死と結びつけられるのは間違いないし、すでにアルカイダは彼の殉教をテロ戦士のリクルートに利用している。しかし、ビンラデインの記憶が今後のアルカイダの戦略を規定し、その思想を長期にわたって支配すると考えるのは、ジハード主義者たちの殉教礼賛と、死んだ人間を崇拝することを混同してしまうことになる。

 信仰の一部に殉教の歴史を組み込んでいるシーア派とは違って、(アルカイダのような)スンニ派のジハード主義者はとくに殉教者を明確に思想のなかに位置づけてはいない。それどころか、スンニ派は聖人の墓を訪れては弔うスーフイー派の習慣を「墓場信仰」として軽蔑し、嫌悪している

 つまり、海洋に死体を投棄しなければ、ビンラディンの墓場が過激派の聖地とされてしまうと懸念したアメリカの関係者の判断は、まったく的外れだったわけだ。

 たしかに、ビンラディンが長年にわたって拘束と殺害から逃れてきたことは、ある種の「無敵のオーラ」とともにジハード主義者たちの間で受け止められていた。これには、メンバーを啓発する部分があっただろう。だが、いまやそのオーラは取り払われた。

 なるほど、ということはそもそもアルカイダビンラディンの存在がそこまで大したことはなく、というかテロリスト・ジハード(ジハーディスト)にとって、彼の死は見せしめ以外にさほど大きな意味を持たないと判断していいのでしょうか。つまり、今後のテロの長期的傾向にあまり意味を持たない。テロが減らない、今後も消えてなくなることはない。分岐点となるような事件ではないと見るべきなんでしょうかね。

 むしろ、アメリカがテロリストとはいえそのような手法を以ってビンラディンを殺害したこと、正義の名のもとにあくまで自分達は法に則って戦おうとしなかったことによって失った正統性・ソフトパワーのほうが大きいのかもしれませんね。ビンラディンの死体に対する扱いは文明国のそれではありませんし、なおかつシーア派・スンニ派の違いすら理解していなかったという無知をさらけ出してしまったわけですからね

 そして、彼がコンパウンドとそのコンピューターに残した情報は、今後のアルカイダにとって、非常に大きな痛手となる。とはいえ、ビンラディンが残したイデオロギー運動が粉砕されたわけではなく、今後も、この運動は続くだろう。

 ジハーデイストの多くは、欧米による軍事介入、イスラム世界への介入路線に対する反発から運動に参加し、いまも状況に大きな憤りを感じていることに変わりはない。ビンラディンが死亡したからといって、テロリストたちが置かれている社会環境が変化したわけではないからだ。

 ビンラディンコンパウンドに残された情報のより多くが入手できるようになれば、今後、アルカイダの歴史は書き換えられていくことになるだろう。

 オサマ・ビンラディンのことを、作戦には関与しないシンボリックな指導者だとみなす考えは間違っていたし、彼のことをグローバルなジハード主義の精神的支柱とみなすのも間違っていた。

 アルカイダ内においてビンラディンは首長、最高司令官として尊敬され、その命令にメンバーたちは従った。だが、今後、他の指導者たちがこの役割を埋めていくことになるだろう。

 アメリカは残されたアルカイダの指導者の殺害キャンペーンに血道をあげないほうがよい。むしろ、いまこそ、アルカイダを弱体化させるために、ジハード主義集団のリーダーシップ、権限、精神的ルーツに関する微妙なニュアンスを理解し、それに配慮すべきだろう。

 すると今後はこの組織が!というようなものが台頭するというよりも、細かいジハード組織に対策していくという流れになるのでしょうかね?まあ、今はISISのような存在が脚光を浴びてはいますが、あれが国家を形成できるかというとかなり微妙ですからねぇ。テロや戦闘は出来ても国家を運営する能力があるのかとわれると怪しいと思いますし、まあせいぜいアフガンのようになって世界地図から見捨てられるようになるという気がしています

 なかなかおもしろい文章でしたね。また読みたい人ですね。