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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

鳥嶋編集長のインタビュー

 マシリトこと鳥嶋編集長のインタビュー映像を見ました。その話を。

 鳥山明せんせーは、朝起きれなかった。故に漫画家を目指したと。喫茶店で手にした漫画雑誌で漫画賞に応募しようとした所、マガジンは年に一回だか、半年に一回くらいでもう終わっていた。しかしジャンプは毎月やっていた。そこでジャンプに応募をしたと。

 イラストレーターだったので、絵がうまかったのはもちろんですが、効果音というかドカーンとかバキーンという文字をアルファベットで表現する。それがうまくて印象に残ったと言ってましたね。

 んで、アラレちゃんを連載するようになるわけですが、これもストーリーモノは30ページで、ギャグは半分の16ページでいいからそちらを選んだということ。当時アニメ化などあって、大人気になったが、始まってすぐやめたいと言い出した。

 鳥山さんは少年誌で女の子が主人公というものが嫌だった。元々、アラレちゃんで行こうと言い出したのも鳥嶋さん。ガッちゃんとかそういう脇に落書きみたいに描くキャラの方がいいものが描けていて、何気なく描かれていたものだったとか。それを見たさんがこれでいこうと推した、さん主導で作られたみたいですね。

 ところが本人は、違うものを描きたいと言い出した。アニメやってるし人気あるしそれは難しい。じゃあ短編書いて、それが人気出たらそっちにして、アラレちゃんを止めていいよという話になった。

 週6日かかって一本描くのを、5日に縮めて、空いた1日や休みを使って、短編を描いて読み切りを載せていた。が、それがなかなか人気を取れなかった。そんなとき、奥さんから映画を見て原稿を描くという話を聞いた。普通漫画家は、音楽を聞きながら描く。原稿を描くとき目と手をつかっているから、開いている耳を使って気分転換するしかない。だから、漫画家は音楽を聞きながら描くという人が非常に多い。

 ところが奥さんが言うには、カンフー映画ブルース・リーだかジャッキー・チェンの映像を見ながら原稿を描いているとのこと。しかし、映画だったら作業が進まない。それじゃ出来ないでしょう?どうやって見てるの?と聞いたら、好きで全部シーンを覚えているから、好きなシーンまでは音を聞いていて、好きな所が来たらストップしてそこだけ見るのだとか。

 じゃあ、そんなに好きなら、カンフーで描いたら?となってドラゴンボールの原型、『ドラゴンボーイ』というものが生まれた。それが人気が出た。アンケートが良かったので、じゃあこれで行こうという話になった。

 そこに西遊記的なストーリーを加えて(著作権かからないから、タダだから)、里見八犬伝のようなボールの話、ボール集めというものを加えようという話になった。編集は色々アイディアを出すけどもそれが全部採用される必要はない。ああ、そういえばあの時こんな話をしていたなぁと、ネタに詰まった時に思い出してもらえるような土壌を作る、種をまくのが担当の仕事だと。

 アニメの時、人気が出なかった。アラレちゃんのスタッフのまま作っていて、バトルシーンがうまくなかった。そこで聖闘士星矢のスタッフを連れてきたと。バトルモノで先駆的な成功例があって、そのスタッフが役に立つ・活きるというのは面白い話ですね。

 また新章でZをつけるというのもZをつければこれ以上続きがなくなるからZを付けたというのが有名ですが、タイトルを変えることで新しいものという形をとって番宣が取れるというのは聞いててなるほどと思いましたね。

 また編集として悟空をでっかくすることについては、否定的・反対だったとか。せっかく少年誌として少年キャラで売ってきた、浸透してきたのにでっかくしちゃってどうするんだという姿勢だったようです。鳥山先生は、ダメならやめるという姿勢だったとか(いつもやめたがってたようですがw)。アンケートで失敗だったらどうしよう!とヒヤヒヤしていたんだけど、そう違和感なく受け入れられてホッとしたとか。

 ピッコロ編が終わって、サイヤ人編が終わって、次どうしようとなった時、フリーザという悪役を思いついた。鳥山さんは悪役を描くことができなかった、うまくなかった。そんな時、こいつは嫌なやつだな、とか心底腹立つ役をイメージして描きなさいという話をしていた。ネロとかそういう悪い奴の話をいっぱいしていたと。悪い奴が思いつかないから、Dr.スランプでもDrマシリトというキャラが出てきたくらいですからね(憎いやつ=ボツを出す担当ということで)。

 宇宙で暴れまわっている・商売している、そういう設定だから、じゃあ宇宙の地上げ屋という設定で行こうということでフリーザというキャラが生まれた。フリーザは「宇宙の地上げ屋」、当時地上げ屋というのが話題になっていて、子供でも知っている。悪いやつだと連想できるからこれがハマったと。

 今度鳥山先生がフリーザをテーマに映画化するわけですが、それも一番描いた中でちゃんとした設定のある悪役だからなんでしょうね。その後の悪役はいまいちよくわからないですもんね。設定がブレているというか、あんまり悪いやつだなぁ~コイツ!というものではない。

 人造人間編で担当を外れたさんが、当時の担当に「おまえな、ジジイとガキが悪役でどうするんだ、わかりづらいだろ」と言った所セルが出てきたとか。フリーザとかブウとか当時の担当がモデルになっているみたいですねw。

 フリーザで映画化するのは、マキシマムザホルモンの曲を聞いて思いついたらしいですね。スゴイですね、ホルモン。

 確かにフリーザ編のラストに至るまでの盛り上げが一番面白かったですよね。自分の生まれ・ルーツ、親の仇など含めて理想的なラスボスでしたからね。それ以後の敵は因縁というのがなかったですからね。突発的に現れた強敵というものでしかありませんでしたからね。

 Vジャンプなどでいなくなってしまったため口を出せなかったが、フリーザ編を終えたらそこで連載を終わらせてやるべきだったと。ある程度まででやめないと漫画をかけなくなってしまう。もし、そこで止めていたら、3本目のヒット作を描けたかもしれないと。

 確かに体力的にキツイですからね。追い込まれることも多いですし。島嶋さんは何度もボツを出して良くならずに、鳥山先生が変えずに出した所「な、良くなったじゃないか」とそのままOKを出したことがあったとか。それはこれ以上、ダメ出ししても良くならないし、追い込んでしまうとよくないという判断があったからだとか。こういう判断、気遣いも担当には必要なんでしょうね。だって週刊連載って無茶苦茶ハードワークですもん。

 もしフリーザ編で終わっていたらどうなっていたでしょうね?しばらくの休みのあと続編を描いたのか、それとも違うものを描いたのか…。いずれにせよ今度の映画というのは、本当はこういうラストを描きたかったという鳥山先生のちゃんとした作品の結末、最終回のようなものになるんでしょうかね?

 いやしかし漫画家の担当というものを考える上ですごく面白い話でしたねぇ。池上さんのような知性を感じましたし、オシャレ・ダンディという感じを受けましたね、さん。人に話をする・説得するという仕事をする上でああいう感じは不可欠なのでしょう。