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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

続 内藤正典著、イスラーム戦争の時代

本・読書―批評・批判・感想・レヴュー

内藤正典著、イスラーム戦争の時代の続きです。二章のフランスのところからちょうど半分くらいになるので分けました。

p126、フランスはコミュノタリスムといって、文化や宗教毎のコミュニティによる仏社会への参加を認めていない。仏人になることを前提・強制している。自由・平等・博愛のモットーは、同胞への博愛であって、人類愛ではない。正確には同胞愛を意味する。人種・民族・出身の有無を問わないというのも、明示はしていないが、移民のそれまでの属性を捨て去ることを前提にしている。ナチスの前例があるために、これが「同化」政策だと実感されにくいのだと。仏では同化も「郷に入っては郷に従え」の感覚になる。

 植民地支配により、仏語を話す移民がやってくることも強制的な「同化」とは自覚されなかった。変化が訪れたのは05年の暴動。サルコジ内相が移民の犯罪対策として郊外視察、治安が悪いところの移民を「ごろつき」と呼ぶ。そして警官に追われた若者が事故死したことにより、暴動に発展した。

 アフリカやアラブ系に対する差別は存在しても、成功する実業家や政治家を見てもわかるように(官僚も教授もいる)絶対的なものではない。しかし差別にあった人間はそうは考えない。やっぱりアラブ系だから!という考えになる。対照的に、仏は開かれて成功できる=差別なんてないのに!&自分たちの税金で生活が保証されているのに!と考えるから受け入れがたい差、溝が生まれる。結果、仏人になることを諦め、それを見て仏人がそれなら出てけ!という排外主義が煽られることになる。

 p135、手厚い社会保障も財政が圧迫されると減らされることになる。経済大国時代は難民の受け入れなども寛容だったが、そうでなくなれば寛容な性質も減っていく。EU憲法拒否もその現れ、財政が手一杯なのにEUの新規加盟国の負担を背負いたくないというもの。元からの仏人に、仏化できた移民、そして取り残された移民がいて、「取り残された移民」に批判の矛先が向かう形になっていると。

 p137、ライシテー公的領域に宗教を意味するものを「これみよがし」にもちこんではならないというもの。スカーフ問題で、宗教性を意味するものをつけることが許可されて問題になった。許可された理由はこれを理由として、ムスリムの女性の教育の機会を奪うことは逆効果だから。要するにマイナスイメージ、後ろ向きの容認。飲酒や性的規範などあまりにもイスラームの規範と違いが大きすぎるため、ムスリムとして覚醒する人が増えている。スカーフ問題はイスラームとしての覚醒がいかに進んでいるかということの現れ。当然仏人のように、宗教離れ=近代化=いいことというような発想はない。むしろ人間性の喪失と考える。

 p145、異論が出ても、最後には仏共和国の正当性の前に沈黙する。「偉大なる仏共和国」神話が問題の根底にあると。それゆえに謝罪も賠償もしないため、差別や抑圧を感じる人々からは活発な議論も仏支配の正当化のためのアリバイに思えてしまう。

 コミュニティ単位の参加を認めれば、状況が変わる。アファーマティブ・アクションを取るべきだというのは、それを採用している米のメディアからよく言われる。しかし黒人のような人種についてはいいが、民族となると難しくなる。支配に抵抗したアルジェリア人と抵抗したアルジェリア人がいるし、その中でもアラブ・ベルベル・その他と複雑で収拾がつかなくなる。当然宗教を認めれば、ライシテの原則に抵触するのでできない。仏でアファーマティブ・アクションを取るのは不可能なのである。

 p149、暴動の拠点の郊外にはモスクがある。イスラーム組織は敵対行動を呼びかけたりはしない。社会や国家と敵対して自分たちの首を絞めるようなことの愚を知っているから、そういう時は、モスクに来て祈ることを進める。むしろ沈静化の役割があると。仏では雇用差別や教育の問題に焦点があたり、イスラームの問題だとは捉えられなかった。しかし仏の民主主義・人権と相容れない構造を持っていることに変わりはない。

三章トルコ

p157、国家がイスラーム主義を抑えこむために宗教管理制度を導入。イスラーム指導者は国家公務員扱い。

 世俗国家を作るために、宗教と政治を分離させるために軍が非常に大きな役割を果たした。60年、71年、80年と三度にわたってイスラーム主義勢力が台頭するたびに軍がクーデターを起こしている。軍の権威のために、アタチュルクの個人崇拝に至ると。

 世俗主義を「反イスラーム」的と攻撃することで保守的なムスリムの支持を集めてきた。つまり、イスラームの保守派と軍隊やトルコ民族主義とでもいうべきトルコ保守派の二つの保守派の対立を見出すことが出来るわけですね。伝統的なイスラームに対抗するので、トルコ保守派を改革・革新派と見てもいいと思いますが。

 p170、2005年のEU加盟交渉で「特権的同盟関係」という概念が登場してくる。これまでになかったこれは、関税同盟と治安協力のみで人の自由な移動・経済支援・農業支援もなしというEU側にとって都合の良いものだった。またフランスはこれまで関係のなかったキプロス問題も持ち出してきた。

 p181、イスラーム主義者は信教の自由を求めて、クルド人は自由や自分たちの権利の拡大を求めてEU加盟を期待している。それぞれが都合の良い希望をEU加盟に見出す構造があると。クルドはともかく、まずイスラーム主義のさらなる容認が承認されるとは到底思えませんけどね。

 p187、西欧化・近代化はアタチュルク以来の悲願、軍もEU加盟を諦めない。当然軍は政治に対する行動を自制しなくてはならなくなる。そして97年のイスラーム主義の福祉党政権を国家安全評議会で退陣させたのを最後に、そのような介入をしていない。しかしEUに加盟して、軍が介入をしない存在になれば、いつまたイスラーム主義政党が力を伸ばすかわからない構造が、そこにはあるわけで…。

 04年エルドアン政権は不倫を刑事犯にした、姦通罪を復活させた。これによりイスラーム化を進めて、軍の反応を試そうとした。EU加盟があるために、軍もおいそれと口を出せない。政権はEU加盟という口実でイスラーム化を進めようとする力学があると。

 p199、クルドの独立も民族主義の立場から絶対に認められない。このクルドの独立を和らげるためには、イスラムのロジックで包括するのが友好。クルド問題もイスラーム勢力を押し上げる力学があると。

 p202、これだけ軽く扱われてもEU加盟の努力を続けるトルコに対して他のイスラーム諸国は冷笑と反発を示していた。トルコがいよいよ加盟を諦めたとなると、EUをキリスト教クラブ・イスラームフォビアの牙城と見なすだろう。イスラームへの差別と敵意は米よりも欧州のほうがつよい。加盟の失敗は決定的な亀裂になりうると。個人的には加盟よりももっと違った特権的関係を与えたほうが合理的なのでは?という気がしますが。近代化・脱イスラム化のモデルとして賞賛する、本当に特別な特権的関係を築いて信頼を増していく方が友好のような気がするんですけどね。

p208、生産拠点の途上国シフト。現状では中国がそれを吸収してしまっている。今はそれが変わりつつある段階。中東へ進出する企業が増えることで変わるか?日本企業の中国進出のような過去は欧州企業にあったのだろうか?欧州に「贖罪」意識があったかどうか?日欧比較の際に面白そう。

p214、テロ組織に対する軍事オプションは効果があると思う国は多いが、テロは「降伏」する国家ではないためにそうならない。軍事オプションはがん治療の外科手術に似ている。的確に病巣を摘出できるならそれでいいが、どこにあるかわからない集団相手にこれは不可能。現在はガンが転移している状態。手術だけではやがて患者の体力が持たなくなることは明らか。ポイントは不公正感、格差などの不公正がテロを誘発する。それを減らすことがテロを減らすことに繋がる。

p216、民主主義が必要だと言いながら、パレスチナの民意がイスラム色のあるハマースを選択した場合NOというのはダブルスタンダード。そもそも初めは宗教色のないPLOが支持されていた。何も変わらない現状からハマースが民衆の指示を集めていったという経緯を見つめなおすべき。イスラエル建国から40年経って生まれた組織、40年も彼らの権利保証を出来なかった地域・国際情勢にその責任を見るべき(またアラブ諸国パレスチナ難民をまっとうに扱わなかった)。ハマースの正式名称は「イスラーム抵抗運動」で、略称のハマースは「熱情」という意味。原理主義という否定的なイメージで捉えてそう呼んでしまえば、その思い込みから抜け出せなくなる。狂信のための組織ではなく、イスラーム的な公正を求める団体。

p221、西欧価値観の押し付け。ムスリムエイズの蔓延を見て自分たちの教えこそ正しかったと確信する。

p225、食事の際に客が来たら、必ず参加を求める。これは「好意」ではなく、「義務」だから断れない。誘われた食事を断るという発想が文化的にない。わかち合いの精神がある。食事を摂ることが当たり前の時代ではないそれですから、相手がお腹いっぱいでツライという前提は存在しないのでしょう。せめてお腹いっぱいを想定して、一緒に飲むだけで済むような何かを用意したりした方がいいのでは?己のような食が細い人間からすると拷問ですから(笑)。

p227、飛行機が無事到着すると拍手が起こる。飛行機という運命共同体感覚があるから機長への賞賛をする。これが非ムスリム機長でも同じ。非ムスリム相手でも共同体感覚が存在することがある。また座席の関係で家族が離れることがあると替えろとクレームを付ける。僅かな時間でも離ればなれになることを許容できない精神構造を持つ。

p232、日本人のように花鳥風月に癒やしを求めないとあるが、そもそも自然環境が厳しい。美しい自然環境を前提としたイスラームであれば、どうなるのだろうか?花鳥風月に美を見出した場合、近代的な価値観へ適応しやすくなるのだろうか?

p234、個人的には自分の責任を放棄するワガママに見える「インシャラー」だが(相手を責めないという思いやりの文化でもある)、ここで親友が「インシャラー」と言って約束を守る機がないのかと傷ついたという一節がある。これで気がついたのだが、中国の「幇」のようにその人とその人の間で結ばれる個人的紐帯関係というのは、「インシャラー」があるかぎり中東・アラブ圏では生まれないという構造になっているのではないか?(刎頸の交わりとか水魚の交わりのような、特別な人間関係のこと)。独立する個人の間で、「絶対的な契約」が成立する余地がないとなれば、あとは宗教的ロジックと血縁論理くらいしか存在しなくなる。あとは軍ではどうなるのか?個人的紐帯・契約が生まれ得るのかどうか?

p235、絶対的服従というよりも全面的預託というほうが正確。失敗してもイスラーム的な公正が働いて弱者を救済するシステムに包括されて安心を得られるようになっているから。

p238、4人妻の始まりは「孤児を案ずるなら」。孤児がいないとダメなのか?寡婦や孤児を救済する別のものは未だに発展していないのか?

p240、ムハンマドを描かれることは、難しいが例えるとすると愛してやまない家族の裸を突きつけられるような感覚。デンマークの風刺画事件では、イスラーム世界諸国政府の大使が会見を求めたのに、表現の自由ラスムッセン首相が突っぱねたことが大きかった。欧州の世論は表現の自由は守られなくてはならないが、信仰・信条に配慮すべきという留保派と表現の自由は許されるべき派の半々にわかれた。ラスムッセンの反発は、支配者との闘いそして教会の闘いを通じて報道の権利が生まれた歴史的経緯故。この構造は日本の靖国歴史認識に近しい物が有りますね。

p246、ユダヤ教の預言者を劇画化せずに、ムハンマドのみをそうするのはダブルスタンダード

p258、病気をして苦しんでいる時、心配になってずかずか上がり込んでくるホストファミリーとの衝突、そしてその後の反省の話は文化の差異を表していていいですね。

p261、シリアには異文化共生の伝統がある。フランスがキリスト教を優遇してムスリムとの対立を煽ろうとしたが、最終的には都市の共生の伝統が勝った。シリア・ヨルダン・トルコのパスポートからパレスチナ難民の証明書まで持っている人がいる。国籍は数あるウチの選択の一つにすぎず、それにとらわれて国民になるという発想がそもそも無い。国籍や宗教・周波による対立を排除するにはこういうやり方のほうが理にかなっている。